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31.前世の話
前世の俺は、地方の大学に進学した、しがない大学生だった。
ただ、人と少しずれているなと感じたものがあった。それは親からの過干渉だ。
俺には、五つ上の兄がいた。昔から兄には、「お前の方が母さんからの愛情をもらっているから羨ましい」「太陽は母さんに甘えすぎだ」なんてことを言われることが多かった。
だけど、俺にとってそれは枷でしかなかった。なによりも息がしづらかった。
それに、兄貴は知らなかっただろうな。母さんは別に、俺のことが好きで一緒にいるんじゃないってことを。
母さんはいつも、優秀な兄貴と俺を比べては、俺のことをまるでダメ人間扱いした。だからこそ、俺のことを”優秀な兄”に負けないよう教育をしたかったのだろう。
それに母さんは、兄貴を前にすると俺のことを褒める回数が増えた。それが兄貴にとっては、”甘やかされている”、と感じた要因だったのだろう。
けれど、甘やかすことなんてことは一切なかった。
口癖は、いつも俺のことを罵倒する言葉ばかり。今でもそれが耳に焼き付いている。
「光はできるのに、どうしてお前にはできないのかしら?」
「はぁ、こんなところでへましてるなんてダメね。」
「お前はほんとうにダメ人間。こんな問題も解けないんじゃ、将来が不安ね。」
せっかくクラスの子から遊びに誘ってもらえても、何かと理由をつけては行かせてくれなかった。
「遊びに行きたい? 何を言っているの? 今日はここまで問題が解けるまで勉強するのよ。遊びになんて行っている暇はないわ。お前は優秀な大学に進まなきゃいけないの。」
「ゲーム機が欲しい? スマホが欲しい? ダメよ。あなたのお兄ちゃんだって、学校の成績で一番を取ったからーー」
その結果、友達と呼べる人は小学校、中学校、高校を通して誰一人としていなかった。
唯一、俺の要望が通ったのはスマホを持つことと、アルバイトをしたい、と言ったときだけ。それ以外は、俺の意見なんて一切聞き入れてもらえなかった。
山積みにされたテキストを、ひたすらに解いては復習し、解いては復習をし......そんなのを繰り返す日々。
「いい? 母さんもね。本当は、こんなこと言いたくないのよ。でもあれもこれも全部、あなたのためを思ってやっているの。それだけは分かってちょうだい。」
「......分かってるよ。母さん。」
こう言われるたびに俺は自分の気持ちを押し殺し、惨めな思いをした。
優秀な兄貴がいなければ、母親はこんな風になっていなかったんじゃないか。こんな劣等感を感じることなく、過ごせていたかもしれないのに......。
次第に俺は、兄に対して憎しみや嫌悪の感情を抱くようになった。
そこから、俺は高校で所属していた部活動を辞めたことを皮切りに、反抗をするようになった。反抗といっても可愛いものだったけれど、母さんに縛られていた俺からすれば、立派なものだった。
家に帰りたくないからと公園で門限ギリギリまで過ごしたり、スマホの通知を消して連絡を見ないようにしたり、
母さんの指定した大学なんて行くはずもなく、嘘をついて遠い地方の大学を受験したり。
そして、合格が分かると高校時代に貯めていたアルバイト代ーー五十八万円をすべて使い、家を飛び出し、すぐに一人暮らしを実現させた。
もちろん、家を出たと同時に連絡先はすべて削除。ただ、捜索願とか出されたら面倒だから、兄貴の連絡先だけは残しておいた。
こうして俺は、家族というしがらみから解き放たれた。
誰からも干渉されない自由な生活。それは今までの人生で、何よりも輝いていた。
制限されてきた反動で、大学では思い切り弾けた。たくさんの知らなかった遊びに触れ、初めてオールでカラオケもした。友達とお酒で失敗して財布を取られたり、終電を逃してどこかも分からない駅で談笑しながら、始発を待ったこともあった。
何より、誰かに小言を言われることもなければ、誰かと比べられることもない。
ただ自分の思うままに生きる日々は、本当に楽しくてーー幸せだった。
ーーけれど、俺がゲームの世界に転生する前日。ある出来事が起きた。
今日は、大学の友達とオンラインで飲みながら、オープンワールドのゲームを満喫する予定だった。
片手にコンビニで買ったお酒とつまみを持ちながら、いつも通り帰宅すると、アパートの前に見覚えのある姿があった。
これから楽しみなことで頭がいっぱいだったのに、冷や水を被ったように冷静になる。
「......こんなとこで何してんだよ。兄貴。」
「久しぶりの兄に、そんな態度はないんじゃないか?」
腕組みをしながら、兄貴はため息を吐く。
「さっさと帰れよ。俺は用なんて無いからな。」
