324 / 415
127.壊れた懐中電灯②(怖さレベル:★★☆)
しおりを挟む
白い、LEDライトの光。
なんの物音もしない時間が、
長く、長く流れました。
(……は、ハハ。さっきのは、き、聞き間違い、だよな?)
息を殺して耳を澄ましても、もう、なんの物音もしません。
きっと、ただの勘違い。
風の音か、木の揺れた音か、
とにかく、なにか別の物音を女の声と間違ってしまっただけ。
おれは自分のびびり加減に半笑いしつつ、
目の前に落ちている懐中電灯に、そっと手を伸ばしました。
チカッ
一瞬、パッと明かりが明滅しました。
倉庫内が暗闇に包まれて、再び、電灯が周囲を照らします。
「……え……っ?」
喉から、引きつった声がこぼれました。
だって、今。
たった今、暗くなったその時。
視界の端に――なにかが、動いた。
(き……キツネ、だよな。さ、さっきの……)
心の中で、必死に自分にそう言い聞かせたものの、
体は自然とガタガタ震えだし、つかんだままの懐中電灯まで、
カタカタと小刻みに音を立て始めました。
だって、だって、明らかに。
明らかに今、動いたのは――長い、黒い髪の毛だったから。
「…………」
黒い、長い髪の毛が、まるでキツネのしっぽのように、
サッ――と、すばやくダンボールの奥へ消える。
その一瞬のシーンを、ハッキリと、
おれは目撃してしまったのです。
「……ぅ、あ、あ……っ」
おれは、トッサに懐中電灯をその場に放り捨てて、
倉庫のカギを思い切り締めた後、
陸上部だった学生自体の頃よりもすばやく、事務所へと飛び込みました。
「い……いいい、今、の……っ」
こんな時でも、無意識のたまものだったのか、
荷台カートはしっかり押したままです。
おれは、煌々と明かりの照らす事務所の中で、
おれはカートを支えにして、へなへなと座り込みました。
「は、ハハ……いや、み、見間違い、だよな……。
あり得ねぇよな、あんな……髪の毛がひとりでに動く、なんて……」
おれは、ついさっき見た光景を忘れようとヨロヨロ立ち上がって、
最後の仕事である請求書のFAXを送ろうと、ダンボールの箱を開けました。
「……ヒッ……!?」
カサッ
手のひらに、黒いものがまとわりつきました。
ダンボールの中には、黒くて細長い髪の毛が、
ドサッと入っていたのです。
あの、暗闇の中でよぎった、長い髪の頭の――。
「……ひ、ぃぃいっ」
おれはもう、とても事務所にいることなどできず、
すべてをそのまま放り出して、逃げるように家へと帰ってしまいました。
……ええ、今思い返しても、ヒドい体験でしたよ。
あー、請求書のFAXは次の日の早朝、
しっかり日が昇ってから出社して、
朝の陽ざしの降り注ぐ中、相手先には送り終えましたよ。
ただ、残念ながら、例の黒髪が消えている――なんてことはなく、
開け放たれたままのダンボールには、黒髪がゴソッと残っていましたけど。
あと、カギを閉めた倉庫の方は、さすがに一人じゃ心もとなくて。
事務所のパートさんが出社した後、
『昨日、倉庫の中をしっちゃかめっちゃかにしてしまったから、整理整頓を手伝ってほしい』
と言って、いっしょに倉庫に来てもらったんですよ。
倉庫の中は、なにもなくシーンと静まり返っていて、
特別、なにも変わったことはありませんでした。
おれはホッと一安心して、
動かした荷物やダンボールを元通りに片付けていると、
「あれ。これ、懐中電灯……置き去りにしてたの?」
パートさんが、床に転がっていた懐中電灯を拾い上げました。
「あ……そうだ。忘れてた」
昨日、妙なものを見たせいで起きザッていた懐中電灯です。
おれがボリボリと頭を掻きつつ答えると、
彼女は首を傾げつつ、懐中電灯を持ち上げました。
「あ、これ、壊れてるわ」
「え……?」
「ほら、見てよ。ここ、ガラスの部分がバキバキになっちゃってる。
おおかた、暗い中で床に落っことしたんでしょう」
と、ライトの部分がバキバキにヒビ割れた懐中電灯を見せてきました。
「ああ……そういえば、そうだったかも……」
「しょうがないね。予備のやつを買っておくよ」
彼女はなんてことのないように言って、
それを故障した扇風機のとなりへと起きました。
ええ、あの、懐中電灯。
たしかにあの夜、おれは床へ落っことしました。
でも、おれが逃げ帰るあの直前までは、
たしかに、倉庫の奥を照らし続けていたはずなんです。
いや、それだけじゃない。
パートさんが懐中電灯を拾ったときの、向きが。
ライトを照らす向きが、奥じゃなくて、こっちへ向いていたんですよ。
まるで、外から入ってくるおれたちを、
見つめてでもいるかのように。
……結局、あの倉庫から例の髪の毛みたいなものがいなくなったのかはわかりません。
いや、あれ以降、ずっとカギをかけたままだから、
もしかしたら――まだ、中にずっと潜んでいるのかもしれませんね。
少なくとも、おれはもう、夜中にひとりで倉庫へ行こうとは、
どんなことがあろうとも、絶対に思いません。
なんの物音もしない時間が、
長く、長く流れました。
(……は、ハハ。さっきのは、き、聞き間違い、だよな?)
息を殺して耳を澄ましても、もう、なんの物音もしません。
きっと、ただの勘違い。
風の音か、木の揺れた音か、
とにかく、なにか別の物音を女の声と間違ってしまっただけ。
おれは自分のびびり加減に半笑いしつつ、
目の前に落ちている懐中電灯に、そっと手を伸ばしました。
チカッ
一瞬、パッと明かりが明滅しました。
倉庫内が暗闇に包まれて、再び、電灯が周囲を照らします。
「……え……っ?」
喉から、引きつった声がこぼれました。
だって、今。
たった今、暗くなったその時。
視界の端に――なにかが、動いた。
(き……キツネ、だよな。さ、さっきの……)
心の中で、必死に自分にそう言い聞かせたものの、
体は自然とガタガタ震えだし、つかんだままの懐中電灯まで、
カタカタと小刻みに音を立て始めました。
だって、だって、明らかに。
明らかに今、動いたのは――長い、黒い髪の毛だったから。
「…………」
黒い、長い髪の毛が、まるでキツネのしっぽのように、
サッ――と、すばやくダンボールの奥へ消える。
その一瞬のシーンを、ハッキリと、
おれは目撃してしまったのです。
「……ぅ、あ、あ……っ」
おれは、トッサに懐中電灯をその場に放り捨てて、
倉庫のカギを思い切り締めた後、
陸上部だった学生自体の頃よりもすばやく、事務所へと飛び込みました。
「い……いいい、今、の……っ」
こんな時でも、無意識のたまものだったのか、
荷台カートはしっかり押したままです。
おれは、煌々と明かりの照らす事務所の中で、
おれはカートを支えにして、へなへなと座り込みました。
「は、ハハ……いや、み、見間違い、だよな……。
あり得ねぇよな、あんな……髪の毛がひとりでに動く、なんて……」
おれは、ついさっき見た光景を忘れようとヨロヨロ立ち上がって、
最後の仕事である請求書のFAXを送ろうと、ダンボールの箱を開けました。
「……ヒッ……!?」
カサッ
手のひらに、黒いものがまとわりつきました。
ダンボールの中には、黒くて細長い髪の毛が、
ドサッと入っていたのです。
あの、暗闇の中でよぎった、長い髪の頭の――。
「……ひ、ぃぃいっ」
おれはもう、とても事務所にいることなどできず、
すべてをそのまま放り出して、逃げるように家へと帰ってしまいました。
……ええ、今思い返しても、ヒドい体験でしたよ。
あー、請求書のFAXは次の日の早朝、
しっかり日が昇ってから出社して、
朝の陽ざしの降り注ぐ中、相手先には送り終えましたよ。
ただ、残念ながら、例の黒髪が消えている――なんてことはなく、
開け放たれたままのダンボールには、黒髪がゴソッと残っていましたけど。
あと、カギを閉めた倉庫の方は、さすがに一人じゃ心もとなくて。
事務所のパートさんが出社した後、
『昨日、倉庫の中をしっちゃかめっちゃかにしてしまったから、整理整頓を手伝ってほしい』
と言って、いっしょに倉庫に来てもらったんですよ。
倉庫の中は、なにもなくシーンと静まり返っていて、
特別、なにも変わったことはありませんでした。
おれはホッと一安心して、
動かした荷物やダンボールを元通りに片付けていると、
「あれ。これ、懐中電灯……置き去りにしてたの?」
パートさんが、床に転がっていた懐中電灯を拾い上げました。
「あ……そうだ。忘れてた」
昨日、妙なものを見たせいで起きザッていた懐中電灯です。
おれがボリボリと頭を掻きつつ答えると、
彼女は首を傾げつつ、懐中電灯を持ち上げました。
「あ、これ、壊れてるわ」
「え……?」
「ほら、見てよ。ここ、ガラスの部分がバキバキになっちゃってる。
おおかた、暗い中で床に落っことしたんでしょう」
と、ライトの部分がバキバキにヒビ割れた懐中電灯を見せてきました。
「ああ……そういえば、そうだったかも……」
「しょうがないね。予備のやつを買っておくよ」
彼女はなんてことのないように言って、
それを故障した扇風機のとなりへと起きました。
ええ、あの、懐中電灯。
たしかにあの夜、おれは床へ落っことしました。
でも、おれが逃げ帰るあの直前までは、
たしかに、倉庫の奥を照らし続けていたはずなんです。
いや、それだけじゃない。
パートさんが懐中電灯を拾ったときの、向きが。
ライトを照らす向きが、奥じゃなくて、こっちへ向いていたんですよ。
まるで、外から入ってくるおれたちを、
見つめてでもいるかのように。
……結局、あの倉庫から例の髪の毛みたいなものがいなくなったのかはわかりません。
いや、あれ以降、ずっとカギをかけたままだから、
もしかしたら――まだ、中にずっと潜んでいるのかもしれませんね。
少なくとも、おれはもう、夜中にひとりで倉庫へ行こうとは、
どんなことがあろうとも、絶対に思いません。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
本当にあった不思議なストーリー
AA.A
ホラー
筆者の実体験をまとめた、本当にあった不思議な話しです。筆者は幼い頃から様々な科学では説明のつかない経験をしてきました。当時はこのような事をお話ししても気持ちが悪い、変な子、と信じてもらえなかった事が多かったので、全て自分の中に封印してきた事柄です。この場をおかりして皆様にシェア出来る事を嬉しく思います。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる