童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

紋印の使い方

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 アンジェリカ様が音を上げてから一分かそこらで里を覆う防御壁は完成した。輝いていた光のベールはスゥっと光度を落とし光の壁が消滅していく。
 空を見上げれば普通に青空が広がっているけれど、そこには目に見えない魔力の壁が出来上がっているはずだ。
 魔法陣に無理やりに魔力を吸い上げられ続けていたアンジェリカ様が魔法陣の真ん中でがくりと膝を折った。
 今現在防御壁の維持のため、まだ微量に魔力を奪われ続けているはずのアンジェリカ様の顔色がさすがに少し悪くなってきているので、僕はそんなアンジェリカ様の近くに寄って、魔法陣の真ん中に先程より少し大き目の魔石を埋め込んだ。

「お疲れさまでした、これで全て完了です」
「おい術師、防御結界は本当に完成しているのだろうな?」
「はい、勿論」

 魔法陣は想定よりかなり多めの魔力を装填しているのだ、現在里の外を護っている防御結界は相当に強固なものになっているに違いない。

「試してみますか?」
「勿論だ」

 そう言ってアンジェリカ様は懐から薬瓶を取り出して一気にグイっと煽り飲む。中身は恐らく聖水だろう。

「あ、そうだ。試すのは良いのですが、ひとつ注意点が――」

 僕がそうアンジェリカ様に注意点を伝えようとしたその時、既にアンジェリカ様は窓に駆け寄り外に向かって掌を伸ばしていた。ってか、この人本当に人の話を聞かないな!

「いっけぇ!」

 そんな掛け声と共にアンジェリカ様の掌から何らかの魔術が放たれた、と思う。それは僕が見た事のない魔術で、淡い光がアンジェリカ様を包んだと思ったら外に向けた掌に一瞬で集まり、言葉を発する間もなく空へと向けて打ち込まれた。
 これは僕がルーファウスに教わった魔術とは違う、と瞬間的に悟ってしまう。そう、これは僕がルーファウスに魔術を教わる前に放ってしまった桁違いの攻撃魔法、言ってしまえば無属性魔法だ。
 エレメンタルの力を借りない魔術の発動は自身の魔力を直接に放つもので、魔力消費が他の魔術に比べて桁違いに増えるから使わない方がいいとルーファウスには言われたのだ。
 光を纏ったアンジェリカ様の魔力は空へと高く昇っていき、防御壁にぶつかり激しく弾けた。それはまるで打ち上げ花火が近くで鳴り響いたような大きな爆音と、光の拡散。
 驚く者、悲鳴を上げる者、恐怖で身動きが取れなくなる者、その様子は様々なのだが、恐らく里に居る者全員に今の衝撃は届いた事だろう。
 魔力が弾けて生じたのであろう光の粒子が空からキラキラと降ってくる、だけど逆に僕はアンジェリカ様の放った魔法が四属性魔法じゃなくて良かったと思う。

「注意点なんですけど、防御壁は魔法攻撃を弾くので、攻撃が自分に跳ね返ってくる場合もあるので気を付けて、って今更遅いですけど……」

 これがもし火球ファイアーボールだったら、弾かれた火の玉が今頃里中に降り注いでいた事だろう、今回は魔力を直接ぶつけたから魔力の粒子が降ってくるに留まったのは幸いだったと思うしかない。

「アンジェリカ、お前はもう少し人の話を聞いた方が良い。私達は教えを乞うている身でタケル様が大事な注意点の話をしようとしていたのに、その話しを聞きもしないで一人で突っ走るなんて……今回は何事もありませんでしたが、一歩間違えば里に被害が及ぶところだったのですよ、大いに反省なさい」

 フレデリカ様の叱責にアンジェリカ様は少しだけ反省の意を示したつもりなのか視線を下げたのだけど、その視線はちらちらとこちらを窺っていてまだ色々と僕に対する好奇心を隠しきれない様子が見える。
 この人、見た目はフレデリカ様の姪という事で大人の雰囲気を持ったとびきりの美女なんだけど、中身はまるっきり子供な気がする。ルーファウスも見た目の割に子供っぽい発言をする事が多かった事を思うと、エルフの性質というのは元来そういうものなのかもしれないな。

