運命に花束を

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運命に祝福を

囚われ人と薬屋 ①

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 薄暗い部屋、日差しは僅かに天窓から差してくるのだが、如何せん部屋の中には踏み台になりそうな物はなく、その天窓から外を覗き込む事もできない。
 そもそも足には足枷が嵌められ、それには長い鎖が付いている、壁をよじ登ろうにもその天窓には届かない。まぁ、足枷なんて外そうと思えば外せるし、天窓に格子も嵌っている様子はない、いざとなったら逃げられない事はないなと、俺はかなり楽観視している。
 それにしてもここは何処だ? 人攫いに部屋に押し込められ、リリーから抑制剤を飲むように言われたとこまでははっきり覚えているのだが、その後の記憶がどうにも曖昧で、目を覚ましたらこの状態だったので俺はもう訳が分からない。
 一緒に捕まったはずのロディはいないし、あの場にいたリリーも、それ以外の女達もここにはいない。別の部屋にいるのか、それとも俺一人だけ別に拘束されているのか……
 だが、ぼんやりした記憶の中で、ロディが雑にゴミ袋の中に放り込まれているのは見たような気がするのだ、男だってバレて捨てられたのかな? だとしたらお気の毒。自業自得とも言えるけど。
 それでも死んで欲しいと思うほど嫌っている訳ではないので、無事だといいがと思いを巡らせた。
 身体を動かすと、足枷に繋がれた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。部屋の中には寝具が一式、俺はその上に寝かされて、というか転がされていた。
 起きたら服が乱れていたので、寝ている間に何かされたか? とどきっとしたが、身体にこれといった違和感はないので、ロディが男だったから念の為確認された感じだろうか?
 それにしても、リリーが持っていたあの薬、恐らく抑制剤じゃなかったんだが、なんだったんだろう、まさかリリーも敵側の人間だったなんて事ないよな? ……ないよな?
 さすがにそれは無い、とその仮説には首を振って俺は改めて部屋を見回す。
 改めて何もない部屋だ。牢屋的な部屋なのだろうか? 部屋の隅に申し訳程度のトイレが備え付けられていて、扉には食事を差し入れられるような小さな小窓も付いているので、たぶんそんな感じなのだろう。
 鎖をじゃらじゃら引き摺って、扉にそっと耳を押し当てる。何の物音もしない。陽は差しているのだから昼間なのは間違いなさそうなのだが、これだけ静かだという事は周りに誰もいないという事だ。見張りの一人もいないのだろうか? だったら、さっさと足枷外してとんずらするかな……と考えていたら、スタン! とナイフが一本、目の前に降ってきた。

「な……ちょ、危っぶねぇ……」

 俺がそのナイフを見やると、ナイフにメモが括りつけてある。このシュチュエーションには既視感がある、このナイフはたぶん黒の騎士団のモノだろう。

「なんだ、いるのか……」

 呟いた言葉に返事はないので、俺はその結ばれたメモに目を通した。そこに書かれていたのは『潜入捜査中、待機』の言葉。
 待機って……と俺は溜息を零す。こんな所で俺は何をしていればいいというのか。

「待機って、いつまで?」

 返事はない。確かにこんなに静かだと声響くもんなぁ。俺はメモを小さく小さく破って壁の隙間に埋め込んだ。とりあえず、今は何もしてはいけないらしい。仕方がないのでもう一度寝具に横になって、天窓を見上げていると、いつの間にかまた寝入ってしまっていたようで、次に目を覚ました時には部屋はもう真っ暗だった。
 さすがに暗くて何も見えないし、せめて灯りくらい差し入れてくれたらいいのに、それに腹減った、誰か何か持ってきてくれよ……そんな事を思っていたら、突然部屋の扉がごんごんとノックされ、ビクッと身を震わせる。

