運命に花束を

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運命の子供たち

動き出す過去の亡霊 ①

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 キースと名乗った第一騎士団副団長は難しい顔をして唸っていた。

「自分が知ってる情報はこの程度で詳しい話しは全く、ですよ」

 あった出来事の一連の流れを伝え、分かるかどうかも分からなかったのだが『Ω狩り』という単語も使ってみたら、キースはそれが分かるようで更に唸った。

「今イリヤはお祭り期間で各地から観光客も大勢来ている、これは厄介かもしれないな。Ωに絞れば警護も楽かもしれないけれど、Ωは元々その性を隠したがるからな……」
「そういうものなんですか?」
「君は? α?」
「いえ、ユリウスさん曰く、俺はβらしいです」
「あぁ、そうなんだね。じゃあ知らないか。過去Ωは酷い差別を受けていてね、その体質ゆえ疎まれる事も多かったんだよ。Ωは無闇とαを誘惑する、昔はそれに引っかかったαが性犯罪の罪に問われるなんて事もなくはなかったからね」

 ユリウスの言葉を聞いた限りではΩは常に被害者側かと思ったら、逆に考えれば加害者にもなりうるという事か……よく分からないけど奥が深い。

「とりあえず話しは分かった。坊がどのくらいで戻ってこられるか分からないけど、ここには一応簡易の宿泊設備も整っているから好きに使ってもらって構わないよ。私はもう少し情報収集にあたるから、良かったらそっちの部屋で待っていて。ここじゃ忙しないと思うからね」

 そう言って案内された部屋が簡易宿泊施設だろうか? たくさんの人数は入れないだろうが、真ん中に小さな机とその周りに幾つかの小ぶりなベッドが配された小さな小部屋だった。

「こんな所で申し訳ないけど、ゆっくりできる部屋はここくらいだから」

 キースはそれだけ言うと足早に仕事に戻っていった。
 部屋の中は薄暗い、一人でいたら少し寂しいな……と思いつつ、ベッドにかけると窓辺でゆらりと影が動いた。
 最初は見間違いかと思ったのだが、よくよく目を凝らしてみれば、そこには誰か人が蹲っている。
 先客がいたのか? それともお化け……? そんな非現実的な事は元来信じてはいないが、その光景はあまりに不自然で、少しだけそんな考えが頭を過ぎった。

「誰?」

 恐る恐る声をかけると膝を抱えるようにして座り込んで俯いていたその人影の肩が揺れた。
 薄暗がりでやはりよく見えないので、灯りを灯すとその人物は顔を上げて目をしばたかせる。

「あ……」

 灯りに照らされ顔を上げた人物、知ってる人間である訳ないと思うのが普通なのだが、その上げた顔に俺は見覚えがあった。

「えっと、何してるんですか? カイト君?」

 そこに居たのは数刻前自分達の前から駆けて行った金髪のカイトで、俺がその名前を呼ぶと、彼は不審気な表情で「君……誰だっけ?」と首を傾げた。

「えっと、ノエルです。ノエル・カーティス。さっきウィルと一緒にいた……」
「あぁ、思い出した。でも、なんで君はここへ来たの?」
「ちょっと色々あって、ここで待っててと人に言われたので」

 「ふぅん」とカイトは興味もなさそうに頷いた。

「えっと、カイト君はなんでここに?」
「カイトでいいよ、君、体は大きいけど歳もそう変わらないんだろう?」

 カイトの方が自分より幾つか年上な事が分かっている俺は戸惑ったのだが、彼はあの場に居た俺の年齢が14・5歳くらいだと思っているようでそんな事を言う。

「えっと、じゃあカイト。ここ、騎士団の詰所だよね? なんでここにいるの?」
「家にはツキノが居るかもしれないから……」

 不貞腐れたように彼は言った。

「一緒に暮らしてるんでしたっけ?」
「別に……あいつが転がり込んできただけで、あそこは僕と僕の父の家だよ」

 だったら家主は完全にカイトの方で彼が逃げ隠れする必要はなく、家からツキノを追い出せばいいと思うのだが、彼はまた暗く俯いてしまった。
 第一印象は役者のように華やかな人だと思ったのだが、こんな顔をしていると意外とそうでもないのか?と少し戸惑ってしまう。
 俺は何とはなしにベッドから立ち上がり彼の横に座り込んだ。

「ここはね、昔から僕達の遊び場だったんだ。ここの人達は僕達を邪魔者扱いしないし、適度に放っておいてくれるから、僕はここが好きなんだ」
「騎士団の詰所が遊び場?」
「そう、本来なら子供が遊んでいていい場所じゃないんだけど、ツキノのおじさんはどこにでも家族を連れ歩く人だから、ここの騎士団員の人達はみんな僕達も家族みたいに扱ってくれるんだ。僕はいわゆる放置子だからね、嬉しかった」

 放置子……そういえば、ユリウスがわずか四歳で親に置き去りにされた子供がいたと言っていた、それはもしかして彼の事なのか?

