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82.盗聴の罪③(怖さレベル:★★☆)
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そして、その日の夜。
久々に起動したそれは、もしかしたら故障してしまっているのではないか、
という懸念に対し、きっちりと彼女の家の盗聴器から電波を拾い上げました。
(…………)
すぐに接続して音を拾おうと思った者の、あの一か月の
不穏な声が思い起こされ、わずかにためらいを覚えました。
(いや……幻聴、幻聴! ここのところ、
そんなに疲れだって溜まってないし、なんの問題もない)
それに、今日のこれはやましい気持ちがあるわけではなく、ただ心配なだけ。
誰に言うでもなく、心のうちに湧き上がる罪悪感に言い訳をし、
彼女の家の音を拾い上げようと、機器のスイッチをONにします。
『……うん、大丈夫。ちょっと……熱が、ね』
『熱、かぁー』
傍受した盗聴器が、さっそく彼女の声を拾い上げました。
『うん。……明日からは大丈夫、仕事にも行けるし』
『仕事、行かなきゃねぇー』
どうやら見舞い客も訪れているらしく、
彼女たちの会話がはっきりと機器を通して伝わってきます。
(明日からはふつうに出てこられるんだ。良かった)
今、思えば。
彼女の無事も確認できたことだし、
さっさとここで切断してしまえばよかったのです。
しかし、そこは自分の悪い癖。
久々の彼女のプライベートな生活音に、
もうちょっと、と、ボリュームを上げて聞き入りました。
「あぁもう、ちゃんとご飯も食べてるって!
この間送ってもらった野菜、一人暮らしの私じゃ食べきれないよ」
『いっぱい食べなきゃねぇー』
どうやら、会話の内容を聞く限りでは、親と話をしているようでした。
たしか、ご両親は九州に住んでいると聞いていたのですが、
娘が心配で、ここ関東まで様子見に来たのでしょうか。
私がふむふむと納得しつつ、さらに聞き耳を立てていると、
『お母さん。そろそろあたしお風呂入るから、電話切るよ!』
『……ウフフ』
コトン、とテーブルに何かが置かれる音。
続いてピロン、と携帯の充電音らしき音色が響きました。
『さ……明日に備えないとね』
パタパタとスリッパ音が遠ざかり、
慣れ親しんだ給湯器のブザーが鳴ったことから、
宣言通り浴室へ向かったことがわかりました。
「……え、っ?」
反面、その一連の音声を聞いていた私は混乱し、
ガタガタと震える膝を押さえられません。
機器を通して、私の鼓膜には二人の女性の声が聞こえていました。
いくら盗聴器とはいえ、よほど近くでない限り、
電話の向こうの音声まで拾い上げることなどできません。
ただ、スピーカーにして会話していた、という可能性はあります。
しかし、よくよく思い返してみれば、さきほどのあの会話――
どこかかみ合っていないというか、少々不自然なやりとりではなかったでしょうか。
それに、やけに間延びしたあの女性らしき声は、いつだか耳にした
『ん~』というあの呻きに、よく似ていた、ような。
「…………っ」
私は震える膝を叩き、グッと奥歯を噛みしめました。
(ヤバい。……彼女の家は、ヤバい)
今度のコレは、決して聞き間違いではありません。
確かに――彼女の部屋には、彼女以外の『なにか』がいる。
『…………』
届いてくる音声は、さきほどのアレが嘘で
あったかのように、無音を貫いています。
「さ……さっさと切ろう」
(そしてもう、盗聴なんてやめよう)
そう心に誓い。慌てて通信を切断しようとマウスに手をかけた時。
『もう……遅い』
「――ッ!?」
プツッ
通信を遮断する直前。
囁くように吹き込まれた台詞は、誰に向けてだったのか。
すでに通信の切れたパソコンの画面を視界に入れながら、
私はしばし、身じろぎ一つすることはできませんでした。
そして、翌日。
彼女は何ごともなかったかのように、会社に出社しました。
私はその子に、以前プレゼントした万年筆が、
メーカーから部品欠損品と連絡が入ったと伝え、
あの盗聴器入りのモノと、ふつうの万年筆とを無事に交換しました。
もう……とてもじゃありませんが、
他人の家の音を盗み聞きしよう、なんて思えません。
あ……例の万年筆、ですか?
なんだかんだ捨てられなくて、まだうちにありますよ。
聞いてみたいですか?
いや……オススメはしませんね。
あの、彼女のうちを盗聴していた時、
『もう遅い』と言った、あの声の主。
アレ――今、うちに住み着いてしまっているんです。
私がぼんやりしている時や、
なにかに夢中になっている時。……耳元で、小さく囁くんです。
ああ……引っ越しは三回ほどしましたけど、効果はありませんでしたね。
だから、もしうちの盗聴なんてしたら、
あなたのうちにアレが行ってしまうかもしれませんよ?
