運命に花束を

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運命に花束を①

運命は妖艶に微笑む⑤

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 ヒートで時間を潰してしまった二人は村で一度娘の顔を見るだけ見てメリアにとんぼ返りしていた。
 ムソンの村で合流したクロードはたそがれている。ここはメリアにある宿屋の一室だ。たいして広くも綺麗でもないが寝起きするだけなら充分だ。

「あなた達はいつでも二人一緒ですし、エディはエディで城へと何度も忍び込んでアジェと会っているのに、私だけ彼女に会えないのは理不尽です」
「や、そんな事言われても。ファルスに戻った時に会ってくればいいんじゃないのか? ファルスには何度か帰ってるんだろ?」
「彼女、今はファルスにいないのですよ」
「え? どっか出掛けてるの?」

 クロードは逡巡するように一度黙り込んで、あなた達ファルスの人間ではないからいいですかね、と彼女の詳細を語り始めた。

「実を言うと、今彼女はメリアに居ます」
「え? なんで? 彼女ファルスの人だろ?」
「連れて行かれてしまったんです。そう、それこそアジェと同じでメリア王に連れて行かれてしまったのですよ」

 その話を聞いた二人は固まる。そんな話を聞いてしまえば思い当たる人物は一人しかいない。

「え? もしかしてクロードさんの彼女さんって……」
「はい、今アジェと一緒にメリア城に囚われています」

 確定だ、クロードの彼女はブラックの娘か!

「私はエディと違って身体能力はそれほど高くはありません。さすがに城壁を登ったり、塔から飛び降りたりと容易くできる人間ではないので、会いに行くことが出来ないのです」
「あぁ、それでは彼女さんの事心配ですよねぇ」
「はい、逐次ムソンの方々が報告をくれるとはいえ、やはり心配は心配です」
「でもちょっと待て、ブラックの娘って結構若くなかったか?確かアジェより年下……」
「今年十五歳ですね」

 クロードがグノーと同じ歳なのだから歳の差十歳、いやそれ以前の問題だ。

「犯罪じゃないですか!」
「犯罪? 何がですか?」

 心底分からないという顔でクロードは首を傾げる。

「いや、まぁ確かにバース性の場合ヒートが始まっちまえばそんなこと関係ない所あるけど、それにしたって……ブラックに怒られないか?」
「そんな事もあるかもしれないので内緒にしています」
「エディ君にも言えない訳ですね」

 ナダールとグノーは溜息を吐く。とんでもない事を聞いてしまった、うっかり火の粉がこちらに振りかかってこなければいいけれどと思わざるをえない。
 その時どこかでかたんと何かが外れる音がした。

「なので私も、一刻も早くこの件には片を付けていただきたいのですよ。彼女に何かあったらと思うと気が気ではありません」
「それはそうでしょうね」
「という訳で、今の状況はどうなっていますか? 何か変わった事はありましたか?」
「こっちは特にないな『暁の乙女』の名前が浸透したくらいだ。ルークそっちは?」

 中空に向けて声を掛ければ「はいは~い」と元気な声が降ってくる。

「なんだかさすがにルイスさん達の行動が目に余ったみたいで、サードが王宮に呼び出しくらってたよ」
「いよいよ動き出したか……行くのか?」
「うん、行くみたい。話して理解と賛同を得られる場合が万にひとつくらいあるかもしれないって言ってたけど、まぁ無理だよねぇ、きっと」
「護衛がいるな。まぁ俺は行くとして、あと誰にしよう……」
「なんであなたそんなに行く気満々なんですか、駄目ですよ、敵の手の内に自ら飛び込むようなものじゃないですか! バレたらどうするんですか!」

 ナダールの抗議にグノーは腕を組む。

「でもさぁ、今いるメンツの中で強くて、明らかにメリア人で怪しまれない上に、城の中熟知してるの俺くらいじゃね?」
「言われてしまえばその通りですけど! 一人で行かせるわけにはいきませんよ、あなたが行くなら私も行きます!」
「お前目立つからなぁ……」

 体格がいい上にランティスでは珍しくもない金色の髪がここメリアでは目立ってしまって仕方がないのだ。
 ナダールはそれでも引かない構えでいたのだが、「では私が行きましょう」と、クロードが静かに言った。

「私は地味でさして目立ちもしないので丁度いいでしょう?剣の腕も折紙付きですよ」
「まぁ、妥当な所かな」

 クロードは決して地味な男ではないのだが、本人は本気で自分は地味で目立たない男だと思い込んでいるのでいっそ清々しい。

「私は……!」
「いい子でお留守番、できるよな?」
「私はあなたが目の届かない所で傷付いたりするのは嫌なんですよ! 一緒に行きます、何故駄目なのですか!」
「俺だって俺の事情でお前が傷付く所なんて見たかないよ……それに、今回は足手纏いだ。何事もなければ何もないまま帰ってくる、だから待ってろ」
「グノー!」
「ルークこれで決定だ、ルイスさんとレオンに伝えてきて」
「了解!」

