運命に花束を

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運命に祝福を

夜会のその後 ①

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 夜会、それぞれの思惑が渦巻くその夜、思わぬ人物達の登場でそれぞれの思惑があらぬ方向へと導かれて行く事になった。それは当人達も、それを取り巻く人間全ての与り知らぬところで、全ては『運命』という流れの中へと飲み込まれていく。


 ※  ※  ※


「俺はあの時、2・3日の我慢だから大人しくしていろ、と、お前にそう言ったはずだな」

 今、俺の目の前には黒の騎士団。怒りながらも声を押し殺し、俺に説教をたれるのは黒の3兄弟の末っ子シキさんだ。

「なのにお前はその2・3日の我慢も出来なかったのか!」
「俺、あんたの兄の許可はちゃんと取ったぞ……」

 理不尽に怒られて、俺はぶうたれる。確かに俺が囚われていた部屋を勝手に抜け出したという事実は認めるが、まるで俺がなんの指示にも従わなかったように怒られるのは心外だ。俺はちゃんとこの人達の言う事は聞いて行動している。あの時、あそこで会った長兄が「行くな」と言えば俺はきっとあの場に留まったはずだ、けれどあの時彼は「付いて行ってはやれないぞ」と、明言しつつも俺を止めるような事はしなかった。あまつさえ、馬の場所を教え「向こうに向かえ」と言って俺をメリア王国へと向かわせたのは目の前の男の兄に他ならないのだ。

「兄貴がそんな事を許可する訳がない」
「な……! だってあの人、自分はここを動けないからって言って、俺を送り出したんだぞ!?」
「嘘を吐くな! 兄貴があの場所に残っていたのはお前に付いていたからで、あの場所自体に残っていた訳じゃない。その兄貴が、お前は勝手に逃げ出したとそう言ったんだ、兄貴はまだお前を探して、グライズ領に残っているんだぞ。ただでさえこちらは手が足りないのに余計な仕事を増やすんじゃない!!」

 更に怒られて本当に納得がいかない。しかも頭ごなしに嘘吐き呼ばわり、俺はひとつも嘘なんて吐いていないのに!
 夜会が終わり、ようやく一息吐けると思った矢先のその叱責に俺はどうにも納得がいかない。俺達のランティスにおける宿はグライズ公爵の用意したメルクード内でも一・二を争う一流の宿屋だ。恐らく俺達だけでは絶対に泊めてはくれないであろうその宿に、俺達は宿を取っている。
 そのくらいここメルクードにおいてグライズ公爵の力は絶大だという事だ。
 俺にも個室が与えられ、今その部屋の一室で俺は黒の騎士団に説教を喰らっているわけなのだが、もう本当に納得がいかない!

「シキ、もうその辺にしておけ、ツキノだって悪気があった訳じゃない。どうせ理由なんてカイトに会いたくて仕方がなかった、とかそんな理由なんだろうし、運命の番にはこういう事はままある事だ」

 部屋の中にはもう一人、ルーンでも世話になっていたサクヤさん。彼は俺が怒られるのを黙って聞いていたのだが、そんな怒れるシキさんを諌めるようにそう言った。
 確かにカイトに会いたかったのも事実だけども! 何で誰も俺の言う事信じないかな……

「それより、そんな説教の前に、お前がレイシア姫と組んで何をしようとしているのか、その真意を聞いておきたい」
「あ? どうせ話しは全部聞いてたんだろ? 別にそれほど大それた事を考えている訳じゃない、レイシア姫がエリオット王子と結婚したいって言うから、それに協力する約束でここメルクードまで連れて来て貰っただけだよ」

 実際所持金が心許なかった俺はここまでの道程、完全に全て姫のおごりでここまで運んで貰えたのでとても助かったのだ。きっと姫と一緒でなかったら、俺はまだここメルクードに辿り着けていなかったと思う。

「レイシア姫がグライズ公爵と繋がっている事は分かっていたはずだろう? しかもお前はグライズ公爵が奴隷売買の黒幕だって事も分かっていたはずだ」
「うん、そう、分かってた。だから、余計協力しようって気になったんだけど? 姫がこのままグライズ公爵と繋がったままだと、いずれ姫の人生は破綻するって思ったし、だったら逆に姫をこちら側に取り込んだ方が姫の身も安泰だし、グライズ公爵の悪事も暴きやすいかとそう思ったんだけど、駄目だった?」
「お前は何故そこまで姫に肩入れする? レイシア姫はお前の命を狙う可能性だって……」
「いや、ないない。姫はそういう人じゃないよ。人なんて実際本人と話してみなけりゃ分からないもんだね、今までレイシア姫がやったって教えられてた赤ん坊の頃の俺の誘拐未遂だって、姫は知らないって言ってたよ」
「そんな口からでまかせ……」
「だったら、それ、証拠があるの?」

 俺の言葉にサクヤさんは黙り込んだ。

「実際の所、あの当時、俺達親子を狙っていた人間ってのは幾らもいたんだろう? 姫が一番の最有力候補だったのかもしれないけど、違うよ、姫じゃない。だって姫は未だに俺の母親の事が大好きだからな」
「母親……? ルネーシャ様か?」
「そう、大嫌いって言いながら、お姉さま、お姉さまって、彼女の話ばっかりしてた。たぶん、未だに大好きなんだよ。そんでもって、そんなお姉さまを奪った俺の父親の事は大嫌いみたいだ。更に言うなら、お姉さまにそっくりな俺の事は気に入っているらしい」
「確かにお前は若い頃のルネーシャ様によく似ているが……」

