運命に花束を

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運命に祝福を

纏わりつく不安 ③

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 私の名前はルイ・デルクマン。
 最近父の様子がおかしい。いつでも笑顔を振りまき、場を和ませるのが得意な父がここ最近ずっと険しい表情で何事か考え込んでいる。

「ナダール、お前最近、何か悩み事でもあるんじゃないのか? 隠し立てせずに全部吐け」

 言葉遣いは乱暴に母が父を問い詰める、けれど父は困ったような表情で首を振った。

「なんでもありませんよ、少し疲れているだけです。そんなに心配するような事は何もありません」

 穏やかな口調、確かに最近の父は疲れているのだと思う。仕事は激務が続いている。メリアとの国境の町ザガに戻った私達家族を待っていたのは、メリア難民による治安の悪化だった。
 自分達がザガを離れていた半年程の間に一体何があったのか、メリア人とファルス人との間で急激に軋轢が生じていたのだ。
 メリア難民の人達は食うに困っている人達が多く、ただ保護をするだけでも泣いて喜ぶほどに困窮している者が大半で、基本的には素直で大人しい者達がほとんどだった。けれどここ最近、彼等の中で声高に自分達の権利を主張する者達が現れ始め、元々ザガに暮しているファルス人との間に危険な軋轢を生み始めているのだ。

「また、あいつ等なのか?」

 母が「また」と言うのには理由がある、その軋轢を生み出しているのは本当にほんの一部の者達なのだ、大半の者達は平和に暮させてもらえるだけでも有難いというスタンスの中で、彼等は「メリア人にもファルス人と同じだけの権利を!」と主張する。
 それはある種宗教にも似て、じわりじわりと温和なメリア人移民にもその思想が広がってきている。
 確かに人として同等の扱いをして欲しいという理屈は分かる、けれど彼等は働かない。働きもせず、社会の歯車になろうともせずに権利だけを主張する、それは間違っていると思うのだ。
 彼等の主張はこうだ「我々メリア人にもファルス人と同じだけの豊かな生活を送る権利が有る」確かに、それは正しい意見だ、けれどだったらと斡旋した仕事を、こんな汚れ仕事ができるか! 過酷な労働は人種差別だ、とそのことごとくを彼等は拒否していくのだ。
 それは確かにドブ攫いだったり、ゴミの片付けだったり、汚れる仕事、人のやりたがらない仕事である場合もある、けれどそれは誰かがやらなければならない仕事で職業に貴賎などないのに、彼等はその仕事を選り好みする。
 だったら、一体どんな仕事ができるのか? と尋ねてみても、字も書けない、計算もできない、けれどひたすら楽な仕事がいいという、そんな職がある訳がない。けれど、彼等はそれを人種差別と捉えてがなり立てる、本当にほとほと困っているのだ。

「もういっそ、そういう人達はメリアに送り返したらどう?」
「それもそれで人種差別と言われてしまうのですけどね……」
「そんなの知った事か、自分達で自分達の居心地を悪くしておいて、人種差別もないもんだっての!」

 母も私もメリア人特有の赤髪だ。母は生粋のメリア人、私はメリアとランティスのハーフ、けれど自分は生まれも育ちもファルスなので、生粋のファルス人だと自分では思っている。
 ここ最近、ファルスの人達の自分達を見る目が厳しい。今までこんな赤髪でも普通に接してくれていた人達の視線が険しい。私が移民ではないと分かるとほっとしたような表情を見せるのだが、その険しさは恐らく異物に対する恐れからきているのだ。
 この町には昔から移民がたくさん流れてきている、ファルスの生活に馴染み暮しているメリア人もたくさん暮しているのに、そんな一部の不埒者のせいで、彼等の生活は脅かされているのだ。

「国王陛下がメリア移民の流入に制限をかけた事も彼等は気に入らないのでしょうね、これは彼等の為でもあったというのに……」

 一年前の武闘会であった事件、事件を起したのはファルス至上主義を謳う人達。それはメリア人増加に伴い、その軋轢からメリア人差別が悪化した結果でもある。どちらにも不満はあるのだ、それを解決する術が見えない、お互い歩み寄りが大事なのにそれができない、一体この国はいつの間にこんな国になってしまったのだろうか?
 昔はここまで人種差別を叫ぶ国ではなかったはずだ、なのに何故?

