運命に花束を

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君と僕の物語

第三の事件

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 華やかな新年の祝賀会、あちらこちらで着飾った紳士淑女が歓談していて、時折自分にも声をかけてくる彼等に適当な相槌を打ちながらエリオット王子は苛々と周りを見回していた。
 このパーティの最中、何か事件が起こるのは分かっている。
 大臣ウィリアム・メイスが自分達王家の人間、そして国の根幹に関わる重鎮達の抹殺を企てている事はもう疑いようも無く、エリオット王子はそれを苛々と待ち構えていた。

「王子、パーティの席ですよ。そんな不機嫌を態度に出していたら怪しまれます、もっと自然に振舞ってください」
「うるさい、そんな事できる訳ないだろう!」
「あなた方はちゃんと守りますから、安心してくださいと言っているのに……」
「何故俺が他国の人間であるお前に守られなければならんのだ、そもそもなんでお前がこの事件と計画にここまで首を突っ込んできてるのか、納得いかない」

 エリオット王子と共に壁にもたれるようにしてグラスの杯を重ねている俺を見やって、王子はそう喧嘩腰に呟いた。

「仕方がないでしょう、何処に裏切り者がいるか分からない現状で、間に立って駆け回ってやったのは誰だと思ってるんですか? 私だってアジェが関わってさえいなければこんな面倒な事件に首を突っ込みたくなんてなかったですよ」

 あからさまに面倒くさそうに溜息を吐くと、王子が機嫌を損ねたのが分かる。
 自分も大概短気だが、王子も俺と似たり寄ったりだなと思う。
 顔立ちはアジェにそっくりなのに、寛容さの欠片も無い。

「くそっ、この事件が終わったらお前なんか……」

 王子が言いかけた所で、慌しく1人の兵士が転がるように王の前に駆け込んできた。

「陛下、申し上げます。何者かが城内に侵入しこちらへ向かっている模様です。詳細は不明、応戦して多数の負傷者が出ていると連絡が……」
「ふむ、人数は?」
「まだ、はっきりとは分かりませんが複数名いるとの事です」
「そうか……」

 ランティス国王は落ち着き払った様子でパーティ会場から皆の避難を指示した。
 途端にざわめく招待客達、それに対して王はやはり落ち着いた様子で招待客に笑みを見せ、あくまでも念の為の避難である事、すぐに暴漢など取り押さえられると彼等を王自ら誘い奥へと誘導していった。

「陛下にもこの事は?」
「一応伝えてはある、何が起こるかまでは分からないというのもな」

 それにしてもあの落ち着きよう、狙われているのが自分だと分かっていてあそこまで落ち着いていられるのも配下の人間を信用しているからなのか?
 その配下の人間に何人も裏切り者がいたと言うのに、そんな事が可能なのだろうか?
 その場には大臣のウィリアムもいて、王に付き従い付いて行った。

「私達も行きましょう」

 パーティ会場は広く豪華に飾られていたが、避難誘導された部屋は狭く皆落ち着きが無い。
 女子供は怯えたように隅に固まり震えている、血気盛んな男達は「暴漢など入ってきても蹴散らしてくれるわ」と息巻いていた。
 俄かに部屋の外が騒がしくなり、数人の男達が入り乱れるように室内に転がり込んできた。上がる悲鳴、女子供を守るように立ちはだかる男達。
 城の兵士と思われる複数人の男達と、覆面を被って明らかに怪しい幾人かの男達が小競り合うようにして斬り結んでいる。

