334 / 455
運命に祝福を
それぞれの今 ②
しおりを挟む
俺、ノエル・カーティスはツキノ・デルクマンの私室を出て息を零す。別にツキノの事は嫌いではないのだが、2人きりでいるのは少しだけ緊張する。第一印象が悪かったというのも勿論なのだが、彼の今の容姿を見ていると彼がいくら自分は男だと主張した所でやはり女の子にしか見えず、女子にあまり免疫のない俺は少し緊張してしまうのだ。
ツキノは自分が女の子扱いされるのをそれはもう物凄く嫌っている、それが分かっているから俺は彼を完全に男だと思って対応しているのだが、それでもやはりツキノの見た目は完全に女の子なので、俺達の関係を不審な目で見る人間は多い。
いくら俺が「ツキノに気はない」と言い募ろうとも、ツキノに気のある人間は俺にちょっかいをかけ、絡んでくるのでとても面倒くさい。しかし領主様やその奥方様、挙句の果てにはユリ兄にまで彼の事を頼まれてしまったら、俺には否の返答は用意されていなかった。これはもう俺の使命なのだと思うしかない。
俺は領主様の屋敷を我が物顔で歩いて行く、ツキノがここへ来なければこんな風に領主様の屋敷に足を運ぶ事などなかったのに、変な感じだ。
「ノエル、ツキノの具合はどうだった?」
「ロディ様、待ってらっしゃったんですか?」
ふいに庭の方から声をかけられ俺はその人物を見やる。金髪碧眼の見目麗しいその人物はここカルネ領、領主様の一人息子ロディ・R・カルネ様だ。実を言えば俺がツキノに薬を運んで行ったのは、彼に頼まれたからなのである。
俺がツキノに手紙を渡そうとこの屋敷を訪れると、ツキノの部屋の前で薬を持って途方に暮れたように立ち尽くしていた彼に一緒に渡してくれと託されたのが先ほどの薬なのだ。
ロディは大きな体躯を少し縮めるようにして俺に問いかける。見た目は領主様に似て堂々としているのに、彼のその姿は少し気弱そうにも見えた。
「ツキノでしたら、まぁ大丈夫なんじゃないですかね? 2・3日で治まりますよ」
「そうか…」とロディ様はほっとしたように息を吐いた。そんなにツキノの事が心配なんだったら直接薬を渡しに行けばよかったのに、と俺は思わなくもない。
「悪かったな、急に声をかけて」
「いえ、それは別に構いませんけど」
ツキノとロディ様は同い年だ、俺は彼等よりひとつ年下。同じ屋根の下同い年の人間が一緒に暮らしていれば仲良くなりそうなものなのに、何故か彼とツキノの間にはよく分からない壁がある。ロディ様は領主様からツキノの事情も聞いていると思うのだけど、それをどこまで聞いているのか、いまいち彼の態度を見ているとよく分からない。
「女は本当に毎月毎月大変だよな……」
「それ、ツキノに言ったら俺を女扱いするな! って怒られますよ」
「いや、そうは言われてもなぁ……」
どうもロディ様はそんな事情を聞いていてもツキノの事を女扱いするので、ツキノは彼を苦手に思っているというのはツキノから聞いて知っていた。だが、ロディ様もロディ様でツキノをどう扱っていいのか考えあぐねている様子がなんとなく見て取れる。
ツキノの事情を分かっているなら、彼の事を普通に男扱いしてあげればいいのにと思うのだが、どうやら彼の中ではツキノはか弱い女の子のイメージが出来上がっている気がする。
「ロディ様がそんな風だからツキノも頑なになるんですよ? 彼は彼だとありのままを受け入れてみたらどうですか?」
「いや……そうは思っても、ノエルはあの容姿でツキノを本当に男だと思えるのか……?」
「中身は間違いなく男です」
