童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

アルバートの夢

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 エルフの里長の代替わり、精霊達は次の里長にアンジェリカ様を選んだらしい。これはエルフの里では大事な行事で、ここからはお祭り騒ぎの宴に突入……するはずだったのだけど、現在聖樹の前に集まって来ていた里の者達は一様に困惑顔を隠せずにいる。
 それというのも、新しい里長の選出と共に引退するはずだった里長フレデリカ様の妊娠発覚、それがこの100年間里長の伴侶を務めていたイグニスさんの子種ではなく、ここからの100年で里長の伴侶を務めるはずであったアルバートの子種であるらしいという事実が皆を困惑させているのだ。
 その実、その腹の子の子種がどちらの物でもない事を知っている僕は冷や汗が止まらない。
 当事者たちはイグニスさんを残して早々に戦線離脱、残された僕とイグニスさんの間には未だぴりついた空気が残っていて居たたまれない。

「これは、どういう事だ?」

 先に口火を切ったのはイグニスさんだった。彼はまるで親の敵でも見るような憎しみのこもった瞳で僕を睨み付ける。

「えっと、どう、と言われましても……」
「何故フレデリカの腹の子の父親がアルバートという話になる? 子供はお前の子供だろう?」
「ち、違いますよ! 僕はフレデリカ様に疚しい気持ちなんて一切持ってないですし、関係なんて神に誓ってありません!」

 これは正真正銘真実なので、そこだけは胸を張って言い切れる。けれどそんな僕の言葉に納得がいかないのかイグニスさんは苛々とした様子で「嘘を吐くな!」と怒鳴りつけた。

「私は確かにこの耳で聞いたぞ、里長を降りたらお前の嫁になるのだと、フレデリカは確かにそう言っていた」

 いや、それ絶対あり得ないから!
 フレデリカ様が望んでいたのはペリトスさんのお嫁さんで、決して僕の嫁じゃない。
 だけどフレデリカ様もペリトスさんも会話の中でお互いの名を呼ぶのは極力控えていた。主語のない会話の中でその相手が僕なのだとイグニスさんが勘違いした可能性は充分にあり得る話だ。

「たかだか三日前の話だ、いつものようにお前がやって来て、フレデリカと二人私室に籠ってそんな会話をしていただろう!」

 ああ、確かにそんな会話をしたような気がするな。あの時も完全に主語は省いていたけれど。
 それにしても一体何処から聞かれていたのか? あの時フレデリカ様は部屋から完全に人払いをしてくれていて周りに誰も居なかったはずだ。
 確かに窓は開いていたけれど窓の外には誰もいなかったし、気配も感じなかった。
 そもそもフレデリカ様の私室は少し高い場所に位置していて窓の外に潜める場所も足場もないのだ、部屋の中の声を盗み聞くなんてこと魔法でも使わない限り不可能だ。
 ん? 魔法? 魔術? 風属性の魔法。ルーファウスもよく僕のことを魔法で覗き見していたのだよな、そういえば。
 このある種熱烈とも言える他人への執着ってのはエルフの特性なのだろうか? もしかするとエルフって言うのは相当に愛が重い種族なのかもしれないな。
 あの時確かに部屋の中に風が吹き込んでいた。けれど僕の索敵能力はとても高く、そこに魔力が乗っていれば気付けたはずなのだけど、どうやら僕はうっかりそれを見逃してしまっていたようだ。

「何度も言いますけれど、相手は僕ではありません。確かに僕達はそんな会話をしていたかもしれませんが、彼女が本気で嫁ぎたいと望んだ相手は僕ではないのです。僕はその相手を知っていて黙っていました、それは大変申し訳ないと思っています」
「な……それでは本当にフレデリカの相手というのは……」

 一人の長老の言葉に僕は曖昧に笑みを返す。僕は否定も肯定もする気はない、ここで相手を明確にしてしまったら身体を張って二人を庇ったアルバートさんの献身が水の泡だ。

「ふむ、まあ良いのではないか?」

 また別の場所から誰かが言った。

「相手がイグニスだろうとアルバートだろうと、血を繋ぐに適った相手であるのならば里の掟を破ったという程の話にはならないだろう」
「なっ! ふざけるな! それでは私の立場は!!」
「元来、我らの一族の繁殖は女性優位だというのは誰もが認めるところ、お前は選ばれなかったのだ、諦めろ」
「っっ!!」

