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過去の真実
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その姫はいつも自分の不遇を嘆いていた。幼い頃に両親から引き離され、連れて行かれたのは近隣領地を治める武士の家。
姫は姫ではあったが、その土地の豪族の域を出ない一族の姫であって、生まれも育ちも高貴な姫という訳ではなかった。けれど武家との繋がりが欲しかったその一族は姫を差し出す事で武士の家名を手に入れたのだ。
姫にはその一族を継ぐ弟がいた。幼い頃から武家の嗜みを学べと姫同様にその武家の家に世話になっており、嫡男である龍之介はその子を弟のように可愛がっていた。その子の名前を「清太郎」という。
荒くれ者揃いの豪族の家では大人しい清太郎は居心地が悪かったのだが、武家の家は荒事ばかりではなく教養も惜しみなく与えてくれたので、清太郎はその家が大好きだった。だがどうも姉は自分とは違うようで、恨み辛みを吐かれる度に清太郎はとても悲しい気持ちになった。
姉は嫡男である龍之介との婚姻が決まっていた。けれど嫡男である龍之介より長男である虎之介の方を姉は好いているようであった。それは不遇な自分の人生と呼応するように同じ不遇な環境に置かれている虎之介に姉は恋をしたのだ。
応援したい気持ちもなくはなかった、けれどそれは完全に不義の恋、清太郎は何も言えずに黙りこんだ。何より、この屋敷で自分を可愛がってくれている龍之介を悲しませるのが嫌だった。
龍之介はただ一人、何も知らずに笑っている。そんな彼を見るのが辛くて清太郎は口を噤み続けた。姉は否が応でも龍之介様と婚姻関係を結ぶのだ、それは決定事項で覆せない、清太郎はそう思っていた。
事件は祝言三日前、虎之介は清姫との駆け落ちを企てる、最初は夜陰にまぎれ姫を攫って行くというそれだけの計画だった。清太郎はその計画に気付いていたのだが、やはり誰にも何も言わなかった。
屋敷が燃えたのは偶然だったのだと思う、さすがに姉が火を放って逃げたのだとは思いたくない。
清太郎は気付けば火の海の中にいた、転げるように逃げ場を求めて姉、清姫の部屋へとたどり着く。火の勢いは衰えを知らず、部屋にあった花瓶の水を打掛にぶちかけてそれを被って逃げようとした所に現れた龍之介は清太郎を清姫と誤認する、そして訪れる運命の時……
「ホント、言いたくないんだけどなぁ……」
貴澄は大きな溜息を吐く。清太郎は龍之介が好きだった、慕っていたのも間違いない。琥太郎の夢は間違っている所はひとつもなく、自分の事を姉と完全に間違えていたのだというのに気付いたのは琥太郎に夢の話を聞かされたあとの事だった。
そりゃそうだ、そもそも龍之介様が俺なんかを命懸けで助けにくる訳がない、けれどその最期の瞬間を龍之介の腕の中で迎えられた俺は幸福の絶頂だったのだ。
あの女が出てこなければそれは幸せな恋人同士の死に際の夢で終われたものを、なんで出てきやがった清姫よ……貴澄はぎりりと歯噛みする。
今度の日曜日はデートなんだと浮かれる琥太郎に「その女はお前を捨てて逃げた女だぞ!」とぶちまけてしまいたい、けれどそれを告げる事は過去の龍之介と現在の琥太郎の両方を傷付ける所業で、前世からの長い片想いを拗らせ続けている貴澄にそんな事は出来るはずもない。
前世で清太郎は何も言わずに黙っていた、そして今生でもまた……貴澄はまたしても大きなため息を吐く。この想いは報われる事などない、だったらもっと他に目を向けたらいいと思うのに、それが出来ない自分に貴澄は絶望した。
姫は姫ではあったが、その土地の豪族の域を出ない一族の姫であって、生まれも育ちも高貴な姫という訳ではなかった。けれど武家との繋がりが欲しかったその一族は姫を差し出す事で武士の家名を手に入れたのだ。
姫にはその一族を継ぐ弟がいた。幼い頃から武家の嗜みを学べと姫同様にその武家の家に世話になっており、嫡男である龍之介はその子を弟のように可愛がっていた。その子の名前を「清太郎」という。
荒くれ者揃いの豪族の家では大人しい清太郎は居心地が悪かったのだが、武家の家は荒事ばかりではなく教養も惜しみなく与えてくれたので、清太郎はその家が大好きだった。だがどうも姉は自分とは違うようで、恨み辛みを吐かれる度に清太郎はとても悲しい気持ちになった。
姉は嫡男である龍之介との婚姻が決まっていた。けれど嫡男である龍之介より長男である虎之介の方を姉は好いているようであった。それは不遇な自分の人生と呼応するように同じ不遇な環境に置かれている虎之介に姉は恋をしたのだ。
応援したい気持ちもなくはなかった、けれどそれは完全に不義の恋、清太郎は何も言えずに黙りこんだ。何より、この屋敷で自分を可愛がってくれている龍之介を悲しませるのが嫌だった。
龍之介はただ一人、何も知らずに笑っている。そんな彼を見るのが辛くて清太郎は口を噤み続けた。姉は否が応でも龍之介様と婚姻関係を結ぶのだ、それは決定事項で覆せない、清太郎はそう思っていた。
事件は祝言三日前、虎之介は清姫との駆け落ちを企てる、最初は夜陰にまぎれ姫を攫って行くというそれだけの計画だった。清太郎はその計画に気付いていたのだが、やはり誰にも何も言わなかった。
屋敷が燃えたのは偶然だったのだと思う、さすがに姉が火を放って逃げたのだとは思いたくない。
清太郎は気付けば火の海の中にいた、転げるように逃げ場を求めて姉、清姫の部屋へとたどり着く。火の勢いは衰えを知らず、部屋にあった花瓶の水を打掛にぶちかけてそれを被って逃げようとした所に現れた龍之介は清太郎を清姫と誤認する、そして訪れる運命の時……
「ホント、言いたくないんだけどなぁ……」
貴澄は大きな溜息を吐く。清太郎は龍之介が好きだった、慕っていたのも間違いない。琥太郎の夢は間違っている所はひとつもなく、自分の事を姉と完全に間違えていたのだというのに気付いたのは琥太郎に夢の話を聞かされたあとの事だった。
そりゃそうだ、そもそも龍之介様が俺なんかを命懸けで助けにくる訳がない、けれどその最期の瞬間を龍之介の腕の中で迎えられた俺は幸福の絶頂だったのだ。
あの女が出てこなければそれは幸せな恋人同士の死に際の夢で終われたものを、なんで出てきやがった清姫よ……貴澄はぎりりと歯噛みする。
今度の日曜日はデートなんだと浮かれる琥太郎に「その女はお前を捨てて逃げた女だぞ!」とぶちまけてしまいたい、けれどそれを告げる事は過去の龍之介と現在の琥太郎の両方を傷付ける所業で、前世からの長い片想いを拗らせ続けている貴澄にそんな事は出来るはずもない。
前世で清太郎は何も言わずに黙っていた、そして今生でもまた……貴澄はまたしても大きなため息を吐く。この想いは報われる事などない、だったらもっと他に目を向けたらいいと思うのに、それが出来ない自分に貴澄は絶望した。
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