童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

穴倉

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 その山には確かに魔物が多かった。鬱蒼とした木立の中に一歩足を踏み入れればそこかしこに何かの気配を感じる。けれどあまりにも山の手入れがされていなさ過ぎてその姿が視認できない事でより不気味さを増しているようだった。

「ふむ、確かにいるな」
「そうですね」

 僕とアルバートさんは辺りを見回して頷き合う。あちこちから魔物の気配はしているのだけれど、魔物達は即座に僕達を襲ってくるような事はなかった。恐らくあちらも僕達の様子を窺っているのだろう。

「それにしても視界が悪いな。道もほとんどないし、いっそ焼き払うか」

 アルバートさんが掌の上にぽっと炎を灯らせてそんな事を言い出したので、僕は「山火事になるのでやめてください」と苦笑した。
 どうにもどこかで見た事のあるような言動、さすが親子だ。

「確かに山火事は駄目だな。では『風刃ウィンドカッター』!」

 アルバートさんの詠唱と共に現れた風の刃が僕達の周りを覆うようにしている樹々をなぎ倒していく。ルーファウスはあの時水魔法で道を切り開いてたけど、アルバートさんは風魔法なんだなと少し笑ってしまう。
 アルバートさんは元々風の精霊の加護持ちなので風魔法の方が馴染みが良いのだと思う。魔法の中で一番攻撃力が高いのはやはり火魔法なので、冒険の際に魔術師が一番に出してくる確率が高いのは火魔法なのだけれど、その次に出てくるのは自分の得意分野の魔法である事が多い。
 恐らくそれがルーファウスは水魔法でアルバートは風魔法なのだろう。
 ちなみに僕はといえば、火魔法が使えなくなるまでは攻撃はもっぱら火魔法メイン、次に使うのが仲間のサポートをする補助魔法だったので、今回新たに冒険するに辺り自分を色々と矯正しなければならない事が多くてとても難儀してしまった。
 アルバートさんが樹々を薙ぎ払い、ついでに時々出てくる魔物を倒しながら山道を登り進んでいくと、道の先に大きな穴が開いている場所に出た。
 僕達はその穴を上から覗き込む。穴は相当深いのか底が見えない。けれど薄暗い穴の壁面が陽の光を反射して僅かに光っているのが確認できる。

「ここには、何かがありそうな気がするな」
「光っているのは植物でしょうか、それとも宝石の原石だったりしますかね?」

 魔力を溜め込んだ植物は光る。壁にへばりついて僅かに光っているそれは目視では何なのかまでは確認ができない。

「降りてみるか」
「危なくないですか?」
「危険は冒険の醍醐味だぞ」

 確かにそうかもしれないけれど、アランやルーファウスは冒険をする際には慎重に慎重を重ねて行動していた。そう思うとアルバートの言動はまだ冒険を始めたばかりの初心者のそれで、大変危険な考え方だ。

「勇敢と無謀を履き違えると大怪我しますよ」

 それは冒険の初心者だった頃に僕とロイドがアランに言われた言葉、あの時は本当に痛い目に遭ってその言葉を胸に刻み込んだんだよな。

「はは、そう思うなら御子様はそこで見ていればいい」

 そう言ってアルバートさんは風魔法を纏ってふわりと穴の中へと降りていってしまう。

「待って! 駄目ですよ!!」

 僕の制止はどうやら彼には届かなかったようだ。アルバートは冒険者ではなかったものの長くエルフの里を護る戦士として魔物と戦ってきている、腕に自信がある彼には躊躇いがない。
 僕は慌てて彼を追いかけるように風魔法を纏うと穴の中へと飛び込んだ。


 ◆  ◆  ◆


 穴の中は静かだった。それは不自然な程に何の気配もしない。
 降り立った足元で何かが砕けるような音がするのだが、暗すぎて足元に何があるのか確認もできない。僕は掌に魔法で灯りを灯してしゃがみ込み足元を確認する。

「これは……」

 そこに無数に散らばっているのは白い石のような物だった、その数は夥しくまるで敷き詰められているかのように積み重なっている。

「まるで墓場だな」

 僕と同様に魔法で掌に灯りを灯したアルバートさんがぽつりと零した言葉に、僕が白い石だと認識したモノが何かの骨である事に気が付いた。
 サイズは大小さまざまで恐らく魔物の骨も多いのだろうが、人骨が混じっている可能性も否定はできない。

「でも何で、こんなにたくさんの骨があるんでしょう。落ちて死んだのだとしても数が多過ぎる」
「ゴミ捨て場なんだろう」
「え?」

 アルバートさんが穴の中をぐるりと明かりで照らし「子供の頃に親によく言われた。ゴミはゴミ箱へ、ってな」と、言うとすたすたと骨の上を歩き出す。

「ちょっと、アルバートさん何処へ行くんですか!」
「そっちに横穴が見える」

 言われてそちらを見れば、確かにそこには小さな横穴が開いている。アルバートさんはその横穴を覗き込んで「意外と深そうだな」と零した。
 その横穴はあまり大きな物ではなく、アルバートさんより背の低い僕ですらしゃがまないと中には入れないくらいのサイズ感だ。

「さすがに入ろうとか言いませんよね?」
「探検したい気持ちもなくはないが、さすがにな」

 穴の中に灯りを突っ込んでいたアルバートさんは「もっと何かあると思ったんだけどな」と、がっかりしたような表情でもう一度辺りを明かりで照らした。
 上から覗いた時、壁が僅かに光っていると思ったのだが、下からそれを眺めれば穴の上部から指す光で、その明かりはほとんど目視できない。
 それは宝石などが光っていた訳ではなく、魔力を蓄積した苔が壁面にへばりついているだけだった。

「それにしても、もしここがゴミ捨て場なのだとしたら誰かがここにゴミを捨てているって話になるんですけど、アルバートさんはどう考えているんですか?」
「ふむ、魔物の中には大層綺麗好きなのもいるらしくてな、自分の巣にゴミは持ち帰らずに食べた残骸は穴に埋めるって話を聞いた事がある。ここはそういう場所なんじゃないかと私は思う」

 へえ、それはずいぶん知能指数の高そうな魔物だけど、何の魔物だろう?

「まあ、その場合その魔物ってのは……ん?」

 アルバートさんがそこまで言った所で、彼は何かに気付いた様子で暗がりの横穴を見やる。僕も慌てて横穴を見ると、そこに何か動く気配を感じて身構えた。
 すると、その気配はそんな僕らの反応に気付いたのだろう、ピタリと動きを止めた。

「何か居るな」
「魔物ですか?」

 アルバートさんは分からないというように小さく首を振り、じりっと穴から距離を取った。
 その気配の主は動かない。まるでこちらの様子を窺ってでもいるかのように息を詰めてこちらの気配を探っている。
 僕とアルバートさんは目線だけでタイミングを計り横穴に向けて攻撃魔法を放った。少なくともこんな場所にいるモノが自分達にとって良いモノであるはずがないという判断からだ。
 冒険者にとって一瞬の判断ミスが命を奪う。だからこそ僕達はソレに対して攻撃したのだけれど、攻撃に対しソレは何の反応もせず、くぐもった呻き声だけをあげてその場に倒れ込んだ。
 僕達は横穴の影に倒れ込んだソレを覗き込み、息を呑んだ。

「タケル!」
「分かってます!」

 僕は慌ててソレに向かって回復魔法を唱えた。本来あってはならない事だった、冒険者にとっては致命的な失敗だ。
 僕達の目の前にいたソレは紛れもなく小さな人の子供だった。

「し、死んでないよな? 大丈夫だよな?」

 アルバートさんがおろおろと回復魔法をかける僕と倒れ伏す子供を見やり狼狽える。
 エルフの里の民たちは人族を敵認定はしているが無闇に殺すような事はしていない。大体の場合は里に近付かないように脅しをかけて追い返すか、里に侵入された場合は僕やペリトスさんの父親のように終生の軟禁という形をとっている。
 魔物相手には強気なアルバートさんだが、無抵抗の子供に攻撃をして、ましてや命を奪ったとあっては良心の呵責とて半端ではないだろう。僕だってそうだ、絶対死なせる訳にはいかない。

「大丈夫です、生きてますよ」

 僕の聖魔法は病気にはあまり対応していないが怪我に関して言えばかなりの大怪我でも瞬時に回復してみせる。子供は未だ気を失ったままだが、傷は癒え正常な呼吸音を響かせホッとした。

「良かった……でも、なんでこんな所に人の子が? まさかこの横穴の奥に人が住んでるとか言わないよな?」

 その横穴はやはり真っ暗のまま、僕の腕の中の子供以外に生き物の気配は感じない。

「行ってみた方がいいかもしれませんね」

 横穴はとても小さく狭い。けれど、こんな所で見付けた子供を放っておく事も出来ない。もし万が一この穴の向こう側にこの子の親が居るのであれば、きちんと送り届けるのが僕らの義務だ。なにせ僕達はこの子に怪我を負わせてしまったのだから放置は良くない。
 意を決して僕達は子供を抱いて穴の中へと侵入した。けれど、外から見た時は深そうに見えた横穴はさほど奥深くもなく突き当りもすぐだった。

「あれ? これだけ?」

 横穴の奥は人が一人か二人座り込めるくらいの広さで、窓などないので真っ暗な本当にただの穴倉だった。
 何処かに抜け道でもあるのかと壁を触って確かめてもみたけれど、やはり壁はただの土壁だ。

「何なんだ、ここは。それにこの子、一体どうやって今まで生きてきたんだ?」

 アルバートさんの腕の中で未だ眠り続ける子供の手足は痩せ細り、身体もあばら骨が浮いている。これは飢餓状態である事は間違いない、けれどこの子は間違いなくここで生きていたのだ。
 僕達は何もない横穴から這い出して、改めて骨で埋もれた穴から上を見上げた。そこからはまだ太陽光が覗いていて、それだけで何故かホッとする。

「この子も僕達みたいに魔法で出入りをしていたんでしょうか……」
「そうかもしれんが、どうしたものか」

 子供の正体が全く分からない上に、その子が一体何処からここへ来たのかも分からない。僕達は途方に暮れて、一度人里へ戻る事を決めた。
 この子はエルフの里へは連れて行けない、けれどこの子にはゆっくり休める寝床が必要だと判断したからだ。
 宿のある町まで転移で戻り、僕達は子供が目覚めるのを宿で待つ事にした。


 ◆  ◆  ◆


 目の前で小さな子供が重湯を一心に啜っている。歳は5歳かそこらだろうか、身体はかなり小さい。
 街の宿屋で目覚めた子供は最初自分が何処で目覚めたのか分からなかったようでぼんやりしていた。話しかけても返事もせず、首を傾げるばかりで意思の疎通がはかれている気がしない。
 そのうち子供の腹が鳴り、空腹なのだろうという事に気が付いて重湯を与えて現在に至る。僕達はまだその子が何処の誰で、何故あの場に居たのかさっぱり分からずにいる。

「君、名前は?」

 僕の問いかけに子供はまたしてもスプーン片手に首を傾げた。

「名前、お名前、分からないかな? 僕の名前はタケル、こっちはアルバートさん、君の名前は?」
「な、まえ? ニエ?」
「ニエ? 君の名前はニエっていうの?」

 僕の問いかけに子供はやはりよく分からないというように小首を傾げた。

「ニエ……にえ、か?」

 アルバートさんが眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。

「え、もしかして、まさかと思いますけど生贄いけにえのニエとか言いませんよね?」

 僕達が見やると子供は「ニエ、は、ニエ」と頷いた。
 僕がはっと思い出して子供に向けて鑑定スキルを発動すると、そこには子供の基本情報の名前の場所にはっきりと『贄』と記されていた。
 名前についてはそれ以上の情報はなく、恐らくこの子にはそれ以外の名前はなかったのだろうと思われる。
 鑑定スキルを発動してもこの子の情報はほとんど見られない。人の情報は基本的にスキルレベルで表示されるのだけれど、それはその人が経験した事に関してスキルレベルが上がっていけば数字も数を増やしていくような表記をされる。
 けれどこの子に関して言えばそのスキル自体がほとんどない、あるのは高い忍耐値やサバイバルスキルの様なものだけで、それは大人顔負けの数値を叩き出していた。
 僕はそんなスキルを眺め、この子の生い立ちを憐れみつつ何か情報はないかと子供のバックグラウンドを探っていく。

「おい、タケル、どうした?」
「アルバートさん、オルデ村って何処ですか?」
「は? オルデ村? 聞いた事はないが。それがどうした?」
「この子、そこの村の出身みたいです。山神に『供物として捧げられた贄』それがこの子の称号です」

 アルバートさんが目をぱちくりさせている。そういえば僕が鑑定スキル持ちな事を彼には言ってなかったな。ペリトスさんの話だと魔眼とか呼ばれてあまり歓迎されないとも聞いているけど……

「なに、お前! すっげぇ、今の何だ!?」

 予想外に良い方向に食いつかれた。

「えっと、鑑定スキルです。あまり人に対して使ったりはしないんですけど……」
「鑑定スキル! なんだよそれ、もっと早くに言えよ、滅茶苦茶便利じゃないか!」
「エルフの里では歓迎されないと聞きまして、黙ってました」
「そうなのか?」
「ペリトスさんもできますよ?」
「そうなのか!?」

 どうやらアルバートさんは兄の能力を知らなかったらしい。それだけペリトスさんは『魔眼』と呼ばれるその能力をひた隠しにしていたという事なのだろう。

「私にもできるだろうか?」
「これは個人的な資質なので、今できないのであれば無理だと思います」

 僕の答えにあからさまながっかり顔を見せるアルバートさん。素直でいいね。多分ペリトスさんは弟のそんな所を好いているのだろうな。
 普段ツンツンしていても結局は兄に優しい弟は兄にはさぞかし可愛く見えていたのだろう。

「アルバートさんはずっとそのままでいてください」
「は!? 嫌味か!?」

 少なくともルーファウスと相対して、持って回ったような嫌な話し方をする彼より今の彼の方がずっと良い。そう考えた時僕は初めてアルバートに会った時の事を思い出す。
 そういえば、あの時の彼は僕の事を知っていたはずだ、だけど彼はその事に関しては一切何も触れなかった。最後に意味深なウィンクだけを残して去って行ったルーファウスの父親は、一体僕に何を伝えたかったのか。
 あの時に戻って彼に問い詰めたい所だけど、今の僕には術がない。僕はアルバートさんの顔を見やり「嫌味だなんてとんでもない」と笑ってやった。

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