俺と後輩とバスケ

やなぎまち

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 大会が終わったその日から、愛実の姿を見かけることが少なくなった。

 部活中に体育館に来ることがなくなったし、公園のベンチに座っていることもなくなった。
 時々見つける姿は、一人で廊下を歩く後姿だ。

 その姿は疲れて見えて、今にも消え入りそうだった。
 そして気づけば、ひと月以上言葉を交わさなかった。

 元々よく話していたわけではなかった。

 目が合うと頭を下げてくれる姿は可愛らしく、向けてくれる笑顔は俺を癒してくれた。
 それだけあればいいと思っていたのだ。

 だがいつの間にか、愛実の姿を見かけることすらなくなった。

 ずっと頑張ってきたバスケにも身が入らない。
 心配した友人に遊びに誘われたが、ゲーセンの帰りに通った本屋では、愛実の姿を探してしまった。

 ☆☆☆

 ある日、国語の授業で、図書室に行くことがあった。
 愛実は本が好きで、図書室によく来ていた。
 なぜこんなことに気が付かなかったのだろう。

「あの、すみません」
 本を探す時間が与えられ、俺は真っ先に図書室の先生に声をかけた。
「何か見つからないの?」
「はい、その…」
 誰も近くにいないことを確認してから、ぼそっと言った。
「愛実…笹瀬愛実を最近見かけないのですが、図書室にも来ていませんか?」
「え?彼女なら転校したわよ?」
「嘘…」

 愛実はもうこの学校にいない?
 そんなことは考えもしなかった。

 家が忙しくなったとか、軽い病気になったとかは想像していた。
 それも一時のもので、時間が経てばまた会える。
 心のどこかでそう思っていた。

「もしかして君が愛実ちゃんの言っていた『先輩』君かな?」
「どうでしょうか」
 分からない。『先輩』、彼女は俺の事を確かにそう呼んでいた。
 だけど、本当に俺に対してだけなのだろうか?

「バスケ部で、頑張り屋で、公園で自主練している先輩って君?」
「それは…多分俺ですね。頑張り屋かは分かりませんけど」

 先生は、「うんうん」と頷くとにっこりと笑った。

「愛実ちゃんから預かり物があるの。もし自分を探してここに来たら渡してほしいって」

 そう言って、ピンクの封筒に包まれた手紙を渡された。



 先輩へ

 先輩がこの手紙を読むころには私はもう近くにはいないと思います
 本当には直接言えたらよかったのですが、勇気がありませんでした。ごめんなさい
 先輩が私のことをどう思ってくださっていたのか分かりませんが、もし傷つけてしまっていたら嫌なのでこの手紙を残します
 何を伝えようかといろいろ考えましたが思いついたのはたったひとつでした
 ありがとうございました
 頑張る先輩に私はいつも元気をもらっていました
 もし少しでも、先輩の中に私の存在が残っていたら嬉しいです
 ごめんなさい…こんなことは書くつもりじゃなかったのに
 最後にひとつだけわがままを言わせてください
 先輩、全国大会に出てください!
 応援しています
 そうしたら私も頑張れる気がします
 本当にありがとうございました
 そしてさようなら

         笹瀬愛実


 手が震え、視界が潤んだ。
 気が付いた友人が近づいてきたが、先生が笑顔で俺をひとりにさせてくれた。
 
 思えば、俺は愛実のことを全然知らない。
 連絡先も、どこに住んでいるのかも、どんな生活をしているのかも知らない。
 知っているのは、いつも静かに見守っていてくれて、元気をくれたことぐらいだ。

「うおりゃあああああああああああああああああああ」
 
 図書室に声が響き渡り、クラスメイトが一斉に振り返った。

「先生、俺は全国大会に出ます」
「うん、頑張って」

 その日から、俺はバスケに打ち込んだ。
 愛実のことで悩んでいた時に心配してくれた友人には、今度はその豹変ぶりに心配された。

 そして中3の夏、俺は全国大会の舞台に立っていた。

「もう一本決めるぞー!!」
「「おーー!!」」

 大会は初戦敗退。チームメイトはみんな涙を流した。
 一年前に先輩にそうしてもらったように、俺はみんなの肩を抱いた。
 
 顔を上げると、観客の声援が聞こえて来た。
 一年前もそうだったのだろうか?

 大きな拍手の中でたったひとつ、静かな音が耳に入った。
 驚いて振り返ると、そこには…愛実がいた。

 俺が好きだった優しい笑顔に、控えめな仕草。
 あー、そうか。俺はこの時のために頑張って来たのか…。

「大志!!」
「キャプテン!!」

 今度はチームメイトに肩を抱かれた。
 気が付けば俺は泣いていた。

 悔しいんじゃない。嬉しいんだ。
 試合後、チームメイトに向けて最後の言葉をかけた。

「ありがとう!!一緒にここまで頑張ってきてくれてありがとう!!」

 辛いこともあった気がする。
 だけど、思い返せば些細なことばかりだ。
 すぐに愛実を探したが、結局会うことは出来なかった。

 その後、大会の結果を評価されてスポーツ推薦をもらった。
 だが、それ以上バスケを続ける理由を見つけられずに断った。
 公園での自主練は癖になっていて、部活動を引退した後も毎日通っていた。
 そして俺は、自力で高校に進学した。
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