運命に花束を

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運命に花束を②

運命と最後の事件③

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「全く、馬鹿はお前だ、ジミー・コーエン」
「はっは、これは爽快ですなぁ……」
「これはどういう事ですか!」

 ナダールはまだ自分を押さえ込むように抱き付いたままのグノーを抱き締めるようにして、コリーに吠える。

「見ての通りですよ、あなたには全て終わったらお話しすると言っておいたじゃないですか。まぁ、おかげで計画は無事成功に終わりましたよ」

 「悪巧みをしていた輩を一網打尽です」とコリーは作り物のような笑みではない、まるで風呂上りのような気持ち良さそうな笑顔を零した。

「それにあなた、途中から少し状況分かっていたでしょう?」
「この人が無傷で縛られてるなんて有り得ないとは思いましたよ。少なくとも抵抗もせずに捕まるなんて事はないはずですからね。でも、なんで私に何の相談もなくこんな事を! しかもグノーまで巻き込む事ないじゃないですか!」
「怪我をさせるつもりもなかったですし、奥さんは協力的でしたよ。場所の提供も奥さんからの提案ですしね」

 やはり知らなかったのは自分だけか……

「それにあなたに話したら、あの男、ジミーが犯人の中にいると分かった時点で殺してたでしょう? 今だって奥さんがいなければ止められなかった。あなたのその殺気、普段は一体どうやって隠しているのです? 先程は肝が冷えましたよ、何なんですかアレは……危うく計画が失敗に終わる所でしたよ」
「グノーに危険が迫ってる時に、そんな体面なんか気にしてられませんよっ!」

 転がされている彼を見た瞬間、自分でも抑えられない衝動に我を忘れかけた。
 そんな狂気が自分の中に眠っているのかと、自分でも驚いたくらいで、ナダールは再びグノーぎゅっと抱き締めた。
 彼は困ったように腕の中に収まってくれている。

「なんだよっ、お前等! どこまで俺をコケにすれば気が済むんだ。ふざけんなっ!」
「ふざけているのはあなたの方ですよ、この人に勝てる訳もないのに何度喧嘩を吹っかけたら気が済むのですか、今度は温情などありませんからね、牢屋でゆっくり頭を冷してください。まぁ、殺されなかっただけ良かったでしょう? あと、あなたに資金援助をしている人間も吐いてもらいますよ。言っても、見当は付いていますけど」
「資金援助?」
「身を潜ませるのにだって当然お金は必要です。私、この計画を立てるに辺りこの人の身辺調査もしたのですよ、この人にそんな財力はない。にも関わらず、この件に絡んだその辺に転がされているチンピラ共とて金で雇われたような輩ばかり、だとするとそこから推察されるのはどこかにいる金蔓です」
「誰ですか、それ……」
「あなたにも心当たりがあるはずですよ。金持ちで、あなたに恨みを持っている人間……」

 その時、店の外から女性の悲鳴が聞こえた。
 慌てて店外に出ると女性が一人、大柄な男に羽交い絞めにされて剣を突き付けられていた。
 その様子を見て、コリーは目を見開く。

「メリッサ!」

 大柄な男の横には派手な服を着た小柄でひょろりとした男。
 ナダールはその男には見覚えがあった。

「クレール・ロイヤー……」

 それは武闘会で偽封書を国王陛下に渡し怒りをかった貴族の男、クレール・ロイヤー。

「どいつもこいつも役に立たぬ者ばかりだな。しかもお前、私を謀ったな!」
「これはこれは、あなたの方から出向いていただけるとは……しかし、人質とはいただけませんね、娘を離していただけますか?」

 コリーは睨み付けるように剣に手をかける。

「私に手を出したら娘の命はないぞ? 話に聞くメリアの姫とやらを出してもらおうかじゃないか、娘はそいつと交換だ」
「……そんな者はおりません。あれは私が流したデタラメな噂話です」
「そんな訳はない、私は確かに聞いたぞ、メリア王家がその者を探している、とな」
「それがそもそもデタラメな話なのですよ」

