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第一章 忘れえぬ人
黒い髪の人 -ジル視点ー
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ねえアラト、君は知ってる?
君に最初に出会ったとき、寝ている君の顔を見ていて僕は思ったんだ。
課せられた自分の使命なんてどうでもいい、ただ君をこのままここに閉じ込めておきたい……そう思ったんだよ。
◆
あれからいったいどれくらいの年月が過ぎたのか……
僕を絡め取るようにして抱きしめて眠るアラトの顔を見つめた。
彼は気づいていないだろう。
僕と過ごした日々が、いったいどれほどの長さであるか。
人ならばとうに一生を終えているその長さを、彼は一つの年も取らずに生きている。
僕は魔力を使って、少しずつ彼の身体を強化し、そして変えていた。
時間の経過を感じる能力を無くして、日々が過ぎ去ることに焦燥感を感じなくて済むようにしたのだ。
僕は至近距離にある彼の長いまつげに見惚れて溜息をついた。
インキュバスの僕が男にいくら抱かれても、子は成せない。
そのことを痛いほどわかっていて……そう、僕は一族の意志を無視して、彼に抱かれることを夢見ている。
僕が男のニンゲンを連れ帰った時、一族のサキュバスがどれほど騒いだことか。
一族のことを思えば、彼をすぐさま周りのサキュバスに差し出すべきだっただろう。
だけど僕は僕以外の淫魔が彼に近づくことを禁じた。
彼はこの世界に淫魔は僕しかいないと、そう今でもきっと信じている。
僕が本当は一族の長で、その血をつなぐ必要があることも、彼が周りのサキュバスらに狙われていることも、何一つ彼には本当のことを告げなかった。
あの日、はじめて彼が眠った時、僕は彼の夢の中を覗いた。
……そして彼の心に巣食う一人の少年……カオルという存在に気づいた。
僕は悩んだ。
彼の心からそれを追い出すこともできただろう、だけど無理強いをせず待つことにしたのだ。
彼が僕を求めるその時まで、僕は待つことにしたんだ。
そしてとうとう……こんなにも時が経ってしまった。
僕たちの住まいは、深い森の一角にある崩れかけた古い神殿だ。
僕はそこに、彼の心の中に住むカオルの匂いに一番近い花を植えた。
そして彼の気を惑わし、僕に向くように、そう仕向けたんだ。
「もうそろそろ……いいんじゃないのかな……」
僕はそう呟いた。
彼はぴくりと瞼を震わせて、そして美しい漆黒の瞳を僕に向けた。
「ん?……ジル、どうした?」
「ごめん、起こしちゃったね」
「いや……もう朝だね、起きようか」
彼は背伸びしながら上半身を起こした。
しなやかに鍛えられた背中の筋肉が見える。
伸びた髪が彼の背にはらりと流れ、その髪の長さだけが年月の長さを物語っていた。
「ねえジル、魚釣行こうよ」
「うん、ほんとに好きだね、魚」
「ジルだって好きじゃないか……」
「あは……そりゃ、アラトと食べられるならなんでもおいしいよ」
僕は明るい笑顔を心がけて思いを隠した。
そして、支度を手伝うように見せかけて彼の長い髪を触る。
瞳と同じ漆黒……すべらかな艶のある美しい髪。
僕は大切にくしけずり、そっと唇に触れ、そして一つに結わえた。
「ありがとう、……にしても俺、髪の毛伸びるの早くね?」
「ふふ……似合うからいいじゃない?」
「そ?」
アラトは振り向いて屈託のない笑顔を見せた。
2人で過ごした時間を、彼はほんの数ヶ月だと思っているだろう。
そしてまた、徐々にもう元の世界には戻れないということを理解しはじめているのだろう。
彼が夜になると漏らすポツリポツリとしたつぶやきに、優しく答えていく日々、彼の絶望が悲しくて、一緒に涙した日々。
そして……ようやく最近、前を向いてくれるようになったんだ。
ここまでの道のりは……長かった。
僕は水差しを持って清水を汲みに外へ出た。
すると、そこには一人の淫魔・エメが立っていた。
我ら一族の末端の淫魔だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※この世界での淫魔は、男性型をインキュバス、女性型サキュバスとします。
