独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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軋轢

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「あ 瑠夏にジャージ持たせるの忘れた......」

 今朝あれほど「忘れ物ない!?」って瑠夏に確認したのに、まさか俺が忘れるなんて。今日は体育があるからジャージは確実に必要になるだろうな......仕方ない。また学校に届けに行くか...

 最近は仕事も少なくて暇だし、まぁちょうどいい。ただあのデート以来ーー蓮君とは少し気まずい。だってキスされたし。

「俺のこと考えてください」とか言われたし...。思い出しただけで顔がゆでだこのように赤くなった。......やっぱり浮かれてるのかな、俺。

 電車に揺られながら学校へ向かう。空には段々と灰色の雲が広がり雲行きが怪しくなってきていた。これは帰ったら洗濯物を取り込まなきゃなと思った。

「すいません 一年の立花瑠夏の...」

「あぁ!立花君のお母様ですね。また何か、立花君のお忘れ物でしょうか??」

「そんなところです」

 そう答えながら、俺は苦笑交じりに蓮君のジャージが入った袋を渡した。......あ、またこの匂い。蓮君と一緒にいたときに感じた、花のような甘い香りが次第に強くなってくる。

「あっ やっぱり...葵さん!!」

 声のする方を向くとそこには蓮君がいた。しかし隣には瑠夏の姿はなく、代わりに見知らぬ女の子が立っていた。二人が並んでいるのを見た瞬間、正直「お似合いだな」と思ってしまった。

 ......なんだ、俺以外にも恋人いたんじゃん。だったらわざわざ番になんてならなくてもいいじゃん。

 番にならないことーー俺が望んでいたはずのことなのに心がツキンと痛んだ。

 今の二人の方が美男美女って感じでいいな...。やっぱり、俺と蓮君じゃ釣り合わない。

「蓮君 これ......ありがとう。それじゃあ」

 早くこの場から離れたくてそっけない態度をとってしまった。

「待って!!」

 去り際にいきなり、ぐっと手を掴まれた。

「なに どうしたの?」

 感情が顔に出ないようにぐっと押し込めて、いつも通りの笑顔を無理やり貼りつける。.....泣きそうな顔だけは、絶対に見せたくなかった。

「なんか.......今の葵さん無理してる?なにかあった??」

 は??誰のせいでこんな気持ちになってると思ってるんだよ。遊びだったんなら最初からそう言ってくれればよかったのに。

 それとも、中途半端に手を出した挙句後にも引けないから、最後は俺から振ってもらって、”可哀想な子”でも演じるつもりなのか。

 今にも罵詈雑言を浴びせてしまいそうだったが、ふぅ、と深呼吸してその言葉たちをぐっと飲み込んだ。

「ごめん.......もう、手、離してくれないかな」

 蓮君のことだから「嫌です」とか「何でですか?」って食い下がるかなと心のどこかで期待していた。でも意外にもその手はあっさりと離れていった。

 .......やっぱ、その程度だったんだ。離された手と一緒に俺の気持ちもスッと冷めていったような気がした。

 ほら、後ろにいる女の子が「まだ話してるの??」って顔で見てるよ。さっさと行ってあげなよ。.....俺はもう蓮君に会いたくなんかないからさ。

「あの.....また デートしてくれますか?」

「さぁ どうだろ。.....気が向いたらね、」

 俺は完全に否定しなかった。でもこれが俺なりの最後の意地悪。少しでも期待させておいて、それで何も起こらなかったら、蓮君は俺のことなんてきれいさっぱり忘れるはずだと思った。

 蓮君たちに背を向けて校門に向かって歩みを進めた。

 やがて、ぽつぽつと雨が降り始め地面を濡らしていく。もちろん傘なんて持ってないから、服はすぐにぐしょ濡れになった。.....あの日、水族館でショーを見たときみたいに。

 たかがキスされたくらいで浮かれていた自分に、げんなりとした。

 憂鬱な気分のまま家に戻り、急いで洗濯物を部屋の中へ取り込んだ。誰もいない、静かで無機質な自分の部屋を見つめながら、「俺ってこんなに弱かったかな」と自問自答する。

 もう瑠夏を一人で育て上げたあの頃の、屈強で折れなかった強い自分はどこにもいない。それを自覚すると変わってしまった自分に苛立ちが込み上げる。......あれもこれも、全部蓮君と出会っちゃったからかな。

 濡れた服を脱ぎ、着替え終わるとそのままベッドに身を投げた。スマホの画面を見ると、いくつもの蓮君からの通知が来ていた。いつもなら、返信はしなくても既読だけは付けるようにしていた。けれど、今はもう見る必要もない。