 コリーの噂話は嘘もまことも織り交ぜて、実に巧妙な物語となっていた。クレールはまんまとそれに引っかかっているようなのだが、今はどうにも説明が難しい。
 その時グノーが一歩前へと進み出る。

「もういいわ、私があちらへ行けばいいのでしょう?」

 グノーは静かに言葉を紡ぐ。

「グノー?」
「その娘を放してくださいませ。私が貴方のお探しの者ですわ」
「お前は……」
「いつぞやはお世話になりました」

 グノーはつかつかと歩みを進め、メリッサを羽交い絞めにした男の前へと歩いて行く。

「その娘さん、放していただけますか? わたくし、逃げも隠れもいたしませんわ」

 甘い匂いが辺りを包み込む、メリッサを羽交い絞めにしていた男は惚けたようにその腕を緩めた。
 グノーは男から奪い返すようにメリッサを解放して、その手を取った。

「早くお行きなさい。お父様が心配していてよ?」
「でも……」

 躊躇うメリッサに「いいから!」と耳打ちをして、その背を押す。
 その完璧な姫の立ち居振る舞いに見惚れていたクレールだったが、我に返ると「そうか、お前だったか……」とにやりと口元を歪めた。

「そうか、そうか、これはいい。はっはっは、向こうに渡す前にせいぜい可愛がってやるさ」

 クレールは高笑いグノーの腕を取ろうしたのだが、グノーはその手を払い除けた。

「この無礼者がっ!その汚らわしい手でわたくしに触れるでないわっ!」
「なっ……!」
「お前如き下賤の者に触れられるなど、虫唾が走ると言うておるのです」

 蔑むようにそう言うとクレールの顔は怒りだろうか、かっと朱に染まり、乱暴に再び手を伸ばそうとしてきたのだが、その手をグノーは再び払い除け、ついでにその身体を蹴りつけ後ずさる。

「な~んてな!」

 視界の端にはメリッサが逃げおおせた事は確認済みだ。

「お前、勉強不足なんじゃねぇの? メリアの姫って今幾つだか知ってるか? まだぴちぴちの十代だぞ、俺なんかと間違われたら失礼もいい所だ」

 グノーはクレールの横に立つ大柄な男の剣を奪い取る。
 一見強そうにも見えるその男だったが動きは鈍く、愚鈍な男なのだとすぐに分かった。
 グノーはクレールに剣を向ける。

「動くなよ? お前が動いたらお前の大事なご主人様が怪我するかもしれないぜ。もしかしたらうっかり殺しちまうかもしれねぇなぁ……」

 グノーの言葉に男は完全に立ち竦み、その隙を逃すはずのない現役の騎士団員達がその男を取り押さえる。

「……よくも……」
「ん?」

 剣を向けられたままのクレールは何事か口の中でぶつぶつと呟いている。

「よくも私を謀りおって! あの時もだ、女の分際でよくも!」

 クレールは言うが早いかグノーの剣を避け、隠し持っていたのであろう短刀をグノーに向け突進してきた。
 そんな直進的な動きに怯むグノーではないが、うっかり刃が掠め着ている服を裂いた。

「性差別よくないなぁ……あぁ~あ、破れちまった。でも残念、俺、女じゃねぇよ」

 言ってグノーは裂かれた服から胸元を覗かせる。

「は?! 男!?」
「俺は女だなんて、一言も言った事ねぇよ。馬鹿なの?」

 クレールをからかうように言ったグノー言葉にナダールが溜息を吐きつつ寄って来て、グノーに上着を着せかけた。

「別にいいのに」
「私が嫌なんですよ。さぁ、覚悟はできていますか?」

 ナダールはクレールに剣を突き付ける。その時……

「はい、お前等そこまで~」

 なんとも間の抜けた男の声が辺りに響く。

「あれ? ブラック? なんでいんの?」
「なんか様子がおかしいって報告受けたから、見に来た」
「陛下!」

 ナダール含め、ブラックの顔と国王の顔が一致している何名かが、彼の前に傅く。だが、ブラックは「そういうのいいから……」と苦笑し、クレールの前に立った。

「お前、どっかで見た顔だな。ん~? どこだったか?」
「陛下、ロイヤー家の長男です。あの武闘会の時の……名はクレール・ロイヤー」
「あぁ、思い出した、あの時の馬鹿貴族。ほぅ? 向こう十年下働きか、国外追放を言い渡したはずだったのだが、何故お前はここにいる?」
「うっ、それは……」
「せっかく十年下働きで許してやろうと思っていたのに、これでは一族含め処罰を下さんわけにはいかんなぁ、なぁ、クレール・ロイヤー?」

