運命に花束を

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君と僕の物語

始まりの物語⑥

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 事情を全て聞いたアジェは「そう」と一言答えて静かに何か考え込むように瞳を閉じた。

「アジェ様……何がどうあろうと私達の関係は変わりませんし、あなたは今後も私が守る、何も心配する必要はありません」

 ランティスからの使者はすでにもういなかった。
 自分が目覚め、アジェが領主の屋敷に戻って来るまでに三日の日付が経っていた。騒ぎが治まってしまえば小さな街は静かなものだ。

「エディはなんでまだ僕を様付けで呼ぶの? エディは父さまの子供だったんでしょ? 正真正銘実の子じゃないか、それってオカシイよね?」
「私は今までもこれからも変わりませんと先程も言いましたよ」
「なんで? 変わるだろ? だってエディは領主様の跡取りだ、僕は捨て子でこの家にはなんの縁も無いんだよ? それなのになんでエディは僕の従者でいようとするの? 絶対おかしいよ!」
「私が今のままで良いと言っているのですよ。領主様もそれで良いと言ってくれました。何か不都合がありますか?」

 もう一度「絶対おかしい!」とアジェは叫ぶ。けれどここは俺にだって譲れない、アジェを守って支える、それは自分が生涯にかけて掲げた目標なのだから。

「なんだか二人ともこじらせてるな」

 傍らで二人の会話を聞いていたグノーはそう言って面白くなさそうに窓の外を見た。
 父の自称友人は何故かまだ領主の屋敷に居座っている。

「あなたはいつまでここに居るつもりなんですか?」
「あ? 領主様がのんびりしてけって言うからのんびりしてるだけだろ。俺だって訳も分からないのに巻き込まれて少しは怒ってるんだからな」

 赤髪のグノーは父と同じであまり柄の良くない男だった。
 こんな男が領主様の屋敷に居座っているのもどうかと思うのだが、それが自分の父親ブラックのせいである以上こちらは何も言えない。父はとんだ置き土産を残してくれたものだ。
 ちなみに俺の家族はもう目覚めた時にはすでに旅立った後で、家に残されたのは「がんばれよ」のメモひとつ。慌しく身だけで出て行ったのが一目で分かる程度に家の中は日常どおりで、そこに家族が誰も居なくなってしまった事は少しばかり寂しかった。

「エディ、グノーにそういう言い方しないで、グノーは僕のお客様でもあるんだから」

 何故だかアジェに叱られた。解せない。
 この男はΩだ。それもΩの中では珍しい男性Ω。アジェもそうなのだが、その体質が稀少ゆえに今まで同じバース性の人間にあまり面識のなかったアジェはグノーにとてもよく懐いていた。そしてグノーもそれが分かっているのか殊更アジェには優しかった。
 どうにも胸がちりちりする。
 彼はαではない、だからアジェとどうこうなる事はありえないのだが、それでも二人が仲良くしているとどうにも妬かずにはいられない。

「もうエディなんか知らない。グノー行こう」

 アジェがそう言って席を立つとグノーも連れ立って行ってしまう。解せない。
 その場所は今まで俺の指定席だったはずだろう!?

「アジェ様、まだ話は終わっていませんよ」
「わからず屋なエディは、嫌いだよ」

 少し寂しげなその声音にまた心が痛む。
 なんでだ? 俺は何か間違った事をしているか? 変わらず傍にいるとそう言っているだけなのになんでアジェは分かってくれない!
 自問自答を繰り返すが答えは出ない。ただ彼の傍に居られればそれでいいのに、俺はアジェが遠くに行ってしまった気がして仕方がなかった。


 それから数日、俺とアジェは答えの出ない問答を繰り返し喧嘩ばかりしていた。そんな俺たちをグノーは何も言わずにただ見ている。その視線が気に入らず、俺がグノーにあたればまたアジェに叱られた。
 そんな口論にも飽き飽きし始めたある晩、アジェがぽつりと零した。

「ねぇ、エディ僕もうこの喧嘩飽きちゃった。もうやめよ……僕エディと喧嘩なんかしたくない」
「それは私も同感ですね、なんでこんなくだらない事であなたと口論にならなければいけないのか分かりません」
「エディってさ、僕のこと立ててるつもりで全然僕の話聞いてくれないよね」

 また悲しげな声音でアジェは言う。

「ちゃんと聴いた上で、それはないと否定しているだけですよ?」
「もういいよ、喧嘩はいや」

 キスして、と彼は腕を伸ばしてくる。それは珍しい彼からのお誘いだった。
 一応将来を誓い合って両親公認で婚約者のような扱いだった自分達だ、それなりに恋人らしい事だってしていないわけではない。まだアジェに発情期ヒートが来ていないので一線は越えてはいないが、自分はいつでも彼を受け入れる準備は整っている。
 唇をついばむようなキス、そんな幼いキスでも彼はこちらをとろけるような瞳で見上げてくる。
 こういう時のアジェからは本当に良い匂いがして、自分の精神力と忍耐力が試される。

「ねぇ、エディ……僕を抱いてよ」
「何を突然。それは発情期がきたらと約束したでしょう?」
「Ωとして未熟な僕に魅力はない?」

 そんな訳あるか! と叫びたい気持ちを俺はぐっと抑える。

「馬鹿な事を言ってないで、今日はもうお休みなさい。私はいつでもあなたを愛していますよ」

 額に口付けると彼は不満げな表情だ。そんな顔も可愛いけれど、我慢我慢。
 部屋まで送って「おやすみなさい」ともう一度くちづけた。
 アジェも「おやすみ」と返して扉を閉める、そして……



「なんで家出なんだよ!!」

 翌朝アジェがいないと騒いでいる侍女の声にアジェの私室に入ってみれば部屋はもぬけの殻、私物は綺麗に片付けられており彼の姿は跡形もなく消えていた。
 机の上には二通の封書。一通は俺宛、そしてもう一通は領主様宛だった。慌てて封を切り中を確認するとそこにはアジェの整った綺麗な字で別れの言葉が綴られていた。
 親愛なるエドワード・ラング様から始まる彼の手紙は、俺が『誰よりアジェを優先してしまう事が辛かった』とそう綴られていた。『自分の事は二の次にして大事にされすぎて辛い』なんて、そんな事考えなくてもいいのにアジェは大馬鹿だ。
 最後には『エディなら立派な領主様になれるよ』なんて、そんな言葉聞きたくない、聞きたくなかった!
 手紙を握りしめて領主様の部屋へと向かう。
 領主様は自分への手紙を読み終わると「ふうむ」と一言呻ってから、その手紙を俺に渡してくれた。
 そこには俺への手紙と似た内容と、領主様の実の子供はエディなのだから彼を大事にしてあげて欲しいとそう綴られていた。
 そして最後にご丁寧にも『エディは自分を追いたがるだろうが、絶対追わせないで欲しい』とそう綴ってあった。

「まぁ、それでも行くのだろう?」
「それはもちろん! 絶対連れ戻してきます!!」

 俺の言葉に「そうだろうと思ったよ」と領主様は静かに笑った。どうやら領主様は最近の一連の流れを静観の構えで見守っているようだった。もう何事も自分の手には負えないと悟ったのだろう。
 俺はアジェを追いかける為に領主様の前から踵を返す。気が付けばグノーの姿も一緒に消えていて、アジェをそそのかしたのはあいつか……と怒りが湧いた。
 部屋に戻り準備を整え部屋を出る。そうして俺は田舎町を飛び出して『運命アジェ』を追いかける旅に出ることになった。
 だがしかし、この時の俺はこの先に起こる数々の事件に否応がなく巻き込まれていく未来を何も知りはしなかった。


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