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57.アパートに現れるなにか③(怖さレベル:★☆☆)
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佐賀谷は、ついて来た、と言っていました。
それはもしや、憑いて来た、だったのではないか?
そしてそれは――うちにいた、あのネズミだったのではないか?
白くて、素早くて、でも、明確に姿を見たことはありませんでした。
あれは、ネズミなどという可愛らしいものなどではなく、
もっと悪質で、おぞましい、何者かの手、だったのではないか。
「…………っ」
再生が終わり、シン、と静まり返った室内が、
急に冷え冷えと温度が下がったかのように感じられます。
只の害獣かと思っていた例のものが、
もしかしたら友人を自殺未遂に追い込んだバケモノなのかもしれないと思うと、
ヒリヒリと緊張感が肌を叩きました。
寝転がったままの姿勢で、キョロ、と部屋の中を見回します。
幸い、何も動くものはありません。
「…………」
一度アレをヤバイものと認識してしまうと、
もう、この部屋で暮らすことなど考えられません。
そろり、そろりと財布と携帯を掴み、一目散へと玄関へ駆け出します。
とにかく、ここをさっさと離れて、
友人の家でも、もしくはネカフェでも一時避難して――。
と。
ザッ……
「…………!」
部屋の中。キッチンのある方向から、音がしました。
「う……っ」
あの、佐賀谷との通話でも聞こえた、あの。
ザッ……
ゆっくり、床を擦るように。
今まで見かけたネズミもどきのかすれた音ではない、
明確に自分の存在を知らしめようとするかのような、
ゆっくり、ハッキリと鳴る、音。
「……ぐ」
ザリ、と後ずさりする、靴音。
聞こえてくる音に意識を向けないよう、
そっと、そうっと、家のドアノブに手をかけます。
ザッ……ザッ……
キッチンで蠢く、なにものかの気配。
決して、一度も目にしたこともないのに、
キッチンの上、手首だけの白い指が、ザリザリと爪を立てて
のたうっているのが脳裏に浮かびました。
「…………っ」
俺は、そんな音が呪詛のように聞こえてくるさなか、
思い切りガチャン! と扉を引き開け、
カギを締めるが早いか、近所の友人宅に転がり込んだのでした。
「……あー。なんか、あんまりハッキリ覚えてないんだよな」
独特の匂いのする白い個室。
その中心で、身体を起き上がらせられるくらいに回復した
佐賀谷は、自殺未遂を起こしたとは思えぬくらい、
あっけらかんと言い放ちました。
「お、覚えてないって……俺に電話したのは?」
「んー……それは、なんとなく記憶にあるな……」
ガリガリと頭をかく友人は、本人の言葉をそのまま信じるならば、
自殺を画策しようとした記憶はいっさい無いというのです。
「お前ん家から出た後、なんかボーッとして……
気づいたら弟が怒鳴ってるし、親も泣いたり騒いだりしてるし……なにかと思ったね」
「お、お前なぁ……」
始終こんな調子であったらしく、
俺以外にも友人たちは見舞いに来たそうですが、
皆、首を傾げていたようです。
俺はといえば、あの部屋から離れて三日ほど友人たちの家を渡り歩き、
その後大家に連絡を入れ、退去の手続きを行い始めていました。
「まぁ、また妙な気を起こすつもりがないならいいけどさ……。
あ、そうだ。俺、あのうちから引っ越すことになったから」"
「おっ、マジ?」
「つーかお前、あん時、さんざん焚きつけてきただろ。
やっぱ……うち、なんかヤバイもんいたのかよ」"
俺が思わず例の件について言及すれば、
佐賀谷はハッと目を見開きました。
「あっ……バレ、た?」
「あんな電話してきて今更だろ。あ、覚えてねぇんだったか……」
俺がじーっと恨みがましく見つめたせいか、
彼は気まずそうにわずかに目を逸らしました。
「いやぁ……だって、その。……バケモンがいるなんて聞いたら、
気分悪くなるだろ? つっても、なんもいわないのも悪いしさあ」
「そりゃあそうだけど……お前のその状況だって、
うちのアレが……原因なんだろ」
「……あー……」
思ったことをそのまま伝えると、
彼は参ったかのように低く唸りました。
「だって、タイミング的にもそーだろ。
おまけに、自殺未遂って……聞いた話じゃなかなか壮絶だったみたいだし」
「……壮絶、ねぇ……」
包帯でグルグル巻きにされた自分の首をさすり、
佐賀谷は遠い目をしてポツリ、と言いました。
「……オレ、よく生きてたわ」
「お、おい……縁起でもないこと」
軽い口調であまりにも重いことを言ってのけるものだから、
俺が慌てて嗜めようとするも、佐賀谷はへらりとした表情のなかに、
たしかな真剣なまなざしを宿して、
「お前……早く引っ越し決めて正解だよ」
どこか達観した表情で、彼はそれ以上を聞くことを拒絶した口調で、
静かに窓の外を見上げていました。
それから。
アパートの退去の際、それとなく大家さんに、
ここの過去の住人のことを詳しく尋ねてみましたが、
元々学生アパートとして三~四年周期で貸し出していて、
特段問題は起きていないと、本当か嘘かもわからぬ口調で話していました。
ここで起きた出来事は、すべて偶然であったのか。
やはり、隣がセレモニーホール――死者を弔う場所だったからなのか。
あの、ネズミもどきの正体に関しては、
復活した佐賀谷にいくら詳しく聞こうとしても、
はぐらかされてしまいます。
最近では、もう尋ねることすら止めてしまいましたが、
世の中には、詳細を知らぬほうが良いこともあるのかもしれないと。
今は何事もない普通のアパートに暮らしていて、
時折、そんなことを思うのです。
それはもしや、憑いて来た、だったのではないか?