「奴等を陛下に近付けるな!」

 それは誰の叫びだっただろうか、俺はその声に反応して王の元へ駆け寄ろうとしたその兵士達を蹴散らした。

「お前、何を!」
「王子、あんたも下がっていろ」

 俺と覆面の男達に挟まれた形の兵士はうろたえた。

「これはどういう……」
「計画はお流れ……そういう事だ」

 言って覆面は兵士に剣を突きつけた。
 それに動揺しない者などいない、明らかに城の兵士と思われる人間が、どう見ても不審者にしか見えない人物に押さえ込まれている。
 しかも、その不審者が狙い撃ちしているのは明らかにその兵士達だけで、その事態が理解できない者達が微動だにできずその様子を窺っていた。
 その中で一番顔を青褪めさせていたのは、大臣のウィリアム・メイスだった。
 俺達から少し離れた場所からこの様子を見守っていた彼は、男達が乱入してきた瞬間自分は巻き込まれぬよう端へと避けていた。
 元々自分には害を及ぼさぬように指示は出していたのだろうが、まさか目の前で自分の放った刺客が捕まるとは思っていなかったのだろう。
 その内に更に外から兵士がやって来て、覆面の男達はその捕まえた兵士を後から来た兵士に引き渡した。

「陛下、暴漢の鎮圧終了致しました」
「ふむ、それは良かった」

 国王が頷くと周りに安堵の空気が流れる。

「怪我をした者や具合の悪くなった者は?」

 幾人かの女性が連れの者に付き添われるようにしてへたり込んだりもしていたが、概ね何の害もなさそうで、国王は小さく頷いた。

「では、祝賀会に戻るとしよう。とんだハプニングに申し訳ない事をした」

 そう言って王は非難してきた時同様促すように、皆をパーティ会場へと誘う。
 その国王陛下の後ろ姿を睨むようにして大臣はその場に立ち尽くしていた。

「いかがいたしました、大臣殿?」

 エリオット王子がそう声をかけるとウィリアム大臣は張り付けたような笑顔で「大事がなくて何よりでした」と頭を下げた。

「ところで先程の覆面の者達は何者ですか?」
「最近側仕えに採用した者達だ、なかなかに優秀で助かっている」
「そのような者の話、伺ってはおりませんが?」
「そうだったか? まぁ、別に私兵の1人や2人可愛いものだろう? 何百人も私兵を抱える大臣殿とは違ってささやかなものです」
「何をおっしゃっているのやら……」

 あらかたの人間がパーティ会場へと戻って行った、残ったのは王子と俺と数人の兵士。

「ご主人様、どうやら傭兵達は出番を失ったようですが、如何いたしますか?」

 そこに現れたのは美貌の麗人クロードだ。

「なっ……何を……」
「いえ、あの方達何か起こった場合の鎮圧係ですよね? 今回の騒動さほど大きくなりませんでしたので、もう必要ないかと思うのですが、如何いたしましょう?」

 にっこり。
 「何を言っている!」と大臣は慌てたように叫ぶも、自分が周りに注目されている事を察してか口を噤んだ。
 クロードの笑顔は久しぶりだ、ランティスに来てからこっちずっと険しい顔付きばかりしていたが、この大臣から解放されるという事がよほど嬉しいと見える。

「まるで騒ぎが起こる事を事前に知っていたような周到ぶりだな、大臣殿」
「な……そのような事は……この所我が国では事件が立て続いており、念の為に用意していたに過ぎません」
「ふん、そうか。まぁ、父上を狙った者共も生きて捕らえたことだし、何かしらの情報は得られるだろう」
「誠に結構な事です」

 そう言って大臣は踵を返した。
 逃げようと思っているのだろうが、そうは問屋がおろさない。
 恐らく大臣はこの謀略が失敗する事など考えていなかったはずだ、それほど周到にこの男は事前準備をしていたし、根回しも完璧だった。
 だが、その根回しの中に幾人かの異物が混入している事に気付けなかったのが彼の大きな敗因だ。

「どこに行かれるのですか? 大臣殿?」
「まだ何者かが潜んでいる可能性もありますので、私はその確認に……」
「それならば、すでに騎士団副団長のケインがやってくれている、あなたはパーティに戻っていただいて結構だ」
「な……いや、それならば王子の方こそ、戻られるべきなのでは?」
「あぁ、勿論。さぁ、共に祝賀会へ戻ろうか、大臣殿。きっとパーティが終わる頃には先程の犯人が黒幕の名を吐いているだろう、今宵はめでたいな」