彼と出会った武闘会の時の出来事、彼はあの頃間違いなく男だったし、彼の本質は何も変わっていない、顔や体格もあの頃と変わっていないのだが、ひとつだけ大きく変わった所がある。これは言うと本気でツキノに怒られるのであえて口には出さないのだが、あの頃より少しふくよかになった彼の身体で一番に目に付くのが『胸』なのだ。
彼はその胸を隠そうと努めているようなのだが、身体のスレンダーさに相反するように胸だけはとても大きくて、その胸を隠そうと大きめな服を着ているとその服は彼の細さをより際立たせて余計に女の子らしく見えてしまう、という悪循環に彼が頭を悩ませている事を俺はなんとなく察している。
「それでも本人の自認は男なんですから、そこは認めてあげるべきですよ」
「男として生きるよりも、女として生きた方が生きやすい気がするんだがなぁ……」
「そこは本人の自由です、他人がとやかく言う事じゃないですよ」
「それでも……」とロディ様があまりにも食い下がってくるので、俺はもしや? と彼の顔を見やった。
「もしかしてロディ様、ツキノの事好きなんですか?」
「え? いや……別にそういう訳じゃ……」
慌てたように瞳を逸らすロディ様、あからさまに不審な態度、これってもう好きって言ってるようなもんじゃないか? 確かにツキノは傍目に見たらただの美少女だし、分からなくもないけど、色んな事情も知っていてこの態度はどうなんだろう?
「ロディ様、ツキノにはもう番相手がいるの知ってますよね?」
「……え?」
あれ? もしかして知らなかったのか?
「番って、ツキノの項には噛み痕なんか無かっただろう?」
「……? 噛み痕って何ですか?」
ロディ様の言葉に今度は俺が首を傾げる番だ。俺は彼等言う所のβで、バース性という性別の事をよく知らない。それこそツキノと出会ったあの武闘会の時にそういう性別があるのだと初めて知ったのだ。
確かに領主様の奥方様ははんなりしているが、スレンダーで男っぽいとは思っていた、けれど実際奥方様が男性でΩという性別、そして子供が産めるのだという事を知ったのはまだ割と最近の事なのだ。
母はその事を知っていて、俺も知っているつもりでいたようで、その話を母にふったら「あんた知らなかったの?」と逆に驚かれてしまった。
「あれ? ノエルってβだっけ?」
「そうですよ、うちは祖父母がαとΩで母と俺はβです」
「そうなんだ、てっきりノエルはαなんだと思ってた」
何を思ってそう思ったのか分からないのだが、聞くところによるとバース性はお互いを匂いで感知するって聞いた気がするのだけど、俺なにか匂うのかな?
「それで、噛み痕って……?」
「あぁ、バース性の人間は番になる時αがΩの項を噛んで番契約が完了する。その噛み痕は消える事なく残るはずなんだ」
そういえば……と俺はふと思い出す、ツキノがルーンへやってきた一年前、彼は不自然に首元を隠していた。あの時、彼の首筋には確かに傷痕が付いていた気がする。けれど、今はもう彼の項には何の痕跡も残ってはいない。
「それってどういう仕組みで残るんですか?」
「どういう仕組みって……そんな事までは分からないけど、αとΩの番契約って言うのはそういうものなんだ」
俺は首を傾げる。確かにツキノからカイトと番になったという話しは聞いているので俺は腑に落ちない。番契約、αはΩに消えない噛み痕を残す……
「あぁ、そうか!」
俺はふいに思い当たった。
「だってツキノはαだから、もし噛み痕が残るならカイトの方だ!」
「……カイトって誰?」
あれ? そこから?