 何だか話は収束の方向へと向かって動き出した。ただ一人、心のやりどころがないのであろうイグニスさんだけが顔面を怒りによって朱に染めて、拳をぎゅっと握りしめている。
 慰めの言葉をかけてあげたい気持ちがない訳ではないけれど、僕が声をかけたら火に油を注ぐだけなのは分かりきっている。僕は黙って事の成り行きを見守るしかない。
 だけど困った、フレデリカ様の里長の引退と共にペリトスさんとの仲を里の人達にも認めて貰えたらなんて思っていたのに、どうにも完全に言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
 本来であるならばアルバートさんの嫁になるはずだったアンジェリカ様も、少し困ったような表情でちらりとこちらに視線を投げて寄越す。
 結婚相手が他の女に手を出した、それは本来ならば彼女にとって裏切り行為のはずなのだけど、二人の間には現在そこまでの情は存在せず、悲しい悔しい恨めしいなどの感情は一切見えないので、本気で困惑しているだけなのだろう。

「ふむ、だが困ったな。アンジェリカ、お前はどう思う?」
「へ!? な、何が!?」

 アンジェリカ様が突然自分に向けられた言葉に目を白黒させている。

「お前の伴侶となるはずだったアルバートがフレデリカを孕ませてしまったとなれば、お前もこのままアルバートと目合うのは気持ち的に複雑であろう? 別の相手を選ぶとなるとまた少し時間がかかるやもしれぬが……」
「え、いや、別にそれは」
「なんなら、イグニスをもう一度という手も……」
「「はあ!?」」

 イグニスさんとアンジェリカ様の声が綺麗にハモった。お互いそれは嫌だったのだろう。
 この提案は『余り者の二人で結婚するのはどうか?』と打診されたようなもので、さすがにそれは失礼が過ぎる。

「ふざけるな! 一体私を何だと思っているんだ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」

 ただでさえキレていたイグニスさんが更にぶちぎれた。うん、分るよ、その気持ち。自身のプライドを傷付けられたのだ、それは怒って当然だ。
 長老たちは里長と優秀なハイエルフは伴侶になって里を繫栄させていくのが義務で当たり前という感覚で長い時を過ごしてきているのかもしれない、しかも彼等は当事者ではないので簡単に言ってくれるが、人の気持ちというのはそう簡単に割り切れるものではないのだ。

「責めを負うべきはフレデリカの方なのに、何故私がこんな辱めを受けなければいけないんだ! やってられるか!」

 そう怒鳴ってイグニスさんは皆に背を向け姿を消してしまった。そう、物理的に消えたのだ、転移魔法で。
 イグニスさんって転移魔法使えたんだ……なんて、惚けた感想が頭を掠める。
 彼もまたエルフの中でも優秀だとされるハイエルフ、しかも里長の伴侶を務めるだけの実力者であるのだ。そんな彼が無能である訳がないのに、何故だかそれにとても驚いてしまった。
 彼はフレデリカ様の後ろに常に控えているだけで、特別に何かを成すような事をしていなかったから、その優秀さに僕は気付けていなかったのだ。
 それと同時に僕自身も彼の気持ちを軽んじすぎていたなと反省する。彼の怒りの大半はフレデリカ様への愛情故というよりは、己をまるで道具のように扱う周囲の対応だと感じられる。
 フレデリカ様とイグニスさんの関係は歪なもので、そこにあるのは里の掟による婚姻関係だけのように見えていたから僕はフレデリカ様に肩入れをしてしまったけれど、イグニスさんにだって言い分はあっただろう。
 もしかしたら話せば分かってくれた事もあったかもしれないし、こんな風に拗れる事もなかったかもしれない。
 やはり片方の言い分だけで動くのは駄目だな、と僕は改めて反省した。

 その後、フレデリカ様をペリトスさんに託したアルバートさんが戻ってきて改めて皆に頭を下げた。
 新しい里長の誕生と共に次代の王配に決定していたアルバートさんはそれに関して「こうなっては辞退を……」と申し出たのだが、花嫁であるアンジェリカ様が「別に良くないか?」と、その辞退を却下した。