「うちの親ってさ、ちょっと変わっててひとつの事に集中すると他の事が見えなくなっちゃうんだよね。愛されてない訳じゃないって分かってるけど、たびたび存在を忘れられるとさすがに少し心は病むよ。そんな時に僕の面倒を見てくれたのがツキノのおじさんとおばさんでさ、こんな僕をツキノ達兄弟と同じように育ててくれた」
「好きなんだ、その人達の事」
「この世で一番尊敬してる」

 カイトは少しだけ笑みを零した、彼等を心から好いている事が俺でも分かる。

「なんで、こんな話ししてるんだろうね……ごめんね、こんな話し聞きたかった訳じゃないよね」
「別にいいと思います。話したい事があるなら話せばいい。俺は何も知らないから意見は何もできないけど、聞くだけならできますよ」
「あは~ノエル優しい……ツキノもそのくらい優しい奴だったら良かったのに……」

 カイトは零すように溜息を吐いた。

「カイトはツキノ君が嫌い?」
「そういえばさっき君もいたんだったね……ふふ、別に嫌いじゃないよ。だけど、あいつは無自覚に僕を斬り付ける」
「斬り付ける?」
「そう、あいつは何も考えてない、僕が傷付く事なんてこれっぽっちも気にしない。防御もしてない所から斬り付けられたらやっぱり心は傷付くよ。あいつはいつでも唯我独尊、あいつらしいといえばあいつらしいけど……時々キツイ」
「……そんなにキツイなら、少し距離を置いてみたらどうです?」
「同じ家に暮らしてるのに?」
「いや、そこカイトの家なんだろう? 追い出そうよ! ツキノ君はお祖父さんの家で世話になればいいだけの話だろ?」
「親戚の家ってお祖父さんだったんだ……僕、それも聞いてないよ」

 カイトはまた瞳を伏せて俯いた。

「僕はツキノに逆らえない、だって僕の一番好きな人達がツキノの保護者なんだよ、ツキノに嫌われたら、僕はもうあの人達といられなくなる」
「それはないと思うな。俺はその人達をよく知らないけど、ユリウスさんからいくらかは話しを聞きましたよ、困っている子供は放っておけない人達なんでしょう?」
「僕はもうすぐ大人になるよ、何もできない子供じゃなくなる……そうしたら、どうしたってあの人達とは関われなくなる」

 カイトの心の内は悲観的で、どこから慰めたものか分からない。

「それでも自分の負担になるなら、そんな人間関係はよくないと思います……」
「うん……そうだよねぇ……分かってるんだけどさ」

 カイトはまた大きく息を吐いた。

「僕の『運命』ノエルみたいに優しい人だったら良かったのに……」
「運命……?」

 カイトはこちらを向いて微かに笑みを見せた。

「ノエルは『運命の番』って知ってる?」
「運命の番?」
「そう、生まれた時から決まってる『運命の番』世界で一人だけ、自分だけの運命の人」
「えっと……運命の赤い糸的な?」
「うん、そういう感じ。僕のね『運命の番』はたぶんツキノなんだよ」

 意味が分からなくて首を傾げた。

「好きでもないのに?」
「嫌いじゃないって言ったよ。別に嫌いじゃないし、嫌いにはなれない……だけど、愛せないんだ」
「意味がよく分かりません。それは結ばれてるとは言えないでしょう?」
「これは決まってるんだよ、僕達には分かってる。ツキノは『運命』だけど『運命』は僕に優しくない」
「何が分かってるのか分かりませんけど、それ間違ってると思います! どうしてそんな風に決め付けるんですか! そもそもカイトもツキノも男だし、そんな運命とか意味が分からない!」
「君はバース性を知らないんだね」