俺は兄貴の存在を無視して、玄関の鍵口に鍵を差した。
「母さんからの伝言だ。近々、会って話したいことがあるそうだ。一度実家に帰ってやれ。連絡先をブロックされていて、連絡が取れないと嘆いていたぞ。」
(そんなの、今に始まったことじゃないだろ......。)
無意識に拳に力が入る。
「おい、聞いてるのーー」
「あーあー。もう分かったから。行けばいいんだろ行けば。」
「はぁ......。いつまでも意地張ってないで、母さんとも仲直りしろよ。もう子どもじゃないんだからな。じゃあな。」
兄貴は言いたいことだけ言うと、さっさとその場から去っていった。
今さら話すことなんて、別に何もねぇし。
家の中に入り、俺は意味もなく、部屋の扉を軽く蹴った。
ドン、という音が鳴るだけで、心は何も満たされなかった。
自室に入り、ベッドに体を放り投げる。
ぼんやりと天井を見上げながら、物に当たってしまった自分にも嫌気が差す。
(もう気分最悪......。今日はゲーム断るか。)
”わりぃ、今日パスで”
グループチャットにメッセージを送る。
送信してすぐにピロン、と通知音が鳴ったが、もはや見る気も起きなかった。
無機質な天井をぼんやりと見つめながら、ふと考える。
もし俺が、兄貴のようにできた人だったら。
もし俺が、母さんの期待に応えられるような人だったら。
もし俺が、生まれてこなければ......。
考え出すと、胃がキュッと締まる感じがして落ち着かない。
うつ伏せになり、枕に顔を埋める。
ーーもう、考えるのはよそう。
そうして、もやもやを抱えたまま、俺は瞼を閉じた。
次の日。
目を覚ますと、外はバケツをひっくり返したような豪雨だった。窓にはバチバチと小石が当たっているような音が響いている。
外には出たくなかったが、今日は必修の講義もあるし......ついでに言うと燃えるゴミの日でもある。
面倒だったが、俺は重い腰を上げ、ゴミ袋を二つ手に持って外へ出る。
(朝八時までにゴミ出しとかないと、回収されないとかまじで早すぎんだろ。)
不満を胸の内に浮かべつつ、あくびをしながら階段に足をかけた、その瞬間ーー
身体が宙に浮いた。
足の先から血の気が引いていく。
咄嗟に手すりに手を伸ばすが、届かない。
(やばい——)
そう思ったときには、もう遅かった。
鈍い衝撃とともに、俺の意識は暗闇に沈んでいった。
ただ、人と少しずれているなと感じたものがあった。それは親からの過干渉だ。
俺には、五つ上の兄がいた。昔から兄には、「お前の方が母さんからの愛情をもらっているから羨ましい」「太陽は母さんに甘えすぎだ」なんてことを言われることが多かった。
だけど、俺にとってそれは枷でしかなかった。なによりも息がしづらかった。
それに、兄貴は知らなかっただろうな。母さんは別に、俺のことが好きで一緒にいるんじゃないってことを。
母さんはいつも、優秀な兄貴と俺を比べては、俺のことをまるでダメ人間扱いした。だからこそ、俺のことを”優秀な兄”に負けないよう教育をしたかったのだろう。
それに母さんは、兄貴を前にすると俺のことを褒める回数が増えた。それが兄貴にとっては、”甘やかされている”、と感じた要因だったのだろう。
けれど、甘やかすことなんてことは一切なかった。
口癖は、いつも俺のことを罵倒する言葉ばかり。今でもそれが耳に焼き付いている。
「光はできるのに、どうしてお前にはできないのかしら?」
「はぁ、こんなところでへましてるなんてダメね。」
「お前はほんとうにダメ人間。こんな問題も解けないんじゃ、将来が不安ね。」
せっかくクラスの子から遊びに誘ってもらえても、何かと理由をつけては行かせてくれなかった。
「遊びに行きたい? 何を言っているの? 今日はここまで問題が解けるまで勉強するのよ。遊びになんて行っている暇はないわ。お前は優秀な大学に進まなきゃいけないの。」
「ゲーム機が欲しい? スマホが欲しい? ダメよ。あなたのお兄ちゃんだって、学校の成績で一番を取ったからーー」
その結果、友達と呼べる人は小学校、中学校、高校を通して誰一人としていなかった。
唯一、俺の要望が通ったのはスマホを持つことと、アルバイトをしたい、と言ったときだけ。それ以外は、俺の意見なんて一切聞き入れてもらえなかった。
山積みにされたテキストを、ひたすらに解いては復習し、解いては復習をし......そんなのを繰り返す日々。
「いい? 母さんもね。本当は、こんなこと言いたくないのよ。でもあれもこれも全部、あなたのためを思ってやっているの。それだけは分かってちょうだい。」
「......分かってるよ。母さん。」
こう言われるたびに俺は自分の気持ちを押し殺し、惨めな思いをした。
