裸の天女様~すっ裸で異世界に飛ばされた災難ファンタジーコメディ~

榊シロ

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8話 ~着衣~

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 それは、エプロン。

 まごうことなき、エプロンだった。

 しかも、色は真っ赤。

「な……なんの拷問ですか!?」

 これを着たら、名実ともにハダカエプロンの痴女だ。

 いや、いわゆる『腰当てエプロン』ではなく、胸元までしっかり覆うタイプのエプロンではあるものの、そういう問題じゃない。

「いや、違うのよ。これ、この村へ移動してくる最中に、偶然ひろったものでね……あたしたちの部隊には魔導士なんていないから、扱いに困ってたってわけ。悪意があるわけじゃないのよ」
「……ぐぬぬぅ」

 文句を言えるような立場では、もちろんない。

 こちとら、一文無しの不審者だ。

 そんな私に、いくらモノがエプロン(赤)とはいえ、無償で貰えるのならば願ったり叶ったりだ。

「……お借りします」

 グリュー少年が、私が隊長からそれを受け取るのを、戸惑いつつ見つめている。

 やめろ。見ないでくれ。こんな様を。

「…………」

 手に取って、目の前に広げる。
 見れば見るほど、エプロンだった。

 フリルやリボンなどの装飾はいっさいない、いたってシンプルなエプロンだ。

 いっそ割烹着ならよかったのに。
 それなら、いくら世界観にそぐわないとはいえ、全身が覆い隠せたものを。

 これはエプロンゆえに、肩部分はヒモで、下が裸体であることはわかってしまう。

 唯一救いなのは、かなり丈が長いこと。
 そして、尻の部分はぐるっと布で覆われている、ということだ。

「…………」

 観念した。
 毛布の下でもぞもぞと着替え、立ち上がる。

「……うん。まぁ、いいんじゃないかしら」
「ウソ!! ぜったいにウソです!! だってこんなの、思いっきり変態じゃないですか!!!」

 全力で叫ぶ。

 だって、見下ろした自分の恰好は、どう見ても一般人じゃなかったから。

 すっぱだかに真っ赤のエプロン。

 そりゃあ、マシですとも。ハダカよりは。

(いや、マシか? 着た方がヤバくないか?)

「まぁ……ハダカよりはマシでしょう。その、色気とかはないし……」
「ぐぬぬぅ……」

 一番最初の戦場に降り立ったときに言われたセリフを、まさかこのオネェ隊長にまで言われるなんて!

 いや、もしかしたら彼は、女性には性的魅力をそもそも感じないタイプかもしれないが。

(……いや、この身にまとう強大な魔力とやらが作用している、とか思っておこう。悲しくなるし)

 キュッ、としっかりエプロンのヒモを留めて、自分自身を励ましていると、

「さて、それじゃ、あたしたちの隊に同行して頂戴。任務が終わったら、隊の本部があるフェゼント国の王都へ連れて行ってあげるわ。行方不明者の届けが出ていればわかるし、もしかなかったとしても……仕事の紹介くらいはできるしね」

 私が放り出した毛布をパタパタと畳みつつ、隊長は小さく笑った。

(あっ、片付けまでしてもらって申し訳ない……。
 やっぱりすごくイイ人そう。少なくとも、悪意がないのは確かだなぁ)

 私は恐縮してペコペコ頭を下げた。

「ありがとうございます……! お世話になります」

 この世界の情勢、世界観は、いまだに薄ぼんやりしたままだ。
 その上、私自身は強力な魔力を持っているらしいものの、その使い方というのがサッパリな現状。

 とはいえ、魔法武具というものなら着られることがわかっただけでも進歩だ。

 フェゼント国王都とやらで、もうちょっとふつう寄りの服を見つけられればいいな。

 現実逃避とあきらめと、かなりの期待を抱きつつ、とりあえずエプロンのヒモというヒモをしっかりきつめに縛って、脱げないように調整をしていた、そんな時。

「た……隊長!!」

 バタバタバタッ

 一度テントから出ていたブラウが、激しい足音を立てて中へ飛び込んできた。

 顔は焦りのせいか青白く、ひざに手を当てて激しい呼吸を繰り返している。
 明らかに、さっきまでと雰囲気がちがった。

「どうしたの、ブラウ」

 隊長が、スッとイスから立ち上がる。
 おだやかな声色から一変して、緊張に満ちた声だ。

「ま、魔物が……オオカミの魔物たちが出現しました!! た、隊のヤン先輩が襲われて……それで……っ!!」

 と、ブラウは最後、引きつるように声をかすれさせた。

 オオカミ、魔物。

 状況からして、きっと私が襲われたのと、同じだ。

 すごい魔力を宿していることがわかった今であれば、もしかしたら対抗できるかもしれない。

 でも、防御力が心もとない身では、ろくに太刀打ちできないだろうか。
 私が、襲われる直前に見たするどいキバとツメを思い返していると、ブラウがさらに、恐ろしい言葉を言い放った。

「それも、一匹じゃなくて……ものすごい数の大群が、外に……!!」

 と。






「ああ……こんな、ことって……!」


 喉から、か細い悲鳴がこぼれた。

 テントの外は、すでに激しい戦闘が始まっている。

 ガキィン、ザシュッ、という、映画やアニメでしか聞いたことのない斬撃音。それに混ざるように、ウゥゥ、グルル、と、大型の獣の威嚇音が聞こえてくる。

 飛び交う怒号と、宙を舞う獣たち。

 獣の体液か、かわいた地面にむらさき色の液体がブチまけられている。

 その合間に、おそらく部隊のメンバーのものらしい赤い血液も見受けられ、思わず両手で口をおおった。

 鼻腔には、嗅いだことのないような、くすぶった臭いが入り込んでくる。

 血と、肉と、土と獣臭の混ざった、怖ろしい臭い。

 鼓膜と、視界と、鼻。そして、びりびりと肌に当たる戦場の空気が、これは間違えようもないリアルなのだと伝えてくる。

「みんな! 闇雲に攻撃してもダメよ! 襲ってくる魔物の動きをちゃんと観察して、反撃しなさい! 負傷したものはテントへ!!」

 隊長が大声で指示を出しつつ、敵味方入り乱れる戦闘の中へ飛び込んでいく。

 その光景をテントのすき間からのぞきながら、私はただ圧倒されるしかなかった。

 戦場。これが、異世界の戦い。

 RPG、アクション、シミュレーションゲーム。

 いろいろな世界観のゲームをプレイした。自分でキャラクターたちを操って、数えきれないほどの敵を殺してきた。

 でも、目の前で積み上げられる、死屍累々の数々。

 倒された魔物の腹が引き裂かれ、長い舌がデロリとこぼれ、脳漿がはじけるその光景は、私の胃をゆさぶるには十分すぎる光景だった。
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