 ウィリアムは更に青褪めた、さすがにここまで言われて気付いたのだろう、王子は知っていたのだ今夜ここで起こる事を。

「ご主人様、如何いたしましたか? お顔の色が優れないようですが?」

 クロードが優しげな声で彼を気遣う。
 それに何事か気付いて大臣はクロードを見やった。

「お前、私を謀ったのか?」
「なんの事ですか、ご主人様? 私はあなたに言われた通り、傭兵の方達に指示を出していただけ、今回はもう彼等は必要ないかとお声がけしただけなのですが、お気に触ったのなら申し訳ございません」

 「何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」と悲しげに首を傾げれば大臣は怯む。
 そもそもクロードは何も大臣からは聞いてはいなかった、ただ傭兵を待機させて待て。そして城で何か事が起こった際には傭兵を連れてこの騒動を鎮圧せよ、とそう言われていたのだ。
 元々クロードは騎士団長、兵の扱いには長けている、それを踏まえた上での采配だったのだろうが、クロードにはこちらから事前に計画の概要は伝えてあり、傭兵が用無しになる事も分かりきっていた。

「では、何故……」

 そこでまたしても何かに気付いた様子の大臣は顔を上げた。

「王子これは誤解です! 王子はアジェ王子からこの話を聞いたのではないですか?」
「さて、どうだったかな」
「私はアジェ王子に今回のこの一連の騒ぎの計画を聞いておりました、この計画はすべてあの者が! アジェ王子が仕組んだ事です!! 彼はあなた方王家の人間を恨み、憎んでいた、そしてこの計画を企てたのです。私は王子からその計画を聞き、それを未然に防ぐ為に傭兵の準備を……」
「何故アジェがお前にその計画を?」
「王子はこの国の乗っ取りを考えていたのです、王家の人間をこの騒ぎで殺害すれば残る正当な血筋は自分だけ、それに協力しないかと彼は私に持ちかけてきた。もちろん私はお断りさせていただきましたし、その計画がどういった物か分かりませんでしたので、こうやって傭兵の用意を未然に行っていたのです」

 大臣は犯人のすり替え工作に切り替えたらしい。
 少しでも時間を稼ぎ、逃げ出す算段を……と言った所か。

「では問おう、アジェは一体どうやって外部と連絡を取り、この計画を実行させたのか? 幽閉塔の警備は大臣殿が特に厳重にと警備をされていた、王子でアジェの兄である俺でさえ近付けないほどに厳重に、それで一体どうやって外部との連絡を?」
「え……いや、それは……何か、きっとそれは何か方法が……」

 大臣は焦ったように口ごもる。

「そもそもあなたは何故その計画を聞いた時点で、国王である父や、警備の要である騎士団の人間にそれを告げず傭兵に頼ろうとしたのか、それも解せないのだが?」
「それは先程王子もおっしゃった通り、外部への連絡手段などないと思っていたもので、そんな不確かな情報で国を混乱させるのも、と考えた末の事です」
「あくまでもこの計画はアジェが考えた物、と大臣殿はおっしゃるのですね?」
「その通りなのです、私は我が国を裏切るような事は決して!」

 大臣の様子にエリオット王子は目を細めた。

「ここに一枚のメモがある」

 エリオット王子はポケットから幾重にも折り畳まれたその用紙を大臣の前に差し出した。

「これには事件の概要と、その他諸々の計画が書き付けられている。そして末尾にはあなたのサインが入っているのだが、これは……?」

 大臣は青い顔を更に青褪めさせた。

「何故それを……それはアジェ王子に書かされた物で、私の意志に反する物です!」
「そうか、それにしては具体的な未来設計まで書かれているようだが? しかもアジェになんのメリットもない。アジェが1人でこの国を乗っ取るつもりでいたのなら、別にあなたと結婚する必要はない。そもそもアジェにはすでに番がいる、だいぶ不服だが、そいつを王に据える事だとてアジェにはできる」
「番が……? そんな馬鹿な……そんな話聞いてない! 私は王子に、アジェ王子に騙されたのです!」

 あぁ、なんだか苛々してきた、一体何時までこの茶番劇を続ける気だ?
 そもそもこのエロ親父がアジェに手を出そうとしていたと言う事実だけでもイラつくと言うのに、まだそんな話を続けなければならないのか?
 いや、もういいだろう? 俺、相当我慢したよな?

