童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

僕は魔王ではありません

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 ペリトスさんが通信機器となる人形を製作する傍らで、僕は防御結界魔法陣の研究を重ねている。
 ただ単純に森の外側に防御結界魔法陣を張るだけならばもういつでも作成可能なのだけど、半円球の形に作られる防御結界魔法陣では繁殖のためにやって来たドラゴンの侵入までも阻んでしまう事になるのが目下の悩みだ。
 できればドラゴンを敵に回すのは避けたいけれど、空から聖なる泉へ飛来するドラゴン以外の魔物も避けたい。
 これに関して僕には明確に魔物を避けたい理由ができた。それは聖なる泉の聖水は魔物に何かしらの不思議な力を授けるモノである事が確認されたからだ。
 新月の夜の恋人達の逢瀬に僕の従魔であるライムが泉に浸かり結構な量の聖水を取り込んだのだけど、あれからライムの様子が明らかに変わったのだ。
 正しく言えばライム二号が一号の技を使えるようになった。
 ライム一号が使えていた技を全て使えるようになった訳ではないけれど、明らかに何かが変容した事が分かるのだ。
 聖水は魔物に何かしらの影響を与える。それは所謂魔力暴走にも似た何か。
 ライム二号は途中で魔力を取り込むのをやめさせたのと、僕の従魔になっていた事から自我を保っているけれど、野生の魔物が何の考えもなくあの聖水を多量に取り込んだ場合何が起こるか考えるだけで恐ろしい。
 僕の考えが、それこそが魔物の大暴走スタンピードに繋がるのではないかという結論に達したのは必然だった。
 現在ここエルフの里ではまだスタンピードは起こっていない、それはフレデリカ様含む代々の里長が聖なる泉に魔物が近付かないように常に防御結界を張り続けていたお陰なのだろう。
 それでも稀に禁域では特殊な魔物が確認されているというのだから油断ならない。里長としても気が休まらないのは当然だ。
 フレデリカ様は里の掟を破れば災厄が訪れると言っていた、恐らくその『災厄』というのがスタンピードなのだろう。
 スタンピードを起こさせないためにまず僕がやらなければいけないのは聖なる泉の周辺、禁域に魔物が絶対に近付かないようにする事。
 次にエルフの里を含めその周りの森にも極力魔物を近づけないようにする事だ。けれど繁殖の為に聖樹にやって来るドラゴンに関しては受け入れなければならない、ドラゴンは敵に回してはいけない。

「とりあえずこれが一番の難点なんだよなぁ……」

 聖樹を見上げて僕は頭を悩ませる。
 半円球の防御結界、開閉式ドーム球場のような仕様に出来れば一番なのだけど、その開閉をどうするかという問題が僕の前に立ち塞がっている。

『小僧、何を考え込んでいる?』
「ああ、炎龍フレイムドラゴンさん、こんにちは」

 相変らず聖樹でゴロゴロしている炎龍が目敏く僕を見付けて降りてきた。

『返事になっておらんな』
「顔を合わせて『こんにちは』は適切な返事だと思いますけど? 挨拶はコミュニケーションの基本ですよ」
『そんなものは知らん』

 ドラゴンはどこまでいってもドラゴンなので円滑なコミュニケーションなんて必要ないのかもしれないけど、そういう態度だから絶滅寸前まで追い込まれる事になるんだぞ!
 まぁ、そんな事を彼に言った所でこれがドラゴンの気質なのだろうからどうしようもないけれど。

『で、お前は何を考え込んでいたんだ』

 やはり挨拶などする気はなさそうなので、僕は炎龍に防御結界をどのように構築したらいいかを考えていたのだと答えた。

『何故そんな面倒な事をしようとする?』
「こちらにも色々事情があるんですよ。魔物って多量の魔力を取り込むと暴走すると聞きました、魔物が暴走するとここで皆が暮らす事ができなくなって困るんです」
『なるほど、魔力の満ちるこの地に不要な魔物は寄せ付けたくないと、そういう事か』
「まぁ、言ってしまえばそうですね。だけど聖樹はドラゴン族の方々にとっては繁殖に欠かせないモノのようですから、そんなドラゴン族の方まで排除されてしまう仕様はちょっと……」

