狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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ピクニック

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 春の野山は柔らかな色に包まれてとても優しい。
花々も、若草も、瑞々しくて生命力に溢れている。

僕は畳んで持ってきた敷布を広げ、草原の真ん中に心地良い居場所を作った。

翠が頬を赤くして「わぁ!」と喜んでいる。
僕は手を振って翠を呼んだ。
翠はタタタっと駆けてまっすぐに僕の方に手を伸ばして抱きついてきた。
ふわっと翠のいい匂いがして目を細める。

「さぁ、ごはん食べよ!」
「ここで?」

翠は不思議そうに僕の手元を眺める。
お重に詰めてもらったのは、料理長ご自慢のサンドイッチ。
卵やハムや野菜が入っていて、僕にとっては懐かしい味だ。

きれいに並んだサンドイッチに翠が目を奪われているのを微笑んで見ながら、僕は木箱の中から綺麗なグラスと陶器の美しい絵付けの皿を取り出した。
侍女が差し出してくれたのは、冷ました紅茶が入ったポットだ。
そこからグラスに美しい琥珀色の紅茶を均等に入れていく。

ピクニックを計画した時、本当なら蘭紗様も来る予定だったんだけど、残念ながら仕事の都合がつかなかった。

一生懸命に仕事に打ち込む王様を責められないよね。
僕は約束を守れなくて落ち込む蘭紗様の体を心配しちゃった……

「おとうさまも来れたら良かったです」

翠は少ししょんぼりして呟く。

「うん、残念だね、お忙しいから……仕方ないね、またいつか、きっと3人で来れるよ」
「はい」

翠は布の上にちょこんと正座して、小さな手を行儀よくお膝の上に置き、僕がカトラリーを並べるのをじっと見ていた。

「誰か、来るの?」

どう見ても二人分じゃないことに気づいたのか、そう尋ねてくる。

「うん、あのね、今日は紹介したい子がいるんだよ」
「……?」

翠は不思議そうな顔をして僕を見つめた。

その時、空から舞い降りて到着したのは、カジャルさんだった。
腕の中に香夜葉を抱っこしている。
カジャルさんはかなり背が高いから、腕の中の子がとっても小さく見える。

「遅くなってすまない」

カジャルさんはゆっくりと歩いて来て、そっと香夜葉を地面に下ろした。
僕をじっと見て、いつか会った人だと理解したのだろう。
ぎこちなくだが笑ってくれた。

「香夜葉、こんにちは。この子は僕の息子で、翠紗というの。仲良くしてあげてね。……翠、この男の子は香夜葉っていうんだよ、握手してみようね」

翠は目をまん丸にして、カジャルさんの横で頼りなく立ち尽くす男の子をじっと見ていたが、やがて立ち上がって香夜葉に前に行ってその手を取った。

「僕、翠紗って言います、仲良くしてね」
「……僕は……か、かやは……言います」

おずおずと香夜葉は名乗り、そして助けを求めるようにカジャルさんを見上げた。
カジャルさんは香夜葉の頭に手をやり、そっと撫でた。

「さあ、座って、お外で食べるとなんでもおいしいけど、料理長のサンドイッチは本当においしいんだから!」
「わざわざこんな準備をするなんて……薫様は面白い趣味を持ってるよな」

カジャルさんがつぶやきながら布の上に上がり、香夜葉も座らせた。
翠はトトっと歩き、その香夜葉の隣にピタっとひっついた。

「一緒に食べよ!」
「……うん」

遠慮気味の香夜葉に構うことなく、翠は香夜葉の前にある皿にサンドイッチをいくつか置いた。
それを見て慌てた香夜葉はお皿を持ち上げて「い、いただきます!」と言って、それをぱくついた。

「おいしい……」

目を大きく開けてポツンとそう呟くと、手に持ったサンドイッチをじっと眺めた。

「市井ではサンドイッチは珍しいのかな?」
「いや……珍しいと言うか……」

カジャルさんは言葉に詰まったようだが、一呼吸置いて僕をじっと見た。

「まあ……香夜葉には初めて見るものだろう」
「そう……でも、気に入ってくれたのなら良かった。お外で食べると気が晴れるでしょ?」
「はい」

静かにそう答えて、サンドイッチを無心に食べ続ける香夜葉は、本当に痩せていて、初めて見た時の翠を思い出すようだった。
その横にいて慣れた様子で食べてはにこやかに微笑む翠は、「まだまだ痩せてる」とか、「背が伸びないな」と心配していたことがおかしくなるぐらい、健康そうに見えた。
毎日見ていると変化がわからないけど、この子なりに少しずつ変わっているんだなと実感した。