「しかもツキノがα? 嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ、俺はそう聞いてます。ロディ様って確かαですよね? そういうの分かるんじゃないんですか?」
「む……うちは家系的に匂いには疎くて、余程匂いの強い人間でないと、なんとなくでしか性別の判断がつかないんだ…」
へぇ、そんな事もあるんだ。でも確かに俺がこの話を聞いた時ユリ兄は鼻が利くといい、ウィルはそれ程でもないと言っていたような気がする。
「ツキノがα……しかも番相手は男か?」
「そうですね、カイトは男性Ωだと言ってましたよ」
「なんで自分は男だと言い張っている人間の番相手が男なんだ……もうそれならいっそ女でいいじゃないか」
「そこは他人が関与できる問題じゃないですよ、ロディ様」
ロディ様は何故か難しい顔で考え込んでいる。
「だとしたら、2人はどうやって番になった……?」
「? さっきロディ様が言ってたんでしょう? ツキノがカイトの項を噛んで番にした、ですよね?」
「む……まぁ、そうなんだが、番契約ってのはそれだけで簡単に成立するものじゃない、Ωにとってはこの契約は隷属契約にも等しいからな。契約するからにはある程度手順という物が必要で……」
「なんだかロディ様、歯切れ悪いですよ? 項を噛む以外にも何か儀式でもあるんですか?」
「ええと……まぁ、そうだな」
相変わらず歯切れの悪いロディ様は俺から瞳を逸らす。
「物事ははっきり言ってくれないと分からないですよ、ロディ様」
「うん、まぁ、番契約にはその契約を成立させる為にある条件があって、その……項を噛むのは性交時と決まっていてな……」
せいこうじ……性交、時……意味を理解して俺はぼっと顔を赤らめた。
「ちょっと! ロディ様! なんて事を!!」
「いや、言わせたのはお前だろう!」
「それにしたって、そういうのを他人が勘ぐるのはどうかと思います!」
「仕方ないだろう、気になったんだから!」
俺は真っ赤になった顔を掌で覆う。確かに気になるの分かるけど! しかも、だとするとツキノとカイトはもしかすると、既に性に関するあれやこれやを経験済み、とそういう事か!?
うわぁ、あんまり聞きたくなかった、友達同士のそういうの、想像しちゃ駄目だと分かっているのに、変に色々考えてしまうじゃないか!
けれどその時ふと思う、一体どっちがどっちに入れるんだ? ロディ様の疑問はまさにそこなのだろうが、これは確かにとても気になる……しかも俺はツキノの首筋にあった傷痕を確かにこの目で見ているのだ。
「この話しはここまでにしましょう!」
「あぁ、俺も今そう思っていたところだ」
ロディ様も気持ち赤らんだ顔を逸らして頷いた。
どっちがどっちだっていいじゃないか、そこはもう2人の問題だよな、うん。
「はぁ……それにしても、ツキノには何故か遠目に見詰められている事が多かったから、てっきり好かれているものと思っていたのだが、これはもう完全に俺の勘違いだな」
「そうなんですか?」
「あぁ、視線を感じて振り向くと、こっちを見ている事が多くてな。すぐに目を逸らすんだが、アレは一体何だったんだろうな……」
首を傾げるロディ様、けれど俺はツキノのその行動に少し心当たりがあった。
「それ、ロディ様の後姿がカイトに似てるからだと思いますよ」
「そうなのか?」
「前にツキノが言ってた事あるんですよね、ロディ様の後姿はカイトに似てるって。カイトとロディ様って従兄弟同士なんですよね?」
「え……?」
え? って何? 知らなかったの? 俺、確かツキノにそう聞いたはずなんだけど???