 カイトは呟くようにそう言った。

「あの、αとかΩとかいう? さっき少しだけ聞きましたけど、そういえばカイトはΩだってユリウスさん言ってたけど……」
「そう、僕は『男性Ω』Ωの中でも珍しい男のΩ。だけど、それでもΩはΩ」
「そんな事言われたって知った事じゃない、カイトはカイトだろ! 普通に男女の性別だって男だ女だとか言う前に、一人の個人じゃないですか? 違います!?」
「……それはそうだけど……」
「だったら別にそういうの気にする必要なくないですか?!」
「だけどΩにとってαの子供を産む事は義務みたいなものだから……」
「それこそ知った事じゃないですよ、産みたくないなら産まなきゃいい。女の人だって全員が全員子供を産んでる訳じゃない。義務って何? 自分の人生に足枷付けても生き辛くなるだけだ!」

 カイトは驚いたように目をぱちくりとしばたかせた。

「僕、そんな事言われたの初めてだよ。αの人達は優しいけど、僕がΩだって分かると皆腫れ物扱いだよ。酷い扱いを受けてるΩもいるって聞く中、僕なんて凄く恵まれた環境で育ててもらえたと思ってる。だけど、それでもやっぱり僕は他人とは違うってそう思ってたのに……」
「俺とカイトのどこが違うの?同じ人間だろ!こうやって会話もできるし、友達にだってなれるよ。狭い世界で生きる事なんてない、やろうと思えばなんだってできるし、人生諦めて生きたら勿体ないだろ!」

 言い切った俺にまたカイトは瞳を大きく見開いて、そしてその内くすくすと笑い出した。
 なんかこの人、線が細いせいかちょっと可愛いな……

「ノエル最高。すごく気持ちが上向いたよ、ありがとう」

 俯くのを止めて、カイトは真っ直ぐに俺を見た。
 その顔は何かを吹っ切ったような表情で、こんな自分でも少しは人の役に立てたかな?と胸を撫で下ろした。

「ところで、最初の質問に戻るけどノエルは何でここへ来たの?」
「なんか街で人攫いがあったみたいで、一緒に居たユリウスさんが行っちゃったんですよね。それで、ここで待っててって言われたので」
「人攫い? 物騒だね。でもユリウスさんってユリウス兄さんの事だよね? 兄さんとはどういう知り合い?」
「なんていうか……行きがかり上、父親探しを手伝ってもらってます」

 俺は言葉を選んでそう言った。
 もしかしたらカイトが尊敬しているおじさんの隠し子かも、なんて今この場で言う訳にはいかない。

「父親? 君もお父さんいないんだ? 僕と同じだね」

 にっこり笑顔で彼は言った。
 あれ? と俺は首を傾げる。確かカイトの家はカイトと父親の家だと先程カイト自身が言っていたはずなのに……

「さっきカイトはお父さんと暮らしてるって言ってなかった?」
「うん、そう。一緒に暮らしてるのも父さんだけど、あの人は母親だから」

 ますます意味が分からなくて、クエスチョンマークを顔全体に浮かべて首を傾げると、カイトはまた可笑しそうにくすくすと笑った。

「さっきΩの話したよね。うちの父さんも僕と同じ『男性Ω』だから、あの人は僕の父さんなんだけど、僕を産んだ母親なんだよ」

 父親で母親……常識で理解が追いつかない……

「あはは、βの君には理解しづらいよね。うちの父さん外見は完全に男だから、普段は父親で通してるんだよ。僕の父親はこの世界のどこかにいるらしいんだけど、父さんはそれを僕に教えてくれない」
「あ……それ、うちと一緒」
「ノエルも教えてもらえないの?」
「うん。もしかしたら俺、不倫の子なのかもしれない」
「そっかぁ、僕もたぶんそうだと思ってるよ」

 先程と反対に今度は俺が俯き気味にそう言うと、何故かカイトはあっけらかんと笑顔で「同じだぁ」と笑った。

「え……なんでそんなさらっと、ショックとかないんですか?」
「ないよ、僕、自分の父親なんとなく見当ついてるから」
「そうなんだ? だったら、ちゃんとその人に認めてもらえばいいのに」
「迷惑かけられないよ、大好きな人だし、立場のある人だからね。父さんに何度聞いても違うって否定されるし、言えないんだと思う」

