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159.トイレのラクガキ③(怖さレベル:★★☆)
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一秒が、十分にも思えるほどの緊張感。
恐怖心が爆発しそうなほど膨れ上がった時、
まるで鼓膜の内側から響くように、
「……にょぎり……り……じあ……く、らん……」
低く、お経のように起伏のない、冷たい声が、また。
さっきよりも大きく、近く、聞こえました。
『ニョギリ ギリ センジア バクラン』
俺の脳裏に、数か月前のラクガキの映像が浮かびました。
筆文字で書かれた、独特の筆記体の、文字列。
外国語っぽい、日本語としては意味が通らないような、言葉の羅列。
それが、背中のトイレから聞こえてきている。
明らかに、異常事態。
(に、逃げ、逃げないと……!)
そう思うのに、恐怖に震える体は思うように動かず、
一歩踏み出そうとしたものの、足がもつれて、その場にひっくり返りました。
「イッテェ……!!」
ゴロンと無様に転がった俺は、
擦ったひざをさすりつつ、顔を上げました。
そして、ちょうど。
さっき出てきたトイレの入り口に、視線を向けてしまったんです。
「じゅもく……ぎり……く……あた、らん」
ぼそ、ぼそ、と聞こえてくる声は、
右の耳から左の耳へ素通りしていき、
俺の意識は、トイレの入り口に吸い寄せられました。
そこにあったのは、お札、でした。
いや、正確に言うと――お札を全身にまとわりつかせた、人間のような何か、でした。
頭頂部から、足の先までビッシリ、
長方形のお札をスキマなく張り付けた、異様な形の。
人だと思ったのは、それに頭と両腕、それと両足らしき部分がある、
ただ、それだけの理由でした。
「……っ……!?」
恐怖で、喉が引きつりました。
「じゅもくの……ぎりに……ごく……あた、らん……」
その異様な固まりは、まるで関節が存在しないかのように
カクカクと不自然に揺れながら、呪文のように例の単語をくり返しています。
その上、ジリ、ジリ、と俺の方へと近づいてきたんです。
「にょぎり……ぎり……せんじあ……ばくらん……」
おどろおどろしい、低く暗い声で、
くり返しくり返し、単語は聞こえ続けています。
底なし沼のヘドロを煮詰めたかのような、
おぞましく、粘り気のある、呪いのようなその響き。
言葉を発しながら、その札の集合体は、
のそ、のそ、とスピードはとても遅くとも、
転んだ俺のいる方へと、じりじり近づいてきました。
「う、う……っ、ぐ、っ!」
震える足を叱咤して立ち上がり、
俺は、小走りに走り出しました。
力は入らず、小走りといっても、早歩きよりも遅いような有り様でしたが、
追ってくる札のバケモノのスピードが遅かったおかげが、
公園を飛び出すまで、追ってくることはありませんでした。
何度も何度も後ろを振り返りながら歩いたものの、
そのまま家に直帰するのは恐ろしくて、
怯えつつ、ネカフェに入ってひと晩を明かしました。
幸い、自宅になにか異変があったりだとか、
俺の周囲で変なことが起きる――なんてことは、今のところ起きていません。
ただまあ、そんな体験をして以来、
どんなに腹具合が悪くなっても、あの公園のトイレを利用することはなくなりましたよ。
でも、やっぱ、ちょっと気になるじゃないですか。
だから、あの公園について、
近くに住んでるっていう会社の後輩に、探りを入れてみたんです。
もしかして、地元じゃ有名な”出る”公園だったりするのかなって。
「あの……会社に来る途中にある公園ってさあ、なんか、曰くあったりする?」
「え、あの自然公園っすか? ……うーん、いや、聞いたことないですけど」
「マジで? なんかさ、ちょっと雰囲気暗いじゃん? 俺、こないだトイレは一旦だけど、ラクガキとかすごくってさ」
「あー、夜とかたまり場になってたことあるっぽいですよね、不良の。んー、そういえば、昔ちょっと事件があったなぁ。……ま、大したことじゃないっすけどね」
なんて言い出すもんだから、俺は思わず身を乗り出しましたよ。
「え、事件ってなに!? まさか、殺人事件とか……!?」
「い、いや、怖いこと言わんでくださいよ。痴漢とか、そんくらいですって」
と、それらしき情報は出ず終い。
結局あのお札のバケモノがなんだったのかも、
あの謎のラクガキについても、わからないままです。
『ニョギリ ギリ センジア バクラン』
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』
その後、中国語あたりかな? と思って調べてみたりしましたが、
ヒットする単語は見当たらず、これも謎のままです。
でも、1回目のトイレの時はなにも起きなかったのに、
どうして2度目のあの時は、あんなバケモノが出てきてしまったのか。
あんな恐ろしいものが出るのに、
どうしてあの公園は何事もなく存在しているのか。
わからないことばかりではありますが、
1つだけ、もしかしたら、って思うことがあるんです。
俺、2度目にトイレに入った時、
あのドアに書かれている文字、読み上げてしまったんですよね。
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』って。
もしかしたら――それが引き金になってしまったのかも、なんて。
あれ以後、公園のトイレに寄りつかないせいか、
この身になにも異常はありません。
でも、なにげない壁のラクガキに、
とんでもない何かが紛れ込んでいるかもしれないこと。
そして、むやみやたらに読み上げないこと、
どうか、俺のような体験をしないためにも、重々ご注意ください。
===
※ 次回更新 → 8/4(月) ~ 3話
恐怖心が爆発しそうなほど膨れ上がった時、
まるで鼓膜の内側から響くように、
「……にょぎり……り……じあ……く、らん……」
低く、お経のように起伏のない、冷たい声が、また。
さっきよりも大きく、近く、聞こえました。
『ニョギリ ギリ センジア バクラン』
俺の脳裏に、数か月前のラクガキの映像が浮かびました。
筆文字で書かれた、独特の筆記体の、文字列。
外国語っぽい、日本語としては意味が通らないような、言葉の羅列。
それが、背中のトイレから聞こえてきている。
明らかに、異常事態。
(に、逃げ、逃げないと……!)
