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第二章 懐かしのほくほくじゅわぁ肉じゃが

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 マグロのステーキが焼きあがると、すぐにプレートの準備を整える。おまちどおさまとそれを出すと、順平は目をキラキラ輝かせた。

「ほんと、うまいんだよな。善さんの料理。いただきます!」

 ぱん、と音を響かせながら手を合わせ、順平は気持ちいい食べっぷりを発揮する。

「順平さん、今日は非番ですか?」
「そおなんすよ、非番の日は寝過ぎちゃってダメっすね。で、ここからなにしようってくらい昼夜逆転しちゃうんだけど……あ、このマグロめっちゃうまい!」

 順平は交番勤務二年目だ。
 配属されてから非番の日になると、よく『はぐれ猫亭』に足を運ぶようだ。昼過ぎまで寝てしまうらしく、起きて用事を済ませているとあっという間に夜なのだ。

「今日、初めての食事なんっすよ。いやあ、沁みる!」
「順平くん、今日も絶好調な感想だね」

 善がくすくす笑いながら、順平にお茶を渡した。

「お茶あざっす! 善さんの料理食ってなかったら、俺、多分不摂生で死ぬかゾンビになってますって」
「ゾンビは嫌だなあ」

 順平は町内を見回っている時にも、店に立ち寄って様子を聞いてくれる。街に来たばかりの夜空の様子も気遣ってくれる、心優しい青年だ。

「善さんのご飯食べたら、人間に戻れますよきっと」
「あはは、だったらいっか」

 順平が来てひときわ賑やかになった店内だったのだが、しばらくするとラストオーダーの時間だ。
 夜空は残っている人たちにオーダーを聞きに行き、飲み物の追加を善に伝えた。
 順平もとっくに食べ終わっており、一息つきながらゆっくりとしている。止まってしまっていたジャズのレコードを再度流しながら、『はぐれ猫亭』の夜が更けていく。

「ごちそうさまでした! また来ます!」

「あ、順平くん」

 帰ろうとする順平を善が呼び止めた。呼ばれた順平はくるりと振り返ると、カウンターから善が手招きをする。

「これ。よかったらどうぞ」

 紙袋に包んだ品物を渡す。

「肉じゃがリメイクの、あげ焼きコロッケ。チーズ入りだよ」
「いいんですか!?」
「うん。昼ご飯にでも食べてね。またぜひどうぞ」

 順平は嬉しそうに笑って、ふかぶかとお辞儀をして帰っていく。
 店の外まで夜空は順平を見送って、手を振って別れた。中に戻って入り口に鍵をかけると、玄関灯を消す。
 店じまいだ。

「……善さん、いつの間にコロッケ作っていたんですか?」
「ん? さっき、夜空くんが順平くんとお話している時だよ」
「すごい早業」

 夜空は感心しっぱなしだ。善は本当に魔法使いなのではないかと思う時がある。

「今日は、肉じゃがで大正解でしたね。みんな、肉じゃがが食べたいって顔していましたもん」

 善は振り返って、ふふふと笑う。

「でしょう? 僕は、魔法使いだからね」

 善のきめ台詞を聞くと、なぜか夜空は嬉しくなる。
 お疲れさまでしたと言い合ってから、クローズ作業に入った。

「あ、ちなみに僕たちの明日のお昼ご飯は、肉じゃがだよ」
「え……?」
「夜空くんも、食べたいかと思って取っておいたんだ」

 まるでそれは、心を読まれたかのようなタイミング。

「食べたかったんですよ、実は。ずっと我慢していました」

 善に手招きされて、夜空は冷蔵庫の中を見る。中に入っていた小さい鍋の蓋を善が開けると、そこには肉じゃがが詰まっていた。

「善さん……やっぱり魔法ですか?」
「そう。僕の得意技なんだ」

 てりてりでしっかりと味の沁み込んだ肉じゃがは、明日食べてもまたすぐに食べたくなる味に違いない。
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