……ま、私はかえってありがたいですが、ね。
自業自得……人んちのことを盗み聞きしようとした、神様からの罰なんでしょう。
最近では自宅にいると、あの声が本物か幻か、
今が現実か夢か、すべてが何もわからなくなってきていて。
私がまだ……正気であるうちに、話しておきたかったんですよ。
……そう、すべて、もう遅いんです。
久々に起動したそれは、もしかしたら故障してしまっているのではないか、
という懸念に対し、きっちりと彼女の家の盗聴器から電波を拾い上げました。
(…………)
すぐに接続して音を拾おうと思った者の、あの一か月の
不穏な声が思い起こされ、わずかにためらいを覚えました。
(いや……幻聴、幻聴! ここのところ、
そんなに疲れだって溜まってないし、なんの問題もない)
それに、今日のこれはやましい気持ちがあるわけではなく、ただ心配なだけ。
誰に言うでもなく、心のうちに湧き上がる罪悪感に言い訳をし、
彼女の家の音を拾い上げようと、機器のスイッチをONにします。
『……うん、大丈夫。ちょっと……熱が、ね』
『熱、かぁー』
傍受した盗聴器が、さっそく彼女の声を拾い上げました。
『うん。……明日からは大丈夫、仕事にも行けるし』
『仕事、行かなきゃねぇー』
どうやら見舞い客も訪れているらしく、
彼女たちの会話がはっきりと機器を通して伝わってきます。
(明日からはふつうに出てこられるんだ。良かった)
今、思えば。
彼女の無事も確認できたことだし、
さっさとここで切断してしまえばよかったのです。
しかし、そこは自分の悪い癖。
久々の彼女のプライベートな生活音に、
もうちょっと、と、ボリュームを上げて聞き入りました。
「あぁもう、ちゃんとご飯も食べてるって!
この間送ってもらった野菜、一人暮らしの私じゃ食べきれないよ」
『いっぱい食べなきゃねぇー』
どうやら、会話の内容を聞く限りでは、親と話をしているようでした。
たしか、ご両親は九州に住んでいると聞いていたのですが、
娘が心配で、ここ関東まで様子見に来たのでしょうか。
私がふむふむと納得しつつ、さらに聞き耳を立てていると、
『お母さん。そろそろあたしお風呂入るから、電話切るよ!』
『……ウフフ』
コトン、とテーブルに何かが置かれる音。
続いてピロン、と携帯の充電音らしき音色が響きました。
『さ……明日に備えないとね』
パタパタとスリッパ音が遠ざかり、
慣れ親しんだ給湯器のブザーが鳴ったことから、
宣言通り浴室へ向かったことがわかりました。
「……え、っ?」
反面、その一連の音声を聞いていた私は混乱し、
ガタガタと震える膝を押さえられません。
機器を通して、私の鼓膜には二人の女性の声が聞こえていました。
いくら盗聴器とはいえ、よほど近くでない限り、
電話の向こうの音声まで拾い上げることなどできません。
ただ、スピーカーにして会話していた、という可能性はあります。
しかし、よくよく思い返してみれば、さきほどのあの会話――
どこかかみ合っていないというか、少々不自然なやりとりではなかったでしょうか。
それに、やけに間延びしたあの女性らしき声は、いつだか耳にした
『ん~』というあの呻きに、よく似ていた、ような。
「…………っ」
私は震える膝を叩き、グッと奥歯を噛みしめました。
(ヤバい。……彼女の家は、ヤバい)
今度のコレは、決して聞き間違いではありません。
確かに――彼女の部屋には、彼女以外の『なにか』がいる。
『…………』
届いてくる音声は、さきほどのアレが嘘で
あったかのように、無音を貫いています。
「さ……さっさと切ろう」
(そしてもう、盗聴なんてやめよう)
そう心に誓い。慌てて通信を切断しようとマウスに手をかけた時。
『もう……遅い』
「――ッ!?」
プツッ
通信を遮断する直前。
囁くように吹き込まれた台詞は、誰に向けてだったのか。
すでに通信の切れたパソコンの画面を視界に入れながら、
私はしばし、身じろぎ一つすることはできませんでした。
そして、翌日。
彼女は何ごともなかったかのように、会社に出社しました。
私はその子に、以前プレゼントした万年筆が、
メーカーから部品欠損品と連絡が入ったと伝え、
あの盗聴器入りのモノと、ふつうの万年筆とを無事に交換しました。
もう……とてもじゃありませんが、
他人の家の音を盗み聞きしよう、なんて思えません。
あ……例の万年筆、ですか?
なんだかんだ捨てられなくて、まだうちにありますよ。
聞いてみたいですか?
いや……オススメはしませんね。
あの、彼女のうちを盗聴していた時、
『もう遅い』と言った、あの声の主。
アレ――今、うちに住み着いてしまっているんです。
私がぼんやりしている時や、
なにかに夢中になっている時。……耳元で、小さく囁くんです。
ああ……引っ越しは三回ほどしましたけど、効果はありませんでしたね。
だから、もしうちの盗聴なんてしたら、
あなたのうちにアレが行ってしまうかもしれませんよ?
……ま、私はかえってありがたいですが、ね。
自業自得……人んちのことを盗み聞きしようとした、神様からの罰なんでしょう。
最近では自宅にいると、あの声が本物か幻か、
今が現実か夢か、すべてが何もわからなくなってきていて。
私がまだ……正気であるうちに、話しておきたかったんですよ。
……そう、すべて、もう遅いんです。
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