「500年に渡り子を成さなかったフレデリカ様を孕ませたアルバートの子種はずいぶん優秀なのだろう? 私も最初はアルバートなのだと気持ちの整理を付けてきた、今更変更と言われても……」

 そんな風にしおらしく言っていたアンジェリカ様だったのだが、その内心は『お前だけ早々に里の役割から降りるなんて許さん! きっちりお前も100年間は義務を果たせ!』だった事は後から聞いた。
 何となく自体は収まり、新しい里長の誕生を祝う宴が始まる、けれど三日三晩続いたその宴にイグニスさんが顔を出す事は一度もなく、その姿が里から消えているのに里の者達が気付いたのは宴が終わった後だった。


 ◆  ◆  ◆


 里長の代替わりは少しばかりごたごたしたが、その後のエルフの里はいつもの日常を取り戻し平和そのもの。
 僕は100年に一度と言われる魔物の大暴走スタンピードの警戒もしていたのだけど、そんな事が起こりそうな予兆もなく日々は淡々と過ぎていった。
 イグニスさんが里から姿を消した事は多少騒ぎにはなったけれど、事情が事情なだけに彼を見付けて里に連れ戻そうと言い出すような者はいなかった。
 代わり映えのしない日常の中で、フレデリカ様は里長の住まう館を出て新たな新居に移り住んだ。
 その場所は僕とペリトスさんの暮らす家から程近く、こっそりと転移魔法陣で繋がっている。
 アルバートさんは現在、正式には里長であるアンジェリカ様の伴侶となっていて、その新居には暮らしていない。けれど時々その家に帰ってきては嘘を真実にするための既成事実を積み重ねている。とはいえ、帰ったらその足で兄と入れ替わって、実質は僕達の家でゴロゴロしているだけなのだけど。
 今日も今日とて彼は僕達の家のリビングのソファーに寝そべって本を片手にゴロゴロしている。
 そんな彼にお茶を差し出し僕も椅子に腰掛けた。

「それにしてもあの時は思い切った事しましたよね、アルバートさん」
「ん? ああ。でもあの時はああでも言わなければ収拾がつかなかっただろう」

 確かに彼の言う通り、あそこで腹の子の父親がペリトスさんだとバレてしまえばフレデリカ様もペリトスさんも里の者達からの糾弾は免れなかっただろう。そう思えば彼の行動は英断だったと言わざるを得ない。

「まあ、私にも裏がなかった訳ではないけれど」
「? 裏?」
「里から追い出されれば万々歳だった」
「へ?」

 彼は片手に持った本を脇に置いて起き上がり「里長に無体を働いたって追放される予定だったのに、なんでか丸く収まってしまって非常に解せない」と、僕の入れたお茶のカップを手に取って彼は一気に煽った。

「アルバートさんは里を出たいんですか?」

 アルバートがちらりと僕に視線だけくれて「悪いか?」とぼそりと返事を寄越す。
 けれど言われてみれば彼は以前から時折里を出たいというような態度を見せていたような気がする。

「別に悪くはないですけど、理由を聞いても?」

 僕の問いかけにアルバートさんはもうほぼ中身の入っていない茶器を手の中で弄びながら何かをぼそりと呟いた。
 その声はとても小さく何を言ったのか聞こえなくて僕が首を傾げると、アルバートさんは「だから、冒険者ってのになってみたいんだよ、私は!」とやけくそのように彼はこちらを睨み付けた。

「冒険者、ですか? なんでまた?」
「お前がそれを言うのか! お前だって冒険者だろう!」

 確かに彼の言う通りだけど、僕は食うに困ってとりあえず食べていける職業として冒険者になっただけな所もあるからな。
 このエルフの里では生活していく分には食うに困らない、単調ではあるが平和な毎日が送れる生活環境が整っている。この世界にやって来て最初に迷い込んだのがこの里だったなら、僕はもしかしたら冒険者という職業を選んでいなかった可能性すらある。

「逆に聞くが、だったら何故お前は冒険者になった?」
「えっと、お金のため……ですかね?」
「はあ!? なんだそれ! もっとこう何かないのか! 未知への世界の憧れとか、まだ見ぬ魔物への興味とか!」
「興味がないと言えば嘘になりますけど、冒険者になった時にはそういう事は考えませんでしたね。なにせ一文無しで、その日食べる食料もなく寝る場所もない状態でしたし、子供でも手っ取り早く稼げるのが冒険者だと聞いて一も二もなく飛びついただけなので……」

 アルバートさんが怪訝な表情で僕を見る。僕、何か変な事言ったかな?