そう思うのに、恐怖に震える体は思うように動かず、
一歩踏み出そうとしたものの、足がもつれて、その場にひっくり返りました。
「イッテェ……!!」
ゴロンと無様に転がった俺は、
擦ったひざをさすりつつ、顔を上げました。
そして、ちょうど。
さっき出てきたトイレの入り口に、視線を向けてしまったんです。
「じゅもく……ぎり……く……あた、らん」
ぼそ、ぼそ、と聞こえてくる声は、
右の耳から左の耳へ素通りしていき、
俺の意識は、トイレの入り口に吸い寄せられました。
そこにあったのは、お札、でした。
いや、正確に言うと――お札を全身にまとわりつかせた、人間のような何か、でした。
頭頂部から、足の先までビッシリ、
長方形のお札をスキマなく張り付けた、異様な形の。
人だと思ったのは、それに頭と両腕、それと両足らしき部分がある、
ただ、それだけの理由でした。
「……っ……!?」
恐怖で、喉が引きつりました。
「じゅもくの……ぎりに……ごく……あた、らん……」
その異様な固まりは、まるで関節が存在しないかのように
カクカクと不自然に揺れながら、呪文のように例の単語をくり返しています。
その上、ジリ、ジリ、と俺の方へと近づいてきたんです。
「にょぎり……ぎり……せんじあ……ばくらん……」
おどろおどろしい、低く暗い声で、
くり返しくり返し、単語は聞こえ続けています。
底なし沼のヘドロを煮詰めたかのような、
おぞましく、粘り気のある、呪いのようなその響き。
言葉を発しながら、その札の集合体は、
のそ、のそ、とスピードはとても遅くとも、
転んだ俺のいる方へと、じりじり近づいてきました。
「う、う……っ、ぐ、っ!」
震える足を叱咤して立ち上がり、
俺は、小走りに走り出しました。
力は入らず、小走りといっても、早歩きよりも遅いような有り様でしたが、
追ってくる札のバケモノのスピードが遅かったおかげが、
公園を飛び出すまで、追ってくることはありませんでした。
何度も何度も後ろを振り返りながら歩いたものの、
そのまま家に直帰するのは恐ろしくて、
怯えつつ、ネカフェに入ってひと晩を明かしました。
幸い、自宅になにか異変があったりだとか、
俺の周囲で変なことが起きる――なんてことは、今のところ起きていません。
ただまあ、そんな体験をして以来、
どんなに腹具合が悪くなっても、あの公園のトイレを利用することはなくなりましたよ。
でも、やっぱ、ちょっと気になるじゃないですか。
だから、あの公園について、
近くに住んでるっていう会社の後輩に、探りを入れてみたんです。
もしかして、地元じゃ有名な”出る”公園だったりするのかなって。
「あの……会社に来る途中にある公園ってさあ、なんか、曰くあったりする?」
「え、あの自然公園っすか? ……うーん、いや、聞いたことないですけど」
「マジで? なんかさ、ちょっと雰囲気暗いじゃん? 俺、こないだトイレは一旦だけど、ラクガキとかすごくってさ」
「あー、夜とかたまり場になってたことあるっぽいですよね、不良の。んー、そういえば、昔ちょっと事件があったなぁ。……ま、大したことじゃないっすけどね」
なんて言い出すもんだから、俺は思わず身を乗り出しましたよ。
「え、事件ってなに!? まさか、殺人事件とか……!?」
「い、いや、怖いこと言わんでくださいよ。痴漢とか、そんくらいですって」
と、それらしき情報は出ず終い。
結局あのお札のバケモノがなんだったのかも、
あの謎のラクガキについても、わからないままです。
『ニョギリ ギリ センジア バクラン』
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』
その後、中国語あたりかな? と思って調べてみたりしましたが、
ヒットする単語は見当たらず、これも謎のままです。
でも、1回目のトイレの時はなにも起きなかったのに、
どうして2度目のあの時は、あんなバケモノが出てきてしまったのか。
あんな恐ろしいものが出るのに、
どうしてあの公園は何事もなく存在しているのか。
わからないことばかりではありますが、
1つだけ、もしかしたら、って思うことがあるんです。
俺、2度目にトイレに入った時、
あのドアに書かれている文字、読み上げてしまったんですよね。
『ジュモクノ ギリニ ゴク アタラン』って。
もしかしたら――それが引き金になってしまったのかも、なんて。
あれ以後、公園のトイレに寄りつかないせいか、
この身になにも異常はありません。
でも、なにげない壁のラクガキに、
とんでもない何かが紛れ込んでいるかもしれないこと。
そして、むやみやたらに読み上げないこと、
どうか、俺のような体験をしないためにも、重々ご注意ください。
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※ 次回更新 → 8/4(月) ~ 3話
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