そしてそれは――うちにいた、あのネズミだったのではないか?
白くて、素早くて、でも、明確に姿を見たことはありませんでした。
あれは、ネズミなどという可愛らしいものなどではなく、
もっと悪質で、おぞましい、何者かの手、だったのではないか。
「…………っ」
再生が終わり、シン、と静まり返った室内が、
急に冷え冷えと温度が下がったかのように感じられます。
只の害獣かと思っていた例のものが、
もしかしたら友人を自殺未遂に追い込んだバケモノなのかもしれないと思うと、
ヒリヒリと緊張感が肌を叩きました。
寝転がったままの姿勢で、キョロ、と部屋の中を見回します。
幸い、何も動くものはありません。
「…………」
一度アレをヤバイものと認識してしまうと、
もう、この部屋で暮らすことなど考えられません。
そろり、そろりと財布と携帯を掴み、一目散へと玄関へ駆け出します。
とにかく、ここをさっさと離れて、
友人の家でも、もしくはネカフェでも一時避難して――。
と。
ザッ……
「…………!」
部屋の中。キッチンのある方向から、音がしました。
「う……っ」
あの、佐賀谷との通話でも聞こえた、あの。
ザッ……
ゆっくり、床を擦るように。
今まで見かけたネズミもどきのかすれた音ではない、
明確に自分の存在を知らしめようとするかのような、
ゆっくり、ハッキリと鳴る、音。
「……ぐ」
ザリ、と後ずさりする、靴音。
聞こえてくる音に意識を向けないよう、
そっと、そうっと、家のドアノブに手をかけます。
ザッ……ザッ……
キッチンで蠢く、なにものかの気配。
決して、一度も目にしたこともないのに、
キッチンの上、手首だけの白い指が、ザリザリと爪を立てて
のたうっているのが脳裏に浮かびました。
「…………っ」
俺は、そんな音が呪詛のように聞こえてくるさなか、
思い切りガチャン! と扉を引き開け、
カギを締めるが早いか、近所の友人宅に転がり込んだのでした。
「……あー。なんか、あんまりハッキリ覚えてないんだよな」
独特の匂いのする白い個室。
その中心で、身体を起き上がらせられるくらいに回復した
佐賀谷は、自殺未遂を起こしたとは思えぬくらい、
あっけらかんと言い放ちました。
「お、覚えてないって……俺に電話したのは?」
「んー……それは、なんとなく記憶にあるな……」
ガリガリと頭をかく友人は、本人の言葉をそのまま信じるならば、
自殺を画策しようとした記憶はいっさい無いというのです。
「お前ん家から出た後、なんかボーッとして……
気づいたら弟が怒鳴ってるし、親も泣いたり騒いだりしてるし……なにかと思ったね」
「お、お前なぁ……」
始終こんな調子であったらしく、
俺以外にも友人たちは見舞いに来たそうですが、
皆、首を傾げていたようです。
俺はといえば、あの部屋から離れて三日ほど友人たちの家を渡り歩き、
その後大家に連絡を入れ、退去の手続きを行い始めていました。
「まぁ、また妙な気を起こすつもりがないならいいけどさ……。
あ、そうだ。俺、あのうちから引っ越すことになったから」"
「おっ、マジ?」
「つーかお前、あん時、さんざん焚きつけてきただろ。
やっぱ……うち、なんかヤバイもんいたのかよ」"
俺が思わず例の件について言及すれば、
佐賀谷はハッと目を見開きました。
「あっ……バレ、た?」
「あんな電話してきて今更だろ。あ、覚えてねぇんだったか……」
俺がじーっと恨みがましく見つめたせいか、
彼は気まずそうにわずかに目を逸らしました。
「いやぁ……だって、その。……バケモンがいるなんて聞いたら、
気分悪くなるだろ? つっても、なんもいわないのも悪いしさあ」
「そりゃあそうだけど……お前のその状況だって、
うちのアレが……原因なんだろ」
「……あー……」
思ったことをそのまま伝えると、
彼は参ったかのように低く唸りました。
「だって、タイミング的にもそーだろ。
おまけに、自殺未遂って……聞いた話じゃなかなか壮絶だったみたいだし」
「……壮絶、ねぇ……」
包帯でグルグル巻きにされた自分の首をさすり、
佐賀谷は遠い目をしてポツリ、と言いました。
「……オレ、よく生きてたわ」
「お、おい……縁起でもないこと」
軽い口調であまりにも重いことを言ってのけるものだから、
俺が慌てて嗜めようとするも、佐賀谷はへらりとした表情のなかに、
たしかな真剣なまなざしを宿して、
「お前……早く引っ越し決めて正解だよ」
どこか達観した表情で、彼はそれ以上を聞くことを拒絶した口調で、
静かに窓の外を見上げていました。
それから。
アパートの退去の際、それとなく大家さんに、
ここの過去の住人のことを詳しく尋ねてみましたが、
元々学生アパートとして三~四年周期で貸し出していて、
特段問題は起きていないと、本当か嘘かもわからぬ口調で話していました。
ここで起きた出来事は、すべて偶然であったのか。
やはり、隣がセレモニーホール――死者を弔う場所だったからなのか。
あの、ネズミもどきの正体に関しては、
復活した佐賀谷にいくら詳しく聞こうとしても、
はぐらかされてしまいます。
最近では、もう尋ねることすら止めてしまいましたが、
世の中には、詳細を知らぬほうが良いこともあるのかもしれないと。
今は何事もない普通のアパートに暮らしていて、
時折、そんなことを思うのです。
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