「子供達も怖がって最近じゃおちおち外で遊ばせてもやれない。本当に勘弁して欲しいもんだ」

 母はそう言って溜息を零す。我が家には養子に貰ったメリア人の子供達が何人もいる。親に捨てれられた子や、死別した子、行き場を失った子供達。貧しさゆえに彼等は子供を捨てる、だったら生まなければいいのに、と思った所で、生まれてしまった命は無下にはできない。

「最近のメリア人の行動は目に余る、本当にどうにかしないと……」
「貴方もすっかりファルスの人間になりましたね」
「え? あぁ……確かに俺が言えた事じゃなかったな、俺も若い頃には散々悪さしてた口だったわ」
「いえ、そういう意味で言った訳ではなかったのですが……」

 父は少し困ったような表情で母を見やる。

「確かにお前と出会う前の俺はこの世界の何もかもを恨んでいたし憎んでいた。きっとあいつ等も同じなんだよな。上手くいかないんだ何もかも、何かきっかけがあれば変われるのかな? 俺がお前に出会って変われたように、あいつ等だって何かきっかけさえあれば……」
「何か……お互いの交流の機会でも設けてみましょうかね? 例えばお祭り的なものなんてどうですか?」
「祭りか、それも悪くない、だけど準備は大変だぞ? ただでさえお前忙しいんだろ?」
「手伝ってくれるでしょう?」
「そりゃ手伝うけどさ、何でもかんでも1人で抱え込むなよ?」

 母が眉を下げて心配そうに父を見やる。

「何かするなら私も手伝うわよ。この際だからジャックも巻き込めばいいわ、使える人間は使わないとね」

 ジャック・R・ファルス、この国の第二王子で、自称私の婚約者。私は認めていないのだけど、私を好きだと言い張って、こんな辺境の地にまで付いて来てしまった変わり者の王子様。変わり者ではあるけれど、行動力だけは人一倍で、こういうイベント事にはめっぽう強い。

「ジャック君ですか、確かに彼ならそういうのは得意そうですね」

 父は頷き「少し色々な所に掛け合ってみます」とそう言った。

「ところで今日はヒナノの姿が見えませんが?」
「下の子達ともう寝ているわよ、今日も変な人に絡まれたと言っていたから、疲れているのでしょうね、心配だわ。余程の事はないと思うし、私も見ているつもりだけど、それでも四六時中一緒にいられる訳ではないから」
「そうでしたか、あの子には苦労ばかりをかけてしまう……」
「それはもう最初から分かっていた事だ、ツキノを引き取って、あの子がヒナノと名付けられた時からこうなる事は分かっていたはずだ」

 母は事これに関しては、いつも険しい表情を見せる。私は知っている、本当は、母はツキノを引き取りたくなどなかったのだ、けれど抱いてしまった赤ん坊、両親と引き離され自分に縋りついて泣く赤ん坊を母は見捨てる事ができなかった。
 その頃、母の腹の中にはヒナノがいて、オメガとしての母性も強かった時期、両親はツキノを預かる決意をした。それからはもう、そんな感情はおくびにも出さず、他の兄妹同様に両親はツキノを育てた、けれどそこには幾つもの葛藤があった事を私は知っている。
 デルクマン家の長女として、私はそれをずっと両親の傍らで見てきたのだ。成長と共に両親の抱える問題もそれとなく知らされて、我が家は普通の家庭ではないのだと知った。けれど、それでも我が家はその辺の一般家庭と変わらない普通の家族なのだ、例え家族のバックグラウンドが普通と違っていても、我が家にとってはこれが普通なのだから仕方がない。
 母はメリアの元第二王子、そしてツキノはメリア現国王のたった一人の子供、メリア王家の血が我が家を縛る、けれど私達はそれを受け入れるしかない。
 バース性が色濃く出た私達3兄妹の中で、末っ子のヒナノは飛び抜けて力が強い。いや、力が強いというのには語弊があるだろうか? 彼女の纏うオメガのフェロモン、その薫りは否も応もなく周りを魅了する。
 その強すぎるフェロモン故に彼女に手を出そうとする不埒者は後を立たず、彼女が幼い頃は私達もずいぶん苦労をした。歳を重ね、ある程度のフェロモンを調整できるようになって、ようやくヒナノは自由を手に入れたのだが、今度はツキノの身代わりとして彼女は身を狙われている。