子孫を残すために他族に精を注ぎ宿すか、精を奪うしかないという設定とします。
異能として、催淫と夢を覗くことができます。
君に最初に出会ったとき、寝ている君の顔を見ていて僕は思ったんだ。
課せられた自分の使命なんてどうでもいい、ただ君をこのままここに閉じ込めておきたい……そう思ったんだよ。
◆
あれからいったいどれくらいの年月が過ぎたのか……
僕を絡め取るようにして抱きしめて眠るアラトの顔を見つめた。
彼は気づいていないだろう。
僕と過ごした日々が、いったいどれほどの長さであるか。
人ならばとうに一生を終えているその長さを、彼は一つの年も取らずに生きている。
僕は魔力を使って、少しずつ彼の身体を強化し、そして変えていた。
時間の経過を感じる能力を無くして、日々が過ぎ去ることに焦燥感を感じなくて済むようにしたのだ。
僕は至近距離にある彼の長いまつげに見惚れて溜息をついた。
インキュバスの僕が男にいくら抱かれても、子は成せない。
そのことを痛いほどわかっていて……そう、僕は一族の意志を無視して、彼に抱かれることを夢見ている。
僕が男のニンゲンを連れ帰った時、一族のサキュバスがどれほど騒いだことか。
一族のことを思えば、彼をすぐさま周りのサキュバスに差し出すべきだっただろう。
だけど僕は僕以外の淫魔が彼に近づくことを禁じた。
彼はこの世界に淫魔は僕しかいないと、そう今でもきっと信じている。
僕が本当は一族の長で、その血をつなぐ必要があることも、彼が周りのサキュバスらに狙われていることも、何一つ彼には本当のことを告げなかった。
あの日、はじめて彼が眠った時、僕は彼の夢の中を覗いた。
……そして彼の心に巣食う一人の少年……カオルという存在に気づいた。
僕は悩んだ。
彼の心からそれを追い出すこともできただろう、だけど無理強いをせず待つことにしたのだ。
彼が僕を求めるその時まで、僕は待つことにしたんだ。
そしてとうとう……こんなにも時が経ってしまった。
僕たちの住まいは、深い森の一角にある崩れかけた古い神殿だ。
僕はそこに、彼の心の中に住むカオルの匂いに一番近い花を植えた。
そして彼の気を惑わし、僕に向くように、そう仕向けたんだ。
「もうそろそろ……いいんじゃないのかな……」
僕はそう呟いた。
彼はぴくりと瞼を震わせて、そして美しい漆黒の瞳を僕に向けた。
「ん?……ジル、どうした?」
「ごめん、起こしちゃったね」
「いや……もう朝だね、起きようか」
彼は背伸びしながら上半身を起こした。
しなやかに鍛えられた背中の筋肉が見える。
伸びた髪が彼の背にはらりと流れ、その髪の長さだけが年月の長さを物語っていた。
「ねえジル、魚釣行こうよ」
「うん、ほんとに好きだね、魚」
「ジルだって好きじゃないか……」
「あは……そりゃ、アラトと食べられるならなんでもおいしいよ」
僕は明るい笑顔を心がけて思いを隠した。
そして、支度を手伝うように見せかけて彼の長い髪を触る。
瞳と同じ漆黒……すべらかな艶のある美しい髪。
僕は大切にくしけずり、そっと唇に触れ、そして一つに結わえた。
「ありがとう、……にしても俺、髪の毛伸びるの早くね?」
「ふふ……似合うからいいじゃない?」
「そ?」
アラトは振り向いて屈託のない笑顔を見せた。
2人で過ごした時間を、彼はほんの数ヶ月だと思っているだろう。
そしてまた、徐々にもう元の世界には戻れないということを理解しはじめているのだろう。
彼が夜になると漏らすポツリポツリとしたつぶやきに、優しく答えていく日々、彼の絶望が悲しくて、一緒に涙した日々。
そして……ようやく最近、前を向いてくれるようになったんだ。
ここまでの道のりは……長かった。
僕は水差しを持って清水を汲みに外へ出た。
すると、そこには一人の淫魔・エメが立っていた。
我ら一族の末端の淫魔だった。
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※この世界での淫魔は、男性型をインキュバス、女性型サキュバスとします。
子孫を残すために他族に精を注ぎ宿すか、精を奪うしかないという設定とします。
異能として、催淫と夢を覗くことができます。
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