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110.見えない異物②(怖さレベル:★☆☆)
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彼も、不安そうに周囲を見回しながら、
眉をひそめていぶかしげに足元を確認していました。
(まさか……あいつもなんか、踏んだのか?)
もしかして、つぶしたモノがどこかに転がっていってしまったかと、
レジカウンターの下や棚下をしゃがんで覗きこんでみても、ただただホコリがあるばかり。
商品でも、ゴミでもないのだとしたら、
いったいなにを踏みつぶしたというのでしょう?
ちょっとなにかを踏んでしまっただけ。
気にしなければ、それで終わり。
しかし、靴の裏に残るいびつな感触は、足裏をチロチロとロウソクで
あぶられてでもいるように、妙にヒリついた違和感を残しているのです。
まるで、道端のカエルをうっかり踏みつぶしてしまったかのような。
まるで、キッチンのゴキブリを新聞紙でたたき殺してしまったときのような。
そういう、薄気味の悪さと微妙な罪悪感とが、
理由もわからぬまま、じっとりと全身にまとわりついているのです。
(もう……気にしないで、さっさと続き、やろ)
いやな感触の残る足を軽く振りながら、電池の棚卸し作業を続けたのでした。
「えっ……お前も、踏んだの?」
ひととおりの作業が終わり、解散ムードとなった店内。
合流した同僚にそれとなくたずねてみると、彼も驚きの表情を浮かべました。
「ああ。なんだろな……アレ」
「あー……なんか、へんな感じだったよなぁ」
いまだに薄気味悪さの残る右足をなんどか叩くと、
傍らで、帰ろうとしていた従業員の女性が、ふとこちらを見やりました。
「あっ、うるさかったですか?」
「ううん、ねぇ……もしかして、なんか踏んだ?」
「えっ」
ポカン、と大口を開けたこちらに、その女性は苦笑いしながら続けます。
「いやぁね、わたしもなんか……プチッて踏んじゃって。
でも売り場にはなーんもないし、おかしいなぁって思ってたんだけど……」
「えっ、ウソ! あたしもですよ、それ」
と、こちらが三人で話していると、別の売り場からきた女性も、
驚きの表情で会話に加わってきました。
なんだなんだとおれたちが首をかしげていると、その話を聞きつけたか、
オレも私もと、何人かが声をかけてきてくれました。
なにかを踏んだ、というメンバーにはまったく共通点がなく、
年齢層もバラバラだし、つぶした場所も十人十色。
ただ、皆共通しているのは、プチっという水気をもった袋をつぶしたような感覚がしたこと。
踏んだと思われる場所にはなにも残骸がなかったこと。
足の裏に微妙な気持ち悪さが残っていること、だけでした。
「なんなんだろーな、これ……」
「意味わからねぇなぁ」
けっきょく、皆で相談をしても理由も原因もわからないため、
なにも解決できぬまま、退勤処理をして店を出ました。
電車に乗って自宅へ帰る道すがら、同僚はボーッと船をこぎながら、
ふと思い出したように言いました。
「あーあ。オレ、あの後十個くらい踏みつぶしちまったんだぜ。わけわかんねぇよなぁ」
「えっ……そんなに?」
「おー、なんだろな。パタパタ足動かしてたら、
足元にあったんだかプチプチつぶれてったよ。途中からおもしろくなっちまってさ……」
蛍光灯のコーナーに固まってたのかもなー、なんてのんびりと目を閉じた同僚に、
おれは言いしれない不気味さと不安感を覚えました。
一度だけでも、ゾワリと鳥肌のたつようなイヤな感覚がした、あれ。
あの、クモを素手でわし掴んでしまったかのような気色悪い感触を、
好んで十度もくりかえした?
となりでうたた寝する同僚が、まるで自分とはまったく違う生物のように思えて、
おれは震えるこぶしをそっと背中に隠しました。
ただでさえ仕事でつかれていた身体に苦い記憶を残しながら、
おれたちはそのまま帰路についたのでした。
翌日の、朝。
前日が棚卸しだったからといって、残念ながら仕事は休みになりません。
いつも通りの時間、睡眠時間が足らない生あくびをくり返しながら、
アパートの自室からカバンを背負って廊下にとび出しました。
(ああー……ダルい)
眼精疲労にさいなまれる目元をもみほぐしながら、
エレベーターのない三階建てアパートから、
階段を下りようと一歩、足を踏み出した瞬間。
パァンッ
「えっ……?」
靴の裏で、なにかが弾けるような感覚。
それとともに、
「ぅっ……わあっ!?」
ズリ、と足が階段のへりを踏みはずし、そのまま――。
ズッ……ゴトッ、ガタァンッ!!
滑らせた足が宙をあがき、数段にわたってしたたかに臀部を床に打ちつけました。
「~~っ、いっ……痛ッてぇ……っ!」
ビリビリと、いっとき呼吸すらままならぬような強烈なしびれと鈍痛。
骨の奥にひびくほど強烈な打撲に、おれはその場で悶絶しました。
「うーっ……」
生理的にこぼれた涙をぬぐいつつ、そっと立ちあがって尻を触れば
痛みこそあるものの、幸い、骨が折れたような腫れはありません。
転がったのが数段ですんだこと、頭からではなく肉の多い臀部からだったことで、
それほどの重症にはならなかったようでした。
「クッソ……」
とはいえ、痛みはズキズキと途切れることなく襲ってきます。
これを理由に休んでしまおうか、とも考えたものの、
サービス業の悲しさ、人が足りずになんとか回している現場を考えると、
打撲程度で急きょ休みをとるのは気が引けました。
「うぅ……」
痛みと、切なさでため息をもらなしながら、
おれはヨタヨタとみっともない足取りで会社へと出社したのでした。
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眉をひそめていぶかしげに足元を確認していました。
(まさか……あいつもなんか、踏んだのか?)
