259 / 317
ピクニック
しおりを挟む春の野山は柔らかな色に包まれてとても優しい。
花々も、若草も、瑞々しくて生命力に溢れている。
僕は畳んで持ってきた敷布を広げ、草原の真ん中に心地良い居場所を作った。
翠が頬を赤くして「わぁ!」と喜んでいる。
僕は手を振って翠を呼んだ。
翠はタタタっと駆けてまっすぐに僕の方に手を伸ばして抱きついてきた。
ふわっと翠のいい匂いがして目を細める。
「さぁ、ごはん食べよ!」
「ここで?」
翠は不思議そうに僕の手元を眺める。
お重に詰めてもらったのは、料理長ご自慢のサンドイッチ。
卵やハムや野菜が入っていて、僕にとっては懐かしい味だ。
きれいに並んだサンドイッチに翠が目を奪われているのを微笑んで見ながら、僕は木箱の中から綺麗なグラスと陶器の美しい絵付けの皿を取り出した。
侍女が差し出してくれたのは、冷ました紅茶が入ったポットだ。
そこからグラスに美しい琥珀色の紅茶を均等に入れていく。
ピクニックを計画した時、本当なら蘭紗様も来る予定だったんだけど、残念ながら仕事の都合がつかなかった。
一生懸命に仕事に打ち込む王様を責められないよね。
僕は約束を守れなくて落ち込む蘭紗様の体を心配しちゃった……
「おとうさまも来れたら良かったです」
翠は少ししょんぼりして呟く。
「うん、残念だね、お忙しいから……仕方ないね、またいつか、きっと3人で来れるよ」
「はい」
翠は布の上にちょこんと正座して、小さな手を行儀よくお膝の上に置き、僕がカトラリーを並べるのをじっと見ていた。
「誰か、来るの?」
どう見ても二人分じゃないことに気づいたのか、そう尋ねてくる。
「うん、あのね、今日は紹介したい子がいるんだよ」
「……?」
翠は不思議そうな顔をして僕を見つめた。
その時、空から舞い降りて到着したのは、カジャルさんだった。
腕の中に香夜葉を抱っこしている。
カジャルさんはかなり背が高いから、腕の中の子がとっても小さく見える。
「遅くなってすまない」
カジャルさんはゆっくりと歩いて来て、そっと香夜葉を地面に下ろした。
僕をじっと見て、いつか会った人だと理解したのだろう。
ぎこちなくだが笑ってくれた。
「香夜葉、こんにちは。この子は僕の息子で、翠紗というの。仲良くしてあげてね。……翠、この男の子は香夜葉っていうんだよ、握手してみようね」
翠は目をまん丸にして、カジャルさんの横で頼りなく立ち尽くす男の子をじっと見ていたが、やがて立ち上がって香夜葉に前に行ってその手を取った。
「僕、翠紗って言います、仲良くしてね」
「……僕は……か、かやは……言います」
おずおずと香夜葉は名乗り、そして助けを求めるようにカジャルさんを見上げた。
カジャルさんは香夜葉の頭に手をやり、そっと撫でた。
「さあ、座って、お外で食べるとなんでもおいしいけど、料理長のサンドイッチは本当においしいんだから!」
「わざわざこんな準備をするなんて……薫様は面白い趣味を持ってるよな」
カジャルさんがつぶやきながら布の上に上がり、香夜葉も座らせた。
翠はトトっと歩き、その香夜葉の隣にピタっとひっついた。
「一緒に食べよ!」
「……うん」
遠慮気味の香夜葉に構うことなく、翠は香夜葉の前にある皿にサンドイッチをいくつか置いた。
それを見て慌てた香夜葉はお皿を持ち上げて「い、いただきます!」と言って、それをぱくついた。
「おいしい……」
目を大きく開けてポツンとそう呟くと、手に持ったサンドイッチをじっと眺めた。
「市井ではサンドイッチは珍しいのかな?」
「いや……珍しいと言うか……」
カジャルさんは言葉に詰まったようだが、一呼吸置いて僕をじっと見た。
「まあ……香夜葉には初めて見るものだろう」
「そう……でも、気に入ってくれたのなら良かった。お外で食べると気が晴れるでしょ?」
「はい」
静かにそう答えて、サンドイッチを無心に食べ続ける香夜葉は、本当に痩せていて、初めて見た時の翠を思い出すようだった。
その横にいて慣れた様子で食べてはにこやかに微笑む翠は、「まだまだ痩せてる」とか、「背が伸びないな」と心配していたことがおかしくなるぐらい、健康そうに見えた。