「うだうだうだうだ、うるせぇんだよ! このエロじじぃが!! 証拠はあがってんだ、さっさと白状しやがれ!」

 つかつかと歩み寄り、襟首掴んでその体を持ち上げる。
 クロードも言っていたが、こいつ本当に重い。

「な……お前はなんだ!?」
「あんたの家の使用人だよ、顔くらい覚えとけ、ご主人様」
「な、な……それが主人に対する態度か!」
「躾のなってない使用人で申し訳ないが、辞表はすでに書いてある」

 俺はその巨体を放り出し踏み付け、目の前に一枚の手紙を突きつけた。

「ご主人様これなぁ~んだ?」
「な、これは!」

 慌てたようにその紙を取り戻そうと起き上がりかけた体を再び蹴倒し、読み上げる。

「親愛なるメリア国王陛下に連絡申し上げる、先だってご報告申し上げた人物について詳しい詳細を……」
「やめ! やめんか!!」
「ほう、メリア国王にやけに親しげな文章を書くものだな、大臣殿」
「用紙に家紋が箔押しされているので充分証拠になりますよね? 書き損じの手紙なので、全文ではないですが差し上げますよ、王子」
「な……お前!」

 その紙を奪い返そうとする大臣のその手を避けて王子へと手紙を手渡す。
 エリオット王子は手紙を読み鼻で笑う。

「まるでメリア王の家臣のような文章だな」
「そんな、私はあくまでメリアとの国交の為の文章を……」
「私用の用紙を使って私信でか? これは公式文書ではないだろう?」
「それは……」
「言い訳は取り調べ室で聞こうじゃないか、待遇は騎士団長と同じだ、大した事はないだろう?」
「私は何者かに陥れられたのです! 私は無実だ!!」

 その場に残っていた兵士が大臣の腕を掴もうとするが、大臣はそれを拒む。

「大変申し訳ないのですが、その主張はもう通りませんよ」

 声をかけられ振り向けば立っていたのは騎士団副団長のケインだった。

「エリオット王子に申し上げます、先程この度の騒動の犯人の1人が口を割りました。彼等は金で雇われたごろつきでしたが、依頼人を辿って行った結果大臣ウィリアム・メイスの配下へと辿り着きました。同時にその場で入手した封書がこちらになります」
「手紙?」

 エリオットはそれを見やって受け取り、中を確認する。

「これは……」
「メリア王からの私信です。内容はともかく、大臣がメリア王家に関わりがある事、そして今度のこの事件を前もってメリア王へと報告済みであった事はこの書簡から明白です、もう言い逃れはできません」
「な……まさか」
「どうやらタイミングが悪かったようだな、ご主人様」

 俺は大臣の襟首を掴み立ち上がらせ兵士へと引き渡し、大臣は「そんな、まさか」と茫然自失の体で引き摺られるようにして連れて行かれた。

「これで一件落着、だな」
「まずは……だな」

 俺の言葉にエリオットは渋い顔で答える。

「なんです、もっと嬉しそうな顔をすればいいものを。何が気に入らないのです?」

 俺の言葉に王子はメリア王からの私信とやらの手紙を押し付けてきた。
 意味がよく分からないまま、俺はその手紙を開く。
 手紙は用紙も王家の御用達なのだろう、上等な紙に箔の入った高価そうな物でメリア王のサインも入った正式な書簡だった。
 だが、その内容が全く持って意味不明なのだ。
 いや、言っている事は分かる、だが何故そうなったのか理解できる内容ではなかったというのが正しい。
 手紙に書かれていた内容はこうだ。
 まずは今回の事件については「お前の好きにしろ」という投げやりな文章から始まり「統治も改革も好きに行え」という非常にシンプルな内容だった。
 そして続く内容が、弟を引き渡せという要望だった。