もしかして、つぶしたモノがどこかに転がっていってしまったかと、
レジカウンターの下や棚下をしゃがんで覗きこんでみても、ただただホコリがあるばかり。
商品でも、ゴミでもないのだとしたら、
いったいなにを踏みつぶしたというのでしょう?
ちょっとなにかを踏んでしまっただけ。
気にしなければ、それで終わり。
しかし、靴の裏に残るいびつな感触は、足裏をチロチロとロウソクで
あぶられてでもいるように、妙にヒリついた違和感を残しているのです。
まるで、道端のカエルをうっかり踏みつぶしてしまったかのような。
まるで、キッチンのゴキブリを新聞紙でたたき殺してしまったときのような。
そういう、薄気味の悪さと微妙な罪悪感とが、
理由もわからぬまま、じっとりと全身にまとわりついているのです。
(もう……気にしないで、さっさと続き、やろ)
いやな感触の残る足を軽く振りながら、電池の棚卸し作業を続けたのでした。
「えっ……お前も、踏んだの?」
ひととおりの作業が終わり、解散ムードとなった店内。
合流した同僚にそれとなくたずねてみると、彼も驚きの表情を浮かべました。
「ああ。なんだろな……アレ」
「あー……なんか、へんな感じだったよなぁ」
いまだに薄気味悪さの残る右足をなんどか叩くと、
傍らで、帰ろうとしていた従業員の女性が、ふとこちらを見やりました。
「あっ、うるさかったですか?」
「ううん、ねぇ……もしかして、なんか踏んだ?」
「えっ」
ポカン、と大口を開けたこちらに、その女性は苦笑いしながら続けます。
「いやぁね、わたしもなんか……プチッて踏んじゃって。
でも売り場にはなーんもないし、おかしいなぁって思ってたんだけど……」
「えっ、ウソ! あたしもですよ、それ」
と、こちらが三人で話していると、別の売り場からきた女性も、
驚きの表情で会話に加わってきました。
なんだなんだとおれたちが首をかしげていると、その話を聞きつけたか、
オレも私もと、何人かが声をかけてきてくれました。
なにかを踏んだ、というメンバーにはまったく共通点がなく、
年齢層もバラバラだし、つぶした場所も十人十色。
ただ、皆共通しているのは、プチっという水気をもった袋をつぶしたような感覚がしたこと。
踏んだと思われる場所にはなにも残骸がなかったこと。
足の裏に微妙な気持ち悪さが残っていること、だけでした。
「なんなんだろーな、これ……」
「意味わからねぇなぁ」
けっきょく、皆で相談をしても理由も原因もわからないため、
なにも解決できぬまま、退勤処理をして店を出ました。
電車に乗って自宅へ帰る道すがら、同僚はボーッと船をこぎながら、
ふと思い出したように言いました。
「あーあ。オレ、あの後十個くらい踏みつぶしちまったんだぜ。わけわかんねぇよなぁ」
「えっ……そんなに?」
「おー、なんだろな。パタパタ足動かしてたら、
足元にあったんだかプチプチつぶれてったよ。途中からおもしろくなっちまってさ……」
蛍光灯のコーナーに固まってたのかもなー、なんてのんびりと目を閉じた同僚に、
おれは言いしれない不気味さと不安感を覚えました。
一度だけでも、ゾワリと鳥肌のたつようなイヤな感覚がした、あれ。
あの、クモを素手でわし掴んでしまったかのような気色悪い感触を、
好んで十度もくりかえした?
となりでうたた寝する同僚が、まるで自分とはまったく違う生物のように思えて、
おれは震えるこぶしをそっと背中に隠しました。
ただでさえ仕事でつかれていた身体に苦い記憶を残しながら、
おれたちはそのまま帰路についたのでした。
翌日の、朝。
前日が棚卸しだったからといって、残念ながら仕事は休みになりません。
いつも通りの時間、睡眠時間が足らない生あくびをくり返しながら、
アパートの自室からカバンを背負って廊下にとび出しました。
(ああー……ダルい)
眼精疲労にさいなまれる目元をもみほぐしながら、
エレベーターのない三階建てアパートから、
階段を下りようと一歩、足を踏み出した瞬間。
パァンッ
「えっ……?」
靴の裏で、なにかが弾けるような感覚。
それとともに、
「ぅっ……わあっ!?」
ズリ、と足が階段のへりを踏みはずし、そのまま――。
ズッ……ゴトッ、ガタァンッ!!
滑らせた足が宙をあがき、数段にわたってしたたかに臀部を床に打ちつけました。
「~~っ、いっ……痛ッてぇ……っ!」
ビリビリと、いっとき呼吸すらままならぬような強烈なしびれと鈍痛。
骨の奥にひびくほど強烈な打撲に、おれはその場で悶絶しました。
「うーっ……」
生理的にこぼれた涙をぬぐいつつ、そっと立ちあがって尻を触れば
痛みこそあるものの、幸い、骨が折れたような腫れはありません。
転がったのが数段ですんだこと、頭からではなく肉の多い臀部からだったことで、
それほどの重症にはならなかったようでした。
「クッソ……」
とはいえ、痛みはズキズキと途切れることなく襲ってきます。
これを理由に休んでしまおうか、とも考えたものの、
サービス業の悲しさ、人が足りずになんとか回している現場を考えると、
打撲程度で急きょ休みをとるのは気が引けました。
「うぅ……」
痛みと、切なさでため息をもらなしながら、
おれはヨタヨタとみっともない足取りで会社へと出社したのでした。
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