運命に花束を

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運命に花束を②

運命と疑惑①

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 結局ゴールした順位はナダール4位、追ってきた男が5位で彼は地団太を踏んで悔しがった。

「さぁ、封書を渡してもらおうか?」

 手を差し出し、そう促す兵士にナダールはハリーを呼んだ。

「ありがとうございます、助かりました。はい、どうぞ」

 封書の確認役である兵士にその封書を手渡し、ナダールはようやく人心地ついてふぅと息を零す。

「なんだよ、本物お前が持ってたのか?」

 キースの言葉にハリーはおどおどと頷く。実はハリーとスタールはその事を知っていたのだ。ハリーは渡された時に、スタールは切り離された時にそれぞれナダールに耳打ちされていた。

「絶対覆面の誰かだと思ってたのに」

 「オレだって封書持ちたかったぁ~!」とキースは不貞腐れたように嘆く。

「キース君は強いですから、いざとなったらハリー君をちゃんと守ってくれると信じてハリー君に預けたのですよ」

 にっこり笑ってそんな事を言うナダールに、それならば仕方がないかと頷かない訳にいかないキース。その傍らで「僕が一番弱いから……」とハリーはやはりおどおどとした姿を見せている。

「いいえ、あなたは良くも悪くも一番目立たないので、封書を守り切れると判断しただけですよ。大事な物はこっそり隠しておかないとね」
「ふむ、これは本物だな。お前達2位通過だ」

 兵士に言われて、全員が「え?」と兵士の顔を見やった。

「一着二着の者達の封書は偽物にすり替えられていたからな、三着が1位、お前達は2位だ」
「そんな馬鹿な事あるか!」

 スタールの怒声に喜びこそすれ、怒鳴られるなどと思っていなかった兵士はたじろぐ。

「何を怒っている? 四着で2位通過など運が良いではないか! 早くその封書、国王陛下に渡してこい」
「どういう事だ!? 三着って誰だよ?」

 封書のすり替えは完璧なはずだった、あの場に本物を持っていたのはナダールと五着で着いた男の二人だけだったはずなのだ。

「え? ちょっと待って、あいつ……」

 そこでにこやかに笑い観客に手をふっていたのは、あの時の嫌味ったらしい貴族の男だ。

「なんで? あいつの封書、破って捨てたはずだろ?」

 確かにその場にいた者が全員見たのだ、その中身も間違いなく本物だったはずだ。

「俺達騙された?」

 騙したつもりで騙された? あの封書はよく似せた偽物だったのだろうか? それとも、別の挑戦者から奪った封書だったのか?
 疑問ばかりが皆の頭を駆け巡る。

「納得いかねぇ!」

 スタールが怒り、それを「まぁまぁ」とナダールが宥める。

「お前も怒れよ! 納得いかねぇだろうが!!」
「そうですね、でもあちらの方が私達より更に二枚も三枚も上手だっただけかもしれませんし……」

 ナダールがそんな事を言ってスタールを宥める傍らで「どうかしたか?」と先程スタール達と話し込んでいた誘導係の兵士が寄ってきた。

「あいつの封書、本当に本物だったのかよ!?」
「確かに本物だったよ。ちゃんと王印もあったし、中身も間違いなかった」

 「くそっ」とスタールは地面を蹴り、グノーは「すまん」と頭を下げた。

「俺がもっとちゃんと仕事ができていれば……」
「まぁまぁ、それでも2位通過ですよ、ちゃんと無事二回戦は通過した訳ですし……」

 それでも皆の顔はお通夜のように暗い。
 そんな中で大将だけが困ったように笑っている、それもなんだか不思議な光景だ。

「何か納得いかない事でもあるのか?」
「あの人の封書、僕達破って捨てたはずなんです。中身もちゃんと確認して、確かに本物だと思ったのに……」

 ハリーは泣きそうな顔で兵士に訴える。そんなハリーの訴えに「そうか」と兵士はひとつ頷き、「ちょっと待ってろ、確認してくる」とその場を去って行った。
 しばらくすると、先程の兵士が封書の再審議をする事になったと戻って来た。

「再審議?」
「封書は確かに本物なんだがな、どうにも不審な点があるらしい。お前も封書を持って陛下の御前へ行け、その場で再審議が行われる」
「オレ達は? ここで待ってなきゃ駄目?」
「う~ん、まぁ、端の方なら居てもいいんじゃないか? 早くしろ!」



 ナダールが国王陛下に封書を届けに行くと、そこには勿論ブラックが居るはずだったのだが、何故かそこには見知った顔が鎮座していて一瞬目を疑った。

「え? なんで?」

 そこに座って居たのはムソンの村長の息子、ルークの父であるリンだった。リンはナダールに向けてこっそり「黙れ」と人差し指を立てる。
 さすがのルークも「親父何やってんの?」と心の中で呟いており、カズイ・カズサ兄妹もブラックの言動は身に染みて分かっているので「あの人またどこで何やってんだ……」と溜息を吐いた。
 リンの前には貴族の男クレール・ロイヤー、五着で到着したアラン・メイズ、そしてナダールが並んで立たされている。

「さて、お前達をここへ呼び立てたのは他でもない、そこにいるナダール・デルクマンからクレール・ロイヤーへ不服申し立てがあったからだ」

 「ほぅ?」とクレールはこちらに胡乱な瞳を向け、ナダールは慌てた。

「いえ、私は不服を申し立てた訳ではありません、ただ私達は彼の封書を破り捨てたつもりでおりましたので、少々動揺しただけで、決して不服を申し立てたつもりはなかったのです。誤解を与えてしまったのなら大変申し訳ございません」
「ほぅ、私の封書を破り捨てたと? 私にはそんな記憶はまるで無い、むしろ逆に私の方がお前の封書を破り捨てたはずなのだが?」
「えぇ、そうですね。ですが、あなたが奪った私の封書は偽物です、本物はここに確かにございます。あなたもそうだったのですか?」
「ふん、私はお前に封書を奪われた記憶など無いわ!」

 そう言ってクレールは、言いがかりも甚だしいと怒りを隠しもしない。

「今回のこの試合、ずいぶんと偽封書が出回っていたようだが、心当たりのある者は……?」

 一着二着が揃って偽物を掴まされていた件がずいぶん波紋を呼んでいるようで、ナダールはおずおずと手を上げた。

「すみません、私の配下が封書をすり替えたのです。本物はここに……」

 ナダールは本物の封書を観衆の前にずらりと並べて見せる。

「ほほぅ、これは凄いな。でも何故わざわざこんなすり替えを?」
「確実に勝つ為です。どんな方法を使ってでも私は勝ちたかった、そしてそれができる者が配下にいた。ですから私は手段を選ばなかったのです。もしこの方法が勝負に水を差す結果になっているのならば、大変申し訳なく思います。ですが、圧倒的に人数の少ない私達が勝つ為にはこの方法は間違っていなかったと私は思っております」
「別に責めている訳ではない、それも勝利への布石であったのだろう。それにしても大胆な事を考えるものだ」

 ふむふむとリンは一人一人の封書を手に取った。そして「火を持て」と近衛に命を飛ばす。

「実はこの封書には仕掛けがあってな……」

 そう言ってリンがナダールの手紙を火で炙ると、そこにはナダール・デルクマンと自分の名前が浮かび上がってきた。

「これは……」

 次にリンはアランの封書を火で炙る。すると今度はアラン・メイズの名が浮かび上がってくる。最後にリンはクレールの封書を火で炙ったのだが、そこには何も浮かび上がってはこず、俄かに観衆がどよめいた。

「これはどうした事か? クレール・ロイヤー、説明してもらおうか?」

 クレールは下を向いてかたかたと震えていた。

「黙っておっては分からんぞ?」
「偽物だ……」
「ん?」
「偽物にすり替えられたのだ! そこの男、ナダール・デルクマンに私の封書もすり替えられたのだ!!」

 クレールはそう叫び、こちらを指差した。

「え? ちょっと待って下さい、私はそんな事はしておりませんよ。そもそも私の作った封書はそこまで精巧ではありません、一着二着の方の封書を見ていただければ分かると思いますが、見れば一目で偽物と分かる程度の代物です」
「確かにこれは精巧とは言い難いな」

 そう言ってリンが取り出した偽封書には大きく「はずれ」と書かれていて、まるで子供だましのような偽物だ。

「わっ、私のだけ精巧に作ったのであろう! 絶対そうだ! 私は何も知らぬ!!」
「そうは言っても、私、あなたの封書を開けて見るまで中に何が書かれているのか、どうなっているのか知らなかったのですよ? そんな精巧は偽物作る時間はありませんでしたよ」

 「ふむ」とリンは頷いた。確かに一枚だけ精巧に偽物を作るというのも道理に合わないし、そもそも確認の兵士が本物だと思ってしまうほどの偽物を作る意味も無い。

「何にせよ封書は偽物だったのだから、クレール・ロイヤーお前は失格だ。残念だったな」

 言われたクレールは青褪めた。

「納得がいかぬ……」
「ん? なんだ?」
「納得がいきません! 何故こいつの偽封書が許されて、私の偽封書は許されないのですか!? おかしいではないですか! やっている事は同じだろ!」

 叫ぶクレールに「あ~うるせぇ」と一人の兵士が呟いた。

「なんだお前は!? 無礼者が、お前は私を誰だと思っておる! ファルス王国ロイヤー家嫡男、クレール様だぞ!!」
「知ってる知ってる、成金貴族のロイヤー家だろ? そうキーキー叫ぶな、うるさくてかなわない」

 その兵士は兜を外し、面倒くさそうにその黒髪を掻いた。

「陛下!!」

 リンとナダールはその姿に膝を折るのだが、アランとクレールは何が起こっているのか分からないのだろう、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で立ち尽くしている。

「いや~黙って最後まで聞いてようかとも思ったんだが、あんまりこいつがキーキー五月蝿いから、つい本音が漏れちまった。悪い悪い」

 ブラックは悪びれた様子もなく笑って、リンが引いた後の玉座にどかっと座り込む。

「で、ロイヤー家の嫡男様がなんだって?」

 ブラックは足を組み、ふんぞり返るような傲慢な姿勢で片肘を肘掛にかけると、彼を小馬鹿にしたように不敵に笑った。

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