童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

僕にできる事

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 今夜は『領界壁』が完成したお祝いにエルフの里では宴が催されている。
 物理的な壁が完成した事で、近日中に様子を見ながらフレデリカ様の張る魔力による防御結界は解除する予定になっている。
 頭の固い者達はやはりそれに難色を示す者もいるのだけれど、防御結界は解除しても常に千里眼(探索魔法サーチ)は発動しているから問題ないと言い含めた。
 実際のところ領界壁には防御魔法陣も組み込んでいて、侵入者があれば里に置いてある対になる魔石に反応が現れるように設定されている。そこに反応が出てから探索魔法をかけて対応しても今まで同様に対応は可能な事を思えばフレデリカ様の負担は格段に減った事だろう。
 宴の席の主賓席にはフレデリカ様を囲むようにして僕とアルバートさん、そして壁を作るための手伝いをしてくれた里の若者達が集められている。
 大事業をやり遂げた彼等を労うのは当然の事で、宴は多いに賑わっているけれど、そこにはやはりペリトスさんはいなかった。
 この領界壁を建設した一番の功労者は間違いなく彼なのに、それでもやはり彼は表舞台に立つ事を厭い、宴の外側で一人静かに酒の入ったコップを傾けていた。
 主賓席に侍らされた若者たちは誰がこの事業の一番の功労者であるかなど当然理解している、けれど壁の建設に関わってこなかった者達はどのみち彼は雑用を担っていただけで何もしていないのだろうと思っているようで彼への態度は今までと何も変わりがない。
 そしてペリトスさん自身もそんな里の者達の態度をそのまま受け入れ、自分は完全な裏方で労われる理由もないというような顔をして遠目に宴を眺めるに留まっている。
 僕はそんな彼の態度が歯がゆくて仕方がない。
 助けを求めるようにフレデリカ様を見やれば、フレデリカ様は僅かに瞳を伏せて小さく首を横に振った。フレデリカ様だって彼を労いたい気持ちは同じなのだろう、けれど彼がそれを良しとしないのだ。
 そしてフレデリカ様の背後には当たり前のようにフレデリカ様の現在の伴侶であるイグニスさんが侍っており、彼女とアイコンタクトを取っていた僕を睨んだ。
 ここ最近、イグニスさんの僕へのあたりは以前より更にきつくなっている。それは恐らくフレデリカ様の変化もその要因のひとつなのだろう。
 出会った当初のフレデリカ様は女王様然とした威厳のある女性であった、けれどここ最近のフレデリカ様はどこか肩の力が抜けた少しふんわりした空気を纏っている。
 まるで少女に戻ったかのようなその姿にペリトスさんは「あいつは元々ああだぞ」と何でもない事のように言っていたが、その変化はフレデリカ様の傍近くに仕えていた者達にとっては相当の驚きであったらしい。
 彼女に変化を与えたのは当然ペリトスさんなのだけど、二人の関係は秘密の関係で、表立って彼女と交流をしているのが僕なので、その変化のきっかけを作ったのは僕なのだと誤解する者は後を絶たない。
 フレデリカ様とペリトスさんの仲を取り持ったのは僕だし、二人の仲が現在公にできないものだと理解している僕はその誤解を解く事も出来ず沈黙を貫いている。だけどやはり現在の夫であるイグニスさんは面白くないよなぁ。
 絶対に浮気を疑われている。まぁ、フレデリカ様が浮気をしているのは間違いないのだけど……
 だけど浮気か、これって浮気になるのだろうか? フレデリカ様の心は元々イグニスさんには微塵もなく、彼は里の者達から強制的に連れ添わされた伴侶に過ぎない。しかも100年限定で。
 その期間を過ぎれば彼は別の妻を娶る事も可能だけれど、里長でいる限りフレデリカ様にはその自由は与えられない。なんだかそれはあまりにも不公平だ。
 里長には不自由な生活をさせているのだから、せめて心くらいは自由にさせてあげて欲しいと思う僕の倫理観は間違っているのだろうか?
 僕が幾ら考えても答えは出ない、エルフの里の事はエルフの価値観でしか分からないのだから。
 あと二か月、間もなく次代の里長が選出される。現在最有力候補はアンジェリカ様だ。
 フレデリカ様もそれを分かっていて少しずつ彼女に里長としての心得を引き継いでいるように見える。
 僕としては正直あそこまでの脳きn……否、子供のような素直な性格では里長を務めるのに少しばかり不安を感じない訳ではないけれど、それは周りが適宜補佐していけば良いのだろう。
 それよりもアンジェリカ様が里長に選出されたらアンジェリカ様とアルバートさんが結婚する事になる訳だけど、ルーファウスのお兄さん達の母親はアンジェリカ様って事になるのだろうな。
 ルーファウスの兄二人はそれぞれエルフの里長の補佐とグランバルト王国内でアルバート総務大臣の補佐を務めていると聞いている。名前も人となりも全く聞いていないけれど、やはりルーファウスに似ているのだろうか? 
 ルーファウスに兄がいるという話は一度聞いたきりで、姉に比べて兄の存在は彼の中では本当に希薄なものであったように思う。恐らくほとんど交流もなかったのだろう。
 愛のない結婚で生まれる子供達は一体どんな子供に育つのだろう? だけど、アンジェリカ様が母親なのならばそこまでギスギスした親子関係になる事はないのではないかと思える自分がいる。
 まだまだ未来は未知数で、先の事なんて僕には何にも分からないけれど。