「俺、従兄弟の話なんて聞いた事ないけど……?」
「ええ?」
「そもそもうちは両親共に一人っ子のはずだから、従兄弟なんている訳がない」
「でもツキノは領主様の甥ですよね?」
「親父にはうちの祖父母以外に養い親がいるらしいんだが、ツキノはそっちの兄弟の子だそうだから、俺との血縁は一切ない。因みに俺の母は天涯孤独の身の上だから兄弟はいないはずだ」
?が頭の中を飛び回る、ロディ様もよく分からないのだろう、混乱したように首を傾げた。
「聞き間違いだったのかな……?」
「いや、どうなんだろう。うちの親、時々よく分からない人脈持ってるからな。で、実際俺とそのカイトというのは似ているのか?」
「色は同じですね」
「色……」
「髪の色が同じなんです、俺にはそれくらいしか共通項を見付けられないんですけど、確かにツキノは似てると言ってたんで、似てる所もあるんじゃないですかね?」
ロディ様がまた考え込んでしまう。困らせるつもりはなかったんだけどな。
「そのカイトというのはΩなんだよな?」
「本人はそう言ってましたね」
「Ωというのはうちの親もそうだが、男でも割と線が細いと聞いているんだが……?」
「そうですね、ぱっと見女の子かと思うくらい可愛かったですよ」
「それに俺は似てるのか?」
「だから『色は同じ』ですよ」
どうにも納得いかないという顔のロディ様、そんな難しい顔されても困るんだけど。確かにロディ様とカイトには似たような雰囲気はまるでない。俺の知っているカイトは金色のふわふわで、にこにこしながらとんでもない事を言い出す可愛い顔立ちの変わり者だ。
「そういえば、今度ここへ遊びに来るらしいので、その時に会えば分かりますよ」
「そうなのか?」
「ツキノと2人で並んでるとワンセットのお人形さんみたいで可愛いらしいです」
言っても『黙って立っていれば』という注釈は付くのだけども。
「それは少し見てみたいな」
興味を引かれたようにロディ様は頷いた。
「俺がイリヤでお世話になった人達も一緒に来るので、とても楽しみです」
俺が笑うとロディ様も「そうか」と頷き笑ってくれた。
この小さな町では身分差があってもそこまで上下関係は厳しくない、俺よりひとつ年上のロディ様は一応様付けで呼んではいるが本来とても気さくなお兄さんで、幼い頃には俺もよく一緒に遊んでいた仲なのだ。だから本当はロディ様とツキノも、もっと仲良くなれたらいいのに、と俺は常々思っていた。
「皆が来たらロディ様も一緒に出掛けませんか? きっと楽しいですよ」
「そうだな、その時には是非」
ロディ様とそんな約束をして俺は家路に着く。彼等がここへ遊びに来るのは数週間後、俺はユリ兄やウィルを何処へ連れて行こうかと、そんな事をわくわくと考えていた。
ツキノは自分が女の子扱いされるのをそれはもう物凄く嫌っている、それが分かっているから俺は彼を完全に男だと思って対応しているのだが、それでもやはりツキノの見た目は完全に女の子なので、俺達の関係を不審な目で見る人間は多い。
いくら俺が「ツキノに気はない」と言い募ろうとも、ツキノに気のある人間は俺にちょっかいをかけ、絡んでくるのでとても面倒くさい。しかし領主様やその奥方様、挙句の果てにはユリ兄にまで彼の事を頼まれてしまったら、俺には否の返答は用意されていなかった。これはもう俺の使命なのだと思うしかない。
俺は領主様の屋敷を我が物顔で歩いて行く、ツキノがここへ来なければこんな風に領主様の屋敷に足を運ぶ事などなかったのに、変な感じだ。
「ノエル、ツキノの具合はどうだった?」
「ロディ様、待ってらっしゃったんですか?」
ふいに庭の方から声をかけられ俺はその人物を見やる。金髪碧眼の見目麗しいその人物はここカルネ領、領主様の一人息子ロディ・R・カルネ様だ。実を言えば俺がツキノに薬を運んで行ったのは、彼に頼まれたからなのである。
俺がツキノに手紙を渡そうとこの屋敷を訪れると、ツキノの部屋の前で薬を持って途方に暮れたように立ち尽くしていた彼に一緒に渡してくれと託されたのが先ほどの薬なのだ。
ロディは大きな体躯を少し縮めるようにして俺に問いかける。見た目は領主様に似て堂々としているのに、彼のその姿は少し気弱そうにも見えた。
「ツキノでしたら、まぁ大丈夫なんじゃないですかね? 2・3日で治まりますよ」
「そうか…」とロディ様はほっとしたように息を吐いた。そんなにツキノの事が心配なんだったら直接薬を渡しに行けばよかったのに、と俺は思わなくもない。
「悪かったな、急に声をかけて」
「いえ、それは別に構いませんけど」
ツキノとロディ様は同い年だ、俺は彼等よりひとつ年下。同じ屋根の下同い年の人間が一緒に暮らしていれば仲良くなりそうなものなのに、何故か彼とツキノの間にはよく分からない壁がある。ロディ様は領主様からツキノの事情も聞いていると思うのだけど、それをどこまで聞いているのか、いまいち彼の態度を見ているとよく分からない。
「女は本当に毎月毎月大変だよな……」
「それ、ツキノに言ったら俺を女扱いするな! って怒られますよ」
「いや、そうは言われてもなぁ……」
どうもロディ様はそんな事情を聞いていてもツキノの事を女扱いするので、ツキノは彼を苦手に思っているというのはツキノから聞いて知っていた。だが、ロディ様もロディ様でツキノをどう扱っていいのか考えあぐねている様子がなんとなく見て取れる。
ツキノの事情を分かっているなら、彼の事を普通に男扱いしてあげればいいのにと思うのだが、どうやら彼の中ではツキノはか弱い女の子のイメージが出来上がっている気がする。
「ロディ様がそんな風だからツキノも頑なになるんですよ? 彼は彼だとありのままを受け入れてみたらどうですか?」
「いや……そうは思っても、ノエルはあの容姿でツキノを本当に男だと思えるのか……?」
「中身は間違いなく男です」
彼と出会った武闘会の時の出来事、彼はあの頃間違いなく男だったし、彼の本質は何も変わっていない、顔や体格もあの頃と変わっていないのだが、ひとつだけ大きく変わった所がある。これは言うと本気でツキノに怒られるのであえて口には出さないのだが、あの頃より少しふくよかになった彼の身体で一番に目に付くのが『胸』なのだ。
彼はその胸を隠そうと努めているようなのだが、身体のスレンダーさに相反するように胸だけはとても大きくて、その胸を隠そうと大きめな服を着ているとその服は彼の細さをより際立たせて余計に女の子らしく見えてしまう、という悪循環に彼が頭を悩ませている事を俺はなんとなく察している。
「それでも本人の自認は男なんですから、そこは認めてあげるべきですよ」
「男として生きるよりも、女として生きた方が生きやすい気がするんだがなぁ……」
「そこは本人の自由です、他人がとやかく言う事じゃないですよ」
「それでも……」とロディ様があまりにも食い下がってくるので、俺はもしや? と彼の顔を見やった。
「もしかしてロディ様、ツキノの事好きなんですか?」
「え? いや……別にそういう訳じゃ……」
慌てたように瞳を逸らすロディ様、あからさまに不審な態度、これってもう好きって言ってるようなもんじゃないか? 確かにツキノは傍目に見たらただの美少女だし、分からなくもないけど、色んな事情も知っていてこの態度はどうなんだろう?
「ロディ様、ツキノにはもう番相手がいるの知ってますよね?」
「……え?」
あれ? もしかして知らなかったのか?
「番って、ツキノの項には噛み痕なんか無かっただろう?」
「……? 噛み痕って何ですか?」
ロディ様の言葉に今度は俺が首を傾げる番だ。俺は彼等言う所のβで、バース性という性別の事をよく知らない。それこそツキノと出会ったあの武闘会の時にそういう性別があるのだと初めて知ったのだ。
確かに領主様の奥方様ははんなりしているが、スレンダーで男っぽいとは思っていた、けれど実際奥方様が男性でΩという性別、そして子供が産めるのだという事を知ったのはまだ割と最近の事なのだ。
母はその事を知っていて、俺も知っているつもりでいたようで、その話を母にふったら「あんた知らなかったの?」と逆に驚かれてしまった。
「あれ? ノエルってβだっけ?」
「そうですよ、うちは祖父母がαとΩで母と俺はβです」
「そうなんだ、てっきりノエルはαなんだと思ってた」
何を思ってそう思ったのか分からないのだが、聞くところによるとバース性はお互いを匂いで感知するって聞いた気がするのだけど、俺なにか匂うのかな?
