童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第四章

大人になりきれない僕達は

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 その日、結局僕達は王子様たちが宿泊するその部屋に宿泊させてもらう事になった。なにせだだっ広いその部屋には更に独立した寝室が幾つもあるのだ。しかも寝るには充分すぎる程に柔らかいソファーも複数あって、なんなら床に敷かれた絨毯もふかふかなので、野宿に慣れている僕達なら地べたで寝る事もできそうなくらいだったから何の問題もない。
 ちなみにそれら全てがなかったとしても僕にはライムという変形自在の従魔がいる。ライムは自分の身体を思う通りに変形できるし、柔らかさに関しても自在に変える事ができるのだ。今現在、僕はまるで人をダメにするクッションのような形に変形したライムの身体にもたれかかるようにして天井を眺めている。
 室内には誰のものか分からない寝息が聞こえ、何となく眠りにつけない僕はその寝息を聞きながら瞳を閉じる。食事と睡眠は生活の基本だ、ちゃんと寝ておかなければと羊を数え始め、それが100匹を越えた頃、不意に人の動く気配を感じて僕はうっすらと瞳を開けた。

「なんだ、寝られないのか?」

 声の主はアランだ、僕はその声に答えようとしたのだが、身体はずいぶん睡眠の方向に傾いていたようでどうにも声が出てこない。そんな僕の状態を知ってか知らずか、細く長く息を吐き出す微かな音と共に「寝られる訳ないじゃないですか」と返事を返したのはルーファウスだった。

「そちらこそ珍しいですね、いつもはずいぶん寝汚いくせに寝られないんですか?」
「あ~……なんか、腕が寂しくてな。最近はタケルも抱っこさせてくんねぇからなぁ」
「当たり前でしょう、何を言ってるんですか図々しい」
「うっせぇわ、お前はいつも遠慮もなくタケルにべたべたしてる癖に」
「してませんよ」
「嘘吐くな」
「……本当に、してませんよ。私はタケルに嫌われていますから」

 しばらくの沈黙、今度はアランが「お前、それ本気で言ってんのか?」と、大きく息を吐き出した。

「本気も何も事実です、あなたも先程聞いたでしょう、あんな風に拒絶されてなお好かれていると自惚れられるほど私の頭はお花畑ではありませんよ」
「あ~アレはお前が悪い」
「何でですか、何が悪いと?」
「タケルの言った事そのまんま。タケルはお前の可愛い可愛いお人形さんじゃないって事だ。お前って人間関係おこちゃまだよな。長く生きてるくせに実は恋愛経験もないんだろう?」

 またしても長い沈黙。しばらくすると声を殺すようにしてアランが笑いだし、ルーファウスが小さく舌打ちを打つ音と身動ぎをする衣擦れの音が聞こえた。

「なぁ、ルーファウス、どれだけ相手を好きになったとしても人と人は同一になんてなれないんだよ。些細な事ですれ違うし、同じ方向を見ているつもりで真逆を向いている事だってある。お前の最善はタケルの最善じゃない、そこをきっちり理解しないとお前はいつまで経っても一人ぼっちだぞ」
「そんな事は……分かっているのですよ」
「だったら――」
「失いたくない」

 それは本当に小さな小さな声だった。絞り出すかのようなその声に、アランもどう返していいのか分からなかったのか沈黙が続く。

「タケルの意志を無視してでも私はタケルを守りたい。失いたくない。本当は何処かに閉じ込めて隠してしまいたいくらいなのに、我慢しているだけです」
「タケルはそれを望んでない」
「分かってますよ、だからやってないじゃないですか」
「お前なら本当にやりかねないから、本気で忠告してんだよ。ルーファウス、大人になれよ」
「私はあなたが生まれた時には既にもう大人でしたよ」

 拗ねたようなルーファウスの返答に「お前は中身がおこちゃま過ぎるんだ」と、アランは苦笑する。

「今のお前は大好きな玩具おもちゃを取り上げられて、それは嫌だと泣いてる子供と一緒だ。嫌だと言うだけじゃ玩具は返してもらえない。大人だったらもっと話し合え、解決策を模索しろ、それが大人だ。泣いて縋って我が儘を通そうとするのは道理の分からない子供のする事だ」
「………………」
「今ならまだ間に合う、本気で嫌われる前にタケルとちゃんと話し合え」

 落ちる沈黙、その後のルーファウスの返事はなくて、アランももうそれ以上は何も言わない。
 また静かになった室内には微かな寝息だけが響いて、僕は黙って瞳を閉じた。

 翌朝、目を覚ますとルーファウスは既に起きていて僕が彼に瞳を向けると気まずげにふいっと瞳を逸らした。それはなんだか喧嘩後の子供のようで、昨夜夢うつつで聞いたアランとルーファウスの会話を思い出す。
 ルーファウスは大人だ、年齢はこの場に居る誰よりも年上で博識で頼れるお兄さんだ。だけど、その中身まで成熟しきった大人なのかと言われたらそうでもないのかもしれない。
 実際僕も中身はおじさんだけど見た目が子供だから子供扱いされているし、正直中身だってたいして大人だなんて思えない。

「おはよう、ルーファウス」
「……おはよう、ございます」

 声をかけられると思っていなかったのだろうルーファウスは驚いたように返事を返しつつも気まずそうな表情を見せる。そして何か言いたげだけれども、言葉が思いつかないのか、また瞳を逸らされた。

「ねぇ、ルーファウス、髪の毛結ってよ」
「え?」
「昨日ルーファウスが選んでくれた髪ひも、まだ自分じゃ上手く結べないからルーファウスが結んで」

 僕が髪ひもを差し出すと、ルーファウスはそれをおずおずと受け取って、いつものように僕の髪を梳いていく。

「髪の毛、伸びましたね」
「うん、そうだね」
「タケルは自分一人で髪の手入れもできないのに、私が居なくなったらどうするつもりなんですか?」
「う~ん、普通に切っちゃおうかな」
「……せっかくここまで綺麗に伸ばしたのに、私の苦労が水の泡です」
「そうだねぇ、だけど一人じゃこんな長い髪どうにもできないから仕方ないよ」

 僕の髪の手入れをしているのはルーファウスだ。たぶん僕が自分でやっていたらこんなに長くなるまで綺麗に伸ばせた自信はない。ルーファウスは長くなった僕の髪を丁寧に丁寧に時間をかけて絡まりひとつなく梳き続ける。

「髪は魔術師の命ですよ」
「それ、迷信だってルーファウスも言ってませんでした?」
「タケルの髪は私が結います。なので私が良いと言うまでタケルは髪を切ってはいけません」
「え~……」

 他愛のない会話、いつもと変わらない僕の日常。「駄目と言ったら駄目ですから」と、念押しされて僕は苦笑する。ルーファウスは綺麗に梳かした僕の髪に髪ひもを器用に編み込んで、最後に髪留めでぱちんと留めた。

「できましたよ」
「ありがとう、やっぱりルーファウスがやってくれると綺麗だね」
「年季が違いますから」
「それじゃあこれからも、僕の髪の手入れはルーファウスに任せるよ」

 僕がそう答えるとルーファウスは瞳を瞬き、その後少しだけ泣きそうな表情で頷いた。

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