運命に花束を

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君と僕の物語

偽者

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 医者の所に担ぎこまれたグノーはそのまま、その日の内に子供を生んだ。だが、彼は無事に出産を終えた後も意識を取り戻す事はなかった。
 小さな村での大きな事件、彼等2人はこの村で自分達の居場所を既に作り上げていた。
 外界から来た余所者が幸せに暮らしていた2人のその小さな幸せを奪ったと、村人達は俺達2人を遠巻きにして、囁きあうのが聞こえてくる。
 一度診療所に様子を伺いに行ったのだが、そこにいたナダールはまるで一切の表情が抜け落ちたような顔で俺に告げた。

『あなたのした事、許す気はありませんから、謝罪の言葉は結構ですよ』

 それは俺達に対する完全な拒絶、その後彼は一度もこちらを見ることはせず、蒼白く血の気の失せた最愛の人の顔をただひたすらに見詰めていた。
 同じなのだ、ただ好きな人を守りたい気持ちは同じだった、だから彼はグノーに何も話していなかったのだとこの村の長老である老人が教えてくれた。
 グノーは自分の過去に苦しんでいた、メリア王の元を逃げ出し追っ手から逃れ、今ようやく自身の幸せを掴もうとしていたのだと、そんな話を俺達は長老の口から聞いた。
 村人達が俺達を遠巻きにする中、この村の長老であるその老人だけが俺達の話を親身になって聞いてくれた。
 驚いた事にその老人は親父の実の祖父で、優しい笑みのその人だけが「ぬしは私のひ孫だのう」と温和な笑みを見せてくれた。
 なんだか俺はそれに泣いてしまいそうだった。
 自分がやってしまった事の重大さは分かっている、自分の大事な人を守る為に他人の命を天秤に架けたような俺の考え方と行動が間違っていたのだ。
 気付いた時にはもう手遅れで、後悔しても先には立たず、そんな俺にクロードは「いったんイリヤに戻りますか?」とそんな提案をしてきたのだが、俺はそれには首を横に振った。
 俺は自分のしでかした事に対する罰は受けなければいけない。
 ちゃんと穏便に話ができれば、もっとちゃんと詳しく事情も聞けたし、村人達から白い目で見られることもなかった。
 それらはすべて自分に対する罰なのだとそう思った。



 一週間ほどでグノーは意識を取り戻したのだが、ほっとしたのも束の間、彼の様子が尋常ではないと聞かされた俺達は彼等のいる診療所を訪れていた。

「大丈夫ですよ、あなたは私が守ります」

 そう言ってグノーの伴侶であるナダールは泣き崩れる彼の体を抱いて、子供をあやすようにその頭を撫で続けていた。
 聞けば彼は目覚めるたびにこんな状態で、泣き叫び高笑い、時には自身の体を傷付けてはまた意識を失うというような事を繰り返しているのだと言う。
 グノーの伴侶であるナダールはこちらを一切見ようとはしない。
 実際彼にはそんな余裕ありはしなかったのだ、生まれたばかりの小さな娘の世話と、おかしくなってしまった伴侶の世話で手一杯だった。
 おかしくなった彼を唯一落ち着かせる事ができるのはナダールしかいなかった為、彼はほぼ不眠不休でグノーの看護にあたっており、医師は「これはもう時間をかけてゆっくり見守るしかない」とそう言った。
 村には親父の部下と思われる人物が何人もいた。
 俺達が村を訪れたその日はどうやら仕事に出ている者達の入れ替わりの時期だったらしく、この話しはすぐに村中に広まり、親父の耳にも即日届いたようだった。
 親父は村を訪れる事はなかったが、その代わり診療所や長老の家には入れ替わり立ち代り何人も人が出入りしていた。
 それでも、長老宅に世話になっている俺達はまるで蚊帳の外で何も教えては貰えない。
 長老は「のんびりしておいき」と笑ってくれたが、その笑顔はお前は何もできないのだから、動き回るなと言われているようでとても居た堪れなかった。



