俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第八章  紗国の悪夢

儚き思い

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 初夏の過ごしやすい季節、初めて稲が植えられた阿羅国の田を見つめた。
日本にいたころの記憶は遠くなってしまったけれど、心の奥底に刻みつけられた匂い、そして原風景がまさにそこにあった。

「よく実ると良いな」
「ええ、各国で稲作に携わってきた農家の者が多数おります、まず大丈夫かと」
「そうか」

俺は満足して、いつまでも爽やかな風の中、まだ小さく頼りなげな稲を見つめた。
俺の案内役をしていた責任者は、そんな俺を微笑んで見つめていたが、アレクシスが来たと同時に頭を下げ、作業に戻った。

「アラト……ここにいたのか」
「ああ、何かあったか?」

 俺はアレクシスの顔を見つめた。
彼はここのところ、何かを考え込むようにして口数が減っていた。
何かあるとは感じていても、無理に聞き出さず、彼から話してくれるのを待っていたのだ。

「……葵衣だが……」

そうだろうと予測していたが、やはりそうかと、アレクシスを促して自然と足は丘の上に向かった。

「葵衣は、おそらく、生きて数年だと思うぞ」
「魂を見たのか?」

アレクシスは静かにうなずいた。

「最初、城石の館で見た時よりも、さらに悪い状態だ、今や粉々になっていて、残骸のようなものしか残っていない、あの状態で生きていることが不思議なくらいだ」

悲し気にそう呟いて、そして続けた。

「あちらが受け入れてくれるかどうかはわからないが……エルフの里に休養に行かせてみるのはどうかと思うんだ」
「エルフの里か……」

俺は、阿羅国を守るようにそびえたつ山を見上げた。
その高嶺の向こう側に、エルフの里はある、世界で唯一、滋養のある森のしずくを作れるエルフならもしかして……

「お前が頼めば、なんとかなりそうかな?」

アレクシスは、伯父が里の長だ。
そういう繋がりに、一縷の望みをかけた。

「まあ……そういうことも今回役に立つかもしれないが……それよりも、彼のおかれた立場には、さすがに頭の固いエルフの長老らも同情せずにはいられないだろうし」

紗国という歴史の長い国で行われた、少年に対するむごい仕打ち。
それをよそで語られることは、紗国にとって不名誉、逆なですることになりかねないが……
その懸念を口にしてみる。

「エルフの里から、彼の情報が紗国に渡ることは万に一つもないと言えるか?」

俺がそう問うと、アレクシスは真っすぐな強い目でしっかりとうなずいた。

「ああ、アラトも知ってるように、里の入口は、許された者しか通れないし、見えもしない。ある意味、阿羅国に置くよりも、安全と言えるかもしれない」
「だが……紗国にも、森のしずくは流通しているのだろう? つまり、あちらに使者が行ってるということだ」
「それは……」

アレクシスは眉間にしわをよせ、腕を組んだ。

「お前は花守であって、政治のことには携わっていなかったのだ、全てを知るわけではないだろう」
「ああ」
「紗国と案外、近しい関係であるかもしれんよ? エルフ達は」

アレクシスは不愉快そうに顔をゆがめた。

「いやいや……それはありえない、エルフは外貨を稼ぐために森のしずくを各国に流してはいるが、特別に仲良くなどはしていないはずだ。それに、もしそうだとしても、葵衣の真実を話せば、きっとかくまってくれるはず」
「ふむ……」
「心配か?」
「ああ、そうだな……あの子の命が短いというのなら、治療よりも、安らぎを与えてあげたいと、そう思っているよ」

俺がそう言い終わると、アレクシスは目を丸くして俺を見つめた。

「もしかして……アラトは彼が長くないって気づいていたの?」
「なんとなくな……予感だよ」
「見えるようになったのか?」
「いや、エルフ達のように魂は見えない……だが、愛してくれるはずの人に虐待され、絶望に染まった彼の目を見て、そう感じたんだよ。彼はまだ……子供だ、日本ならば親の庇護下にある、そんな年齢なんだよ」

 丘の上にあるベンチに二人で座った。
大昔、イバンとクレイダと、3人で眺めたここからの風景は、すっかりと街らしくなって、思わず微笑んだ。

「まだ……子供……そうか。あの子はいくつなんだ?」
「18だと聞いたよ」
「この世界では十分大人だがな」
「そうだな」

俺は思わず笑った。

「あちらの世界では、18なんてまだ子供だ。一応成人とみなされはしても、まだまだひよっこ、親の元にいて、勉学を続ける者が大多数、そんな年齢なんだよ」
「なるほどな……」

アレクシスはため息をついて、頭をかいた。

「俺は、あの紗国の王が許せないよ、梢紗がいる前では大きな声で言えないが、白玖紗だって、紅葉を犯し、思い通りにならないと知ると刺殺した。そして今度は江利紗だ、一見普通に見えるあの男でさえ、大切にしなければならない、遠くから来た尊い人を閉じ込め、犯し続けた。どうしてそんなむごいことができるんだ……どうなってんだ、あの国は」
「……」

 俺は自分の拳を見つめた。

 白玖紗をこの手で殺した時、あいつの思念が一瞬だけ、入ってきた。
口づけて、冷気を流し込みながら、俺は彼の思いを見た。

……美しく、そして儚い紅葉への恋心。
あんなに細くもろい存在なのに、生命力にあふれ、皆に愛された紅葉への、歪んだ愛。

 彼はどうしようもなく、紅葉を愛していた。

どうやっても手に入らないのならば……殺してしまえと思うほどに……



 俺はジルを思った。

 湖のほとり、二人で寝転がって、そしていつの間にか眠ってしまって。
君の細く滑らかな白い指は、いつも俺の黒髪を撫でていた。
愛おしい……そんな思いが伝わってくるような、そんな仕草。


 白玖紗もまた、船の中で紅葉を刺した後、紅葉の髪をなでた。
うまく、愛せなくて……すまなかったと、そう呟きながら。
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