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第四章 小さなかわいい手ごねハンバーグ
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その日、夜空の肝を冷やす出来事が起こった。
それはオープンから少し経ち、食べ終わったお客さんを会計終わりに見送った時のことだ。
店の前のベンチに座っている小さな人影を見つけた。
こんな夜に子どもがいるはずがないと思い、一瞬、幽霊かなにかを見てしまったのかと緊張する。
海にちなんだホラー話を、常連客がしていたのをたまたま先日聞いてしまったからかもしれない。
だが、幽霊話を聞いて霊感を得れるわけがないだろうと思いなおし、夜空は首をぶんぶんと振って目をこすった。
「やっぱり、本物の子ども?」
夜空が思わず声に出してしまうと、その子は夜空に気がついた。けだるそうに首を持ち上げて、ちらりと視線を合わせる。
「こんばん――」
挨拶をしようとしたのだが、男の子はすぐにうずくまるように両脚を抱いて丸まる。よく見れば、まだ小学生にも満たないような小ささだ。
こんな夜に、店の前でうずくまっている子どもを見過ごせない。不審者扱いされないように、夜空は慎重に子どもに近寄る。
「君、大丈夫?」
覗き込むようにすると、男の子は小さく身動きした。
「どうしたの、ここで?」
「……」
「ママとパパは? もしかして、海に遊びに来たあとで迷子になっちゃった?」
男の子は質問に答えてくれず、またもや両膝に顔をうずめてしまう。
夜空は心配になってしまい、そっと男の子の肩をトントンとした。小さな身体は海風に冷えきっている。
このままじゃまずいに違いない。風邪を引いても大変だ。
「ねえ、中に入ろう。ここ寒いから」
大丈夫だよとにっこり笑いかける。男の子が頷いてくれた時、自分が怖い顔立ちじゃなくてよかったと思えた。
「じゃあ、俺とおてて繋ぎながら一緒にいこう」
手を差し出すと、男の子は目をこすりながら立ち上がり、夜空の手をぎゅっと掴んだ。
すぐに夜空は入店する。
夜空が連れてきた小さなお客さんを見て、善がカウンターの向こうからふにゃっと笑った。
「いらっしゃい」
「善さん、迷子みたいなんです。しゃべってくれなくて、よくわからないけど」
外のベンチで座っていたと伝えると、善は不思議そうに首を傾げた。
「うーん。順平くん呼んどこっか。今日は交番にいる日だから」
順平は、この街で勤務している警察官だ。『はぐれ猫亭』の常連でもある。
善は今どきとは思えない、レトロな黒電話の受話器を持ち上げる。ここに来た当初はオブジェだと思っていたのだが、実は現役で使われている。
ダイヤルをくるくる回して、善は順平に連絡を入れる。
その間、夜空は男の子を隅のソファ席に座らせた。おとなしく座ってくれたのを確認すると、すぐにブランケットを持ってきて彼の身体を包み込む。
きっと寒かったのだろう。ブランケットで丸め込むと、ぶるぶる身震いしていた。
「寒くない?」
男の子は首を縦に振った。
だが顔色は真っ白だし、唇の端が紫色に見える。もう一枚ブランケットを持ってこようかと思っていると、電話を終えた善がやってきてしゃがみこむ。
「お兄ちゃん。もうちょっとしたらお巡りさん来るからね。ここでいい子に待てるかな?」
善が話しかけると、男の子はうん、と頷く。
「いい子だね。あ、ちょっと待っててね」
男の子の頭を撫でていた善は、すぐに温かいおしぼりを用意すると、それで手を拭いてあげる。お水を渡すと、喉が渇いていたのかゴクゴク飲み干した。
「夜空くん、この子の様子を見ながらお店回してくれるかな?」
「はい、もちろんです」
幸いにも、すでに忙しいピークの時間帯は過ぎており、店内は満席になっていない。
夜空は男の子を気にかけながら、オーダーを取ったり片づけをしたりした。
三十分も経たないうちに、入り口のサンキャッチャーの鈴が鳴って、制服姿の順平がやってくる。
「順平さん、来てくれてありがとうございます!」
制服姿の順平は、ビシッと敬礼してくれる。頼もしく、そして格好良かった。
「いえいえ」
警察官の姿を見ると、迷子の子も大丈夫だとうと思えてくる。夜空がほっとすると、順平はいつものようにニカッと笑った。
「ちょうど見回り行くとこだったんで大丈夫っすよ。それより迷子ですか?」
案内をすると、男の子は順平の姿を見て不安そうにした。
順平はしゃがみこむと、男の子に敬礼しながら挨拶する。本物のおまわりさんに話しかけられたことが嬉しかったのか、男の子は小さく挨拶を返した。
「お、挨拶ができるのはすごいことだぞ!」
褒められると、男の子は照れ臭そうにした。
「偉いえらい。ちなみに、君のお父さんとお母さんは、近くにいるかな?」
男の子は首を横に振る。
「そっかそっか。じゃあ、おまわりさんと一緒に、交番でお迎えが来るの待とうか?」
それにも男の子は首を横に振った。困ったなと順平が首を傾げる。
「自分のお家はわかる?」
男の子は今度ゆっくりと首を縦に振り、そして押し黙ってしまった。様子を見ていた夜空は、善の隣で事の次第を見守っていた。
「善さん、あの子交番行きたくないって……どうしましょう?」