  ※  ※  ※



 エディがそんな風に僕の為に奔走してくれていた頃、僕はやはりメリアで日々メリア王のお茶の相手をして過していた。

「ねぇ……」

 僕がメリアの生活にも慣れ始めたある日、意識を飛ばして考え事をしている所に声をかけてくる人物がいた。
 僕は最初こそ部屋に閉じ込められていたのだが、閉じ込められるままに大人しくしていたら多少の行動の自由を許可されるようになっていたのだ。
 同じように閉じ込められているはずのルネーシャ姫が神出鬼没に至る所に現れるので、僕の方がまだ何もしない大人しい人物だとそう思われたのだろう。
 庭を眺めてぼぉ~としていた僕は、声に顔を上げる。
 そこにいたのは綺麗な少年だった。
 メリア特有の赤髪、儚げな細い肢体、着ている服と短く切り揃えられた髪で少年と判断したが、その人は少女かと見紛うような綺麗な顔立ちの人だった。
 年齢は僕より少し上だろうか? 睨むように見詰めてくるその瞳はグノーと同じルビーの瞳で、その瞳が王族特有の物だとメリア王から聞いていた僕は、その人も王族の一人なのだろうとそう思った。

「あなたは誰?」

 そう問われて僕は言葉に窮する。そう問いたいのは自分の方だ。

「えっと、僕はアジェ・ド・カルネと申します。あなたは?」

 彼は何も言わずこちらをただ睨み付ける。

「えっと、すみません。僕、行きますね……」

 無言で睨まれ続け居たたまれなくなった僕は、部屋へと帰ろうと足を踏み出す。

「あなたは、兄さまのなんなの?」
「兄さま?」

 それが誰を指すのか分からなくて僕は首を傾げた。

「とぼけないでよ! 毎日毎日兄さまに付き纏って! あそこは僕の場所だったのに!!」
「え? え? ちょっと待って、言ってる意味が分からない」
「帰ってよ! 僕の居場所を盗らないで!!」

 帰れるものならもうとっくに帰っている、けれど僕にグノーの安否を知らせてくれた人物が本当に何処の誰だか分からないと悟ったメリア王は僕を解放する事はなかった。
 僕が大人しくグノーの話を語って聞かせるので、彼はそれにも満足していたのだろう。
 彼は怒ったようにそのか細い腕を振り上げ、殴りつけてきた。
 さして痛くはなかったが、こんな理不尽に暴力を受けた事もない僕はどうしていいのか分からない。
 ここで僕がこの王家の眷属と思われる少年にやり返せば、メリア王は怒って僕を殺すだろうか? さすがにそれは避けたい僕はやられるがままに身を竦ませた。

「おやめください、セカンド様!」

 騒ぎに気が付いたのか、慌てたように使用人と思われる男が一人駆けてきて、少年を止めてくれる。
 それでも、少年はこちらをその紅い瞳でぎらぎらと睨み付けるばかりで、僕は本当にどうしていいか分からない。

