俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第八章  紗国の悪夢

紗国という国2

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 過ごしやすい日中、風が入るように寝室の窓が開いている。
百合彦の手を取って、ユーチェンを見舞った。

 あの手術以来、元気を取り戻しつつあるユーチェンは、最近は食事の量も増え、少しふっくらしてきた。

 母に甘えたい盛りの息子は、寝ている母の頬に遠慮なく触った。
薄目を開けたユーチェンは、百合彦に笑顔を返し、そして俺を見て驚いた。

「まあ、阿羅彦様? なぜこんな日の高いうちから」
「ああ、少し、伝えねばならんことがあってな」
「え? 何かありましたか?」

ユーチェンは上半身を起こし、侍女の手を借りて肩からショールをかけた。

「良くない……ことですのね?」

ユーチェンは俺をうかがうように見て、そして困ったように微笑んだ。

「実家……ですか?」
「ああ、そうだ、斉井が捕縛されたとの報を受けた」
「……いつですか?」
「二日ほど前になるだろう」
「なぜそんなことに」
「我らの交易品の件で、取りなそうとしてくれたらしいよ」
「……」

ユーチェンは両手を握りしめ、視線をさまよわせた。

「父は……阿羅国を助けようとしてくださったのですね」
「ああ、斉井はいつも、我らの味方だ」
「……なぜ……」
「お前がここにいるからだよ、ユーチェン」

ユーチェンの眦に涙が浮かんだ。

「交易品の布はユーチェンが丹精込めて育て上げた技術だ、そなたの考えた意匠や工夫の凝らされたものだと、彼は知っている。娘の作った物をぞんざいに扱われて悲しかったのかもしれんな」
「紗国という国は……どこへ向かおうとしているのでしょう……普通に交易を行っているだけの私たちに、なぜそこまで……そして、父は……どうなるのでしょう」

百合彦は、話がわからないまでも、祖父の名を聞いておとなしくしていた。
小さな頭に俺は手を乗せ、くしゃくしゃと撫でた。

「大丈夫だ、梢紗が行ってくれる。我らは交易先として紗国を失うかもしれんが、お前の父だけはなんとしても助ける。我らのとばっちりで城石家に受難がこれ以上起きては申し訳ないからな」
「梢紗様が……」

ユーチェンの目から涙がこぼれたのを見て、何も言わず百合彦は手拭いを差し出した。

「心配だろう……だが、今我らにできることは祈ることだけだ」
「はい、梢紗様が行ってくださるのなら……しかし、江利紗様は……なにかこう……一筋縄ではいかない……そんな方のようでしたね」

即位式の宴で、彼女も江利紗の本性を見た。
不安に思うのは当然だろう。

「ありがとうございます、阿羅彦様」
「何がだ?」
「ちゃんと、こうやってお話くださって」

ユーチェンは百合彦をベッドの上で抱きしめながら、そうつぶやいた。

「何もかも終わった後に聞かされたら、後悔が残ったでしょう」
「後悔など残らないように梢紗が行くのだぞ?」
「ええ、わかってはいますが……父は、もう、相当な覚悟をお決めでしょう……そう感じます」

何も言えない俺に、ユーチェンは微笑んだ。

「娘ですから……わかるのです、父は曲がったことが嫌いなのですよ、今の紗国に仕えるのは、骨が折れることでしょう。後先考えず滅びるような事をすれば領民ともども不幸になることは承知の上で、今回のことをなさったのならば……それはもう……」
「そうか……だが、まだ一縷の望みはあるぞ、先ほども言ったが、梢紗が紗国に出向くのだ」
「ええ……そうですね、梢紗様……無事にお帰りくださると良いのですが」

不安の消えない我ら親子を見守るように、そっと春風が吹いてきた。
どこからか舞い落ちてきた若葉がひらりと百合彦の肩に乗る。

その葉をそっと取り、じっと見つめた。
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