順平がなにを放しても、男の子は不安そうにしている。善は「うーん、どうしよっか?」と困ったように笑いながら、首を曲げていた。
それはオープンから少し経ち、食べ終わったお客さんを会計終わりに見送った時のことだ。
店の前のベンチに座っている小さな人影を見つけた。
こんな夜に子どもがいるはずがないと思い、一瞬、幽霊かなにかを見てしまったのかと緊張する。
海にちなんだホラー話を、常連客がしていたのをたまたま先日聞いてしまったからかもしれない。
だが、幽霊話を聞いて霊感を得れるわけがないだろうと思いなおし、夜空は首をぶんぶんと振って目をこすった。
「やっぱり、本物の子ども?」
夜空が思わず声に出してしまうと、その子は夜空に気がついた。けだるそうに首を持ち上げて、ちらりと視線を合わせる。
「こんばん――」
挨拶をしようとしたのだが、男の子はすぐにうずくまるように両脚を抱いて丸まる。よく見れば、まだ小学生にも満たないような小ささだ。
こんな夜に、店の前でうずくまっている子どもを見過ごせない。不審者扱いされないように、夜空は慎重に子どもに近寄る。
「君、大丈夫?」
覗き込むようにすると、男の子は小さく身動きした。
「どうしたの、ここで?」
「……」
「ママとパパは? もしかして、海に遊びに来たあとで迷子になっちゃった?」
男の子は質問に答えてくれず、またもや両膝に顔をうずめてしまう。
夜空は心配になってしまい、そっと男の子の肩をトントンとした。小さな身体は海風に冷えきっている。
このままじゃまずいに違いない。風邪を引いても大変だ。
「ねえ、中に入ろう。ここ寒いから」
大丈夫だよとにっこり笑いかける。男の子が頷いてくれた時、自分が怖い顔立ちじゃなくてよかったと思えた。
「じゃあ、俺とおてて繋ぎながら一緒にいこう」
手を差し出すと、男の子は目をこすりながら立ち上がり、夜空の手をぎゅっと掴んだ。
すぐに夜空は入店する。
夜空が連れてきた小さなお客さんを見て、善がカウンターの向こうからふにゃっと笑った。
「いらっしゃい」
「善さん、迷子みたいなんです。しゃべってくれなくて、よくわからないけど」
外のベンチで座っていたと伝えると、善は不思議そうに首を傾げた。
「うーん。順平くん呼んどこっか。今日は交番にいる日だから」
順平は、この街で勤務している警察官だ。『はぐれ猫亭』の常連でもある。
善は今どきとは思えない、レトロな黒電話の受話器を持ち上げる。ここに来た当初はオブジェだと思っていたのだが、実は現役で使われている。
ダイヤルをくるくる回して、善は順平に連絡を入れる。
その間、夜空は男の子を隅のソファ席に座らせた。おとなしく座ってくれたのを確認すると、すぐにブランケットを持ってきて彼の身体を包み込む。
きっと寒かったのだろう。ブランケットで丸め込むと、ぶるぶる身震いしていた。
「寒くない?」
男の子は首を縦に振った。
だが顔色は真っ白だし、唇の端が紫色に見える。もう一枚ブランケットを持ってこようかと思っていると、電話を終えた善がやってきてしゃがみこむ。
「お兄ちゃん。もうちょっとしたらお巡りさん来るからね。ここでいい子に待てるかな?」
善が話しかけると、男の子はうん、と頷く。
「いい子だね。あ、ちょっと待っててね」
男の子の頭を撫でていた善は、すぐに温かいおしぼりを用意すると、それで手を拭いてあげる。お水を渡すと、喉が渇いていたのかゴクゴク飲み干した。
「夜空くん、この子の様子を見ながらお店回してくれるかな?」
「はい、もちろんです」
幸いにも、すでに忙しいピークの時間帯は過ぎており、店内は満席になっていない。
夜空は男の子を気にかけながら、オーダーを取ったり片づけをしたりした。
三十分も経たないうちに、入り口のサンキャッチャーの鈴が鳴って、制服姿の順平がやってくる。
「順平さん、来てくれてありがとうございます!」
制服姿の順平は、ビシッと敬礼してくれる。頼もしく、そして格好良かった。
「いえいえ」
警察官の姿を見ると、迷子の子も大丈夫だとうと思えてくる。夜空がほっとすると、順平はいつものようにニカッと笑った。
「ちょうど見回り行くとこだったんで大丈夫っすよ。それより迷子ですか?」
案内をすると、男の子は順平の姿を見て不安そうにした。
順平はしゃがみこむと、男の子に敬礼しながら挨拶する。本物のおまわりさんに話しかけられたことが嬉しかったのか、男の子は小さく挨拶を返した。
「お、挨拶ができるのはすごいことだぞ!」
褒められると、男の子は照れ臭そうにした。
「偉いえらい。ちなみに、君のお父さんとお母さんは、近くにいるかな?」
男の子は首を横に振る。
「そっかそっか。じゃあ、おまわりさんと一緒に、交番でお迎えが来るの待とうか?」
それにも男の子は首を横に振った。困ったなと順平が首を傾げる。
「自分のお家はわかる?」
男の子は今度ゆっくりと首を縦に振り、そして押し黙ってしまった。様子を見ていた夜空は、善の隣で事の次第を見守っていた。
「善さん、あの子交番行きたくないって……どうしましょう?」
順平がなにを放しても、男の子は不安そうにしている。善は「うーん、どうしよっか?」と困ったように笑いながら、首を曲げていた。
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