「行ってください!」
「え……でも……」
「いいから、行ってください」

 彼を止めにきた男性が僕にそう言うので、僕は逃げるように駆け出した。
 何が起こっているのかまるで分からない。
 部屋に飛び込み、鍵はかからないのでとりあえず机を扉の前に移動しておいた。
 さっきの少年は一体誰だったのだろう?
 兄さま? 兄さまって誰? あ……でもさっきの男の人、彼の事「セカンド様」って呼んだよね?
 でも「セカンド」ってグノーの事じゃないの?
 どうにも分からなくて僕は悶々と考え込んだ。
 そもそもランティスでも、その「セカンド」が城を出たという話しは聞いた事がないと言っていた、どういう事だろう? もしかして「セカンド」って2人いるの?
 僕と兄のように双子なのだろうか? それで片方は存在を隠された?
 でも、さっきの少年は確かに自分よりは年上のように感じたけれど、グノーと同じ歳だとも思えない。
 そういえば、メリア王にはもう一人弟がいるはずだ、もしかして「セカンド」が抜けた事で「サード」が「セカンド」に繰り上がった?
 そんな事ってあるのかな……?
 本当に何もかも分からなくて頭が膿みそうだ。
 それでも彼の言った『僕の居場所を盗らないで!!』という言葉は何故だかとても胸に刺さる、だって僕もそうだったから……
 僕の居場所を盗ったのは僕の大好きな人だった、大好きな人だったから僕は彼のようにはエディに怒りをぶつける事もできなかった。
 彼がもし本当に「セカンド」なのだとしたら、彼の言う兄さまはメリア王の事だ、僕が最近毎日のように彼に呼び出されて、彼の傍らにいる事が彼には気に入らないのだろうか?
 お茶を飲んで話をしているだけなのだが、そんな事にもあれほど怒りを募らせるような、2人はそんな関係なのだろうか?
 メリア王は「セカンド」を溺愛している、それは響き渡るほどに有名な話しで、けれどその「セカンド」はグノーの事ではなかったのか?

「分かんない……どういう事?」

 考えれば考えるほど深みに嵌って僕は頭を抱えた。
 けれど、僕のそんな疑問の答えは割と簡単に出た。
 その回答を知っていたのは、城の中を楽しく放浪しているルネーシャだった。

「その人たぶん『グノーシス』って人の偽者よ」

 部屋を訪ねてきてくれたルネーシャにあった事を話したらそんな答えが返ってくる。

「偽者?」
「そう、偽者。私も詳しい事はさっぱりなんだけど、変な所に遭遇しちゃったのよね」

 ルネーシャはそう言ってその時の様子を語ってくれた。
 それはまだ何日か前の事、その日もルネーシャは部屋を抜け出し城の中を探検していたのだと言う。



『兄さま、何故最近僕の事をグノーシスと呼んでくれないの? 何故僕をまるでいない人間のように扱うの?』

 人の話し声にルネーシャは耳を澄ました。
 見付かると部屋に連れ戻されるので、城の中を他人に見付からないように放浪するのも楽しみのひとつであるルネーシャは、人の気配に身を隠した。

『あぁ、お前か……』

 メリア王は何の感情も見せないような瞳で彼を見ていた。

『兄さまは何故最近僕に笑いかけてはくれないのですか? あのランティスからのお客さまが来てから兄さまはおかしい。何故兄さまは僕を避けるの?』
『別に避けてなどおらん』
『嘘、だって兄さまは僕と目も合わせてくれない!』

 王は少し煩わしげに彼を見やった。

『そのルビーの双眸、私はそれを愛していたが、本物が見付かった今、もうお前は必要ない』

 少年の瞳が見開かれる。

『どういう事ですか?』
『そのままの意味だ、もうお前は必要ない』
『兄さまは、僕を、僕だけをただ一人の愛しい弟だとそう言ってくれたではないですか!』
『……私は、お前の兄などではない』

 少年は何かを耐えるように拳を握った。

『それでも僕にグノーシスという名を与えてくれたのはあなただ……』
『お前は偽者に過ぎない、その名は我が弟の物だ、分かったら何処へでも去るがいい。今までご苦労であったな、褒美は好きな物を好きなだけ持って行くがいい』
『レリック兄さま!』
『その名を呼ぶな!』

 王のその叱責に少年の肩がびくりと震える。

『何故ですか……この名は僕だけが呼んでもいいと許された兄さまの名前なのに……』
『それはお前に許していたのではない、我が弟グノーシスに許していた物だ、お前ではない』
『兄さま……』

