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62.まねきババア③(怖さレベル:★☆☆)
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(店長に言った方がいいのかな……でも、告げ口するのもねぇ)
わざわざ、飯野塚さんが追い払ったことを報告するのも、
当てこするようで気が引けます。
まぁ、訪れる日が決まっているわけでもありませんし、
言いつける必要もないだろうと結論づけ、
気にしないようにしようと帰宅の準備を整えていると、
バタバタと羽田さんが休憩室に飛び込んできました。
「ねぇ、染谷さん! 今朝、まねきバアさんが来てたってホント!?」
今日は遅番シフトで、まだ休憩時間でもないはずなのですが、
いったいどこから情報を得たのやら、彼女は血相を変えています。
「え、は、はい……まぁ……」
ウソをつくのも気が引けてそろそろと頷くと、
羽田さんは上体を前のめりにして勢いよく尋ねてきました。
「それでこの客入りってことは……ねぇ、もしかして染谷さん、話しかけちゃったの!?」
尋常でない焦りっぷりの彼女に、あたしはブンブンと左右に首を振りました。
「い、いえ、あたしは……」
「ってことは……誰か、別の人が話しかけたんだね」
いつにない強い口調で、羽田さんはキッとあたしを睨みます。
「ねえ、誰?」
「あ……えーっと……その。飯野塚さん、です……」
このまま隠し通すわけにもいかず、正直に名を告げました。
すると彼女は、カッと両目を見開いて、ダンッと床を蹴り上げたのです。
「もう、あの人は……っ! 何回も、何回も念押ししたってのに……!!」
ギシリ、と奥歯を噛みしめた般若の表情で、
羽田さんはそのまま休憩室を飛び出して行ってしまいました。
「あ……え……?」
呆然と一人その場に取り残されたあたしが事態を飲み込めずに佇んでいると、
「あ、お疲れ様、染谷さん」
店長が休憩室に顔を出してきました。
「お……お疲れ様です」
滅多に従業員用の部屋に姿を現さない店長が来た緊張で立ち上がると、
彼は苦笑いしつつ片手で制止しました。
「そんなにかしこまらなくて良いよ。
……染谷さん、今朝まねきバアさん見たんだって?」
「え? ええ……ハイ」
「やっぱりね。……ってコトは、飯野塚さんの方か」
店長は意味深に頷き、ボソリと独り言のように呟きました。
「えっと……」
「あ、ごめんごめん。こっちの話でね。……お疲れ様、それじゃまたね」
彼は誤魔化すように笑ってその場を去ろうとしましたが、
その直後のことです。
キイィィイ――ッ
猿のわめき声のような金切り声が、突如として外から聞こえてきたのです。
「えっ……な、なんですか、今の」
「……ヤバいな」
店長は私の問いかけには反応せず、瞬く間に飛び出して行きました。
「えっ、ちょっ……!」
残された自分も、どうしてもあの声が気にかかり、
妙な予感と共にその音源の方へ飛び出して行きました。
「きぃっ……ぎっ、グッ」
「て、店長!?」
そこに広がっていた光景に、集まった他の従業員も絶句しました。
バックヤード。
売り場に出す前の野菜などをストックしておくその倉庫の中。
そこに、悲鳴の主はペタンと地に尻をつけ、
両手に生の野菜やキノコを掴み、
わっしゃわっしゃと一心不乱に口元へと運んでいました。
「キィイイッ、グッ、ゲェエエッ」
眼球は血走り、歯茎はむき出しのすさまじい形相。
あまりの変貌ぶりに、一見それが誰だか理解するのに時間を要したほどです。
「いっ……飯野塚さん、なの?」
集まった誰かの呟きにもまるで反応を見せず、
彼女はしつけのなっていない獣のような手つきで、
ひたすら食料を食い荒らすばかりです。
「はい、みんな! 彼女は僕たちがどうにかするから、みんなは売り場に戻って!