 ブラックの酷薄な笑みにクレールは顔を青褪めさせる。

「それは、困りましたねぇ……」

 だが、ブラックのその言葉に反応したのはクレールだけではなく、ブラックはその発言の主を振り返る。

「ん? お前は?」
「コリー・カーティスと申します、陛下。私を覚えておいでですか?」
「コリー……あ!? コリー班長! うっわ、懐かしい、あんただったか!」
「お久しぶりです、ブラック君」

 「知り合い?」とグノーは首を傾げる。

「そうそう、昔々の大昔、俺、この人の下で働いてたんだよ。騎士団入りたての頃だったなぁ、懐かしい。でも困るって?」
「私、実を言うとこの人の遠縁にあたるのですよ。一族郎党と言われてしまうと、困ったことに私も入ってしまうのです。なので、出来れば内密に事を収めたかったのですけどねぇ……」
「え!? コリーさんがいなくなると仕事が回りませんよっ!」
「あんた、昔っから人を使うのだけは上手かったもんなぁ」
「お褒めにあずかり光栄です。それにしても、この人には本家筋というだけでずいぶんと煮え湯を飲まされてきたというのに、最後の最後まで本当に……この際ですから、いっそ私がこの場で処刑いたしましょうか。どのみち路頭に迷うのならば積年の恨みは晴らさせていただかないと……大事な娘にまで手を出されましたしねぇ」

 コリーは剣に手をかけ、冷笑する。

「「おっさん、怖ぇよっ!」」

 グノーとブラックの声が綺麗にハモリ、思わずコリーが笑い出す。

「なんでしょうねぇ、私、この人を見てると誰かを思い出すとずっと思っていたのですが、あなたですね。物怖じしない所とか、貴方の若い頃によく似ている」
「こいつとは付き合い長いからなぁ。まぁ、なんだ、こいつも俺の息子みたいなもんだから」

 ブラックはそう言ってグノーの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。グノーは「やめろ!」と言いつつもされるがままに、頭を撫でられていて、恐らく悪い気はしていないのだと分かってしまう。

「でも、そうしたらこいつの処遇どうするかな。さすがに班長に全部おっ被せるのもなぁ……」
「ブラック君、私、今は副団長です」
「あぁ、そうだった。副団長、なんかいい案ねぇ?」
「私に一任してもらえるのでしたら、本家もろとも制裁して参りますけど?」
「お、いいねぇ。じゃあ、任せた」

 ブラックは非常に軽いノリで笑顔を見せて頷いた。

「承知致しました。では後ほど私に一任する旨、一筆お願いしますね」
「お安い御用だ」

 これで一件落着とばかりに笑う彼等に不満顔の男が一人。

「……っ、納得いかぬ! 何故私がそんな軽いノリで制裁を受けねばならんのだ!? 納得いかぬぞっ! お前なぞ分家のクセにこの私に……っ、ひっ!」

 クレールの目の前に剣をかざして、コリーが口元だけでにいっと笑う。その瞳は完全に無表情で、彼を本気で怒らせたというのは周りの者からは一目瞭然なのだが、頭の悪いクレールは気付いていない。

「それでは、重いノリでこの場で私に斬り刻まれたいですか? 私はそれでも一向に構いませんよ? 分家? 本家? クソ喰らえですよ、家がなんですか、そんな物があなたの価値のどれほどの物だというのです? 後ろ盾がなければ一人で喧嘩も売れないクソ餓鬼がっ!」
「っっっ、金なら、金なら幾らでも出すっ、だから! そっ、そこのお前等でいい、私を助けたら褒美は幾らでも出すぞ! お前等が一生かかっても稼げないほどの褒美を……っ」