 少年の双眸からボロボロと涙が零れ落ちる。

『目障りだ、さっさと何処へでも去れ』
『僕に行く場所など……』
『目障りだと言っている』

 まるで感情の見えない冷たい瞳で、王は少年に背を向ける。
 少年は去っていく王の背中を見送ってただボロボロと涙を零し続けていた。



「……とまぁ、こんな感じで、とんでもない修羅場に遭遇しちゃった☆ ってあの時は興奮が隠しきれなかったわ」

 そう言ってルネーシャはけらけらと笑った。
 なんか笑い事じゃない気がするんだけど……

「あの子からあの男の人を奪ったの、アジェ様だったの? アジェ様も罪作りねぇ」
「ちょっと誤解! 僕じゃないから!!」

 「あら違うの?」そう言って彼女はまたけらけらと笑う。
 なんかもう本当人生楽しそうで羨ましい。
 でもそう思うとあの「セカンド」と呼ばれていた人は王族ですらなかったという事か……ルビーの双眸は王家にしか出ないって言ってたのに嘘吐きだ。
 だったらまだグノーがグノーシスではない可能性だって残っている。

「それにしても、あの人がメリアの王様だったのね、なんか全然普通すぎて分からなかったわ」
「あ、ルネちゃんもそう思うんだ。あの人割と普通だよね、人の事言えないけど……」
「うふふ、そう言えばアジェ様も王族だったわね。でも、それでもアジェ様はΩで私と同じバース性だけど、あの人普通のβだもの。城に暮らしてみて分かったけど、こういう所ってやっぱりαの人間の方が多くて、王様がβって逆に意外だわ」
「え……? メリア王ってαじゃない?なんか僕にでも分かるくらいフェロモンの匂いするんだけど……」
「あぁ、アジェ様はこういうのあんまり分からないんでしたっけ? あの人βですよ、匂いは香水。フェロモンに似せてあるけど全然違う」

 ルネーシャにさらりと言われて驚いた。
 βの王様がいたって別にそれはそれでいいとは思うけど、フェロモンに似せた香水なんて物がある事にも驚いてしまった。

「国王陛下ってβなんだ……って、あれ? じゃあやっぱり違うんじゃないか!」
「あら、何が?」
「陛下はグノーシスさんの事『運命の番』だってそう言ってるんだよ、でもβなんだったらそんな物ある訳ないよね?」
「あら、そうねぇ……バース性特有のそういうフェロモンで嗅ぎ分けるみたいな物はないはずよねぇ」

 解決した疑問と新たに増える疑問。
 メリア王はまったくもって僕には異星人のような人で本当に困る。

「本当に陛下はβなの?」
「私結構鼻が効くのよ、アジェ様の匂いだって微かにだけどちゃんと分かるもの、間違いないと思うわ」

 ルネーシャはそう言って自身の鼻をつついた。

「そうなんだ、なんかそういうの本当に分からないから羨ましいよ」
「でもお兄ちゃんのは分かるんでしょ?」
「それはね、エディは僕のただ一人の人だから」
「もう番にはなった?」

 笑顔で聞かれて言葉に窮する、その問いは端的に言ってしまえば「もうやった?」と同じだからだ。

「えぇ……と、ちょっと前に……」
「いいなぁ~私にも早く『運命』の相手現れないかしら」

 真っ赤になって答えたのに、ルネーシャは平然とした顔でそんな事を言う。
 あれ? この子ちゃんと意味分かってるのかな?

「マリアもそうだけど、恋人がいるって羨ましいわよね。私も恋がしたい!」
「ルネちゃんでもそんな風に思うんだ?!」

 なんだか我が道を行く性格のルネーシャからそんな言葉が出てくる事に驚きを隠せない。

「私だってお年頃の女の子ですよ! アジェ様失礼だわ!」

 「ごめんごめん」と謝って、笑みを零す。本当にルネーシャといると退屈しない。
 きっと彼女がいなければ、僕は分からない事だらけで不安に怯えて過していただろう事を思うと、ここに彼女がいたのは本当に幸運だったなと思う。

「あ、そろそろ帰らなきゃ、じゃあまたねアジェ様」

 そう言ってまたいつものように彼女は軽やかに屋根の上を歩いて行く。
 お年頃の女の子がそういう事をする事自体がちょっとありえないんだけどな……と僕は苦笑した。



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