 なんだかカイトは少し嬉しそうなのが、不思議で仕方がない。
 父親が自分を認めていないというのに、そんな顔ができる意味が分からない。

「僕の父さん元々ランティスの人なんだ、その人も元々ランティスの人でさ、幼馴染なんだって。その人奥さんと結婚してこっちに越して来たらしいんだけど、うちの父さんもそれを追っかけるみたいにしてこっちに引っ越してきてるんだよ、可笑しいよね。だから僕は父さんがその人の事一方的に好きだったんじゃないかって思ってる。せめて子供だけでも欲しくて、僕を産んだんじゃないかな……って、そう思ってる」
「ちょっと待って、それってどうなの? 自分には奥さんいるのに、自分を好いているだろう人に、応えられもしないくせに手を出したって事? その人最低じゃないですか!」
「優しい人だから、拒めなかったんじゃないかなぁ。うちの父さんなんだかんだで我は通す人だし、だから余計その人、僕の事、放っておけなかったんじゃないかなぁ……」

 なんだか含みのある言い方だ。けれど、やはり彼は嬉しそうに笑うのだ。
 優しい人、カイトはその人が好きだと言い、立場があり、妻もいる……どうにも符号が揃いすぎる。

「それって、もしかして……」
「言っちゃ駄目。僕、困らせたい訳じゃないんだ。ただ、そう思ってるだけ。でも……きっとそう」

 唇の前に人差し指を立てて「これはここだけの話、君も誰にも言っちゃ駄目だよ」と、彼はやはりとても嬉しそうに笑った。
 自分のここイリヤにおける情報はまだまだ少ない。それでも、カイトが指し示すその人物に心当たりがありすぎて、どうにも苛立ちを抑えられない。
 確かにカイトの髪はユリウスと同じ綺麗な金色で、最初にカイトとツキノを見た時、カイトの方をユリウスの弟だと思った程度に綺麗な笑顔まで彼等2人は似ているのだ。
 けれどカイトが何故そんなに嬉しそうに笑っていられるのか俺にはとても納得がいかない。

「なんで黙ってるんですか! おかしいでしょう!? 父親だったら父親らしくちゃんと子供を認知するのが親の務めじゃないんですか!?」
「え? あれ? なんでそんなに怒るの? 僕のことなんだから、別にそんな風に君が怒ることなんてないよ。別に僕は認知なんかされなくても構わないんだから」
「でも、自分の父親だって認めて欲しいんじゃないんですか!?」
「うん、まぁ、それはねぇ……でも、いいんだ。だって僕はあの人の家族も大好きなんだよ? 幸せに暮らしてる家族には知らなくていい事だってあると思わない?」
「それは……!」

 どうにもこうにももどかしい、これはきっとカイトの待遇を怒っているのではない、俺は俺自身の待遇が彼と同じだという事に腹を立てているのだ。
 ここで彼を相手に怒りをぶつけても意味がないし、彼もきっと迷惑だ。なのに燻ぶる心は抑えられずに俺は自分自身を落ち着けるように大きく深呼吸をして、拳を握った。

「子供には、親を知る権利があると思います」
「うん、そうだよねぇ。ノエルもお父さん、見付かるといいねぇ」

 その父親がもし同じだとしたら、それを知ったらこの人は一体どんな顔をするのだろう……
 にっこり笑顔で俺の事を応援してくれた彼に俺はもうそれ以上何も告げることはできなかった。

「そういえば、事件の話し、人攫いって誰が攫われたの?」
「え? あぁ、ウィルの従姉妹のお姉さんが攫われたんですよ。なんか『Ω狩り』とか言って……」

 瞬間カイトの顔色が変わった。
 そういえば彼もΩだった、そりゃあ攫われているのが自分と同じΩだと思えば怖いよね。

「あ、でもここにいれば安全……」

 なんと言っても騎士団の詰所の中だ、万が一にも人攫いは現れないだろう。

「Ω狩り……へぇ、野蛮な人間もいたもんだね」

 だが、脅えているのかと思ったカイトは瞳を細めてにいっと笑みを見せたのだ。
 あれ? なんか想像した反応と違う。

「僕ね、そういうの大嫌いなんだよねぇ。Ωだからって何しても、言っても許されるみたいに思ってる人ってホント、ムカつく。死ねばいいのに」
「え……まぁ、犯罪はよくないですよね」

 なんか、さっきまでのしおらしい感じが消え失せて怖いんですけど……

「そっか……Ω狩り、僕囮に立候補してこようかなぁ」
「え!?」
「だって相手が欲しいのは番のいないΩなんじゃないの? 独り身のΩは高値で売れるって聞いたことあるよ。それに僕はΩの中でも珍しい男のΩだしね」
「それはそうかも知れないですけど、囮なんか危ないですよ。ここは犯人が捕まるまで大人しくしてた方が……」
「結局一般参加も蹴っちゃって、僕、暴れ足りないんだよねぇ。むしゃくしゃしてるし、相手が犯罪者なら多少怪我させたって文句言われないよね?」

