【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

文字の大きさ
274 / 415

109.祖母の髪飾り②(怖さレベル:★☆☆)

しおりを挟む
(い、痛ッ……!!)

鏡のなか。髪飾りの先端が、左腕を貫いています。

「い、ぐっ……!!」

激しい痛みに、私は身体の感覚をとりもどし、
ハッとうしろを振り返りました。

しかし。

「え……っ!?」

なにも、いない。

現実世界のこちらには、
髪飾りどころか、あの不気味な腕すらありません。

慌てて服をめくっても、腕にはなにか刺された跡もなければ、
それらしき傷も残っていません。

だというのに、感じる痛みはまちがいなく本物。
先端を突きさされた部分は、ビリビリとしびれています。
傷跡はないのに、太い針で肉をえぐられたような強烈な痛みでした。

「なっ……なに、これ!?」

動揺と混乱で、ふたたび鏡に視線を移すと、
指はいまだ銀板のなかに存在し、機嫌の良さをしめすように、
グネグネとはげしく関節を動かしているのです。

(もしかして……笑ってる……!?)

それは、幼子がアリの巣を踏みつぶして、無邪気に喜んでいるかのような。
残酷であるのに、心からそれを楽しんでいるかのような。

そんないっそ狂気を感じるおぞましい光景に、
私が恐怖に支配され、背を向けて逃げ出そうとした瞬間。

――シャン

「痛ッ……!!」

再びの、激痛。

今度は、右肩への激しい痛み。
ぐりっと骨に響くような、息苦しささえ伴う激痛です。

(ウソ……こんなに、痛いなんて……っ!)

とっさに鏡に目を向けると、そこにはろくろ首のように長く伸びた生白い腕が、
ぐんにゃりと端から伸びて、私の背中あたりを狙っている姿がありました。

つかまれた髪飾りの鋭い先端は、まっすぐ、心臓の上を狙っています。

(もし……刺されたら!?)

腕や肩で、これほどの痛み。
これでもし、心臓を貫かれてしまったら。

白い腕は、まるで私をあざわらうようにグニャグニャと指をしならせています。

(にっ、にげ、逃げないと……!!)

私は鏡から外れ、洗面台から離れようと足を伸ばしますが、
腕は逃がさないとばかりに、とたんに動きを速め、

(……間に合わない!!)

あと一歩。鏡から逃げられる、という瞬間。
ギュンッと手は近づいて、

プルルルルッ!!

「わあっ!?」

突然の電子音に、私はつま先をひっかけて転がってしまいました。

「いっててて……」
「もう、なにしてるの?」

床にしたたかにひざを打ち、悶絶している私の横を、
母があきれ顔で通り過ぎました。

プルルルル……

鳴っているのは、どうやら自宅の電話のようです。
床にしゃがみこむ私の目前で、母が受話器を取ったのが目に入りました。

(……あれ? 腕と肩、痛くない)

次におそってくると思われた、心臓の痛み。それもまったくありません。
まるで、たった今強打したひざの痛みにすべて上書きされてしまったかのように。

(もしかして……今の、電話で)

音に驚き、つまづいてしまったことで、鏡から私は消えました。
だから、あの腕から逃れられたのかもしれません。

私はそのまま廊下にへたりこんで、深く深くため息をはきだしました。

「……はぁ」
「ちょっと? おばあちゃんから、電話入ってるよ」
「えっ……私に?」

電話で話しこんでいた母が、座り込んでいるこちらを見て首を傾げました。

「おばあちゃんちのモノ、持ってきてないか、って……心当たり、ある?」
「……あ」

即座に、例の髪飾りが浮かびました。
居間で拾った、銀とムラサキの髪飾り。もしかしたら、さっきの元凶かもしれない、モノ。

「なんかねぇ、それ、ものすごく大事なモノらしくて……
 返しに来なさい、っていうから。おばあちゃんのうちに戻るよ」
「い、今から?」
「当たり前でしょう。勝手にひとんちのモン持ってきたんだから」

と、母は娘が盗みまがいのことをした事実に、イライラと受話器を置きました。

「ごっ……ごめんなさい」
「もう。……ほら、謝りにいくよ。準備して」

私は慌てて部屋へ戻ると、ランドセルを背負って母の車に乗りこみました。

おそるおそるランドセルの中身を確認すると、
暗い底の方に、コロン、とそれは存在していました。

うす暗い社内の明かりに反射する銀色が、
みょうに冷たさを感じさせて、そら恐ろしかったのを覚えています。

そして、祖母の家につくと――
玄関での開口一番、私はこっぴどく叱られました。

ふだんの、おっとりおだやかな姿はいったいどこへいったのかと思うほど、
罵詈雑言をふくめた苛烈な怒りっぷりに、母が止めに入るほど。

私は、祖母をここまで怒らせてしまった罪悪感と悲しみと、そして恐怖で、
ボロボロと涙がとまりませんでした。

母になだめられいくらか落ち着きをとり戻した祖母は、
私から髪飾りを奪いとると、無言で家のなかへと入って行ってしまいました。

その場に残ったのは、夜の闇のしずけさばかり。

「……帰ろうか」
「ん……うん……」

だいぶ口調をやわらげた母が、泣きじゃくる娘を見かね、そう声をかけてきました。
私は感情がグチャグチャでなにも考えられず、ただ、うんうんと頷くことしかできません。

二人そろって祖母宅からおいとましようと、玄関の外に出ると、
再び祖母が、駆け足で家からとび出してきました。

私はさらに祖母に叱責されるのかと身を固くして、
母も緊張した表情で、祖母と向かい合っています。

しかし、祖母はまるで憑き物でも落ちたかのようにおだやかな表情で、

「文句言っちゃって悪かったねぇ。気にしないで、またいつでも来てねぇ」

と、いつもの優しい彼女の声で言いました。

私はコクコクと頷き、母も愛想笑いを浮かべて、そのまま車で家へと戻りました。
こちらを見送る祖母の顔は、やはりあの、優しい祖母の表情でした。

でも――その変わりようが、かえってとても恐ろしくて。
震えているのに気づいた母が、そっと肩をなでてくれたことを覚えています。



そして――その後。私は、祖母の家にひとりで預けられることはなくなりました。

母が「もうすぐ高学年になるから」という理由で父と相談し、
祖母にも同じ理由で断りを入れたようです。

祖母はたいへん残念がっていたようですが、私は心の底からホッとしました。

原因は、私が無断で彼女のモノを持っていってしまったこと。
それは悪いことですし、それで怒られたのは自業自得です。

ただ、あれだけの剣幕、それも悪口を含めた叱責をされて、
再び元通りの関係を演じるなんて、とてもできる気がしませんでしたから。

それに――これが理由として、一番大きいのですが。

祖母の家から辞そうとした時。
ちょうど、車のガラスに光が当たって、鏡のように反射したんです。

そこに映っていたのは、にこやかに私を見送っていた祖母ではなく。
あの髪飾りを握りしめ、怒り狂った表情でこちらをにらみつける、
おそろしい老婆の姿でした。

きっとあの髪飾りは、祖母にとってなにか、特別なものだったのでしょう。
私が体験した事柄から考えて、呪いすらかかっていたのかもしれません。

そんな大事なモノが、なぜ偶然、居間に転がっていたのかはわかりませんが……。

祖母はまだ、生きています、が――
決して、ひとりで会いに行くことはできません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

本当にあった不思議なストーリー

AA.A
ホラー
筆者の実体験をまとめた、本当にあった不思議な話しです。筆者は幼い頃から様々な科学では説明のつかない経験をしてきました。当時はこのような事をお話ししても気持ちが悪い、変な子、と信じてもらえなかった事が多かったので、全て自分の中に封印してきた事柄です。この場をおかりして皆様にシェア出来る事を嬉しく思います。

少し怖いホラー短編集(文字数500以下)

仙 岳美
ホラー
文字数500以下のショート集です、難しく無いので気楽にどうぞ。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

処理中です...