あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ

文字の大きさ
11 / 15

11.

 お店の前にはすでにアインスが用意していた馬車が待っており、僕はその馬車にアインスと一緒に乗りこんだ。隣に座るアインスは、僕の手を握りながら、いつもと変わらない様子を装っていた。

 ーーお義父様を殺したのは、君なの?

 その言葉を、僕はどうしても口にすることができなかった。

 アインスから時折振られる話題にも、僕はぎこちなく相槌を打つだけになってしまっていた。アインスもそれを察してなのか、深い話題には踏みこまず、当たり障りのない会話を選んでいるように見えた。

 そうして国境付近に差しかかり、王都まであと半刻ほどという頃になって、ようやく僕は本題を切り出すことができた。

「ねぇ、アインス。どうして僕の居場所が分かったの?行き先は誰にも言ってなかったはずなのに。」

「あぁ、簡単なことだよ。シューンが付けてる指輪、それには追跡装置が仕込まれているからね。シューンがどこにいるか、いつでも分かるんだよ。まぁ、それでも迎えに来るまでちょっと時間はかかっちゃったけど。」

「それに......指輪外さないでいてくれたんだね。」

 アインスは僕の手の甲にそっと口づけを落とす。

「......うん、これは、外せるわけないよ......。」

 僕は少し俯き気味に答えた。馬車に揺られている間、僕は一度もアインスの顔をまともに直視することができなかった。

「あのさ......お義父様を殺したのって......君、なの?」

 この問いを口にした瞬間、ようやく僕はアインスの顔を見ることができた。アインスは僕の質問に表情を変えることなく、淡々と答えた。

「うん、父さんを殺したのは俺だよ。でも、後悔なんてしてない。俺からシューンを引き剥がそうとしたんだ。当然の報いだよ。」

 アインスはどさりと、馬車の背もたれに身を預け、腕を組んでそう言った。

「それに、父さんは他国への情報漏洩、奴隷市場での身売り、脱税なんかもやってた。明るみに出さなければならないことが山ほどあったんだ。なにより、国王も容認してくれたよ。」

 ーー国王が容認。

 確かに国王はかなりのやり手で、民からの支持も厚い。その一方で、気分屋であまのじゃくな一面もある人物だ。今回アインスの味方についたのも、単にアインス側についた方が面白そうと判断したのだろうな、と僕は推測した。

 楽しいことには積極的に首を突っ込み、つまらない、退屈だといった場では滅多に顔を出すことはないーーそんな人物だ。

「シューンが心配する必要ないよ。これからも僕たちはずっと一緒だよ。跡継ぎのことも気にしないで。養子縁組だって、今はいくらでもやりようはあるからね。」

「でも......」

 言葉を続けようとすると、アインスは僕の唇に人差し指を当てた。

「はい。この話題はもうここで終わり。シューンにやっと会えたんだ。今日は久しぶりに、一緒にご飯を食べようね。」

 そう言って微笑んだアインスの表情は、確かに嬉しそうだった。けれど、どこかいつもと違って見えたのは気のせいかな。

 やがて、馬車は城門の前で止まり、僕は久しぶりに王宮の中へと足を踏み入れた。そこには、以前と変わらない光景が広がっていた。

 ただ、一つを除いて。

 廊下に飾られていたはずの、お義父様の肖像画がきれいさっぱり姿を消していたのだった。僕は、かつてそこに肖像画があった場所で、ぴたりと足を止めた。

 お義父様は、良くも悪くも僕に対して無関心だった。視線は常に僕ではなく、アインスへと向けられていて、会うたびにーーきっとこの人は息子思いの父親なんだろうな、と思っていた。まさかその結末がこんな形になるとは、本人も想像していなかっただろう。

 ーーどうか、安らかに眠れますように。

 そう心の中で願っているとき、アインスから声をかけられた。

「シューンは俺の部屋で待ってて。お腹空いてるでしょ?もう夜も遅いから、軽めのものしか持っていけないけど。」

「うん、分かった。」

 僕はアインスの寝室へ向かった。扉を開けると、ふわりと花のお香のような甘い香りが鼻をくすぐる。

 ーーアインスって、こんな香りの趣味あったっけ??不思議に思いながらも、僕はベッドに腰を下ろした。

 しばらくして戻ってきたアインスは、テーブルに果物やナッツ、クラッカーそれにワインを並べた。

「とりあえず、飲みながらシューンがいなくなってからのことを話そうか。」

 ワインを傾けるその仕草は相変わらず洗練されていて、秀麗な顔立ちと相まってよく様になっていた。

 話によると、僕がいなくなってから王宮内は軽い騒ぎになったらしい。マーシュも僕がいないことに気が付くとパニック状態になってしまい、それをアインスが必死に宥めたという。

 僕が姿を消した事情を知っていたのは、お義父様だけだった。そのため当初、僕は失踪したとして処理されるはずだったが、アインスがそれを強く否定したことで、お義父様派の旧派閥とアインス派の新派閥で対立が深まっていったらしい。

 一年もの間、膠着状態が続いたがーーお義父様が亡くなったことにより、この均衡状態は崩れ去り、結果としてアインス派が勝利を収めた。

 この一件があったせいで、アインスは僕を迎えに来るのが遅れてしまったとのことだった。

 そこから先の話ーーなぜ、アインスがお義父様を殺さなければならない状況に追い込まれたのか。その理由を聞こうとしたそのときだった。

 いつもより早く酔いが回ってきてしまったのか、視界がぐるぐると歪み、身体の奥から妙な火照りが湧き上がってきた。

 その異変に気付いたアインスは、にやりと口角を上げてぽつりと呟いた。

「......薬が回ってきた頃かな」

 ーーくすり?

 お酒に入っていたのか......?

「シューンさ、俺が王立学校に通ってた頃、何を専攻してたか覚えてるよね?」

 霞がかった頭でアインスの問いを必死に考えるが、思考がうまくまとまらない。

「催淫作用のあるお香も炊いちゃったから、ちょっと効きすぎちゃったかな。今、シューンが飲んだものには、ほんの少しだけ......僕の作った薬を入れさせてもらったんだ。」

 そう言って、アインスは肩をすくめた。

「......じじぃからの指示だったとはいえ、俺に相談してくれたら、こんなことにはならなかったのにね。」

 射抜くように向けられたその瞳は、僕の知らない冷え切った目だった。

 ーーあぁ、そうか。

 お義父様の身体に目立った外傷はなく、かといって体内から毒物が検出されなかったのもは......。きっとアインスがお義父様の命が尽きたのを確認したあと、解毒薬でも飲ませたのだろう。

 視界が大きく歪んで僕はそのままぱたり、と意識を失った。

「俺の前から勝手にいなくなったシューンにちょっとしたお仕置きだよ。いや”お返し”って言ったほうが正確かな?」

 最後に耳に残っていたのは、アインスの愉しそうな声だった。

「あはっ、かわいいシューン。これでやっと、二人で幸せに暮らせるね。......あぁ、もう聞こえてないか。」
感想 21

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品