「タケル様、アンジェリカがずいぶんと失礼な態度を……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりも、僕もこの防御結界がどれほどの強度に仕上がったかを確認をしに行きたいのですけど、良いですか?」

 僕は現在フレデリカ様に里の外に出る事を禁じられている。
 この防御魔法陣のサイズはちょうど里を覆う程度の大きさに設定してあるとはいえ、確認の為には少し里の外に出る必要があるのだ。僕がフレデリカ様に許可を得るように尋ねると、フレデリカ様は「それでは皆で確認しに行くとしよう」と了承してくれた。

 ◆  ◆  ◆

 防御結界の確認の為、僕達が神殿の外に出るとそこにはエルフの里の住人が勢揃いしているのではないかと思うくらい人が集まって来ていた。
 まぁ、あれだけ派手な事をしたのだ、何事が起こっているのかと里の者達が不安に思うのは当然だろう。
 フレデリカ様は民を安心させるかのように笑みを浮かべ、簡単にこれまでの経緯を説明すると安心した民の半数は去り、残りの者達は興味深げに僕達に付いて来た。
 僕はフレデリカ様とアンジェリカ様に両脇を固められ、その周りには集められた魔術師達、そして更にその周りには好奇心で集まってきた里の者達という結構な大所帯で移動することに。
 そんな輪を遠巻きにするようにペリトスさんとアルバートさんの姿が視界の端に見えて、もっと近くまで来ればいいのにと僕は思う。
 里を出て数メートルの場所に防御魔法陣によって完成した防御結界の壁はあった。壁は無色透明で、向こう側は透けて見える。けれど、そこには確かに壁が存在し行く者の進行を阻んでいる。
 これはアレだ、グランバルト王国の城の庭でルーファウスの進行の邪魔をしていた防御結界と同じものだ。まぁ、目の前のこれは教科書通りに作成した防御魔法陣なので、見た目が同じになるのは当たり前なのかもしれないけれど。
 あの時はルーファウスと聖女エリシア様だけが防御結界に阻まれて進む事が出来なかった事を考えると、あの防御結界には通り抜けする為の何かしらの条件付けがされていたのだろうと考えられる。
 まだ僕にはそこまで高度な魔法陣を組む事は出来ないのだけど、そういう事が出来るようになったら、出入りするための鍵すら持つ必要がなくなるのは便利だなと思う。それに関してはまだこれから研究していかなければな。
 里の者達は各々おっかなびっくり防御壁に触れて、その透明な壁に感嘆の声を漏らしている。
 僕もその透明で分厚い防御壁に触れて、魔力の濃度を感じてみるけれど、うんこれはかなりの硬度だ、ちょっとやそっとで壊れる事はないと思う。それこそドラゴンの咆哮を喰らっても一度くらいは何とか耐えられるかもしれない。

「タケル様、この防御結界は今は先程嵌め込んだ魔石の魔力で維持されているのですよね? これは魔石一つでどのくらいの期間持つものなのでしょうか?」
「分かりません」
「え?」

 いや、そんな驚いたような顔されても困るよ。だからこれは最初から実験だって言っているのだ。僕にとってもこれは初めて作った大きな防御魔法陣なのだから、どのくらい維持できるかなんて僕にだって分からない。
 魔法陣というのはそこに陣を描き魔力を注ぐことで発動する、その特性から個人で発動する魔術よりは大規模な魔術を放つ事が出来るのだが、その威力は魔法陣に注ぎ込んだ魔力次第な所もある。
 今回この魔法陣に魔力を注ぎ込んだのはアンジェリカ様、そして維持しているのは嵌め込まれた魔石なのだけど、そこに組み込まれた魔石の魔力が全て消費されるのにどれくらいかかるのかまでは僕には分からない。
 今すぐこの防御魔法陣を消せというのなら魔石を取り出せばすぐに消す事は可能だろうけど、それでは実験にならないので出来ればこの防御魔法陣が自然消滅するまではこのまま起動させた状態にさせてもらいたい。

「それを知りたいのでやった実験ですよ? この防御魔法陣を維持するために魔石がどの程度必要なのか、それはすぐに調達できる量なのか、まずはそれを知らない事にはフレデリカ様の張る防御結界と同等の防御壁は作れません。その辺も詳しく説明してからと思っていたのですけれど……」