「弟?」
「続きを読めば分かる、こいつの言っている『弟』はたぶんアジェが連れて来たあの赤毛の男の事だ」

 グノーがメリア王の弟?
 確かに自分達ももしかしたらという話しはしたが、まさか本当にそんな事があるのだろうか?
 統治の話しは酷く投げやりだったのと対照的にその『弟』に対する言葉は非常に強い。
 無傷で自分の前に連れて来い、さもなくばお前の首を斬り落とす、と文章は締められており、まるで意味が分からない。

「これはどう理解すれば……」
「俺に聞くな、俺だって意味が分からない。メリア王の弟が城を出ているという話しも聞いた事がないし、そもそも指名されたその男はもう死んでいる、どうにもならない上に俺達がどうこうする話でもない……」

 今回の件にメリアが関わっていたのは間違いない、しかし自分の知る『グノー』と『メリア王の弟』が同一人物だとまるで確信しているようなその手紙の内容がどうにも解せない。
 何故メリア王はそう思ったのか? そして何故それを大臣に伝え、連れて来いと命じているのか。
 ランティスという国にさほどの執着は見られないのに弟へのこの執着ぶりがまるで理解できなかった。

「弟に関しては俺達には関係ないが、この計画の失敗でメリア王がどう動くか……油断ならないな」
「あとはもうあなた方の仕事で私には関係のない話ですからね。これでアジェは無事に解放、という事でよろしいですね?」
「本当にお前はアジェアジェアジェとそればかりだな。これでアジェも騎士団長もデルクマン家の息子達も無罪放免だ、好きにしろ」
「申し訳ないですが、それは無理です王子」

 声を上げたのは騎士団副団長のケインだ。

「あ? どういう事だ?」
「物事には順序という物があります。大臣が捕まったからと言って今までの容疑者が全員総てが無罪だとは言い切れません、これから大臣の証言を取り、裏付けを取った上で一人一人総ての善悪の判断を付けていかなければなりません。それには容疑者達の優先順位も優劣も関係ありません、そこの所はご理解願いたい」
「お前は相変わらず頭が堅いなぁ……」

 呆れたように響く声にはなんだか聞き覚えがある。
 あれ? と思って振り返ればそこに立っていたのは大臣の家の料理人だ。

「え? なんで?」
「なんではこっちのセリフだぞ、坊主が王子と友達なんて聞いてない」
「別に友達ではないですよ」
「こんなに仲良く大臣追い詰めておいてか?」

 男は楽しそうに笑った。

「よさんかリック、王子の御前だ」
「ケインさん、お知り合いですか?」
「まぁ……」

 言葉を濁すケインと笑うリックと呼ばれた料理人。
 堅物そうなケインと豪快に笑う料理人ではどこにも共通項は見出せないのだが、どうやら知人であるのは間違いないらしい。

「俺も坊主と同じで大臣の家に潜り込んでた口でな、いやぁ、なかなか尻尾を掴めなくて苦労した」
「密偵……だったんですか? 騎士団の?」
「いや、騎士団は関係ない。個人的にこいつが困ってそうだったから勝手にやった。おかげで決定的な証拠もゲットできて良かった良かった」
「素人が口を挟む事ではないとあれほど口を酸っぱくして言っておいたというのに……」

