今日から管理人さん、寮はVtuberだらけ。

小林夕鶴

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第27話 風が揺らす、気持ち

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 朝、食堂のテーブルを囲む声がにぎやかだった。

「かなたん、これ美味しいよ~♪」

「お、それ自信作! あぁこぼすって」

 ひまりが笑いながら俺の腕を軽く叩き、雪代さんがそれを見て「もう本当の兄妹みたいね」とからかう。
 ひまりと雪代さんはお互い目を合わせて意味深に笑う。

 ナヅキも笑いながら、でも少し離れた席で食パンを頬張っていた。


 笑い声が重なり、秋の風が窓から吹き込む。

 ここ最近の寮の朝はいつもは賑やかだ。
 生活リズムの乱れやすいVtuberの寮とは思えないほど、ご飯のときはみんな揃う。

 それが、変わらない日常だと信じていた。

 



⭐︎⭐︎⭐︎



 笑い声が響くたび、胸の奥が少しきゅっとなる。

 ひまりが笑ってる。雪代さんも笑ってる。

 わたしも笑っているはずなのに、その笑顔がうまく続かない。

 

 ……なんだが、変わってまりそうで怖い。

 

 雪代さんが時々、奏太くんをまっすぐ見て妖艶な大人のように笑うのを見た。

 ひまりが当たり前のように奏太くんの腕を掴んで純情な少女のように笑うのを見た。


 笑顔なのに、心臓の奥がちくんとする。

 

 なんでだ?

 

 わたしは、この寮が好きだ。

 雪代さんが笑って、ひまりが笑って、奏太くんが笑って、

 そして、わたしも笑って――

 

 その全部が続けばいいって、本気で思っているのに。

 

 雪代さんが、ひまりが、

 もし、奏太くんの“特別な誰か”になってしまったら。

 奏太くんが、うちを置いて、どっか遠く行ってしまったら。

 今度は数年ぶりに会える、なんて奇跡は起こらない。

 

 ……やだ。

 

 坂道を降りる午後、スーパーの袋を両手に下げる奏太くんの隣を歩く。

 近くの小学校から合唱曲が聞こえる。
 思わず鼻歌を口ずさむと、いつかの帰り道みたいに奏太くんが自然と合わせてくる。

 それが心地よくて思わず「鼻歌泥棒がまた来たべ」なんて軽口をたたいてしまう。

「奏太くん……」

「ん?どうした、ナヅキ。そんなに鼻歌泥棒が嫌だった?」

 そう言えば美術館に行った辺りから自然と“さん”が取れた。
 その距離感が嬉しくなる。

 わたしも少しくらいなら寄ってもバチは当たらないはずだ。
 ひまりちゃんのような自然なボディタッチも、雪代さんのような蠱惑的な言葉も、わたしにはないから。
 
「……ん……か、奏太、荷物、持づべが?」

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「……そが?」

「うん。ありがとう」 

「…………」

 “くん”を取って呼ぶだけで使い果たしたわたしは、会話を考えることをやめて鼻歌に逃げる。

 ……あれ?さっき何の歌だっけ?



 秋の風が吹いて、髪が揺れる。

 夕日がオレンジ色に染める街で、奏太の横顔を見上げた。

 やっぱり、うちの笑顔を見て笑ってくれる奏太が、好きだ。

 

 でも。

 雪代さんやひまりが“特別な誰か”になったとき、奏太はもうこっちを見て笑わなくなってしまうんじゃないか。
 
 優しい人だ。多分、“特別な誰か”へちゃんと特別に笑顔を向けるはずだ。

 そうなったら、わたしとは多分今まで通りには笑わない。

 

 そのことを思うと、心臓がぎゅうっとなって、

 小さく呼吸が乱れる。

 

 

 夜、部屋でひとりになって、髪を乾かしながら鏡を見つめる。

 わたし、笑えでら?

 

 ここでは奏太が笑ってくれるから、わたしは笑えてたのかもしれない。

 でも、みんなの関係が変わって、もう笑えなくなったら、わたしはどうすればいい?

 

 誰にも渡したぐね――

 

 そんな言葉が喉まで出て、怖くなって飲み込む。

 だけど、この気持ちはなくなんね。




 ――このままずっと、変わらずに笑っていたい。

 変わってしまう怖さを知ってしまった。

 

 でも怖いのに、逃げたくは、ない。

 笑えなくなるのが怖いのに、もっと近づきたい。



 ――うちは、この場所で。

 奏太の隣で。

 笑っていたい。

 

 その想いは、もう嘘じゃなかった。


 その想いは何て名前か……
 それを題材にした歌は数えきれないほど歌ってきたのに、
 
 自分のこととなると、まだ、ちょっと怖い。
 わたしにとっては歌の中だけのことだったから。



 秋の風は穏やかなのに、でも確かに、色々なものを揺らして吹き抜けていく。
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