「子供の頃に親に勇者の冒険譚を読み聞かせられたりとか、そういうのは? っていうか、お前から親の話が出てきた事一度もなかったな、親は何処で何してんだ?」
「あ~……えっと、親はいません。10歳の時にルーファウスとアランの二人に拾ってもらって、二人が冒険者だったから僕もそのまま冒険者になっただけと言いますか」
「え? お前、孤児なのか?」
「まあそんな所です、はは」

 アルバートさんが気まずそうな表情をしている。別にそんな顔をさせるような生活はしていないのだけどな。ただ色々と説明が難しいだけで。

「不躾な事を聞いて悪かったな、なんかお前は育ちが良さそうに見えたから、そんな苦労人だとは思わなかった」
「いえいえ、そんな気にしないでください。実際僕はそんなに苦労はしてないんですよ、お金は無くても仲間に恵まれましたから。最近は仲間のお陰でお金にも苦労してませんし」

 無一文で始めた異世界生活だけれど、ルーファウスやアランが良くしてくれたから生活に困った事は結局一度もなかった。現在はリヴァイアサンのお陰で貯金にも余裕があるし、こちらへ来てからの僕は苦労人と言われる程の苦労など何もしていないのが正直なところだ。

「そうか……私は昔から絵本で読み聞かせられた勇者の話が大好きだったんだ。勇者の冒険譚に憧れて、いつか自分も里を出て勇者みたいな冒険をして、勇者のようにお姫様を護る騎士になるんだとずっとそう思っていた」

 なんと意外な話が出てきたな。いつも現実的なアルバートにしては大層夢見がちな子供の頃の夢に僕は驚く。
 未来の彼は今より更に狡猾で、何処か人を食ったような人物になっているのも知っているだけに、勇者に憧れる目の前の彼のその言葉が逆にとても新鮮だ。

「子供っぽいと思うか?」
「いいえ、夢は大事だと思いますよ」

 そういえば、僕の子供の頃の夢って何だったかな。確かに僕だって幼い頃は絵本の中の冒険に憧れたし、漫画やゲームの中の勇者に感情移入しながら楽しんでいたのだからアルバートさんの気持ちはよく分かる。
 僕の世界には魔法なんて無くて、そういった冒険は物語の中だけの話なのだと現実を思い知るのも早かったけれど、それでも僕の中に根付いたそのたくさんの物語が僕をこの世界に馴染ませたのだとそう思う。
 言ってしまえば、僕は夢を叶えた人間なのだろう。

「だけど現実はコレだしな。冒険なんて夢のまた夢、好きでもない相手と結婚して日々をただ無為に過ごしている。ただのエルフだったら里の外へ出稼ぎに出ても何も言われなかったのに、少しばかり優秀に生まれついたお陰で役目があるからと里の外にすら出してもらえない。羨ましい生活だって言われる事もあるが、私にとっては全くの逆で、外の世界を見る事が出来る奴等の方が羨ましくて仕方がない」
「里の外に出れないんですか?」
「近くの街に買い出しに行くくらいなら許されているが、冒険となったら別問題だな。積極的な外との交流も許されていない。イグニス様は完全な血統主義者で里の外には絶対に出ないと思っていたのに、居なくなってしまったお陰で私は出奔しそびれた。いい機会だったのに」

 少し拗ねたような顔のアルバートさんはそんな事を言って溜息を吐いた。

「でも、まだ望みが完全に断たれたわけではない。責務を無事に果たしさえすれば或いは……」
「責務?」

 アルバートがちらりとこちらを一瞥して「御子様には聞かせられない話だが」と一言。その一言で僕は察する。

「もしかして子供、ですか?」
「里長の伴侶に求められているのはそれだけだからな」

 何というか即物的な話だ。そこには愛も情もなく、ただハイエルフの繁殖を求められているという事なのだろう。

「まあ、その点に関してはアンジェリカとの間に利害の一致を見出したから近いうちに結果は出るだろう」
「? 利害の一致?」

 僕のその疑問にアルバートさんは答えをくれない。彼は「御子様は黙って見ていろ」と、にんまり笑っていた。

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