仕事終わった人は、早めに帰ってねー」
パンパン! と店長が両手を叩いて促せば、
皆どこか落ち着かぬような雰囲気を宿しつつも、持ち場へと戻っていきます。
「い、飯野塚さん……」
あたしは朝のアレをいっしょにみてしまったこともあり、
どうにもそのまま立ち去ることもできず、獣と化した彼女に近づこうとしますが、
「染谷さん! ダメ!」
羽田さんに腕を掴まれ、むりやりその場から移動させられてしまいました。
「……察しはついてると思うけど」
共に従業員用出口に向かいつつ、
彼女はこちらの目を見て、ハッキリと言い放ちました。
「まねきバアさんを追い払おうとした人は、みんなおかしくなるの」
それは店長の様子などからして、薄々気付いてはいたことでした。
やたらと繰り返し言い含められていた『話しかけてはダメ』というルール。
売上に関わる、というだけとは思えない、異様な必死さがありましたから。
「……まねきバアさん、って……妖怪、なんですか」
今朝の、一瞬で消え去ったあの姿。
ただの人、とは決して考えられません。
「人……じゃないのは確か。うちのスーパーに福をもたらしてくれるのも間違いない。
でも……きっと、良いモノじゃあ無いでしょうね」
羽田さんは言葉少なにため息をつき、あたしの背中を押しました。
「染谷さん。あなたは大丈夫だと思うけど。
……くれぐれもまねきバアさんを邪険に扱わないでね」
念押しするようにそう呟いてから、
彼女は売り場の方へと戻って行ってしまいました。
その場に残された私は、
このスーパーが、なぜ立地のわりに栄えているのかということ。
他の店舗にくらべ、格段に自給が良いこと。
そして、やたらと人員の入れ替わりが多いことに、納得する思いでした。
そして、飯野塚さんのその後ですが。
どうやらウワサによると、幸いすぐに正気を取り戻したそうですが、
あの日以降、うちのスーパーに顔を見せることはありませんでした。
かくいうあたしもそれから我慢して数か月勤めたものの、
やっぱり耐え切れずに退職をして、今では違う業種に勤めています。
あたしが聞いたウワサによれば、あのスーパーは未だ変わらず栄えていて、
今でも入り口付近ではあの奇妙な老婆の目撃情報が絶えないのだそうです。
けっきょく、まねきババアとは誰――いや、何なのか。
どうしてあの場所に限って出現しているのか、それはさっぱりわからず終いです。
しかし、あの飯野塚さんの狂乱っぷりを目撃してしまったあたしには、
とても深くを調べようという気にはなれません。
福の神か、それとも逆か――、
それこそ、神のみぞ知る、ということなのでしょうか。
わざわざ、飯野塚さんが追い払ったことを報告するのも、
当てこするようで気が引けます。
まぁ、訪れる日が決まっているわけでもありませんし、
言いつける必要もないだろうと結論づけ、
気にしないようにしようと帰宅の準備を整えていると、
バタバタと羽田さんが休憩室に飛び込んできました。
「ねぇ、染谷さん! 今朝、まねきバアさんが来てたってホント!?」
今日は遅番シフトで、まだ休憩時間でもないはずなのですが、
いったいどこから情報を得たのやら、彼女は血相を変えています。
「え、は、はい……まぁ……」
ウソをつくのも気が引けてそろそろと頷くと、
羽田さんは上体を前のめりにして勢いよく尋ねてきました。
「それでこの客入りってことは……ねぇ、もしかして染谷さん、話しかけちゃったの!?」
尋常でない焦りっぷりの彼女に、あたしはブンブンと左右に首を振りました。
「い、いえ、あたしは……」
「ってことは……誰か、別の人が話しかけたんだね」
いつにない強い口調で、羽田さんはキッとあたしを睨みます。
「ねえ、誰?」
「あ……えーっと……その。飯野塚さん、です……」
このまま隠し通すわけにもいかず、正直に名を告げました。
すると彼女は、カッと両目を見開いて、ダンッと床を蹴り上げたのです。
「もう、あの人は……っ! 何回も、何回も念押ししたってのに……!!」
ギシリ、と奥歯を噛みしめた般若の表情で、
羽田さんはそのまま休憩室を飛び出して行ってしまいました。
「あ……え……?」
呆然と一人その場に取り残されたあたしが事態を飲み込めずに佇んでいると、
「あ、お疲れ様、染谷さん」
店長が休憩室に顔を出してきました。
「お……お疲れ様です」