まあ……それがわかるぐらい、香夜葉が痩せているということなんだよね……悲しいけど。

「香夜葉、ここでの暮らしは慣れてきた?」

僕の問いに、顔を上げて頷き、そしてまたカジャルさんを見上げた。
カジャルさんは優しい笑顔でその視線を受け止めている。

ああ、ちゃんと……この二人は親子になろうとしているんだなと感じられて嬉しかった。

「今、字の勉強をさせているんだ、ようやく自分の名前も書けるようになってきたんだよ、そのうち、学び舎に行かせたいと思っていてね」
「そうなの……焦らないで、徐々にでいいからね、ゆっくりと学んでいこうね」
「はい……あの……王妃様……って……お嫁様?」
「ん?そうだよ?」

香夜葉は眩し気な顔で僕をじっと見つめてくるので、「ん?」と聞き返すと、恥ずかしそうに話しだした。

「母ちゃんが……王様にはお嫁様が来たんだよ、きれいなひとなんだろうねえ、見てみたいねえって、嬉しそうに話してたから」
「そうなの?僕のこと、知ってたんだね」
「うん、港町でも噂になってたから、王様と町を歩いていたのを見たって人から話を聞いたりもして」

僕は蘭紗様とのデートを目撃された時の話かな?と思って苦笑した。

「あは……なるほどね」
「母ちゃんは、死んじゃったけど、僕が王妃様に会えたから、母ちゃんも喜んでると思うんだ」
「そう……」

僕は何も言えなくなって、香夜葉を見つめた。
そしてせめて笑ってあげないと……と、微笑んだ。

「カヤハ、おかあさまが、死んじゃったの?」

翠は大きな目を見開いて香夜葉を見つめて、ぽろりと涙をこぼした。

「おかあさまが死んじゃったら悲しいね、僕はおかあさまが死んじゃったら僕悲しい」
「翠……」

僕は翠を抱き寄せて、膝の上に置いて、頬を両手で挟んだ。

「泣かないの。ほら、香夜葉も泣いてないよ。誰でもいつかは死んじゃう、その順番は神様にしかわからないから、誰がいつ死んじゃうかなんて誰にもわからない。でもね、死ぬって悲しいだけじゃないんだよ、神様の元に戻るとも言うの。きっと香夜葉のおかあさまは天で体も楽になって、微笑んで見守ってくださっているんだよ」
「うん……はい、わかりまちた」

ぐすぐす言いながら涙を引っ込めた翠は不安が去らないのか、僕の胸に甘えてきたから、ぎゅっとして、ポンポンと背中を優しくたたいた。

「……王妃様が言うように、僕のかあちゃんは、天にいるって、りょうりんさまも、カジャルさまも、そう話してくれるから……」

香夜葉は空を見上げながらにっこりと微笑んだ。

「それと、りょうりんさまと、カジャルさまが、僕の親になってくれるって」
「うん、二人共、僕の大切な友人なの。とても素敵な優しい人だから、きっと良い親になってくれるよ」
「だから、母ちゃんも安心してくれてるかなって……母ちゃんはいつもベッドに寝ていて、言ってたんだ。将来、良いところで働けるようになったらいいね、いい人に出会えたらいいねって、それは、こういうことだよね」
「うん、そうだね。香夜葉のお母さんは、香夜葉の幸せをいつも願っていたの。だから今きっと、とっても安心して、嬉しく思っているよ」
「うん!」

香夜葉は堪えきれずに一筋だけ涙を流したけど、泣き笑いのように微笑んで、涙をこすり取り、立ち上がった。

「ねえ、すいしゃさま!あっちまでかけっこしようよ!」
「……?」
「走るの!ほら!」

立ち上がるとさすがに背が高くて、翠がとても小さく見えた。
そして手を取られた翠が立ち上がると、二人でそのままパタパタと駆け出して行った。

二人が走って行った先には美しい湖がある。
いつか、4人で遊んだあの湖だ。

蘭紗様は、子どもたちはここで遊んで大きくなるんだ。
そう教えてくれた場所。


二人共、大きくなってね。
ずっと見守っているから。


カジャルさんと僕は眩しい光の中で駆け回る二人をいつまでも眺めていた。


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