運命に花束を

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運命に祝福を

事件の裏側 ⑥

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「金蔓が着実に潰されていっているな……向こう側にどうやら頭の切れる奴がついたようだ。しかも三国ばらばらに見当違いの調査をしていたのが、変に連携が取れはじめている」

 アギトはそう言って地図のひとつに大きく×を描いた。

「小賢しい事だな、今までは放っておいても勝手にいがみ合って責任の擦り付け合いをしていたものを……」
「やはりメルクード襲撃はやり過ぎだったのでは……?」

 男が一人声をあげるとアギトはぎん! と、その男を睨みつけた。

「やり過ぎ? そんな事ある訳がない、むしろぬるい、それに遅すぎたくらいだ。成果がランティス国王1人だけだったのが少しばかりアレだったが、今回のこれは俺達の存在をあいつらに知らしめるには十分だっただろうが。王国に不満を持つ者はいずれこちらの仲間になる、多少の事はどうとでもなる」

 自信満々のアギトの言葉、だがそれは本当に? いや、俺にはもう分かっている、俺たちが乗っているのは泥船だ。だが馬鹿にされておめおめと逃げ隠れしている時期はもうとうに過ぎている。
 俺たちは動き出してしまった、もう今更止まる事などできやしない。

「セイ、そっちに何か情報は?」
「悪いが俺の情報網はもう使えない。俺が裏切り者だとバレてしまったからな」
「ちっ、使えねぇな」

 苛々とアギトは体を揺らす。薬物を使い他者を操るアギトだが、その薬物は彼自身の身体をも蝕んでいる。この組織はもう長くはない、けれどやらなければならないのだ。この世界を変えるために。

「あの……スランにはいつ戻るのですか?」

 おずおずとユリウスが片手をあげた。ユリウスの意識ははっきりしている時とぼんやりしている時の差が激しい、今はずいぶん落ち着いて見えるが番相手のミーアと離されもうずいぶんと経つ、運命の番は離されればどうしようもなく疲弊する、それはオメガの方が顕著ではあるがアルファもそれは同様に。ユリウスはミーアに会いたくて仕方がないのだろう。
 けれど不思議な事にミーアと離れた事でユリウスの正気でいる時間が増えている気がする。ミーアと出会った事でユリウスは変わってしまった、それは薬物に侵されるより前の話だ。
 彼女の存在、もしくは彼女の中に住まう何物かの存在自体がユリウスにとっては毒なのだと俺は思わざるを得ない。

「スランには戻らない、まだ何も終わっていないからな。今、俺達がスランに戻れば恐らくスランは潰される、そうなればミーアもただでは済まないだろう、なにせミーアはあの村の巫女で神の遣いなのだから」
「そんな……」
「そうならない為に、お前にはやるべき事があるだろう? なぁ、ユリウス?」

 考える能力が著しく落ちているユリウスはアギトの言葉に簡単に乗せられる。

「だったらこんな場所に隠れていないで、やるべき事を早くやりましょう」
「そう焦るなユリウス、急いては事を仕損じるってな。あちらの出方を待つんだ、奴らは同盟を結び手を組んだ、俺達も迂闊に動けばやられてしまう。だがな、同盟とは言っても急ごしらえの同盟だ、一体どれ程の事ができると思う? どうせ何も出来やしないし、そのうち勝手に破綻するだろうさ」
「ですが……」
「俺の言う事が聞けないか? ユリウス?」
「いえ……」

 今となってはユリウスの力が俺達の一番の戦力であり、アギトよりもユリウスの方が立場的には上だと言ってもいいのだが、アギトはユリウスを支配して己の欲望のままにユリウスを使う。ユリウスはそれに反抗する事ができない、その考えに及ばないのだ。
 ユリウスは俯いて、俺の与えた煙草に火を点けた。あんなものは気休めにしかならない、壊れてしまった心は戻らない。大事なモノをなくしたユリウスはただの操り人形だ。
 アギトは覇気のない虚ろな操り人形を大勢支配下に置き、まるで王様であるかのようにふるまうけれど、その言動は滑稽だ。

「セイ、何か言いたい事があるのか?」
「いや……」

 俺は小さく首を振り、本当にこれで良かったのか? と答えの出ない自問自答を繰り返し続けた。
 指名手配のかかっている俺達はむやみに陽の下を歩けない。だが、邪の道は蛇、そんな脛に傷持つ人間を受け入れてくれる場所はいくらでもある。俺達はそんな場所を転々としながら身を潜ませていたのだが、ある時耳に飛び込んできた情報に俺は耳を疑った。

「ランティスの新しい国王陛下は先代の喪が明け次第、妻を娶って結婚するらしい。しかもお相手はメリアの姫君だと言うじゃないか、全く驚いた事だ。それに加えて王弟陛下も一緒に挙式をされるとか、しかもこっちのお相手はファルスの人間だと聞いている。ランティス王家は一体何を考えているのやら、メリアにファルス、しかも同時に、メルクードはお祭り騒ぎだろうが、正直うさん臭くてかなわんな」