「誰? ……何?」
「飯だ……」

 ぶっきら棒な声と共に扉の小窓から差し込まれる食事、盆の上に乗っているのはパンがひとつと具のほとんど入っていないスープ。これ足りない、絶対足りない。

「少ない……」

 俺の言葉に扉の向こうの男が驚いたのか「ずいぶん余裕のある小娘だな」と笑った。

「育ち盛りなんだから、こんなの足りないに決まってる」
「普通の娘だったらこんな状況、泣き喚いて食事も喉を通らないってのが普通なんだが、お前ときたら来た時から泣きもせずにずっと寝てやがるし、挙句に食事が少ないって、どんだけ肝が据わってるんだか。だがめそめそしてるより余程マシか、元気なのは良い事だ、ははは」
「良くない! せっかく少し肉が付いたのに、また落ちる!」

 一時拒食のようになっていた俺はがりがりに痩せ細っていた時期がある。この一年は平穏に過せていたお陰で、どうにか肉が付いたのに(主に胸にだけど……)これではまた元に戻ってしまう。

「分かった、分かった、仕方ないな」

 扉の向こうの男はそう言うと、小さな小窓からもうひとつパンを放り込んでくれた。言ってみるもんだな。

「できたら何か灯りも欲しいんだけど……真っ暗で何も見えない」
「図々しい小娘だな、ちょっと待ってろ」

 図々しいと言いながらも男はどこかへ行って、戻ってきたと思ったら小窓から小さな蝋燭とマッチを放り込んでくれた。

「いいの……?」
「本来なら捕まえた女に焼身自殺でもされたら困るから渡さないんだが、お前はそんな事しそうにないしな」
「そういうの性に合わないから」
「気丈な事だ」

 扉の向こうの男が笑い、つられて俺も笑ってしまう。笑ってる場合じゃないのは分かってるんだけど、これが俺には潜入捜査だってのが既に分かっているから、ついな。
 相手も相手で悪者らしく悪態を吐いてくるでも脅してくるでもないし、俺に対して何かをしてこようという感じでもない。たぶんこいつはあんまり事を理解してない下っ端なのではないだろうか。

「ふふ、あんたいい人だね」
「人攫いの一員に向かっていい人はねぇよ。俺は嬢ちゃんがこれから売られるのが分かってるから優しくしてやってるだけさ」
「売られちゃうんだ? 奴隷として?」
「あぁそうだ、まだもう少し先だがな」

 男は意外とよく喋る。やはり俺達を攫った人攫いは奴隷商で間違いなかったらしい。

「いつ?」
「来週くらいか、その前に一度雇い主が顔を出すそうだがな」
「雇い主……」
「嬢ちゃん『山の民』だろう? うちの雇い主、そりゃあもう『山の民』が嫌いでなぁ……」
「え……」
「黒髪の娘がいると言ったら、一度顔を拝みに来るそうだ」
「それ、嫌な予感しかしないんだけど……」
「売り物だ、殺されたりはしないさ」
「他人事だと思って!」
「正真正銘他人事だからな、はは」

 男はげらげらと笑い続ける、少しでもいい人だと思ったの、間違いだったわ! こいつも所詮悪党だ。

「そう言えば他の人達は?」
「あ? 他の?」
「いないの?」
「ここに嬢ちゃんが連れて来られた時には嬢ちゃん一人だったな。今は他からも入荷はしてない。だから大人しくしていれば、傷を付けられる事もないだろう。なにせ嬢ちゃんは大事な商品だからな。せいぜい媚でも売って気に入られるようにふるまう事だ」

 それだけ言って、男は何処かへと去って行く足音が聞こえた。俺は放り込まれたパンを貪り食う、体力温存は大切だ。いつまでここで待機していなければならないのか分からないが、いざという時に動けないでは話にならない。
 それに他に捕まっている人間がいないと言うのは幸いだ、誰かを人質にとられる心配がないなら思う存分暴れられる。だが、他の人達は何処へ行ったのだろうか? 別の場所へと連れて行かれたのか、それとも運よく逃げ出せた? 状況が全く分からないのは相変らずだが、少なくともここには黒の騎士団もいるのだから状況的には悪くはない。
 囚われの姫というたまではないのだが、仕方がない、今はぐっと怒りを飲み込む。

「絶対! 全員一網打尽にしてくれるわ!!」

 その呟きは闇にとける、俺はロウソクを吹き消した。


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