優秀な兄貴がいなければ、母親はこんな風になっていなかったんじゃないか。こんな劣等感を感じることなく、過ごせていたかもしれないのに......。
次第に俺は、兄に対して憎しみや嫌悪の感情を抱くようになった。
そこから、俺は高校で所属していた部活動を辞めたことを皮切りに、反抗をするようになった。反抗といっても可愛いものだったけれど、母さんに縛られていた俺からすれば、立派なものだった。
家に帰りたくないからと公園で門限ギリギリまで過ごしたり、スマホの通知を消して連絡を見ないようにしたり、
母さんの指定した大学なんて行くはずもなく、嘘をついて遠い地方の大学を受験したり。
そして、合格が分かると高校時代に貯めていたアルバイト代ーー五十八万円をすべて使い、家を飛び出し、すぐに一人暮らしを実現させた。
もちろん、家を出たと同時に連絡先はすべて削除。ただ、捜索願とか出されたら面倒だから、兄貴の連絡先だけは残しておいた。
こうして俺は、家族というしがらみから解き放たれた。
誰からも干渉されない自由な生活。それは今までの人生で、何よりも輝いていた。
制限されてきた反動で、大学では思い切り弾けた。たくさんの知らなかった遊びに触れ、初めてオールでカラオケもした。友達とお酒で失敗して財布を取られたり、終電を逃してどこかも分からない駅で談笑しながら、始発を待ったこともあった。
何より、誰かに小言を言われることもなければ、誰かと比べられることもない。
ただ自分の思うままに生きる日々は、本当に楽しくてーー幸せだった。
ーーけれど、俺がゲームの世界に転生する前日。ある出来事が起きた。
今日は、大学の友達とオンラインで飲みながら、オープンワールドのゲームを満喫する予定だった。
片手にコンビニで買ったお酒とつまみを持ちながら、いつも通り帰宅すると、アパートの前に見覚えのある姿があった。
これから楽しみなことで頭がいっぱいだったのに、冷や水を被ったように冷静になる。
「......こんなとこで何してんだよ。兄貴。」
「久しぶりの兄に、そんな態度はないんじゃないか?」
腕組みをしながら、兄貴はため息を吐く。
「さっさと帰れよ。俺は用なんて無いからな。」
俺は兄貴の存在を無視して、玄関の鍵口に鍵を差した。
「母さんからの伝言だ。近々、会って話したいことがあるそうだ。一度実家に帰ってやれ。連絡先をブロックされていて、連絡が取れないと嘆いていたぞ。」
(そんなの、今に始まったことじゃないだろ......。)
無意識に拳に力が入る。
「おい、聞いてるのーー」
「あーあー。もう分かったから。行けばいいんだろ行けば。」
「はぁ......。いつまでも意地張ってないで、母さんとも仲直りしろよ。もう子どもじゃないんだからな。じゃあな。」
兄貴は言いたいことだけ言うと、さっさとその場から去っていった。
今さら話すことなんて、別に何もねぇし。
家の中に入り、俺は意味もなく、部屋の扉を軽く蹴った。
ドン、という音が鳴るだけで、心は何も満たされなかった。
自室に入り、ベッドに体を放り投げる。
ぼんやりと天井を見上げながら、物に当たってしまった自分にも嫌気が差す。
(もう気分最悪......。今日はゲーム断るか。)
”わりぃ、今日パスで”
グループチャットにメッセージを送る。
送信してすぐにピロン、と通知音が鳴ったが、もはや見る気も起きなかった。
無機質な天井をぼんやりと見つめながら、ふと考える。
もし俺が、兄貴のようにできた人だったら。
もし俺が、母さんの期待に応えられるような人だったら。
もし俺が、生まれてこなければ......。
考え出すと、胃がキュッと締まる感じがして落ち着かない。
うつ伏せになり、枕に顔を埋める。
ーーもう、考えるのはよそう。
そうして、もやもやを抱えたまま、俺は瞼を閉じた。
次の日。
目を覚ますと、外はバケツをひっくり返したような豪雨だった。窓にはバチバチと小石が当たっているような音が響いている。
外には出たくなかったが、今日は必修の講義もあるし......ついでに言うと燃えるゴミの日でもある。
面倒だったが、俺は重い腰を上げ、ゴミ袋を二つ手に持って外へ出る。
(朝八時までにゴミ出しとかないと、回収されないとかまじで早すぎんだろ。)
不満を胸の内に浮かべつつ、あくびをしながら階段に足をかけた、その瞬間ーー
身体が宙に浮いた。
足の先から血の気が引いていく。
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そう思ったときには、もう遅かった。
鈍い衝撃とともに、俺の意識は暗闇に沈んでいった。
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