 フレデリカ様含む魔術師達の視線がアンジェリカ様に向く。うん、その通りだよ、だって彼女がやれって言うから……
 一応嵌め込んだ魔石の魔力含有量は鑑定で見ておいたので、今後同規模の防御魔法陣を構築した場合の維持魔力量の目安にはなるはずで、一応実験は成功という事で良いと思う。
 本当は集められた魔術師達に小さな魔法陣を一人一つずつ描いてもらって、一人一人どの程度資質があるか調べてからやりたかった実験だったのだけど、全部アンジェリカ様一人に持ってかれた。まぁ、結果的に実験は出来たので結果オーライという事にしておく。
 たぶんこの感じならアンジェリカ様一人でもフレデリカ様の防御結界と同等の防御魔法陣の起動はできるのではないかと僕は思う。少しだけ人の話を聞かない所が玉にきずではあるけれど、さすが時期女王候補なだけはある。

「魔法陣が起動してしまいましたので、取り急ぎここにいる皆さんで鍵の作成をしましょうか。里の外に出られないと生活に支障が出る方もいらっしゃるでしょうしね」

 エルフの里はあまり大規模な集落ではない、里の人口は数百人程度で各家庭に一つずつ鍵を作成すれば事足りる、皆でやれば作業はあっという間に終わるはずだ。

「タケル様、その『鍵』なのですが、鍵の形でなければ駄目なのでしょうか?」
「? どういう意味ですか?」
「例えば出稼ぎに出た里の者が鍵を落として他人に拾われた場合、鍵があれば無条件に里に侵入できてしまいます。私の張る防御結界は触れればそれが里の者か否か私には分かるので、余所者の侵入を即座に察知できますが、防御魔法陣の場合それはできませんよね?」

 む、言われてしまえば確かにそうか。物理的な鍵は防犯上よろしくない、と。
 先程考えたばかりだけれど、王城の防御結界の条件付けのやり方を知っていたら魔法陣にそれを組み込む事も出来るのだけど、どうしたものか……
 僕はしばらく考えこみ、ぴこん! とある考えが頭に閃いた。

「守護印!」
「守護印?」
「はい、僕の背中にある守護印のような印紋を鍵の代わりに里の人達に刻んでしまえば、里の人達以外の里の出入りを制限できると思います!」
「なるほど、それはどうすれば?」

 はて、どうすれば? そういえば僕、紋印の刻み方知らないぞ? 僕の背中の守護印はルーファウスが刻んだもので、如何せん刻まれたのが背中なものだからその作業風景を見ていない。
 けれど紋印を刻む事は割と一般的にやっている事で、特別に難しい術ではないはずである。いや、奴隷に刻まれる事がある事から考えると、ある程度の資格が必要な可能性も?
 少し考えてみて、分からないのならとりあえずやってみようと僕は吹っ切った。
 要は先程その辺の石に付与した鍵としての機能を自分に刻めばいいわけで、それが出来るか出来ないかはやってみれば分かる。

「ちょっとやってみますね」

 僕は自分の指に魔力を集めて石に刻んだのと同じように自分の手の甲に術を刻んでいく。手の甲は少し熱を持ったように温かくなっているけれど、火傷する事もなく痛みもない。これは背中に守護印を入れられた時と感覚が似ているので、恐らくきちんと機能しさえすればこれで正解だ。
 頭の中のルーファウスが『自分の身体で実験するとは何事ですか!? もっと自分の身体を大事にしてください!』と怒っている姿が目に浮かぶのだけど、他人を実験台にする訳にはいかないのだから仕方がない。
 手の甲に印紋を刻んで防御壁に手を伸ばすと、僕の考えた通りに防御壁は開閉するようになったので僕は大変満足だ。

「それでは皆さんにも……」
「はい!」

 僕の言葉に被せるように返ってきた元気のよいお返事。またお前か、アンジェリカ……
  アンジェリカ様はとても元気よく僕の目の前に腕を差し出した。はいはい分かりましたよ、僕は何も言いません。
 僕がアンジェリカ様の腕に紋印を刻むと、彼女はそれはもう楽し気に防御壁のあちらとこちらを行き来し始めたので、僕は呆れつつも微笑ましくて笑ってしまった。

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