 結局俺はエリオット王子を仕留めそこなったのだ……あの時は確かに手応えがあったと思っていたのにしぶとい奴だ。
 だがそうか、婚礼か……ランティス王家とメリア王家の結婚ならば両王家の人間が参列するのは間違いない。そして王弟も一緒にと言うのなら、お相手はファルスのジャン王子だ。
 さすがに王弟が嫁に行く側なのは伏せられたという感じなのだろうが、こうなってくればその挙式には三国全ての王家の人間が余す事無く集まる事になるのではなかろうか? 
 いや、だがそれはあまりにもこちらに都合のいい展開だ、この結婚には裏がある? 乗るべきか、避けるべきか……
 アギトに一応報告したら、案の定彼は笑い「祭りは派手にやるものだ。なぁ、そう思うだろう?」と、頷いた。そう言うとは思っていたが短絡的だとも思える彼の言葉。
 俺達への包囲網は着々と近付いてきている、これは罠だと俺の心は訴えかけてくるのだが、どのみち俺達にはもう時間はさほど残されてはいない。仲間は次々捕縛され数を減らしている。ばら撒いていた薬物も躍起になって回収されて最近ではあまり見掛けることもなくなった。

「散り際は派手に……ってところかな」
「セイさん?」
「何でもない。ユリウスあと少しだ、あと少し頑張ればミーアの元に帰れるからな」

 俺の言葉にユリウスがぱぁっと笑みを見せる。その笑みは幼い頃の彼を思い出させて胸が痛んだ。


  ※  ※  ※


 すっかり吸い慣れてしまった煙草をふかしてぼんやりと窓の外を眺める。
 ミーアに会いたい。彼女と別れて一体どれだけ経っただろう? 彼女はあまり身体が強くない、無理をしていないか心配だ。そして腹の中にいる我が子が無事に健やかに育っていればいいのだが。
 ミーアの姿を思い出そうと瞳を瞑ると何故かそこにミーアともう一人、知らない少年が瞼に浮かぶ。
 あれは一体誰だったか? ミーアを思い浮かべると必ずと言っていいほど心に浮かび上がってくるこの少年、たぶん恐らく名前は『ノエル』
 私に私の過去を語ってくれたセイだったが、何度問いかけても彼は私にこのノエルの事は語ってくれなかった。
 少しずつ思い出される記憶、私には弟がたくさんいたような記憶がある、だがその一人一人を思い浮かべてもその中に彼はいない。
 だったら元々の仕事仲間か? と記憶を反芻してもその少年は出てこない。イグサル、ミヅキ、ウィル……その他にも何人か顔と名前が出てきた者もいるのに、やはりそこにあの少年の姿は現れない。

『ノエルはお前の恋人だろう!』

 あの襲撃の時ツキノが叫んだ言葉。彼と私が恋人同士? まるで記憶にない話なのだが、私は恋人であった彼を捨てたのだろうか? もしかしたらそうなのかもしれない、だが仕方がない、私は運命の相手を見付けてしまったのだから。
 私は恋人であったはずの彼との記憶を思い出せない、思い出そうとすると何故だか頭の痛みが増して、まるでそれ以上考えるなと言わんばかりに具合が悪くなるのだ。これは私の中に微かに残る罪悪感からくるものなのかもしれない。
 思い出す必要はないと思いつつも、それでもその面影は心の柔らかい部分を引掻き続け、忘れ去ることを拒むように抗い続ける。
 私の運命の番はミーアただ一人、なのに何故その少年はミーアと共に私の心の中に現れるのだろう。それどころか、ともすればミーアよりも鮮明に私を誘惑するようにこちらに手を伸ばしてくるのは何故なのか。
 この記憶は一体なんだ? 私と彼はそんな関係であったとそういう事か? だが、彼は男ではないか……いや、もし彼がオメガであるのならそんな関係もなくはない。
 だがどのみち、私は彼を捨てミーアを選んだのだから意味もない。

『ユリ兄』

 少年が先程の妖艶な笑みではない純朴な笑顔を浮かべてこちらを見やった。何故だろう? 先程の彼も私の記憶の断片であるとあると思うのだが、こちらの彼の姿の方が自分の中にしっくり落ちてくる。

「ノ、エル……」

 その名を呼んだらまたしても心が震えた。彼は一体どこにいるのだろう? 私と彼とは一体どこで出会い、どういう経緯でそういう関係になったのだろう?
 知りたいとも思うがそんな事を知った所で意味がないとも思うのだ。私は彼を選ばない、彼は私の中ではもういないも同然の人間なのだから。
 私はそれを理解している、なのに何故? それでも瞼の裏に彼の姿が浮かぶのは何故なのだろう?

「ノエル……」

 私の声に応える者は誰もいない。

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