滅多に従業員用の部屋に姿を現さない店長が来た緊張で立ち上がると、
彼は苦笑いしつつ片手で制止しました。
「そんなにかしこまらなくて良いよ。
……染谷さん、今朝まねきバアさん見たんだって?」
「え? ええ……ハイ」
「やっぱりね。……ってコトは、飯野塚さんの方か」
店長は意味深に頷き、ボソリと独り言のように呟きました。
「えっと……」
「あ、ごめんごめん。こっちの話でね。……お疲れ様、それじゃまたね」
彼は誤魔化すように笑ってその場を去ろうとしましたが、
その直後のことです。
キイィィイ――ッ
猿のわめき声のような金切り声が、突如として外から聞こえてきたのです。
「えっ……な、なんですか、今の」
「……ヤバいな」
店長は私の問いかけには反応せず、瞬く間に飛び出して行きました。
「えっ、ちょっ……!」
残された自分も、どうしてもあの声が気にかかり、
妙な予感と共にその音源の方へ飛び出して行きました。
「きぃっ……ぎっ、グッ」
「て、店長!?」
そこに広がっていた光景に、集まった他の従業員も絶句しました。
バックヤード。
売り場に出す前の野菜などをストックしておくその倉庫の中。
そこに、悲鳴の主はペタンと地に尻をつけ、
両手に生の野菜やキノコを掴み、
わっしゃわっしゃと一心不乱に口元へと運んでいました。
「キィイイッ、グッ、ゲェエエッ」
眼球は血走り、歯茎はむき出しのすさまじい形相。
あまりの変貌ぶりに、一見それが誰だか理解するのに時間を要したほどです。
「いっ……飯野塚さん、なの?」
集まった誰かの呟きにもまるで反応を見せず、
彼女はしつけのなっていない獣のような手つきで、
ひたすら食料を食い荒らすばかりです。
「はい、みんな! 彼女は僕たちがどうにかするから、みんなは売り場に戻って!
仕事終わった人は、早めに帰ってねー」
パンパン! と店長が両手を叩いて促せば、
皆どこか落ち着かぬような雰囲気を宿しつつも、持ち場へと戻っていきます。
「い、飯野塚さん……」
あたしは朝のアレをいっしょにみてしまったこともあり、
どうにもそのまま立ち去ることもできず、獣と化した彼女に近づこうとしますが、
「染谷さん! ダメ!」
羽田さんに腕を掴まれ、むりやりその場から移動させられてしまいました。
「……察しはついてると思うけど」
共に従業員用出口に向かいつつ、
彼女はこちらの目を見て、ハッキリと言い放ちました。
「まねきバアさんを追い払おうとした人は、みんなおかしくなるの」
それは店長の様子などからして、薄々気付いてはいたことでした。
やたらと繰り返し言い含められていた『話しかけてはダメ』というルール。
売上に関わる、というだけとは思えない、異様な必死さがありましたから。
「……まねきバアさん、って……妖怪、なんですか」
今朝の、一瞬で消え去ったあの姿。
ただの人、とは決して考えられません。
「人……じゃないのは確か。うちのスーパーに福をもたらしてくれるのも間違いない。
でも……きっと、良いモノじゃあ無いでしょうね」
羽田さんは言葉少なにため息をつき、あたしの背中を押しました。
「染谷さん。あなたは大丈夫だと思うけど。
……くれぐれもまねきバアさんを邪険に扱わないでね」
念押しするようにそう呟いてから、
彼女は売り場の方へと戻って行ってしまいました。
その場に残された私は、
このスーパーが、なぜ立地のわりに栄えているのかということ。
他の店舗にくらべ、格段に自給が良いこと。
そして、やたらと人員の入れ替わりが多いことに、納得する思いでした。
そして、飯野塚さんのその後ですが。
どうやらウワサによると、幸いすぐに正気を取り戻したそうですが、
あの日以降、うちのスーパーに顔を見せることはありませんでした。
かくいうあたしもそれから我慢して数か月勤めたものの、
やっぱり耐え切れずに退職をして、今では違う業種に勤めています。
あたしが聞いたウワサによれば、あのスーパーは未だ変わらず栄えていて、
今でも入り口付近ではあの奇妙な老婆の目撃情報が絶えないのだそうです。
けっきょく、まねきババアとは誰――いや、何なのか。
どうしてあの場所に限って出現しているのか、それはさっぱりわからず終いです。
しかし、あの飯野塚さんの狂乱っぷりを目撃してしまったあたしには、
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