「それで、噛み痕って……?」
「あぁ、バース性の人間は番になる時αがΩの項を噛んで番契約が完了する。その噛み痕は消える事なく残るはずなんだ」
そういえば……と俺はふと思い出す、ツキノがルーンへやってきた一年前、彼は不自然に首元を隠していた。あの時、彼の首筋には確かに傷痕が付いていた気がする。けれど、今はもう彼の項には何の痕跡も残ってはいない。
「それってどういう仕組みで残るんですか?」
「どういう仕組みって……そんな事までは分からないけど、αとΩの番契約って言うのはそういうものなんだ」
俺は首を傾げる。確かにツキノからカイトと番になったという話しは聞いているので俺は腑に落ちない。番契約、αはΩに消えない噛み痕を残す……
「あぁ、そうか!」
俺はふいに思い当たった。
「だってツキノはαだから、もし噛み痕が残るならカイトの方だ!」
「……カイトって誰?」
あれ? そこから?
「しかもツキノがα? 嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ、俺はそう聞いてます。ロディ様って確かαですよね? そういうの分かるんじゃないんですか?」
「む……うちは家系的に匂いには疎くて、余程匂いの強い人間でないと、なんとなくでしか性別の判断がつかないんだ…」
へぇ、そんな事もあるんだ。でも確かに俺がこの話を聞いた時ユリ兄は鼻が利くといい、ウィルはそれ程でもないと言っていたような気がする。
「ツキノがα……しかも番相手は男か?」
「そうですね、カイトは男性Ωだと言ってましたよ」
「なんで自分は男だと言い張っている人間の番相手が男なんだ……もうそれならいっそ女でいいじゃないか」
「そこは他人が関与できる問題じゃないですよ、ロディ様」
ロディ様は何故か難しい顔で考え込んでいる。
「だとしたら、2人はどうやって番になった……?」
「? さっきロディ様が言ってたんでしょう? ツキノがカイトの項を噛んで番にした、ですよね?」
「む……まぁ、そうなんだが、番契約ってのはそれだけで簡単に成立するものじゃない、Ωにとってはこの契約は隷属契約にも等しいからな。契約するからにはある程度手順という物が必要で……」
「なんだかロディ様、歯切れ悪いですよ? 項を噛む以外にも何か儀式でもあるんですか?」
「ええと……まぁ、そうだな」
相変わらず歯切れの悪いロディ様は俺から瞳を逸らす。
「物事ははっきり言ってくれないと分からないですよ、ロディ様」
「うん、まぁ、番契約にはその契約を成立させる為にある条件があって、その……項を噛むのは性交時と決まっていてな……」
せいこうじ……性交、時……意味を理解して俺はぼっと顔を赤らめた。
「ちょっと! ロディ様! なんて事を!!」
「いや、言わせたのはお前だろう!」
「それにしたって、そういうのを他人が勘ぐるのはどうかと思います!」
「仕方ないだろう、気になったんだから!」
俺は真っ赤になった顔を掌で覆う。確かに気になるの分かるけど! しかも、だとするとツキノとカイトはもしかすると、既に性に関するあれやこれやを経験済み、とそういう事か!?
うわぁ、あんまり聞きたくなかった、友達同士のそういうの、想像しちゃ駄目だと分かっているのに、変に色々考えてしまうじゃないか!
けれどその時ふと思う、一体どっちがどっちに入れるんだ? ロディ様の疑問はまさにそこなのだろうが、これは確かにとても気になる……しかも俺はツキノの首筋にあった傷痕を確かにこの目で見ているのだ。
「この話しはここまでにしましょう!」
「あぁ、俺も今そう思っていたところだ」
ロディ様も気持ち赤らんだ顔を逸らして頷いた。
どっちがどっちだっていいじゃないか、そこはもう2人の問題だよな、うん。
「はぁ……それにしても、ツキノには何故か遠目に見詰められている事が多かったから、てっきり好かれているものと思っていたのだが、これはもう完全に俺の勘違いだな」
「そうなんですか?」
「あぁ、視線を感じて振り向くと、こっちを見ている事が多くてな。すぐに目を逸らすんだが、アレは一体何だったんだろうな……」
首を傾げるロディ様、けれど俺はツキノのその行動に少し心当たりがあった。
「それ、ロディ様の後姿がカイトに似てるからだと思いますよ」
「そうなのか?」
「前にツキノが言ってた事あるんですよね、ロディ様の後姿はカイトに似てるって。カイトとロディ様って従兄弟同士なんですよね?」
「え……?」
え? って何? 知らなかったの? 俺、確かツキノにそう聞いたはずなんだけど???
「俺、従兄弟の話なんて聞いた事ないけど……?」
「ええ?」
「そもそもうちは両親共に一人っ子のはずだから、従兄弟なんている訳がない」
「でもツキノは領主様の甥ですよね?」
「親父にはうちの祖父母以外に養い親がいるらしいんだが、ツキノはそっちの兄弟の子だそうだから、俺との血縁は一切ない。因みに俺の母は天涯孤独の身の上だから兄弟はいないはずだ」
?が頭の中を飛び回る、ロディ様もよく分からないのだろう、混乱したように首を傾げた。
「聞き間違いだったのかな……?」
「いや、どうなんだろう。うちの親、時々よく分からない人脈持ってるからな。で、実際俺とそのカイトというのは似ているのか?」
「色は同じですね」
「色……」
「髪の色が同じなんです、俺にはそれくらいしか共通項を見付けられないんですけど、確かにツキノは似てると言ってたんで、似てる所もあるんじゃないですかね?」
ロディ様がまた考え込んでしまう。困らせるつもりはなかったんだけどな。
「そのカイトというのはΩなんだよな?」
「本人はそう言ってましたね」
「Ωというのはうちの親もそうだが、男でも割と線が細いと聞いているんだが……?」
「そうですね、ぱっと見女の子かと思うくらい可愛かったですよ」
「それに俺は似てるのか?」
「だから『色は同じ』ですよ」
どうにも納得いかないという顔のロディ様、そんな難しい顔されても困るんだけど。確かにロディ様とカイトには似たような雰囲気はまるでない。俺の知っているカイトは金色のふわふわで、にこにこしながらとんでもない事を言い出す可愛い顔立ちの変わり者だ。
「そういえば、今度ここへ遊びに来るらしいので、その時に会えば分かりますよ」
「そうなのか?」
「ツキノと2人で並んでるとワンセットのお人形さんみたいで可愛いらしいです」
言っても『黙って立っていれば』という注釈は付くのだけども。
「それは少し見てみたいな」
興味を引かれたようにロディ様は頷いた。
「俺がイリヤでお世話になった人達も一緒に来るので、とても楽しみです」
俺が笑うとロディ様も「そうか」と頷き笑ってくれた。
この小さな町では身分差があってもそこまで上下関係は厳しくない、俺よりひとつ年上のロディ様は一応様付けで呼んではいるが本来とても気さくなお兄さんで、幼い頃には俺もよく一緒に遊んでいた仲なのだ。だから本当はロディ様とツキノも、もっと仲良くなれたらいいのに、と俺は常々思っていた。
「皆が来たらロディ様も一緒に出掛けませんか? きっと楽しいですよ」
「そうだな、その時には是非」
ロディ様とそんな約束をして俺は家路に着く。彼等がここへ遊びに来るのは数週間後、俺はユリ兄やウィルを何処へ連れて行こうかと、そんな事をわくわくと考えていた。
10
あなたにおすすめの小説
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる