童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

対価と報酬

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「タケル、さっきの幻影魔法は何だ?」

 オルデ村の村人たちが魔石と宝石を集めに山に入るのを見送ると、アルバートさんが僕に問う。その表情は少しばかり険しくて、恐らく察しているのだろうなと僕は瞳を逸らした。

「タケル、答えろ」

 けれどそんな誤魔化しでは誤魔化されてはくれず、彼は僕の両肩を掴んだ。僕は観念して顔を上げ「たぶん、アルバートさんが思っている通りの魔法だと思います」と答えると「嘘だろ」と、アルバートさんは大きな溜息を吐いた。

「お前は聖魔法の使い手だろう、何故使える」
「何故でしょうね」

 これは神様がチートとして僕にくれた能力だけど、そんな事を言っても余計に混乱させるだけだからな。

「お前は本気でここの奴等にあの魔法を使うつもりか?」
「一時的な目くらまし程度なら害にはなりませんよね?」
「お前自身の害にはなる。闇魔法ってのそういうものだ」

 ああ、やっぱりアルバートさんは知っているんだな。
 魔術の知識に乏しかったエルフ達でも闇魔法が心身に害を及ぼす魔法だって事くらいはやはり認知されているらしい。

「少しだけですよ。闇の高等魔術を使おうって訳じゃない」
「そもそもお前の中には闇魔法の糧になるようなモノはないだろう? 嫌悪、憎悪、嫉妬や僻み、お前はそういうのとは無縁な奴じゃないか。なのに何で?」

 確かに闇魔法というのはそういう人の負の感情と魔力が練り合わさって発動する魔術だと聞いている。けれど、僕にはそんな感情がなくても使えてしまうのだから仕方がない。
 いや、本当にそうだろうか?
 僕の中にそう言った負の感情がないなんて、そんな訳があるものか。僕はこの世界にやって来てからは比較的自由気ままに生きている。けれど前の生では色々な事を諦めて生きていた。
 やりたかった事を我慢して、同世代の人間が楽しそうに青春を謳歌している姿を見て羨ましいと思わなかった訳じゃない。
 そこに羨望と妬みがなかったかと言われたら僕はそれを否定できないし、僕の闇魔法の糧となっているのはそんな僕の前世の想いである可能性を僕は否定できないのだ。
 黙りこんだ僕に厳しい瞳を向けて「私は賛同しかねる」と告げるアルバートさんの姿がルーファウスに重なった。
 ああ、やはり二人はよく似ている。

「お前はなんで笑っている? 私は賛同しないと言っているのだぞ」
「そうですね、では僕が彼等にこの魔術を使うのに条件でも付けましょうか。例えば一定の宝石や魔石との交換で術を使うというのではどうですか?」
「は? 私はやめろと言っているのだよ、人の話はちゃんと聞け」

 僕は伸びをするようにしてアルバートの耳元で「お金儲けができますよ」と、囁いた。

「見縊るな、私はそんな金の儲け方は望まない。稼ぎたいのなら己のやりたいようにやるし、タケルを利用しようとも思わない」
「僕を山神様の許嫁に仕立て上げたくせに」
「それは……」

 分かっている、それは僕にとっても害のない嘘だったものな。炎龍に僕が求婚されているのは事実だし、炎龍と会話ができる者だって限られているのだ、この嘘がバレる事はほぼない。

「大丈夫ですよ、無茶も無理もしませんし、危ないと思ったら使用は止めます」
「どうしてもか?」
「……困ってる人達を放っておけません」

 またしても沈黙の後、アルバートさんは大きく息を吐いて「この事は里にも報告するぞ」と、諦めたように僕に告げた。
 別に真実を隠し立てをしようとは思わないのでそれは一向に構わないのだけれど、闇魔法を使うというのはそんな大事なのだろうか?

「あと! 不調が出たら即報告! 些細な体調不良でもだ、隠し立ては絶対にするな!」
「はい、分かりました」
「よし! では条件付けの細かい所を決めてしまうぞ」
「条件は付けるんだ」
「当たり前だ、どうせやるのだったら最大限利益は搾り取らなければな!」

 お金儲けも勿論忘れてないって事か。やはり彼は抜け目がない。

「後もう一つ約束だ。タケル、里の者達に闇の魔術を教えるのは止めておけ」
「? どういう事ですか?」
「お前はうちでは惜しみもなく魔術の知識を分け与えてくれたが、ここではそれをするなと言っている。いや、私達に教えた知識と同じものならまだ良いかもしれない、ここには魔力を持って生まれてもそれを活用する術を知らなかった者もいそうだからな。だが、その闇魔法由来の幻影魔法は駄目だ。恐らくこの村の者達は闇魔法との親和性が高過ぎる」
「と言うと……?」

 僕が小首を傾げると、アルバートさんは呆れたように「多用すれば狂って死ぬ」と、溜息と共に僕に告げた。

「ただ死ぬだけならまだマシな方で、呪詛を撒き散らしながら周りを巻き込んで道連れにするなんて話もあるくらいだ、闇魔法っていうのはそういうものなんだよ」

 怖っ! えっ、それってとても迷惑。

「願う想いが強いほど強力になるのが闇魔法だ。妬み嫉み憎悪の想いが強ければ強いほど強力な闇魔法を行使できてしまう。魔力の少ない者は生命力を魔力の代わりにしてそれをやる、闇魔法っていうのはそういう魔法なんだよ、本来は!」

 なのにお前は何なんだと、アルバートさんはやはり僕には呆れ顔だ。そんな僕達二人を黙って見ていたレイが「闇魔法ってなに?」とぽつりと僕達に問うてきたのだけれど、アルバートさんが「レイは知らなくていい」とその疑問に応える事なく彼女の頭を撫でた。

「レイには、できない?」
「使えない方が良い魔法だからな」
「魔法、便利。使えない方がいい、よく分からない。さっきの魔法、村長喜んだ。良い魔法、違うの?」
「あ――……」

 言葉に詰まってアルバートさんがしゃがみ込む。

「レイにはまだ難しいかもしれないが、アレは人の姿を一時的に変えるだけの魔法で、言ってしまえば他人を騙すための魔法なんだ。村長の姿は元々がアレだし、それを変えて他人を騙すのはダメだろう?」
「でも、村長の姿、みんな怖がる。魔法の姿、怖くない。村長良い人、怖がられるの可哀想。だから、良い魔法、だよ?」

 どちらの言っている事も正しいだけに、どちらの意見も否定しづらい。それに根本的な問題はそこではないしな。
 それにしてもあの村長を『良い人』って、レイは本当に優しいな。

「アルバートさん、大丈夫ですよ。言いつけは守りますし、絶対に無理はしませんから」

 そんな僕の言葉に「本当にお前は問題ばかり持ってくる」そう言って、アルバートさんは大きく大きく溜息を吐いた。


 ◆  ◆  ◆


 村の中で村人たちが帰って来るのを待って小一時間程、僕達の前には小山ほどの宝石の原石と魔石が積み上がっていた。
 その辺に幾らもあるとは聞いていたけれど、これは本当に凄い。

「これだけあれば充分だろう。さあ、魔法をかけてくれ」

 そう言って村人たちは期待を込めた目で僕を見るのだけれど、僕はちらりと傍らのアルバートさんを見やる。何故なら、アルバートさんに『お前に交渉を任せていたら村人たちに有利な話し合いにしかならない、交渉には口を出すな』と言われてしまったからだ。
 アルバートさんはもっともらしい顰め面で「これでは村人全員に魔法をかけるには足りません」と首を横に振った。

「この量ではせいぜい一人か二人分、彼の魔術をそんなに安く見積もっていただいては困ります」
「な……ふざけるな! 足元を見やがって!」

 怒れる村長、それに対してアルバートさんは動揺するでもなく淡々と述べる。

「足元を見ている訳ではありません、これっぽっちの魔石と宝石では対価として不十分なのですよ。嘘だと思うのであれば専門の方にでもこの話を持っていって聞いてみればいい、私達はそれでも一向に構わないのですから」

 アルバートさんの言葉に村長はぐっと黙りこむ。専門家にこの話を持っていこうにも彼等はこの異形の姿では人里には出られないのだ、だからこそこんな隠れ里のような山間の村にひっそり暮らしているのだから、その言葉は酷である。
 聞きに行けるくらいなら、そもそも姿を変えたいなどと願うはずもない。

「それにこちらとしては、一時的な対価ではなく、継続的な対価を欲しているのです」
「継続的な……? どういう意味だ?」
「そもそもあなた方が人の姿を欲する理由は何ですか?」
「そんなの決まっているだろう! こんな姿では人里では魔物のように扱われて迫害される。食料だってまともに手に入れられないのだぞ、山には山の恵みがあるから何とか生き永らえているが、この村に未来はない」

 不安そうな目をこちらへ向ける村人たち、姿形は様々なのだけれど、その縋るような瞳は皆同じだ。
 この村に子供はいない。レイが赤ん坊に近寄るなと言われた事があるような言動をしていたので、少なくともレイより小さな赤子がいた事はありそうなのに、そんな姿は見受けられない。
 そもそも村人たちは見た目の種族もバラバラで、何故そんな異形の者達が集まり生活をしているのかも謎である。

「ではその食糧、生活用品、その他諸々、生きていく上で必要な物はこちらで用意しましょう」
「え……」
「人の姿を変える事だけが魔法ではないのですよ」

 そう言って、アルバートさんは鞄の中から幾つかの食料を取り出して見せた。因みにアルバートさんの鞄は僕のと同じマジックバッグで、中には見た目以上の物品が収納されている。
 先程、少し出てくると転移魔法で何処かへ行き、すぐに戻って来たのだけれど、何処へ行っていたのかと思っていたら、どうやら食料調達に出ていたようだ。

「これは……」
「どうぞ、お好きなだけ召し上がれ」

 目の前に並べられた料理の数々に村人たちの喉がごくりと唾を飲み込むのが見てとれる。この村が貧しい暮らしをしているのは見れば分かる、そこに並べられた様々な料理は彼らにはずいぶん魅力的に映った事だろう。

「本当に、いいのか?」
「あ、僕も出しましょうか? 温かい物も欲しいですよね?」

 そう言って僕は己のマジックバッグからスープを鍋ごと引っ張り出した。今まではよく食べるパーティーメンバーを引き連れて旅をしていたので、作り置きはいつでも多めに作っていた。けれど今は二人旅、ライムも一緒に食事はするけど、それでも料理を余らせてしまう事は多い。
 マジックバッグの中にしまっておけば常に出来立ての状態なので余らせても困る事はないのだけど、やはり長期的な保存は心情的にあまり良くない。
 という訳で、僕もマジックバッグに詰め込んでいた料理の数々を目の前に広げていく。うん、結構たくさんあったな。
 最初は恐る恐るといった感じに料理に手を伸ばしていた村人たちだが、そのうち無言でがつがつと料理を貪り始めた。お口に合ったようで良かったよ。

「世の中にはこんな上手い飯もあるんだな」

 なんて村長は感嘆の声をあげているし、中には涙を浮かべて食べている者もいる。そんな彼等の姿をレイはにこにこした笑顔で見ていて、自分を捨てたはずの村人たちをレイは全く憎んでいないのだなと思う。
 出会った当初は感情があまり見えなかった彼女だったが、それはこの村の村人たちも同様だ。どこか生きる事を諦めているような生活、死ねないから生きているといった風情の村人たちも彼女のように笑う事が出来るようになったらいい。

「まだまだたくさんありますからね、お腹いっぱい遠慮せずにどうぞ」

 僕の言葉に食べる手を止めた村長が「なんで」と疑問を口にする。

「なんでって、仲良くなりたいからですよ?」
「なんで? ああ、コレの為か……こんな腹の足しにもならない石ころに価値なんてないと思っていたんだがな」

 魔石のひとつを摘まんで、村長はそれを火に翳す。

「別にそれだけが理由ではないですよ?」
「俺達の事も……奴隷にして奴隷商に売り渡すか?」

 突然彼から出てきた言葉に驚いて「は!? そんな事しませんよ!」と、僕は思わず声を大にして否定の声をあげてしまう。

「俺達はそこそこ高値で取引されるらしいぞ?」
「だから、しないって言ってます!」
「どうだか」

 まるで信用していないような声音の村長は、尚も火に翳した魔石を見つめて「俺達もこんな風に綺麗な石だったら良かったのに」とそう言った。

「同じ金になるにしても、扱いは全く違うだろうしな」

 彼の姿はまだ人の姿を保っていて、毛むくじゃらな姿をしていた時には分かりづらかった彼の表情が今はよく分かる。それは愁いを帯びていて、どこか寂しげだ。

「奴隷商に狙われているんですか?」
「だろうな。元々俺達は奴隷商から逃げ出した仲間なんだよ、売られる為に運ばれている途中で馬車が魔物に襲われて檻から逃げ出した。この山は魔物が多く住んでいて人はほとんど近寄らない。来たとしても魔物の多い山だからか、俺達の姿で脅しをかければ簡単に逃げて行った。俺達が住むには都合が良かったんだ」

 なるほど、それでこの村の住人達は種族がバラバラなのか。

「山神様は供物を供えてさえいれば、俺達を追い出そうとはしなかったしな」

 う~ん、それはどうだろう? たぶん供物を供えても供えなくてもどっちでも良かったんじゃないかな? そもそも全く村人達に興味なさそうだったし。

「だが、山神様がこんな石ころを求めているとは思わなかった」

 そう言って、彼は手の中で輝く輝石をころりと転がす。まあ、求めているのは山神様炎龍じゃなくて、僕達だからね!

「この石をお前達に渡したら、お前達はこれからもこんなご馳走を俺達に恵んでくれるのか?」
「恵むなんてとんでもない、対価としては充分すぎる程ですよ」
「さっきはお前の従者が対価には足りないと言ったではないか」
「それは魔法に対しての対価で、食事の対価とは違います。食料や生活用品をここに運んでくる事は僕達には雑作もない事なので、それくらいの事ならば対価はこれで充分です」

 そう村長に笑顔で告げた僕に「タケル」と厳しい声をかけたのはアルバートさん。その顔には『お前は交渉の席に付くなと言っただろう』とありありと表情に浮かんでいる。

「これもダメですか?」
「お前には簡単な事でも、誰しもができる事ではない。対価としては充分だとしても安請け合いはダメだ」

 そうか、駄目なのか……僕にはやはり交渉事は向いていないらしい。

「村長、今後のお話は私と。決して悪いようには致しません」

 そう言って、アルバートさんは村長を連れて行ってしまった。人と人の駆け引きって難しいな。
 僕の生きていた日本では買い物で値引き交渉をするなんて経験はほぼなかった。こちらの世界では買い物ひとつとっても交渉するのは当たり前で、人々は常に自分の利になるように駆け引きをしている。
 元々あまり僕はそういうのが得意ではなかったし、そういうのはアランやルーファウスがやってくれていたから、相変らず僕は駆け引きが上手くない。
 僕は「まだまだだな」と独りごちた。

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