 『ふむ』と炎龍がひとつ頷き『お前は変わり者だと言われた事はないか?』と、不躾な事を言う。

「なんでそんな事言われないといけないんですか?」
『なに、普通の人族ならば我らドラゴン族こそを排除したいと思うものだろう。お前等にとってドラゴンとは厄災なのであろう?』

 何故か急に目の前の景色が反転したような気持ちになった。
 確かに炎龍の言う通り、ドラゴンは人族にとって天災のようなモノだと言われている、だとすれば人族視点で言えばドラゴンの繁殖を阻止するために聖樹からドラゴンを排除するという考えを持つ方が自然なのだ。

「全然そんな事考えもしませんでした。だってそもそもエルフの人達はそれを容認している訳ですし」
『まぁ、ここのエルフ達は我らの眷属のようなものであるしな』

 眷属、確かにこの地に住まうエルフ達はドラゴンの花嫁になったエルフの一族だと聞いている。この地のエルフとドラゴンが共存しているのは間違いない。

『それにお前は魔物を寄せ付けたくないと言うが、そもそもここは我らドラゴン族が治める地、賢い魔物であるならば近寄りすらするまいよ』
「え、そうなんですか?」
『我らドラゴン族を敵に回したい馬鹿者共は別だがな。あとは矮小な魔物に関しては我らに歯向かう意思はない有象無象だ、放っておけばいい』

 そもそもこの地には高位種の魔物が寄り付かない? けれど森の中には数多くの魔物が居るとフレデリカ様は言っていた。そして禁域付近には特別な魔物が現れる事があるという話も聞いている。
 けれどよく考えたらそれはおかしいのではないか? 僕はこの里に魔物を寄せ付けないようにと考えていたのだが、既に魔物は森に居るのだ。
 強い魔物に遭遇した事がないから失念していたが、里の外の森には魔石を持った多くの魔物がいる、これは紛れもない事実だ。
 けれど実際のところその魔物達はそもそも取るに足りない魔物である可能性があるのではないか? 例えばほとんど戦闘能力のないスライムのように。
 この地に高位種の魔物は寄り付かないというのであれば、時々現れる強い特殊個体は聖水の過剰摂取による魔力暴走を起こした個体であり、個体自体は特殊だとしても高位種の強い魔物ではない可能性がある。
 聖水を摂取した魔物はその能力を飛躍的に伸ばすのはライムを見ていれば一目瞭然で、自我を失うまで魔力を摂取すれば、それがスタンピードに繋がるのだろうと僕は考える。
 だから里長であるフレデリカ様は魔物達にスタンピードを起こさせないようにこの森に結界を張っていると思っていたのだけど……

「もしかして違う、のか?」

 僕はフレデリカ様から防御結界を張っている理由を詳しく聞いたわけではない。ただ災厄を防ぐため、それだけを聞いて魔物が魔力溜まりでもある禁域に近付かないように、スタンピードを起こさせないようにしているのだと思っていた。だけどこの地に高位種の魔物が近付く事はないというのならば話は違ってくる。
 このエルフの里の周りの森は「魔の森」や「死の森」と呼ばれる程に多くの魔物が存在しているという、そんな魔物の魔石を狙って侵入する人族の惨劇は後を絶たないと言うけれど、それは本当に魔物の仕業なのか?
 森に魔物が多いという事はそもそもフレデリカ様は魔物を排除しようとしている訳ではない。
 ああ、何故僕は気付かなかったのか、彼等が防御結界で防ごうとしているのは魔物ではない、防御したい相手は外からの侵入者、端的に言ってしまえば「ドラゴンを排除したい者達」なのだ。
 それに気が付いてしまえば後は芋づる式に見えてくる、そもそも僕だって疑われているからここに囚われている。たまたまルーファウスの刻んだ紋印が聖樹に関係するものだったから僕は特別扱いをされただけで、彼等にとって僕は明確に敵であったのだ。

