童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

生贄の子供

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 『ニエ』と名乗った子供はとても静かな子供だった。見た目の年齢は未就学児の年齢なのだが、その年頃の子供らしさは欠片もなく、まるで息を潜めるようにして生活するのが当たり前というような顔でそこに居た。
 恐らく語彙もさほど多くはないのだろう、喋り方もどこかたどたどしく、意思の疎通が難しい。
 親はいるのかと問えば首を傾げ、どうしてあんな場所にいたのかと聞けば「ニエは、ニエ、だから」と、そう答えた。

「これは恐らくこの子はあの穴倉に捨てられたんだろうな。っていうか、生贄に捧げられた、とかそんななんだろう。私達がたまたま通りがかったから生き延びただけで、村に連れ帰ってもこの子はまた同じ目に遭うだけだ」

 アルバートさんが吐き捨てるようにそう言い切る。僕の見解も彼と同じだ。
 この子には正式な名前すらないのだ、贄として生かされ、贄として山神に捧げられた子供を育てられた村に連れて帰っても、恐らく歓迎はされないだろう。

「どうしたものかな」

 ベッドの中で身を縮こませるようにして小さくなって眠る子供を見やる。
 この子をエルフの里に連れ帰るのは簡単だ。けれどこの子をエルフの里に連れ帰れば、この子はもう二度と外の世界へは出られなくなってしまうだろう。
 だったらこの子を村以外の人の住む街へ連れて行くか? それもとても簡単だけれどそこからどうする? こんな子供を一人で放置なんてできる訳もない。

「何処か大きな街へ行けば孤児院のようなものもあったりしますか?」
「あ~……どうだろう、そういう場所は人身売買の根城になってる事も多いと聞くしな」

 人身売買!

「きちんとした教会が運営している所なら或いは、って所だろうな」

 なんだか不穏だ。
 そういえばこの世界は子供だって働くのが当たり前で、10歳の僕が冒険者として働いても何も言われない世界だった!
 身寄りのない子供は生きていくために働かなければいけない、例え己の身を売ってでも食べていく為には金が必要なのだ。
 この子は今まで小さな村で山神の贄として生かされてきたのだろう、けれど贄として捧げられた後はもう、誰もこの子を保護する者はいないのだ。
 エルフの里でだったら一生食っていく事くらいはできるかもしれない、けれどそれが果たしてこの子の幸せなのかと問われればそれが僕には分からない。
 僕がこの子を引き取って育てる?
 それは有りかもしれないけれど、僕自身がまだ子供と言われる年齢なのに、果たしてそれができるのかと言われたら自信は全くない。
 そもそも僕は今まで子育てというのをした事がないのだ、子供の扱いなんて全く分からない。
 理想と現実。
 こうしたいと言うのは簡単だが、それを実現させる為に伸し掛かってくる現実は簡単なものではない。
 自分一人を食わせていくだけでも手一杯の僕に、子供を養えるのかと言われたら、やはりそれは現実的ではないと言わざるを得ないのだ。

「この子にとっては可哀想かもしれないが、やはり里に連れ帰るのが一番手っ取り早い気がするな。この子は私達が見付けなければ元々死んでいたはずの子供だ、里から出られなくなったとしても生きているだけで有難いと思ってもらえるといいんだがな」
「まだ結論を出すには早すぎます!」
「そうは言ってもなぁ」

 僕達は旅をしているが毎日転移魔法でエルフの里に帰り、翌朝また転移魔法で旅の続きをするような生活をしている。旅費のかからない楽な旅だが、それができなくなるだけで旅の難易度はぐっと上がる。
 そもそも先立つものがなければ宿にだって泊まれない。
  結局結論は出ないまま、僕達はしばらくの間その子の身の振り方を考える事になった……のだが、その解決策はその後、案外すんなりと出てくる事になる。
 それはエルフの里との定期的な連絡交換の際、事の次第を報告した時、その場にいたフレデリカ様が「里に連れ帰っても、家の外に一切出さなければ問題はない」と言ってくれたのだ。

「その子はまだ幼い、自分が今、何処にいるのかも理解はしていないでしょう。ましてやその子にとって転移魔法など今まで見た事もない魔法で、己が何処へ連れて行かれているのか知りようもない。その子が自活できる歳になるまでの間、そして家の中から外に出ないという約束が守れるのであれば、私は目を瞑りましょう」

 フレデリカ様はエルフの里では既に『元』里長という立場であるけれど、その発言力は衰えてはいない。
 僕の帰る家は僕とペリトスさんが二人で暮らす家、そしてアルバートさんが戻っているのは対外的にはアルバートさんとフレデリカ様との新居だ。そしてその家は転移魔法陣でこっそり繋がっている。
 形だけの偽装結婚生活でも『妻』が家に子供を連れていく事を許したのだ、この問題はそれ以上の問題にはなり得なかった。
 この頃にはフレデリカ様も一児の母になっており、子供の境遇に我が子を重ねて憐れんでくれた可能性もある。

「この子が大きくなって外の世界に興味を持った時、その子が外の世界を知る手助けをしてくれるようになってくれたら私は嬉しい」

 そう言ってフレデリカ様は抱いた我が子の背を優しく撫でた。
 確かにこの里はまるで隠れ里のような場所で、多くの秘密を抱えているが故に外との交流はほぼないのだ。けれど、アルバートさんのように外に憧れを持つ者は一定数居るのだと思う。
 こうして僕達は拾った子供を連れたまま、旅を続ける事が可能になった。
 危険な場所に出向く時にはペリトスさんが子供を預かってくれるとまで言ってくれて、本当に助かる。

「ありがとうございます、フレデリカ様、ペリトスさん」

 僕が礼を述べると、彼等は「恩を返すには足りなさ過ぎて」などと言ってくるのだけれど、何の寝言を言っているのやら。僕の方が一方的にお世話になってばかりだよ。
 ちなみに現里長であるアンジェリカ様にもアルバートさんが事後承諾という名の承諾を得ている。アルバートさん曰く「アンジェリカはちょろすぎて、里長として大丈夫なのかと時々心配になる」との事だが、アルバートさんがそれを言っちゃダメだろ、と僕は思うけどね。


 ◆  ◆  ◆


 僕達が拾った子供の名前、子供自身は『ニエ』と名乗ったが、その意味が生贄を意味する『贄』である事が判明しているので、そのままその名を使い続けるのはどうかなのかと、僕達は子供に新しい名前を付ける事にした。
 子供の新しい名前は『レイ』名前の由来は光だ。
 穴倉の薄暗闇の中で見付けたこの子の未来に光があるようにと僕とアルバートさんの二人で決めた名前。
 最初はそれが自分の新しい名前である事が理解できなかったのだろう、きょとんとしていたレイなのだが、何度もその名を呼ぶうちにその名前に慣れたのか、その名を呼ぶとにこりと笑うようになった。
 出会った当初は薄汚れて干からびたように痩せ細り、生気のない瞳をしていたレイだったのだけれど、ご飯を食べさせゆっくりと静養させていたら少しづつだが子供らしい笑みを見せるようになってきた。
 あまりに汚れていたものだから、どのみち服も新しい物に替えなければいけなかったし、洗浄魔法よりお風呂に入れて洗ってしまおうとレイの服を脱がせて初めて僕達はレイが女の子である事に気が付いた。
 何故か不思議な事に僕達はレイが男の子なのだと頭から信じ込んでいたのだ。それは見た目に少女らしさが微塵もなく薄汚れていたせいもあるのだけれど、僕達は大いに慌ててしまった。
 なるべく裸を見ないようにしながら頭の上から足の先まで洗ったら、そこには可愛らしい女の子が鎮座していた。汚れで固まっていた髪の毛は綺麗に洗えばサラサラのシルバーブロンドで、僕はそれに驚いてしまう。
 だって、この色を僕は知っている。
 いや、でも、まさか……だけど、全くないとは言い切れない。
 ルーファウスの実家で見たアルバートとその妻の肖像画、そこに描かれていたのはルーファウスとよく似たシルバーブロンドの美しい女性だった。
 もしかして、レイがルーファウスの母親、なのか……?
 現時点レイはまだ幼子で、アルバートの彼女を見る目は間違いなく庇護した子供を見守る保護者である。けれどエルフの寿命は長く、人族の成長は彼等にとっては瞬きをする程の時間であるのだろうし、彼女が成長した未来でそういう事になる可能性を僕は否定できない。

「レイの髪は綺麗な色をしていたのだな」

 そんなアルバートの言葉にレイは嬉しそうに、はにかんだような笑みを浮かべた。
 レイを初めて我が家に招き入れた時、我が家にはペリトスさんとフレデリカ様が待っていた。これから色々と世話になる以上、全く紹介をしないという訳にはいかないからね。
 彼女は二人に対しては人見知り全開で、すぐに僕達の後ろに隠れてしまったのだけれど、フレデリカ様の腕の中に抱かれていた生まれたばかりの赤ん坊には興味津々だった。
 フレデリカ様の子供は僕が知っている事実の通りに男の子で、意外な事にハイエルフとしての資質を持って生まれてきた。
 母親であるフレデリカ様がハイエルフであるのだから、可能性としてはゼロではなかったのだけれど、父親がハーフエルフのペリトスさんである事から普通のエルフとして生まれ落ちる可能性が高いと思われていたので、両親であるフレデリカ様とペリトスさんは驚いていた。
 ハイエルフの資質を持つ、というのは子供の内包している保有魔力量が通常よりも多いという事。けれど、はっきりハイエルフであると断定できないのは、魔力だけ保有していても精霊の加護を得る事が出来なければハイエルフとは呼べないからだ。
 現時点資質があると言われていても、はっきりとハイエルフであると判断するには子供がある程度育ってからでなければ確認ができない。
 両親としては子供がハイエルフであろうと、普通のエルフであろうと、人としての資質を多く引き継いでしまうハーフエルフと呼ばれる存在であろうとも愛する自信があったのだけれど、これは嬉しい誤算であったようだった。

「この子の名前は『セオドア』よ。これからどうぞ宜しくね」

 フレデリカ様がセオドアの顔を見せるようにしてレイに告げると、彼女は「いいの?」と、僕とアルバートさんの二人を見上げるようにして、小さく尋ねた。
 その問いの意味が分からなくて僕達が首を傾げると、レイは少ない語彙の中から自分は赤ん坊に関わってもいいのかと、そう言うのだ。

「ニエ、は……赤ちゃん、近寄っちゃ、ダメ。怒られる」
「今まで周りの人にそう言われていたの?」

 無言でこくりと頷く彼女に胸が切なくなる。

「レイはもうニエじゃない、この子はレイの弟みたいなものだから、可愛がってあげて」
「……おとうと?」

 しばらくの間、レイはセオドアの顔と僕達の顔を様子を窺うように何度も何度も交互に見ていたのだが、その内にふにゃふにゃとむずがり始めた赤ん坊に目が釘付けになった。

「赤ちゃん、かわいい……」

 そう言ってほわんと笑みを浮かべる彼女に、可愛いのは君の方だよ! と言いたかったけれど、その言葉を僕は飲み込んだ。たぶんその場にいた全員がそう思っていただろう事は、皆の表情を見れば一目瞭然だったけどね!
 最初こそ遠慮がちだったレイだったが、そんなに時間もかからず新しい環境に慣れて、無気力に虚空を見つめていた瞳にも感情が乗るようになるのはすぐだった。
 昼間は僕とアルバートさんと共に里の外に出かけ、夜になると家に帰る生活。幼い故にか、レイはそれに疑問を持つ事は一切なかった。
 昼間自分がいる場所と夜に帰る家の距離が徒歩で数週間かかる程に離れた場所であるという認識など幼い子供にはできなかったのだと思う。
 僕達は昼間レイを見付けた山の中をまだ散策していたのだけれど、レイは元々その山の近くの小さな村に暮らしていたせいか山の事情に詳しく、僕達の冒険はかなり捗っていた。

「レイ、一人で先に行ったら危ないよ!」

 レイは険しい山道も、まるで己の家の庭を歩いているかのようにひょいひょいと登っていく。その日は特に、僕達に見せたい物があるのだとレイは率先して山道を歩いていた。

「こっち、はやく」

 レイは早く早くと僕達を急かすようにして山を登っていく。一体何があるのか分からないのだけれど、案内しようとしているその場所はレイにとっては特別な場所であるらしい。
 見晴らしの良い山頂近く、その場所はあった。
 そこにあったのは大きな何かの巣ような物、そしてその中には無数の宝石が無造作に煌めいていた。

「ここは……」
「山神様の寝床」

 山神様! それはリブルで危険な魔物だから近寄るなと言われている神様だ。

「山神様、今、お出掛け中。ニエ……レイ、知ってる」
「お出掛け中って、レイは山神様に会った事があるのか?」
「山神様、レイの事、どうでもいい。食べる肉ない、捨てられた」

 まさかの! レイがあの穴倉に居たのはそういう理由だったのか!

「でも、山神様、レイのこと、殺さなかった。優しい」

 ううん? それ優しいか? あんな場所に一人で放置されていたらどのみちレイは死んでいただろうに。

「なあ、レイ、その山神様ってのは一体どんな魔物なんだ?」
「大きい、翼で空飛ぶ。身体、硬い。お口の牙も大きくて、熱い」

 レイから得られる情報は断片的で要領を得ない、けれどアルバートさんはその情報で何か思い当たる事があったのか「やはり」と、レイを見やる。

「もしかして山神様ってのはこんな姿をしていなかったか?」

 そう言って、アルバートさんは木の枝で土にさらさらと絵を描いていく。そこに描かれたのはあまり上手とは言い難い絵だったのだけれど特徴を捉えたイラストで、僕にもそれが何の魔物かがすぐに分かった。

「アルバートさん、これって……」
「前に言っただろう、自分の巣にゴミを持ち込まない、そういう魔物がいるって話。綺麗好きなんだよ、ドラゴンっていうのは」

 そこに描かれていたのは紛れもなくドラゴンの姿。レイはアルバートさんの描いたドラゴンの絵に「上手」と、手を叩いた。
 そうなんだ、山神様ってドラゴンだったのか! 確かにドラゴンならば大きくて凶悪ではあるな!
 そんな事を思った刹那、巣の上部にさあっと影が差した。

「あ、山神様……」

 レイが脅えたようにアルバートさんの腕に縋りつく。僕達はそんな山神様を見上げ、もしかしたらと思ったけれど、とその姿を眺めた。

『なんだ、最近姿を見ないと思ったら。小僧、こんな所で何をしている?』

 久しぶりだけど、その声はとても聞き慣れた声だった。

「お久しぶりですね、炎龍フレイムドラゴンさん。それともここでは山神様と呼んだ方が良いですか?」

 僕は炎龍を見上げて苦笑した。

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