 ちょっと半信半疑な所もあったのだけど本当に似ているのか? 俺ってやっぱり女顔なんだな…… 

「だが、だからと言ってレイシア姫とエリオット王子を結婚させてどうする!?」
「うん? 姫がエリオット王子と結婚して子供を生んだら、晴れてカイトは自由の身だろ?」
「まぁ、それはそうかも知れないが……」
「姫は姫でこれからの生活に困る事もなくなる、だから俺達の間には利害の一致があったという訳だ。ついでに言えば、俺とカイトの間で散々言われたメリアとランティスの結婚もこれで叶う。八方万々歳じゃないかと思うんだけど?」
「だが、姫はベータだろ?」

 サクヤさんが厳しい表情でそんな事を言う。あれ? 知ってたんだ……

「エリオット王子の方だって、先生以外の人間と結婚するとは思えない。『運命の番』って言うのはそれくらい思い入れが強いんだ、それはお前だって分かっているだろう?」
「別に形だけでもよくない?」
「は……?」
「姫は幸福な結婚生活なんて最初はなから望んでいない、ただ望んでいるのは安穏とした姫としての生活だ。そこに愛なんて必要ない、けど、姫には『姫』という肩書きがある」
「どういう事だ……?」
「だからさ、姫と王子が結婚すればメリアとランティスの和解にも繋がるかもなんだろ? それは国としての体裁だ。王子はカイルさんと結婚したい、別に姫はそれでもいいと言っている。姫は誰かしらとの間に子供を生み、その子がこの国を継げばいい、それだけの話だ。姫の相手はランティス王家側が選んで問題ない」

 俺の言葉にサクヤさんもシキさんも何故か唖然とした表情を見せた。俺の考えそんなに変かな?
 姫はそこまでの話をしても、それでもいいとそう言った。だったら、王家は姫に子供を生ませる為に王家の血縁からでもその相手を探せばいい。どのみちエリオット王子はカイルさん以外と結婚する気がないのだから、何の問題もない。

「まさか姫は本当にそんな条件を飲んだのか……?」
「政略結婚なんてそんなものだってからから笑ってたけど? さっきも言ったけど、姫は自分が安穏と暮らせられればそれでいいんだよ。そのあたり割り切り方が凄いなって思うけど」
「そうやってランティス王家を乗っ取ろうって腹積もり……」
「だとしても、メリア王家はもうなくなる訳だし、姫がこの国を乗っ取って何をするって言うんだろう? 確かにグライズ公爵が後見に立って、って話になれば危うい話にもなってくるけど、姫がこっち側なら問題なくない?」

 サクヤさんは頭を抱え「考えについていけない……」と、溜息を零した。

「これは各所に話を通すべき案件のようだな。お前の考えは分かった、だがツキノ、しばらくはお願いだから大人しくしていてくれ」
「俺、あんた達の言いつけはいつも守っているつもりなんだけどな」
「嘘吐け!」

 また嘘吐き呼ばわり、納得がいかないぞ!
 黒の騎士団の2人が去ると(たぶんどちらか一人はその辺に残っていると思われるけれど)部屋は急にしんと静けさを取り戻した。
 俺に付いてくると聞かなかったカイトはイグサルさんに託して学生寮の方に帰したのだが、今頃彼も俺と同じように説教を喰らっているに違いない。そういえば、カイトが何故あの夜会に呼び出されていたのか、その理由は聞かなかったな……父親に呼び出されたとは言っていたが、カイト自身その理由を知らなさそうだったし、そこにロディも一緒にとなるとまた何かしらの不穏な空気を感じざるを得ない。
 カイトとロディの共通点、それは王家の血筋の人間だという事。カイト曰く、俺を助ける為に王家の人間に働きかけたという事だが、それは同時にカイトが王家に完全に認知されたという事でもある。
 こんな事になる前にレイシア姫をここまで連れて来られたら良かったのだが、案の定、カイトは大人しく待っているような人間ではなかった。
 そんな彼だから好いてもいるし、だから一層厄介だとも思う。

「早くファルスに帰りたいな……」

 レイシア姫とエリオット王子の結婚が決まれば、俺達の未来に障害なんてひとつもなくなる。俺はそんな時が少しでも早く来る事を祈る事しかできないし、その為にこのお見合いは是が非でも成功させなければならないとそう思っている。
 俺はベッドの上にごろりと転がる。どうにもこうにも身体がだるい、カイトと再会した安心感からか一気に疲れが表に出てきたような感じだ。
 それにしても、あんな場所で盛られて、誰かに見られていたらと思うと気が気ではない。姫はそういう点においては鈍感なようで、何も気付いた様子はなかったが、そんな姫の傍らに居た面々には生温い瞳を向けられた。たぶん、やっていた事はバレている……

「あいつにはもう少し躾が必要だな」

 腹を撫でて一人呟く。あんな場所ではろくすっぽ事後処理も出来なくて、まだ何か入っているような感覚に溜息を零す。ルーンではお預けを食らわせて、久しぶりの情事だったので尚更だ。
 カイト1人ですっきりしたような表情をしていたのも腹立たしい、次は絶対自分の番だ。
 そういえば、カイトの発情期が周期通りにきているようなら、もうそろそろなのではないだろうか?
 次の発情期にはたぶん、彼の傍にいてやれる。最初は逃げて、それ以降は離れ離れで発情期に彼を抱いた事は一度もない。そうでなくても性欲の強いカイトなのに、それしか考えられなくなる発情期なんて彼がどう変わってしまうのか考えるだけで恐くもあり興味もある。
 どれだけ大きく逞しく育っても、彼は俺だけの雌なのだ、それを考えただけで俺はぞくぞくしてしまう。
 早く全てに片を付けなければ……と、俺は大きく息を吐き出した。



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