 ブラックは盛大に大きく息を吐く。

「お前は本当に頭が悪いなぁ、ここにいるこいつ等が金で動く訳ねぇだろう。そもそも今回のこの大捕り物には一銭の金も動いちゃいねぇ、なぁ、班長?」
「副団長です。でも、そうですね、金なんて出す必要ありませんでしたよ。ちょっとした噂話で獲物は面白いように釣れましたし、仲間はいつの間にか集ってきましたからね、こんなに賛同者がいる事には驚きましたが、おかげで楽な仕事でした」
「だそうだ、お前にももう少し人望があれば助けてくれる奴の一人もいたかもしれなかったが、残念だったな」

 「まぁ、自業自得だ」とブラックは笑い「さて……」と周りを見渡す。
 クレールはその場にいた者達に後ろ手に縛り上げられたのだが、何かに気付いたのか、突然暴れ出した。

「お前! 一人で逃げる気かっ!? 金は今まで散々出してやっただろう! 私を助けろ!!」

 「え?」と皆が背後に気付き振り返ると一人の男が「ちっ」と舌打ちを打って、逃げ出した。
 それは捕らえたはずのジミー・コーエンで、皆がクレールに気を取られている隙にどうやら縄を解いていたのだろう。

「逃がすかっ!」

 すでにその場にいた者達のほとんどがフードを外して事の成り行きを見守っていた。ジミーに気付き、一番最初に動いたのは意外にもキースを含め、キースに喧嘩を吹っかけていた少年兵達だ。
 ジミーもさすがに武闘会を二回戦まで勝ち上がり、優勝争いまでしていた猛者である、そう簡単に少年達に捕まりはしなかったが、さすがに多勢に無勢でじりじりと袋小路に追い込まれていく。だが……

「えっ!? え、ちょっと、やめてよ、来ないで!」

 そこには先程クレールの手から逃れたメリッサがひっそり邪魔にならないように身を隠しており、ジミーはにやりと笑って彼女を隅へと追い詰めていく。

「嫌っっ、誰かっ!」

 髪を掴まれ、喉元に短刀を突きつけられ、メリッサは涙目だ。
 一日の内に二度までもこんな目に遭わされるなど想像もしていなかった彼女だったが、泣いていてもどうにもならないと彼女は思い切りジミーの足を踏みつける。
 そして、少し動揺を見せた彼の腕に思いきり噛み付いた。

「この女っっ!」

 ジミーは力任せに髪を引っ張り、その刃を振り上げた。もう、駄目……とメリッサは目を瞑り、衝撃に備えるように身を竦ませたのだが、痛みはやってこず、その頬に何か雫が落ちるのを感じると同時に身体をぐいっと手前へと引かれた。

「女にっ、手ぇ上げてんじゃねぇよっ!!」

 そのまま身体は放り投げられ、誰かの腕の中に放り込まれる。

「大丈夫か、メリッサ!? 怪我は!?」
「お……父、さん?」

 途端に涙腺が弛んで涙が零れた。

「こっ、怖かったぁぁぁ……」
「すまん、泣くな。お前に泣かれると、私はどうしていいか分からない」

 父の胸に縋って泣くと、父は困った顔でそう言うので、何故だかそれに少しほっとする。
 涙を拭って、ふとその手を見るとそれは赤くて驚いた。

「え?! 血?!」

 だが、メリッサ自身ははどこも怪我はしていない。振り返ると、ジミーは大柄な男に取り押さえられており、その大柄な男の腕から血が溢れ出してきていて、その血が彼の物だとすぐに気付いた。

「ったく、手こずらせやがって。俺に二度までも刃を立てて、ただで済むと思うなよっ」
「そんなの、お前が勝手に!」
「あぁん!? 俺はなぁ、女・子供に手を上げる奴は大嫌いなんだよっ!」
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