 ◆  ◆  ◆

 エルフの里にやって来てから時の流れを速く感じる。
 こちらの世界に来る前の二十代の頃、職場の上司に言われた事がある『歳を取ると時間の流れが速くなる』と。
 十代の頃は家庭でも学校でもやる事がいくらもあって、毎日常に新しい刺激に晒され充実した毎日に一日の重みがあった。
 けれど二十代、三十代と歳を重ねるごとに刺激は減り、目新しい経験もなくなっていくと毎日が同じルーティンの繰り返しになり一日一日が軽くなって気付けば一年が過ぎているという感覚に変わってくる。
 劇的な事件が起こらないという事は平和な証拠で、人は安穏を求めるけれど、ただ無為に時間を消費しているだけのような気持ちにもなったものだ。
 エルフは長寿で、毎日の生活はほぼ同じ事の繰り返し。それは平穏ではあるけれど、刺激のない生活で、気付けば僕がこちらの時代にやって来て間もなく一年が過ぎようとしていた。
 僕は自分自身の手で自分の髪を纏められるようになった事で、ずいぶん時が流れてしまったのだなと切ない気持ちになる。
 まだルーファウスのように綺麗に編み上げる事はできないけれど、彼の元に戻った頃には自分でそれもできるようになっているかもしれない。
 それを知ったらルーファウスはどんな顔をするだろう、僕はこの先彼のそんな驚いた表情を見る事ができるのだろうかと、己の髪を纏めながらそんな愚にもつかない事を考えてしまう。
 フレデリカ様が自身の魔力だけで構築していた防御結界を解いて二か月、最近のフレデリカ様は以前に比べてずいぶん顔色が良くなってきたように思う。
 僕達が築いた領界壁は目論み通り人の侵入を阻み、森への侵入者は劇的に減ったとアルバートさんは教えてくれた。
 現在アルバートさんは転移魔法をマスターし、里に置かれた魔石に異常が見られればすぐさま転移し異常を排除する役割を担っている。まるで里を護る守護神のようだ。
 それは次代の王配にと望まれるだけの優秀さで、ハイエルフの中でも抜きん出ていると彼の評判は上々である。
 けれどその一方で「それに比べてあの兄は……」とペリトスさんの評価は相変らずで僕は何度も歯がゆい思いをしている。
 それは弟であるアルバートさんも同じようで「兄さんはもっと自分の手柄を誇示しろよ!」と兄に説得を試みるのだが、ペリトスさんはまるで興味がなさそうに曖昧に笑っているだけだった。
 実際のところ、最近のペリトスさんの活躍は目覚ましく里に幾つも役立つ魔道具を提供しているのだけれど、それを公表する時には常に僕かアルバートさんが傍に居るので、何故かその手柄は僕達の物のように認識されてしまう。
 それは違う! と何度言ってもその認識は一部の者の認識しか変える事ができずに僕達は悔しくて仕方がない。
 「まぁ、俺の作る魔道具はタケルのアイデアを形にしたものがほとんどだしな」なんて、ペリトスさんは己の手柄なんてまるでどうでもいいような態度でいるものだから僕はやはり腑に落ちなくて、怒ればいいのか、呆れればいいのか分からない。
 ペリトスさんは自分はハーフエルフだから里の中では軽んじられていると信じているようだけど、僕はペリトスさんのその態度が分からず屋たちの態度を増長させているのだと思わずにはいられない。
 よく言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義なペリトスさんは争いを好まない。自分が里の中で最下層に居れば里の秩序は守られるとでも思っていそうで、それが里長であるフレデリカ様の為になっているとでも思っているのだろう。
 長くそうやって生きてきた、だからこれからもそうやって生きていく、ペリトスさんはそういう人だった。

「ペリトスさんがそういう態度で居られるのも今のうちですよ、フレデリカ様が里長を降りたらそんな態度でいられる訳もない」
「おいタケル、怖い事言うなよ」

 おどけた調子でペリトスさんは応えるけれど、どのみち里長を降りたフレデリカ様は彼の元へと一直線だ、騒ぎになるのは間違いない。
 けれど長く里長を務めた彼女の本気の願いを否定する者はいないと信じたい。
 こちらの時代にやって来て一年、100年に一度の里長交代の儀式はもう三日後に迫っていた。
 儀式自体は聖樹に誰が里長に相応しいかを問うもので、特別に何を準備をすると言う事もないのだけれど、里長が選出された後は里長就任の宴と新しい王配との婚姻の儀式が続き、そのお祭り騒ぎは三日三晩続くのだとか。
 それも100年に一度の事だからエルフの里はお祭り騒ぎに浮足立っている。
 次代の王配に決定済のアルバートさんは婚礼の準備に追われて忙しそうだ。ただ、当日にならないと誰が花嫁になるかも分からないというのに花嫁方の準備は花婿が整えなければならないのだそうで、準備はとても大変そうだ。
 そうは言っても次代の里長は恐らく九割がたアンジェリカ様だろうと言われているので、アルバートさんはアンジェリカ様の意見を取り入れつつ準備を進めているらしい。
 そんな慌ただしさを横目に僕は今日もフレデリカ様の元へ顔を出す。
 季節は春、上着を羽織らずとも過ごしやすい季節になり、窓からは爽やかな風が入り込み、微かにカーテンを揺らしている。
 フレデリカ様は防御結界魔法を解除した事で常態化した魔力枯渇の症状はなくなっているものの、500年の長きに及ぶ過労というのはそう簡単に回復するものではない。以前よりは幾分か顔色は良くともフレデリカ様の体調はあまり芳しくはなかった。

「こんにちは、フレデリカ様。ご機嫌如何ですか?」
「タケル様、あと三日でこのお役目も終わるかと思うと気の休まる思いですよ」

 台詞に反して長椅子に半分寝そべるようにして腰掛けているフレデリカ様の表情はどこか物憂げだ。体調でも悪いのだろうか?
 長椅子から身体を起こそうとする彼女に僕はそのままで大丈夫だと、楽な姿勢でいて欲しい旨を伝える。

「フレデリカ様、どこか体調が悪い感じですか?」
「ご心配おかけしてすみません、昨日から少しだけ熱が上がっているようで……」

 確かにフレデリカ様の頬は少し赤味を帯びて、瞳も潤んでいるように見える。けれどこれもいつもの倦怠感と変わらないとフレデリカ様は笑みを見せた。
 僕はいつものように彼女に回復魔法をかけるのだけれど、あまり効果は得られないようで彼女の顔色は戻らない。
 そもそも回復魔法は怪我による傷、戦闘による疲労には有効だけれど病気に関してはあまり芳しい結果を得られない。それはまだ僕の聖魔法のスキルが低いせいでもあるのだけれど、たちどころに病気が治るというような魔法はまだ僕には使えないのだ。
 僕が現在できるのは症状の軽減くらいで、フレデリカ様は少し楽になったと笑みを見せてくれたけれど、こんな時僕は己のスキルの低さが恨めしい。
 己の力でコツコツとスキルアップをしていく作業は好きだ、そして僕はそれを望んだ。何もかもがチートで無双な人生なんてつまらないと思っていたから。
 けれどこんな時には思うのだ、チートなスキルを貰える機会はあったのだから貰っておけば良かったのではないか、と。
 僕のスキルレベルは着実に伸びている、けれど足りないのだ。皆を助けるにはまだ足りない。
 僕は己の掌を見やる。
 この世界にやって来て四年、僕の掌はまだまだ小さい。年齢だって14歳で、むこうの世界で考えても中学二年生、できる事は限られる。

「タケル様?」

 掌を見つめて黙りこむ僕にフレデリカ様が心配そうに声をかけてきた。僕ははっと顔を上げ掌を握りしめて笑みを浮かべた。

「あと三日で本当のお嫁さんになれますね」

 僕の言葉にフレデリカ様はぽっと頬を赤らめる。こういう時のフレデリカ様は何故だかとても少女めいて可愛らしい。
 恐らく妖艶なエルフの女王という彼女の姿は彼女の理想とする里長の姿という虚構の存在なのだろう、本来の彼女は一途で純粋な一人の女性だ。
 フレデリカ様は幸せそうな笑みを浮かべて「はい」と頷く。
 その時、部屋の中に一陣の風が通り抜けた。風はフレデリカ様の髪を巻き上げて流れていく。

「少し風が出てきたみたいですね。体が冷えるといけないので窓を締めましょうか」

 僕は部屋の窓を締め、またいつもの他愛のない話を彼女の無理のない範囲で交わし、その日は部屋を後にした。
 そして三日後、その日は朝から良い天気で、季節も季節なだけに花見でもしたくなるような小春日和。100年に一度のエルフの祭典が始まろうとしていた。

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