 俺はそれを無視して、微かに震える指先で連絡先からそっと蓮君を削除した。

 外ではバケツをひっくり返したような、強い雨が窓を打ち付けている。その音を聞きながら、俺は静かに涙を流した。

 最初からーー初めから、君と出会わなきゃよかった。蓮君と会うと胸が痛いほど高鳴ってしまう。会うたびに蓮君に惹かれていってしまう自分がいた。

 きっとまた会ってしまったら、俺は彼を許してしまうだろう。だったら、いっそのこと嫌われてしまった方が楽だ。

「ゴホッ、ゴホッ......もう、会いたくないな......」

 その声は誰の耳に届くこともなく、ただ雨音に搔き消されていった。

***

 ーーおかしいな、さっきからずっと連絡してるのに既読がつかない。返信がないのはいつものことだけど......既読すらつかないなんてはじめてだ。さっきの葵さんからはどうも不機嫌な匂いがした。

 もしかして、学校で人目があるのが嫌だったのかな、と思ってすぐ手を離したけどーーーそれも違ったらしく、手を離した瞬間、むわっと不機嫌な空気がさらに強まった気がした。

 それに去り際の葵さんの顔がなんとも寂しそうな顔をしていたような......

「俺.....なんかやっちゃったかな」

「さぁ??私に聞かれてもね」

 隣にいるのは俺の従姉の杏だ。言っとくが決して付き合っているわけじゃない。葵さんの匂いを感じて教室を出たときに、たまたま杏と鉢合わせてーーそれで、なぜか俺に着いてきただけ。

 それも「なんか面白そうだから。」とかいうふざけた理由だけで。

「さっきの人が葵さん?たぶん私らのこと、カップルかなんかだと勘違いしたんじゃない?」

「はぁぁぁぁぁ!俺と!?杏が!?ありえねぇ。俺、あんだけ好きって伝えてたのに.....」

「大人なんてそういうもんでしょ。いくらこっちが真っ直ぐに想いを伝えても、最後には勝手に身を引いたりするんだから。」

 俺がしょんぼりしている横で、杏はゆるく巻いたロングの髪を指でくるくるといじっている。

「ねぇ、葵さんってどんな人なの??」

 杏の問いに、俺はできるだけ簡潔に葵さんの魅力を伝えた。.....だって葵さんの魅力は俺だけが知ってればいいから。

 たとえば、笑ったときにできる小さなえくぼが愛らしい。水族館のショーで服が濡れてた時うっすら透けて見えた胸のライン。胸のあたりに黒子があったりとか.....そんなのは全部俺だけが知ってればいい。

「ちょっと待って.....一旦整理させてくれる??えーと?つまり??」

「あぁ、葵さんは俺の運命で、しかも同じクラスの瑠夏のお母さんなんだよ。」

「ってことは、蓮は葵さんと何歳差になるの??いやそこはひとまず置いといて、まさか立花君のお母さんだなんてね。付き合うとか...は正直現実的じゃないと思うわ」

 杏の言うことも一理ある。十八歳差でしかも、高校生と付き合ってるなんて知られたら俺は良くても葵さんの立場が無くなってしまう。

 ならせめて三年後、十八歳になったら葵さんは俺とのこと考えてくれるかな。成人すれば文句は言われないはずだ。

 でも今、葵さんを捕まえてないと、どこか遠くに逃げられてしまいそうな予感がする。瑠夏がいるから今はまだ連絡先をブロックされようと、繋がりはかろうじてある。

 だけど...それだけじゃ満足できない。いつそれが無くなってもおかしくないし、どうしたら葵さんは俺のことを見てくれるようになるのか全然分からなくなってしまった。

 あのときの葵さんは、嫌って感じはしてなかったしな。縮まったと思った距離がまた遠くにいってしまったような気がした。

「否定しといた私が言うのもなんだけど...諦めるの?」

「まさか、そんなわけない。絶対逃がさないよ、死んでも」

 自分でもびっくりするほど低くて、黒い声が出た。

「ま、従姉として応援はしたげる。あんた、初恋だもんね」

「ありがとう。でもまずは誤解を解かないと...」

「瑠夏君に伝えてもらったらどう?」

「いや、俺が直接言わないと意味ないよ。葵さんは疑い深いから」

「ふ~ん、そうなのね。じゃあ私は戻るわ。進展あったら教えて頂戴ね。蓮の家にもいつか話さなきゃいけないときがくるでしょ?その時は話合わせてあげるわよ。」

 杏は自分の言いたいことをあっさりと言い終えると、そのまま歩きだした。だが俺はまだその場から動けずにいた。

 葵さんの元にすぐにでも行きたかった。でも今、行ったら葵さんを傷つけてしまいそうな気がする。まだ心の整理がついてないし感情が先走るだけじゃ、きっと元も子もなくなる。

 そういえば、葵さんは俺のことほとんど聞いてくれなかったな。葵さん自身のことも、瑠夏や瑠夏のおばあちゃんが話してくれたから知っているだけで、葵さんの口から直接聞いたことなんて果たしてあっただろうか。

 もしかしたら、始めから俺に興味が無かったのかもしれない。そう思うと一気に悲しい気持ちが心に覆いかぶさった。一体俺の何がダメだったんだろう。何を不満にさせてしまったのだろうか。

 たぶん、連絡先はブロックされてる。今、葵さんはどんな気持ちなんだろう。俺のこと、嫌いになったかな...。

「俺って、こんなださかったっけ」

 水溜りに写る自分を見つめながら、静かに呟いた。


































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