毎日見ていると変化がわからないけど、この子なりに少しずつ変わっているんだなと実感した。
まあ……それがわかるぐらい、香夜葉が痩せているということなんだよね……悲しいけど。
「香夜葉、ここでの暮らしは慣れてきた?」
僕の問いに、顔を上げて頷き、そしてまたカジャルさんを見上げた。
カジャルさんは優しい笑顔でその視線を受け止めている。
ああ、ちゃんと……この二人は親子になろうとしているんだなと感じられて嬉しかった。
「今、字の勉強をさせているんだ、ようやく自分の名前も書けるようになってきたんだよ、そのうち、学び舎に行かせたいと思っていてね」
「そうなの……焦らないで、徐々にでいいからね、ゆっくりと学んでいこうね」
「はい……あの……王妃様……って……お嫁様?」
「ん?そうだよ?」
香夜葉は眩し気な顔で僕をじっと見つめてくるので、「ん?」と聞き返すと、恥ずかしそうに話しだした。
「母ちゃんが……王様にはお嫁様が来たんだよ、きれいなひとなんだろうねえ、見てみたいねえって、嬉しそうに話してたから」
「そうなの?僕のこと、知ってたんだね」
「うん、港町でも噂になってたから、王様と町を歩いていたのを見たって人から話を聞いたりもして」
僕は蘭紗様とのデートを目撃された時の話かな?と思って苦笑した。
「あは……なるほどね」
「母ちゃんは、死んじゃったけど、僕が王妃様に会えたから、母ちゃんも喜んでると思うんだ」
「そう……」
僕は何も言えなくなって、香夜葉を見つめた。
そしてせめて笑ってあげないと……と、微笑んだ。
「カヤハ、おかあさまが、死んじゃったの?」
翠は大きな目を見開いて香夜葉を見つめて、ぽろりと涙をこぼした。
「おかあさまが死んじゃったら悲しいね、僕はおかあさまが死んじゃったら僕悲しい」
「翠……」
僕は翠を抱き寄せて、膝の上に置いて、頬を両手で挟んだ。
「泣かないの。ほら、香夜葉も泣いてないよ。誰でもいつかは死んじゃう、その順番は神様にしかわからないから、誰がいつ死んじゃうかなんて誰にもわからない。でもね、死ぬって悲しいだけじゃないんだよ、神様の元に戻るとも言うの。きっと香夜葉のおかあさまは天で体も楽になって、微笑んで見守ってくださっているんだよ」
「うん……はい、わかりまちた」
ぐすぐす言いながら涙を引っ込めた翠は不安が去らないのか、僕の胸に甘えてきたから、ぎゅっとして、ポンポンと背中を優しくたたいた。
「……王妃様が言うように、僕のかあちゃんは、天にいるって、りょうりんさまも、カジャルさまも、そう話してくれるから……」
香夜葉は空を見上げながらにっこりと微笑んだ。
「それと、りょうりんさまと、カジャルさまが、僕の親になってくれるって」
「うん、二人共、僕の大切な友人なの。とても素敵な優しい人だから、きっと良い親になってくれるよ」
「だから、母ちゃんも安心してくれてるかなって……母ちゃんはいつもベッドに寝ていて、言ってたんだ。将来、良いところで働けるようになったらいいね、いい人に出会えたらいいねって、それは、こういうことだよね」
「うん、そうだね。香夜葉のお母さんは、香夜葉の幸せをいつも願っていたの。だから今きっと、とっても安心して、嬉しく思っているよ」
「うん!」
香夜葉は堪えきれずに一筋だけ涙を流したけど、泣き笑いのように微笑んで、涙をこすり取り、立ち上がった。
「ねえ、すいしゃさま!あっちまでかけっこしようよ!」
「……?」
「走るの!ほら!」
立ち上がるとさすがに背が高くて、翠がとても小さく見えた。
そして手を取られた翠が立ち上がると、二人でそのままパタパタと駆け出して行った。
二人が走って行った先には美しい湖がある。
いつか、4人で遊んだあの湖だ。
蘭紗様は、子どもたちはここで遊んで大きくなるんだ。
そう教えてくれた場所。
二人共、大きくなってね。
ずっと見守っているから。
カジャルさんと僕は眩しい光の中で駆け回る二人をいつまでも眺めていた。
26
あなたにおすすめの小説
牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる