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159.トイレのラクガキ②(怖さレベル:★★☆)
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「ジュモク……樹木? の、ぎりに……ごく、あたらん……?」
なんだそれ、と思った俺は、書かれていた言葉をぼんやりと読み上げました。
ブルリ、と体に悪寒が走り、
以前ラクガキを目にした時のようなイヤな感じが背筋を撫でます。
さっさとトイレを出て、帰ろう。
俺が、トイレのドアノブに手をかけた、その瞬間でした。
バンッ!!
と、突然、ドアが思い切り叩かれたんです。
俺はビクッと反応した後、息を殺して、揺れたドアを見つめました。
――誰か、入ってきた?
それで、閉まっているドアにしびれを切らして叩いた、のか?
(え、でも……このトイレ、確か個室三つくらいあったよな……?)
広い公園のせいか、男子トイレにしては、個室の数はかなり多め。
ただ、おれはすぐトイレに駆け込んだ都合上、前回も今回も、一番手前の個室です。
別のことに気を取られて気づいていなかったのかもしれませんが、
誰か、人が入ってきた音もしていなかったのに――。
(まぁ……出るか……)
さっきの、呪文のようなラクガキを見ていたせいもあり、
なんだか、静かなトイレがやけに不気味に思えてきます。
トイレの前に人が立ってたらイヤだな……なんて思いつつ、
俺はゆっくり、ドアを押し開けました。
「………………」
俺は、個室から出て左右を見回し、黙り込みました。
誰も、いません。
小便器のところにも。
当然、奥の個室ふたつも。
つまりさっきのは、イタズラ?
(まさか……あのラクガキ書いたヤツ、じゃ、ないよな……)
俺はなぜか、そんな考えが浮かびました。
ゾッと腕に鳥肌が立って、慌てて俺は首を振りました。
きっと、近所のガキのイタズラだろ。
もしくは、変質者とか――って、だとしても怖いけど。
なんて、気を散らすように考えながら、おれは洗面台へと向かいました。
残暑の残る頃だというのに、洗面台の水はやけに冷たく、
指先がじわっと赤くなります。
洗面鏡に映った自分自身の顔が、
やけに怯えているように見えて、俺は苦笑いを浮かべました。
「いやいや……なにも起きない、って……」
さっさと帰ろう。
そう思って、手についた水気をパッパッと払っていたときでした。
「……じゅも……に……く……らん……」
――声が、聞こえたんです。
「……え?」
両手を前に出したまま、俺は動きを止めました。
今の、声。
それは――誰もいなかったはずの、個室の方から聞こえたんです。
(誰か……いたか? いや、個室のドア、全部開いてたし……)
目の前の鏡は、なんの変哲もないトイレを映しています。
シン、と静まり返ったトイレ内。
蛍光灯が時々ピィン、と鳴る他、なにも聞こえません。
さっきの声は、なんだったのか。
なんとも思っていなかった夜の闇が、
うす暗いトイレの中が、なんだかとても恐ろしい空間のように思えてきます。
そのまま、数秒。
俺はまったく動かないまま待ちましたが、
さっきの掠れたような男の声は、聞こえてきません。
おれはごく、とつばを飲み込んで、
おそるおそる、個室の方を振り返りました。
「…………」
――誰も、いない。
鏡に映ってないんだから人がいるはずもないのに、
俺は目玉を動かして、人がいないかを念入りにチェックしました。
すべての個室はドアが開いているし、
当然、小便器の方にだって、人影はありません。
ただ唯一、掃除用具入れだけは閉まっていましたが、
さすがに開けて確認する勇気はありませんでした。
(……絶対、聞き間違いじゃなかった……)
ジリジリと出口へ向かって後ろ歩きで進みつつ、
さっき聞こえた声を思い返していました。
『……じゅも……に……く……らん……』
まるで呪文のようなその声――
(……あれ? じゅもく、の、ぎりに、って……)
パッ、と脳裏に、画像が浮かび上がりました。
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』
――そうだ。あの、ラクガキの言葉だ。
気づいた瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立ちました。
急にトイレの中の気温が下がったような、そんな気すらしてきます。
なんでラクガキの言葉が聞こえてくる?
誰もいないはずの、トイレの中から――。
俺は怯えつつ後ずさりし、ガン、とトイレの出口の段差にかかとが当たり、
ハッ、と正気を取り戻しました。
(も、もう後は公園から出るだけだ……早くうちに帰ろう)
俺はくるっと身をひるがえすと、
慌ててトイレから飛び出しました。
公園内はシンと静まり返っていて、
等間隔に建てられた街灯が、ぼんやりと園内を照らしています。
見回す限り、誰もいません。
ただ、むわっとした蒸し暑さと、
木々がざわざわと揺れる音がするばかり。
ふだんと変わらない、なんてことのない平日の夜の公園。
それなのに、街灯に照らされた自分の影がやけに長く伸びて見えて、
俺はブルッ、と身震いしました。
「……か、帰ろう」
俺は口の中で呟くと、震える足を叱咤しながら、
公園の出入り口に向かって、足を進めようとしました。
「……ぎり……り……せん……らん……」
――すぐ後ろから、声が。
さっきと同じ、低い、男の声です。
呼吸が止まって、動かそうとした片足が、
宙に浮いた姿勢のまま、固まりました。
俺の視線の先には、なんの異変もない公園の風景が広がっています。
――それなのに、後ろは。
背中側から感じる、凍てつくようなおぞましい気配。
暗闇の中で心臓の音が響くんじゃないかと思うほど、
空気は張りつめ、耳が痛くなるほどの沈黙が広がっています。
>>
なんだそれ、と思った俺は、書かれていた言葉をぼんやりと読み上げました。
ブルリ、と体に悪寒が走り、
以前ラクガキを目にした時のようなイヤな感じが背筋を撫でます。
さっさとトイレを出て、帰ろう。
俺が、トイレのドアノブに手をかけた、その瞬間でした。
バンッ!!
と、突然、ドアが思い切り叩かれたんです。
俺はビクッと反応した後、息を殺して、揺れたドアを見つめました。
――誰か、入ってきた?
それで、閉まっているドアにしびれを切らして叩いた、のか?
(え、でも……このトイレ、確か個室三つくらいあったよな……?)
広い公園のせいか、男子トイレにしては、個室の数はかなり多め。
ただ、おれはすぐトイレに駆け込んだ都合上、前回も今回も、一番手前の個室です。
別のことに気を取られて気づいていなかったのかもしれませんが、
誰か、人が入ってきた音もしていなかったのに――。
(まぁ……出るか……)
さっきの、呪文のようなラクガキを見ていたせいもあり、
なんだか、静かなトイレがやけに不気味に思えてきます。
トイレの前に人が立ってたらイヤだな……なんて思いつつ、
俺はゆっくり、ドアを押し開けました。
「………………」
俺は、個室から出て左右を見回し、黙り込みました。
誰も、いません。
小便器のところにも。
当然、奥の個室ふたつも。
つまりさっきのは、イタズラ?
(まさか……あのラクガキ書いたヤツ、じゃ、ないよな……)
俺はなぜか、そんな考えが浮かびました。
ゾッと腕に鳥肌が立って、慌てて俺は首を振りました。
きっと、近所のガキのイタズラだろ。
もしくは、変質者とか――って、だとしても怖いけど。
なんて、気を散らすように考えながら、おれは洗面台へと向かいました。
残暑の残る頃だというのに、洗面台の水はやけに冷たく、
指先がじわっと赤くなります。
洗面鏡に映った自分自身の顔が、
やけに怯えているように見えて、俺は苦笑いを浮かべました。
「いやいや……なにも起きない、って……」
さっさと帰ろう。
そう思って、手についた水気をパッパッと払っていたときでした。
「……じゅも……に……く……らん……」
――声が、聞こえたんです。
「……え?」
両手を前に出したまま、俺は動きを止めました。
今の、声。
それは――誰もいなかったはずの、個室の方から聞こえたんです。
(誰か……いたか? いや、個室のドア、全部開いてたし……)
目の前の鏡は、なんの変哲もないトイレを映しています。
シン、と静まり返ったトイレ内。
蛍光灯が時々ピィン、と鳴る他、なにも聞こえません。
さっきの声は、なんだったのか。
なんとも思っていなかった夜の闇が、
うす暗いトイレの中が、なんだかとても恐ろしい空間のように思えてきます。
そのまま、数秒。
俺はまったく動かないまま待ちましたが、
さっきの掠れたような男の声は、聞こえてきません。
おれはごく、とつばを飲み込んで、
おそるおそる、個室の方を振り返りました。
「…………」
――誰も、いない。
鏡に映ってないんだから人がいるはずもないのに、
俺は目玉を動かして、人がいないかを念入りにチェックしました。
すべての個室はドアが開いているし、
当然、小便器の方にだって、人影はありません。
ただ唯一、掃除用具入れだけは閉まっていましたが、
さすがに開けて確認する勇気はありませんでした。
(……絶対、聞き間違いじゃなかった……)
ジリジリと出口へ向かって後ろ歩きで進みつつ、
さっき聞こえた声を思い返していました。
『……じゅも……に……く……らん……』
まるで呪文のようなその声――
(……あれ? じゅもく、の、ぎりに、って……)
パッ、と脳裏に、画像が浮かび上がりました。
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』
――そうだ。あの、ラクガキの言葉だ。
気づいた瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立ちました。
急にトイレの中の気温が下がったような、そんな気すらしてきます。
なんでラクガキの言葉が聞こえてくる?
誰もいないはずの、トイレの中から――。
俺は怯えつつ後ずさりし、ガン、とトイレの出口の段差にかかとが当たり、
ハッ、と正気を取り戻しました。
(も、もう後は公園から出るだけだ……早くうちに帰ろう)
俺はくるっと身をひるがえすと、
慌ててトイレから飛び出しました。
公園内はシンと静まり返っていて、
等間隔に建てられた街灯が、ぼんやりと園内を照らしています。
見回す限り、誰もいません。
ただ、むわっとした蒸し暑さと、
木々がざわざわと揺れる音がするばかり。
ふだんと変わらない、なんてことのない平日の夜の公園。
それなのに、街灯に照らされた自分の影がやけに長く伸びて見えて、
俺はブルッ、と身震いしました。
「……か、帰ろう」
俺は口の中で呟くと、震える足を叱咤しながら、
公園の出入り口に向かって、足を進めようとしました。
「……ぎり……り……せん……らん……」
――すぐ後ろから、声が。
さっきと同じ、低い、男の声です。
呼吸が止まって、動かそうとした片足が、
宙に浮いた姿勢のまま、固まりました。
俺の視線の先には、なんの異変もない公園の風景が広がっています。
――それなのに、後ろは。
背中側から感じる、凍てつくようなおぞましい気配。
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