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87.森の中のくねくねもどき②(怖さレベル:★★☆)
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「いやぁー、やっぱ最高だな」
表面までカリッと焼けたイワナにかじりつきながら、
勝浦は手際よく火加減を調整しています。
「塩だけなのに、これだけ美味いんだもんなぁ」
僕も彼が捌いて焼いたイワナを頂戴しながら、しみじみと頷きました。
「うちの嫁が、もうちょっと釣りに興味持ってくれりゃあなぁ」
「あー。夫婦でのんびり釣りしてる姿とか、憧れるよなぁ」
愚痴のように不満を漏らす友人に同意しつつ、たっぷりと
成果のあったクーラーボックスのフタをパチンと閉めて、撤収の準備を始めました。
「いやぁ、こんな良いところなのに、他に釣り人はこないもんだなぁ」
気味が悪いものの、わかりやすい看板の目印まであり、
自分のようなド素人でもけっこうなヒット率でした。
たしかに辺鄙な場所ではありましたが、
釣り好きなら山奥に入ることなど、よくあることでしょうし――。
と。
パシャッ
目前の水面で小さく魚が跳ねました。
「おっ」
黄金の光にキラめいたそれを思わず注視すると、
白い腹を見せて弾けたその魚は――ビタンッ、と宙で痙攣し、
ボドッ、とそのまま水中に落下しました。
「え……」
死んだ? 今の、一瞬で?
プカプカと水面に浮かびあがったそれは清流に流され、
そのまま浮き沈みをくり返しつつ、どんどん下流へと下っていってしまいました。
「い……今の」
唖然としてそれを見やっていた僕と同様に、
ジッと目でそれを追っていた勝浦と、バッチリ目が合いました。
「は、はは。変なモン、見ちまったな……」
怯えを無理やり笑みにゆがめた不格好な表情を浮かべた彼は、
そそくさと釣り具を背負い始めました。
しかし、普段であれば大切に運ぶ釣竿を取り落としたり、
躓きそうになったりと、不自然なほどの焦りぶりです。
それを横目に、今だ魚が流されていくところを自分がジイっと見つめていると、
「森崎! ゆっくりしてないで行くぞ!」
と、怒りのこもった叱咤の声までかけてきました。
「おいおい。車までなんてすぐだぞ」
「オレの言ったこと、忘れたか? 午後になると出やすい、って言っただろ」
彼は、唸るように低い声で、キョロキョロと周囲を見回しました。
「まだ太陽も真上に来てねぇけど……
でも、絶対に現れない、ってわけじゃないからな……」
と、朝言っていたのと似たような台詞を、
ブツブツと繰り返しています。
「まぁ、クマが出るっつーんなら確かに危険だよなぁ。
……ちょっと、姿くらいは見てみたい気もするけど」
と、僕は荷物を抱えつつ、冗談交じりに勝浦に笑いかけました。
「あれに比べりゃ、クマくらい可愛く見えてくるさ。
命の危機、っつー意味じゃおんなじだけどな」
「はっ……?」
彼は、やはりなにかをボカすような珍妙な返答をしてきます。
「おい勝浦。いい加減教えてくれたっていいだろ?
なんなんだよ、そのクマより怖いっつーのは」
いい加減、誤魔化されるのにも飽き飽きした僕がしびれを切らして
尋ねると、彼は少し迷うような素振りを見せた後、観念して頷きました。
「ま……そーだな。この先、うちの地元で釣りしてくなら、
いずれ知らなきゃいけないモンだしな……」
と、彼が最後にクーラーボックスを担ぎ上げ、
ようやく重い口を開こうとした、その時。
ユラリ
視界の端に、白い物体が蠢きました。
「……ん?」
野生動物か? と僕が期待の眼差しで木々の合間に目を向けます。
カサッ
それはまるで、こちらの視線に気づいたかのように、一瞬木の幹に隠れました。
しかし、未だ杉の樹木の隙間から、ユラ、ユラ、と白い何かが見切れています。
「なんだ……あれ」
ビニール袋でも、枝に引っかかってるのか?
それにしては、一瞬、逃げたように見えたのに。
「おいっ、森崎!」
「大丈夫。ちょっと見るだけだから」
不審に思った自分が、両手の塞がった勝浦の静止をスルーして、
もっとよく確認しようとそれに一歩、二歩、近づいた時。
ゾゾゾッ
脳髄に電極を突き刺されたかのような、強烈な痺れと悪寒。
それが一瞬にして、全身に走り回りました。
「なっ、なん……っ!」
今まで経験したことのない程の、過剰なまでの全身反応。
それはまるで、生命の危機に瀕しているかのような、
本能からくる、著しい拒絶――。
「ッ、おい、森崎っ!!」
ガクガクと肩を揺さぶられ、僕はハッと正気に戻りました。
「おいっ、俺がわかるか!?」
「うっ……あ、ああ」
何故だか、視界がとてもボヤけています。
思わず目をこすれば、手のひらには湿った感覚。
そこに至って、ようやく僕は自分が滂沱の涙をこぼしていたことに気付いたのです。
「で、出ちまった……あれが! ちくしょう、まだ昼前だってのに……!」
勝浦が、ギリギリと奥歯を噛みしめつつ、
足元に置いた荷物を憎々しげににらみつけています。
「な、なんなんだ、あれ……あの白いの、そんなヤバいモンなのか……!?」
ただ、ヒラヒラと垣間見える白い物体。
それが、樹木の裏に隠れているだけ。
一瞬目にした姿形は、昔なにかで見た、一反木綿のような――。
「見るなッ!!」
ガッ、と彼の手のひらで目を覆われました。
ヘビに捕食される寸前のネズミのように
硬直していた身体からガクリと緊張がほどけ、
太ももがありえないほどガクガクと震えを発しています。
その白いなにかをハッキリと目視しようとした、ただ、それだけなのに。
>>
表面までカリッと焼けたイワナにかじりつきながら、
勝浦は手際よく火加減を調整しています。
「塩だけなのに、これだけ美味いんだもんなぁ」
僕も彼が捌いて焼いたイワナを頂戴しながら、しみじみと頷きました。
「うちの嫁が、もうちょっと釣りに興味持ってくれりゃあなぁ」
「あー。夫婦でのんびり釣りしてる姿とか、憧れるよなぁ」
愚痴のように不満を漏らす友人に同意しつつ、たっぷりと
成果のあったクーラーボックスのフタをパチンと閉めて、撤収の準備を始めました。
「いやぁ、こんな良いところなのに、他に釣り人はこないもんだなぁ」
気味が悪いものの、わかりやすい看板の目印まであり、
自分のようなド素人でもけっこうなヒット率でした。
たしかに辺鄙な場所ではありましたが、
釣り好きなら山奥に入ることなど、よくあることでしょうし――。
と。
パシャッ
目前の水面で小さく魚が跳ねました。
「おっ」
黄金の光にキラめいたそれを思わず注視すると、
白い腹を見せて弾けたその魚は――ビタンッ、と宙で痙攣し、
ボドッ、とそのまま水中に落下しました。
「え……」
死んだ? 今の、一瞬で?
プカプカと水面に浮かびあがったそれは清流に流され、
そのまま浮き沈みをくり返しつつ、どんどん下流へと下っていってしまいました。
「い……今の」
唖然としてそれを見やっていた僕と同様に、
ジッと目でそれを追っていた勝浦と、バッチリ目が合いました。
「は、はは。変なモン、見ちまったな……」
怯えを無理やり笑みにゆがめた不格好な表情を浮かべた彼は、
そそくさと釣り具を背負い始めました。
しかし、普段であれば大切に運ぶ釣竿を取り落としたり、
躓きそうになったりと、不自然なほどの焦りぶりです。
それを横目に、今だ魚が流されていくところを自分がジイっと見つめていると、
「森崎! ゆっくりしてないで行くぞ!」
と、怒りのこもった叱咤の声までかけてきました。
「おいおい。車までなんてすぐだぞ」
「オレの言ったこと、忘れたか? 午後になると出やすい、って言っただろ」
彼は、唸るように低い声で、キョロキョロと周囲を見回しました。
「まだ太陽も真上に来てねぇけど……
でも、絶対に現れない、ってわけじゃないからな……」
と、朝言っていたのと似たような台詞を、
ブツブツと繰り返しています。
「まぁ、クマが出るっつーんなら確かに危険だよなぁ。
……ちょっと、姿くらいは見てみたい気もするけど」
と、僕は荷物を抱えつつ、冗談交じりに勝浦に笑いかけました。
「あれに比べりゃ、クマくらい可愛く見えてくるさ。
命の危機、っつー意味じゃおんなじだけどな」
「はっ……?」
彼は、やはりなにかをボカすような珍妙な返答をしてきます。
「おい勝浦。いい加減教えてくれたっていいだろ?
なんなんだよ、そのクマより怖いっつーのは」
いい加減、誤魔化されるのにも飽き飽きした僕がしびれを切らして
尋ねると、彼は少し迷うような素振りを見せた後、観念して頷きました。
「ま……そーだな。この先、うちの地元で釣りしてくなら、
いずれ知らなきゃいけないモンだしな……」
と、彼が最後にクーラーボックスを担ぎ上げ、
ようやく重い口を開こうとした、その時。
ユラリ
視界の端に、白い物体が蠢きました。
「……ん?」
野生動物か? と僕が期待の眼差しで木々の合間に目を向けます。
カサッ
それはまるで、こちらの視線に気づいたかのように、一瞬木の幹に隠れました。
しかし、未だ杉の樹木の隙間から、ユラ、ユラ、と白い何かが見切れています。
「なんだ……あれ」
ビニール袋でも、枝に引っかかってるのか?
それにしては、一瞬、逃げたように見えたのに。
「おいっ、森崎!」
「大丈夫。ちょっと見るだけだから」
不審に思った自分が、両手の塞がった勝浦の静止をスルーして、
もっとよく確認しようとそれに一歩、二歩、近づいた時。
ゾゾゾッ
脳髄に電極を突き刺されたかのような、強烈な痺れと悪寒。
それが一瞬にして、全身に走り回りました。
「なっ、なん……っ!」
今まで経験したことのない程の、過剰なまでの全身反応。
それはまるで、生命の危機に瀕しているかのような、
本能からくる、著しい拒絶――。
「ッ、おい、森崎っ!!」
ガクガクと肩を揺さぶられ、僕はハッと正気に戻りました。
「おいっ、俺がわかるか!?」
「うっ……あ、ああ」
何故だか、視界がとてもボヤけています。
思わず目をこすれば、手のひらには湿った感覚。
そこに至って、ようやく僕は自分が滂沱の涙をこぼしていたことに気付いたのです。
「で、出ちまった……あれが! ちくしょう、まだ昼前だってのに……!」
勝浦が、ギリギリと奥歯を噛みしめつつ、
足元に置いた荷物を憎々しげににらみつけています。
「な、なんなんだ、あれ……あの白いの、そんなヤバいモンなのか……!?」
ただ、ヒラヒラと垣間見える白い物体。
それが、樹木の裏に隠れているだけ。
一瞬目にした姿形は、昔なにかで見た、一反木綿のような――。
「見るなッ!!」
ガッ、と彼の手のひらで目を覆われました。
ヘビに捕食される寸前のネズミのように
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