「排除したいのは魔物じゃない? だとすれば……」
『ん?』

 僕が防御結界魔法陣で想定していたのは魔物の侵入を防ぐ方法だった。魔物は人とは違って空も飛べるし、地中に潜んでいる場合もある。けれど敵が人であるのならば話は簡単だ、こっちに来るなと明確は線を引けば下手な事はしてこない、そこが誰かの土地だと認識すれば、それ相応の対応をしようとするのが知性ある者の対応のはずだ。
 この地には現在領有権を主張するような者はいないはずなのだ、なにせグランバルト王国すらまだ存在していないくらいなのだから。だったら住んでいる者達に明確な所有権があって然るべきだ。
 うん、壁を築こう。
 防御結界魔法陣で構築される防御結界はドーム型が基本だ、だから上空を開けるためにどうすればいいか考えてしまっていたのだけれど、ただ壁を作ればいいだけなのならば話はとても簡単だ。

「ありがとう炎龍さん、参考になりました!」
『んん? 私は何か参考になるような事を言ったか?』

 戸惑う炎龍を尻目に僕は駆け出す、やる事が決まれば後は実行あるのみだ。フレデリカ様ももっと早くに僕に教えてくれたら良かったのに、排除すべきは魔物ではなく『侵略者』だって。
 だけどこれは里の者達に僕は完全に泳がされていた可能性を否定できない。子供の見た目の人族の僕は冒険者ではあったけれど即座に処刑するほどの害意はないと判断され、ペリトスさんに預けられた。そして恐らく死ぬまでこの里で保護される予定だったのだろう。それこそペリトスさんの父親のように。
 そんな僕が魔物の排除目的だと勝手に勘違いして自分達人族を排除するための方策を一生懸命考えている姿は里の者達にはさぞ奇妙に見えていた事だろう。
 まぁ、それも今更な話だ。

「ペリトスさん、僕と一緒に壁を作りましょう!」
「タケルはいつも藪から棒だな、今度は一体何をしようって言うんだ?」

 家に帰り、相変らず魔道具の製作を続けるペリトスさんに声をかけると、彼は『今度は何を言い出した?』という表情で呆れたように僕を見やる。

「防御結界魔法陣はひとまず置いておいて、森の外側に物理的な壁を作ろうと思いまして。それにはペリトスさんの協力が必要です」
「なんだって? 壁を作る? 森の外に? お前、それにどれだけの労力がかかると思ってんだ? 無理無理、不可能だ。それに俺が肉体労働に向かない事くらいお前だって分かってんだろう?」
「肉体労働は必要ありません、必要なのはペリトスさんの修復魔法です」
「どういう事だ?」

 やはり何を言っているのか全く分からないという顔のペリトスさんに僕は自分の考えを述べる。
 物理的に壁を作る為に石やレンガを積むのならば確かに多大な労力が必要になる、けれど僕が土魔法で築いた壁を強度を上げて修復魔法で加工するだけならば、それは家のリフォームとさして変わらない手間でしかない。

「はぁ、なるほどな。だが範囲が範囲だ、一朝一夕にできるものでもないだろう。俺の魔力量が少ないのはお前だって分かっているはずだ」
「それでもフレデリカ様の為だ、って言えばペリトスさんはやってくれますよね?」

 一瞬ぽかんとした後に、ペリトスさんは「足元見やがって」と苦笑いを浮かべた。

「俺が倒れるのが先か、あいつが倒れるのが先か、それでもやらないって選択肢はないって事だな。だけどそれでも俺達二人じゃ荷が勝ちすぎる、アルバート達も巻き込むぞ」

 覚悟を決めてしまえばペリトスさんはかなり潔い。
 それこそフレデリカ様を受け入れると決めた後の彼は今までの態度を丸っと忘れたかのように彼女に愛を囁いている。これはある意味箍が外れただけなのかもしれないけれど、後ろ向きな発言がなくなったのはとても良い事だと僕は思う。
 今までは自分は無力で彼女の為に何もしてやる事はできない、むしろ厄介事しか起こらないと考えていたであろう彼は、自分でも彼女の役に立てる事があると知り強くなったように僕は思う。
 こうして僕達はエルフの里の森の外側に大きな壁を築いた。それはフレデリカ様が魔術で防ぐ防御結界と同程度のサイズで。
 そして、その壁が完成する頃には、僕がこちらの時代にやって来てから既に10か月程が過ぎようとしていた。

 ◆  ◆  ◆

 壁、敢えて言うのならば『領界壁』とでも言えばいいのか、その壁はまるで万里の長城のように随分長大なものになった。
 もちろん全く人が出入りできないのでは意味がないので一定間隔で階段や門が設けられているのだけれど、少なくともそこに壁があるという事はそこが誰かの領地であると見た者に知らしめる事ができるはずだ。
 僕はこの長大な壁の建設にとても満足していた。
 壁には魔石を使った防御壁の魔法陣も組み込んでいる。全体を覆う形の防御結界魔法陣ではなく、今回の防御結界はあくまでも門や階段付近を守るだけのコンパクトなものなので簡単に作る事が出来た。

「まさか本当にこの規模で壁を作ってしまうとはな……」

 アルバートさんが呆れたようにその長く続く壁を見やる。それを一緒に作ったのは貴方もなんですけどね?

「いやあ、なかなかの一大事業でしたね、アルバートさんもお疲れさまでした」
「私は土魔法の訓練をしていただけだ、それで言うなら一番の功労者は兄だろう」

 壁に寄りかかるようにして座り込み、ペリトスさんがぐったりと目を閉じている。確かにこの大掛かりな建築の一番の功労者は彼である事は間違いない。
 己の少ない魔力を使い倒して、愛する女性のために巨大な護りの壁を築いたのは間違いなく彼なのだから。
 最初の頃こそ今度は何をやりだしたのかと胡乱な顔をしていた里の者達も少しずつ長さを伸ばしていく壁を見やり感嘆の声を上げた。
 絶対にそんなものを作る事なんてできやしないと呆れたように怒っていた者達も、ただ無言で黙々と作業を続ける僕達に次第に何も言わなくなった。

「そういえば聞いたか、タケル。この壁、森の向こう側でも結構な噂になってるそうだぞ」
「まぁ、そうでしょうね。そうでなければ困ります。その為に作ったようなものですから。多いに噂を広げてもらって、迂闊に侵入しないようにお願いしたいものですね」
「確かにそうなんだが……」
「何か問題でも?」

 アルバートさんが苦笑しながら「噂では魔の森を支配する者が現れた、だとか、魔王が現れてこの世界の支配を目論み魔の森を拠点にした、だとか色んな噂が飛び交ってるらしいぞ」と教えてくれた。

「魔王……」
「まあ魔王が誰かって問われたら多分お前何だろうがな、なにせその魔王はドラゴンを使役しているらしいし?」
「は?」

 全く寝耳に水なアルバートの発言に僕は思わず目を見張る。

「僕はドラゴンを使役なんかしていません!」
「ドラゴンと普通に会話ができてるだけで噂になるには充分すぎるだろう」

 それは一体何処から出た噂だ!? 確かにこの壁を建築する為に炎龍には度々背中に乗せてもらって移動した事はあったけれど、まさかそれを見られていたのか? 一体何処から? 全く気付かなかった。

「こちらとしても魔王領だと思われていた方が人族の奴等が警戒するだろうし、その方が都合がいいから噂は放ってある」
「え、さすがにそれは否定しましょうよ! エルフの国があるって思ってもらえばその方が良いのでは!?」
「うちは国って程の規模じゃないからなぁ……」

 確かにそれは間違いないけれども!
 は! そういえばもしかして、この壁って魔王領とグランバルト王国の境界線の場所じゃないか? もしかして、僕はまたやらかしてしまったのか?
 エルフは魔王と人族の間でどちらにも加担せず中立を保っているとルーファウスは言っていた、それってそういう事か!?
 僕は今更ながらの出来事に頭を抱えた。

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