 屋根裏の気配が消える。

「納得がいきません!」
「今は失敗する訳にはいかないんだよ。レオンがメリア王に会う、これでまた今後の動きが変わる可能性がある。万に一の可能性で本当に上手くいけば今後の展開だって楽になる。可能性は低いけどな。レオンがランティスと繋がってる可能性は絶対見せたら駄目なんだ、理解しろ」

 ぐっと言葉に詰まって黙り込む。こういう話をしている時のグノーの言葉には逆らえない説得力がある。自分にはない何か人を支配するような力がグノーにはあるような気がする。それがいい事なのか悪い事なのかは分からないけれど。

「無理も無茶もしないと誓ってくれますか?」
「あぁ、絶対しない、誓うよ」
「本当にあなたは私を心配させる事ばかりするんですから、こっちの寿命が縮みます」
「お前が死んだら俺も死ぬから安心しろ」
「それ、全然安心できませんからね!」

 あぁ、ストレスで禿げそうだ……などと自分の頭髪の心配をしていると、そんな二人のやりとりを聞いているのかいないのかクロードが口を開く。

「そういえば報告遅れましたが、例の『からくり』量産順調ですよ。来月頭には予定通りの数が揃いそうです」
「お、凄いな。予定より早いじゃん」
「あなたが精密な設計図を作ってくれたおかげですよ。ファルスには優秀な技術者も多いですからね、設計図さえちゃんとしていれば作るのは容易かったようですね」
「さすが俺、やればできるもんだな」
「最近あなた自画自賛多いですよね、少し前のあなたからは想像もできないほど前向きで驚きます」

 ナダールの言葉にグノーは首を傾げる。

「だってお前が俺をそう作り変えたんだろ?」
「私がですか?」
「そう、お前のいいなって思うところ真似した結果が今の俺なんだ、だから今の俺はお前が作ったお前の作品だよ」
「そうなんですか」
「夫婦は似るといいますが、そういう共鳴する部分というのはあるのかもしれませんね。幸せそうでなによりです」

 クロードにまでそんな事を言われて何やら照れくさくなってしまう。だが、今のグノーがあるのは自分の影響もあるのかと思うと少し嬉しい。

「あとカイル先生の方は?」
「解毒剤はできたようです。今は『からくり』に積む予定の薬をそれはもう楽しそうに開発していましたよ」
「カイルを調子に乗らせるのはあまりおススメしません」
「そうは言われましても、薬に関しては、あの人の右に出る人いませんからね」
「あの人ちっとも懲りてない……」

 ナダールは溜息を吐く。

「なんかお前あの先生の事になると急に保護者みたいな面になるよな。なんかこう……もやっとするのなんでだろ」
「もやっと?」
「う~なんかもやっと以外の言葉が出てこない。なんかこう心の中がすっきりしない感じ」

 言葉を探すようにグノーは幾つかの言葉を呟くが、どれもこれも何かしっくりこないようで首を傾げた。

「もしかして妬いているんですか? あなたカイルには色々言われたみたいですし、すっきりしていない所があるのかもしれないですね。カイルの言った事なんて全部事実無根なので忘れてしまっていいですからね」
「あぁ、そういう事なのかな……なんか格好悪い」
「私は嬉しいですけどね。私ばっかりあなたに惚れているみたいで寂しかったですけど、そんな事ないんだなって実感できます」

 う~と呻ってグノーは照れ隠しなのだろうか顔を伏せた。
その首筋と耳はやはり赤くて笑ってしまう。

「いつもはエディが言ってくれるので黙っていましたけど、やはりあまり目の前でいちゃつかれると切なくなるのでやめてください」
「いちゃついてるつもりはないんだけどな」
「そのようですが、傍から見たらそれ以外には見えませんよ。私もそろそろ退散するので、あとは好きにやってください。あてられるのはごめんです」

 言ってクロードは別に取っている部屋へと帰っていく。

「そんなにそんなかな?」
「さぁどうなんでしょう、うちは両親もこんな感じだったので割と普通だと思うのですけど」
「俺、普通がいまいち分からないからなぁ。お前基準がおかしいって言われたらもうどうしていいか……」

 言ってグノーはナダールの膝に入り込む、そこは彼の最近のお気に入りの定位置なのだ。
 ナダールにとってもグノーの身体は抱き込むのに丁度いいサイズで、腕の中に入り込む彼は本当に収まりがいい。これでグノーの膝の上に娘が乗れば完璧なのだが、なかなか最近それができないのが寂しい限りだ。

「あなたはお兄さんに会うのは怖くはないのですか?」

 もたれかかってくるその体重を受け止めてそう聞くと彼は少し考え込む。
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