「ヒナノにもそろそろ発情期がくる、それまでにもっとメリアが落ち着いてくれていたらと思っていたが、なかなか上手くいかないもんだな……」

 母は瞳を伏せて溜息を零す。

「あと少しです、メリアが民主化を果たせばきっと何もかも上手くいく、今はそれを信じましょう」
「それまでにランティスの方も落ち着いたらいいのだけど……」
「ユリウスですか?」
「そう、便りがないのは無事な証拠って言うけど、本当に何にも連絡がないんですもの、心配だわ。あの子時々とても抜けているから……」
「腹、空かせてそうだよな……」

 母の心配はどこかおかしい。確かに弟は大食漢でいつでも腹を空かせていた、けれど心配する所は、今はそこではない気がする。

「旨い飯につられて悪い奴について行かないといいけど……」
「ママ、さすがにユリはもうそこまで子供じゃないわよ?」
「でも、お前だってあいつの大食、知ってるだろ? 絶対腹空かせてる」
「あの子だって今はもう自分で稼いでいるんだから、自分でご飯の調達くらいするわよ」
「ユリウスはグノーの手料理で育って舌が肥えすぎましたからね、そういう意味では私も少し心配です」
「パパまで! 心配するの、そこじゃないでしょ!!」

 両親は顔を見合わせ苦笑する。

「そのくらいあの子はできた子だと言っているのですよ。そのくらいしか心配する所がないという事です。あの子は大丈夫、職務はきっちり全うして私達の所に帰ってきますよ」

 両親が弟ユリウスを信頼しているのはとてもよく分かる、けれど私はこれも知っている。弟はまだ幼い頃、一時精神のバランスを崩した母の介護の為、私達姉弟をムソンに置いていった両親に対して少しばかりの不安と不信感があるのだ。
 弟はあの一件以来とても大人しい子供になった、誰の言う事も素直に聞く、大人に言わせればとても「いい子」だ。いい子でいなければ捨てられる、彼の頭の中にはきっとそんなトラウマが住み着いている、だから弟は誰よりもいい子であろうとするのだ。
 歳の割には落ち着いていて、下に弟妹も多いのでいい兄であろうとする。両親はそれが彼の全てだと思っているようだが、私はそれに少しの不安を抱えている。

『ねぇね、パパとママはもう帰ってこないのかな?』

 毎晩のように泣きぐずる弟を自分も泣きたいのを堪えて、いつも抱き締めていた。その当時お世話になっていた夫婦の家の子供達は皆私達より年上で、そんな私達をいつも慰めてくれた。だから私は捻くれもせずにここまで育ってこられたけれど、弟はあの当時あまりにも幼すぎて、そんな事も分かっていなかったのではないかと思うのだ。
 彼自身はもう覚えていないかもしれない、それならそれでいいと思う、けれどあの一件が彼の成長過程で彼を形成していくどこかの歯車に組み込まれている事を思うと、過度の期待は彼を苦しめるだけなのではないのか? と私は思ってしまうのだ。
 これも過ぎた不安であればいい、けれどツキノと違って彼にはお互い支え合える番がいない。仲間が多い事は分かっている、親友であるイグサル、そしてそんな彼の幼馴染であるミヅキも現在彼と共に行動している。兄弟のように育ったカイト、黒の騎士団の3兄弟もいる、それでも私は一抹の不安を拭えずにいる。
 誰とでもすぐに打ち解ける、それは父にも似て彼の好ましい点でもあるのだけど、その実彼は自分の中に他人を踏み込ませない。それはまた大事な人に捨てられる、置いていかれるかもしれないという不安からきているのではないかと私は思ってしまうのだ。
 そして、それを誰も気付いていない。これが私の杞憂であれば問題はない、けれど、もし……

「ルイ、どうした?」
「何でもないわ、ママ」

 母の心はとても弱い、父にこれ以上の心労もかけられない。

「お祭り、成功させて皆仲良くできるようになったらいいわね」

 私はにこりと笑みを作る。両親はほっとしたように頷いた。


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