 ケインは呆れたように首を振る。
 どうやらメリア王からの封書を手に入れたのはこの男だったようだが、ケインの顔色は優れない上に嬉しそうでもない。

「素人さんなんですか?」
「……弟だ」
「どっちが兄で弟なんだか今となっては分からんだろぉ~」
「絶対お前が弟だ! 私はそう聞いている」

 明らかに料理人のリックの方が縦にも横にも体格が良く、ケインは苦々しい顔をする。

「俺達これでも双子なんだよ。俺の方が養子に出されて、育った環境が違うせいか全く似てないがな」
「双子……?」
「あぁ、だからかどうか知らないが今回の王子の件、こいつは2人の王子に同情する所があったみたいで、ずっと悩んでたから一肌脱いでみた」
「別にそういう訳ではない、前からずっと大臣は何か怪しいと思っていたんだ! ここはお前のような一般人の来る所ではない、さっさと帰れ!!」

 リックの腕を掴んでケインは険しい顔で行ってしまう。

「結局アジェはまだ解放できないとそういう事か?」
「少なくとも国からはまだ出られそうにないみたいだな」

 これだけ駆けずり回ってまだ駄目なのか?
 一体いつになったら俺達は故郷に帰れるのかと途方に暮れてしまいそうだ。

「ランティスから出られなくとも少なくとも幽閉はもうない、お前もここにいて思う存分アジェを守ってやれ」
「それは駄目だ、エディは俺達と一緒にファルスに帰るからな」

 覆面の男に背後からがしっと肩を掴まれた。

「こんのっ!」

 声で誰だか分かってしまった俺は振り向きざま、その男に殴りかかるがそれはひらりとかわされた。
 城の兵士の格好をしていた男に向かって「近づけるな」と叫んだのはこの男だ。
 そして俺はこの男には心当たりがある、あり過ぎて困るくらいある。

「今頃出てきやがって、どこで何してやがった!」
「部下に怪我させる訳にはいかないからな、こういう仕事は昔から俺の役回りだ。ちゃんとチンピラ共捕まえただろ~」
「普通逆だろ! こういうのこそ部下にやらせるのが普通だろ!」
「うちの部下はそういうの専門外だから」

 そう言って覆面のまま親父はげらげらと笑った。

「あなたは?」
「これは失礼したエリオット王子」

 そう言って親父はエリオット王子の足元に跪く。

「この度は失礼を承知で色々と手を出させていただきました。なにぶんアジェ王子は幼い頃より妻と見守ってきた守るべき子供、ついでに言えばこの馬鹿息子の『運命』のお相手とあっては父親として黙っていることもできず、ご迷惑をおかけしました」
「父親? カルネの領主?」
「いえ、カルネ領主はこいつの実の親、私はこいつの育ての親です。血の繋がりはなくともこいつは私にとって大事な息子の一人に変わりなく、大変失礼とは思いながらも手を出させていただきました」
「それじゃあ、いつも何処からか現れるあの怪しげな奴等の?」
「はい、彼等は私の下で働いている者達です。ただこれ以上の干渉はランティスとしても望む所ではないと思いますので、私達はこれで失礼させていただきます。ただ、アジェ王子は私達にとっても大事な家族、無事にお返し願いたい」
「それは約束する。こちらとしてももうこれ以上の事件は願い下げだ」

 親父は頷き俺の首根っこを引っ掴んだ。

「な! ちょっと待て! 俺は帰らねぇぞ!」
「これ以上は迷惑にしかならない、一度帰るんだ。それにお前一人ならともかくクロード連れてくるんじゃねぇよ。お前が帰らないとあいつも帰らねぇじゃねぇか、あいつの事はあいつの兄貴に重々頼まれてるんだ、何かあったら顔向けできない。面倒事を増やすな、あいつの兄貴怒らせたらこっちの首が回らなくなる」
「そんなの知った事か! アジェをちゃんと連れ帰れって言ったの親父だろ。俺は今度こそアジェを連れ帰るまで帰らねぇよ!」
「本当にお前は俺のいう事は何一つ聞きゃしない……問答無用だ、ファルスに帰るぞ」

親父がそう言った瞬間視界が暗転した、落とされ無理やりその場から連れ出された事を聞いたのは意識を取り戻した後の事だった。

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