 そんな、にっこり全開の笑顔で言われても……

「駄目ですって! ここは本職に任せた方がいいと思います」
「来年には僕だって本職さ。職場体験的にはうってつけじゃない?」
「えぇぇえぇぇ……」

 ここまでの話を総合してΩというのはどうやらか弱いらしいという俺のイメージは一気に崩壊する。なんかこの人無茶苦茶だ。
 スキップでもして出て行ってしまいそうなカイトの腕を掴んで「駄目ですってば!」と説得を試みるのだが、彼は「なんで?」と不思議顔をする。可愛い顔しても駄目なものは駄目だからっ!
 そんな風に俺達が2人で揉みあっていると、突然ノックもなく部屋の扉が開いた。
 俺達はそれに最初気付かなかったのだが、入ってきた人物はそれに苛立ったように、どん! と扉を拳で叩いた。

「カイト! 帰るぞ!」

 音に驚いてそちらを見やれば不機嫌全開の表情のツキノがそこには立っていて、腕を組んでこちらを睨んだかと思うと、俺の腕の中からカイトを奪い返すかのように彼はカイトの腕を引いた。

「ツキノ……なんで?」

 カイトは驚いたような表情でツキノを見やる。

「ユリが家に来た。だから、迎えに来た」

 全く意味が分からないよ……
 ツキノはぎっとこちらを睨み付ける。

「またお前か、その手を放せ」

 別に放すのは構わないのだが、また2人で喧嘩にでもなるのではないか、と一抹の不安が過ぎる。
 だが、そんな不安をよそにカイトが言い放ったのは「ツキノ、Ω狩りだって! Ω狩りを狩に行こうよっ!」というとんでも発言で、この人何言ってるの……と俺は思考停止に陥った。
 そしてそれはツキノも同じだったのか、彼は大きく溜息を吐く。

「俺はそういう面倒くさいのは好きじゃない。本職に任せておけ」
「なんでぇ? 楽しそうじゃない?」
「労力の無駄」
「ツキノは燃費悪いもんねぇ」

 なんか普通に会話始めた……あんた達、喧嘩してたんじゃなかったか!?

「はぁ……ともかく帰るぞ。さっさと来い」
「僕は今、家出中だよっ」

 ぷいっとそっぽを向いたカイトにツキノは苛立ったように彼を睨み付け「ぐだぐだ抜かすな、さっさと来い」と吐き捨てた。
 不貞腐れたような表情は見せるのだが、カイトはそれにしぶしぶ頷く。なんでそこでカイトは従ってしまうのかもよく分からないのだが、この2人を見ているとどっちが正しい事を言っているのかもよく分からない……
 「ノエルまたね!」とカイトは手を振って、先を歩くツキノの後を追うように行ってしまった。
 ……分からない、あの2人の関係がさっぱり分からない……
 俺は改めてベッドに腰掛け、今の会話を反芻する。

『ユリが家に来た。だから、迎えに来た』

 ユリウスさんが家に来た、という事はユリウスさんはたぶんカイトを心配していたからカイトの家にも寄ったのだろう、カイトはΩだし、安全確認の意味合いもあったのだと思う。
 そしてツキノはそこでΩ狩りの話を聞いて……

「あの人、カイトを心配して迎えに来たんじゃん……」

 それに気付いて脱力する。
 たぶんツキノはカイトの行きそうな場所を大体把握しているのではないかと推測される。
 心配して、探して、迎えに来た……って、もう素直じゃない!
 しかも心配していた相手があんな能天気な事言い出したら溜息吐きたくなる気持ちも分かる! 分かるよっ。
 カイトはツキノを優しくないと言っていたが、実は気付いていないだけなんじゃあ……? という疑念が湧く。
 確かにツキノの言動も非常に分かり難い、けれど自分が睨まれたのはたぶん牽制、分かり難いのに分かりやすい……まさに割れ鍋に綴じ蓋。
 俺はなんだかほっとしたのと、脱力したのとで一気に疲れが前面に出てきた。
 なんだかんだでここ数日、まともなベットで寝ていない。
 『疲れたなぁ……少し寝よう』と瞳を閉じると睡魔は程なくやってきて、俺は突っ伏すようにして、眠りに落ちてしまった。





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