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1章 サリオン編
4話 決別の剣
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――痛い、重い、寒い。
目を開けると、そこには見知らぬ木の天井があった。荒削りの梁に蜘蛛の巣が張っていて、どこか懐かしい埃の匂いが鼻をかすめる。
「……ここ、どこ」
身体を起こそうとしたが、全身が鉛のように重かった。けれど、痛みと疲労が確かに私が生きている証拠だった。
「……ライ!」
その名を呼ぶと、部屋の隅で丸まっていた影がびくりと動いた。
「天音さん……!」
駆け寄ってくるライの顔は、泣いた跡でぐしゃぐしゃだったけど、無事でいてくれて、それだけでよかった。
「ここ……どこ?」
「国境を越えて、森を抜けた先にあった小屋です。人気はなさそうだけど、隠れ家にはちょうど良さそうで……」
彼の手には汚れた地図。血と泥の跡が残っていた。ずっと、守ってくれていたんだ。
「そっか……ありがとう、ライ」
「いえ、僕は何も……守れたのは、天音さんのおかげです」
私はその言葉に、微笑むしかなかった。
「少し、休んだら出よう。まだ、終わってないから」
小屋の窓から見える森は、どこか現実味のない美しさをたたえていた。あの黒い月が、まだ空に浮かんでいる。
私は拳を握る。この先に何が待っていようと、もう引き返すつもりはない。
――私は、進む。
たとえ、この身がすべてを失ったとしても。
真夜中の闇の中、空に浮かぶ黒い月が街を照らしていた。サリオンの静けさは、嵐の前のそれだった。
「……こっちです」
ライの小さな手が私の袖を引く。彼の手は震えていたけど、その瞳は決して揺れていなかった。裏路地を抜け、外壁へ向かうルート。カイからこっそり聞いていた脱出経路だ。
「大丈夫、もうすぐこの国を出られる」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。この国はおかしい。“氣”を恐れ、力を奪おうとする。そんな場所にライの未来なんてない。だから、連れていくしかなかった。
けれどその時だった。
「お前、どこ行くつもりだ?」
背後から聞こえたのは、聞き慣れた低い声だった。
振り向けば、そこにいたのは――カイ。
月明かりに照らされたその顔は、怒りと哀しみに染まっていた。
「……カイ」
「お前が逃げるのは勝手だ。だが、うちの両親が今朝さらわれたんだよ。神父に協力した罪とか言われてな。お前のせいでな」
言葉が胸に刺さる。知らなかった。ミニロートさんも、ミリクさんも。
「……ごめんなさい。でも、今さら戻っても、私たちもあなたの両親も助からない」
「わかってんだよ、そんなことは!だから俺は、お前をここで止める」
剣を抜くカイ。まっすぐ私に向けられる殺意に、胸が熱くなる。怒りじゃない。悲しみでもない。ただ――これは、決意の火だ。
「……だったら、私も応える」
氣を纏う。指先が熱くなる。体が軽くなる。先程の戦いで学んだ。私は氣を、意識的に使える。
カイが一閃。その刃を避け、私は拳で反撃する。金属と肉の音がぶつかり合い、火花が散る。
「なんでこんなことに……!」と私は叫ぶ。
「俺だって知りてぇよ!」とカイが返す。
剣と拳が、怒りと想いが交錯する。戦いながら、私は気づいていた。カイは本気で私を殺そうとはしていない。むしろ、自分を止めてほしいというように見える。
そして私は――この戦いの先に、何か答えがある気がしていた。
「終わりにしよう、カイ!」
最後の一撃。拳が剣を弾き飛ばし、氣の衝撃がカイの体を打つ。吹き飛ばされて地面に転がる彼の前に立ち、私は言った。
「私は、ライを連れてここを出る。あなたも来なよ、兄妹を守るために、戦うならそっちでしょ」
カイは黙って空を見上げた。やがて、ゆっくりと口を開く。
「……まだ俺には、この国を見捨てる勇気がねぇ」
立ち上がり、剣を鞘に戻すカイ。その背中に、私は深く頭を下げた。
「ありがとう、止めてくれて」
ライの手を引き、私は走り出す。外壁は目前。だけど、そこには待ち構えていたように、聖騎士団の兵士たちがいた。
「逃亡者だ!氣の異能者も確認!包囲しろ!」
四方から光の矢が飛んでくる。魔力による結界が展開される。
「ライ、下がってて!」
私の掌が熱を帯びる。氣を集中させる。地面に手を突くと、衝撃波が地を割った。結界が軋む。
「包囲魔法を破るなんて……!」
騎士の一人が叫ぶ。
「氣は、魔力の上位互換。魔法で私を止められると思わないで」
地面を蹴り、宙に跳ぶ。敵の頭上を越え、振り向きざまに氣を撃つ。衝撃が拡散し、騎士たちを吹き飛ばした。
「今だ、行こう!」
ライを抱え、私は外壁の上へと駆け上がった。遠くに見える森、その向こうにはまだ見ぬ自由がある。
「天音さん……ありがとう」
ライが涙をこぼす。
「泣くのはまだ早いよ。これからが本番でしょ?」
背後から聞こえる怒号と魔法の炸裂音を背に、私は走った。全てを振り払うように。
そして、空を見上げた。
――黒い月が、確かに微笑んだ気がした。
目を開けると、そこには見知らぬ木の天井があった。荒削りの梁に蜘蛛の巣が張っていて、どこか懐かしい埃の匂いが鼻をかすめる。
「……ここ、どこ」
身体を起こそうとしたが、全身が鉛のように重かった。けれど、痛みと疲労が確かに私が生きている証拠だった。
「……ライ!」
その名を呼ぶと、部屋の隅で丸まっていた影がびくりと動いた。
「天音さん……!」
駆け寄ってくるライの顔は、泣いた跡でぐしゃぐしゃだったけど、無事でいてくれて、それだけでよかった。
「ここ……どこ?」
「国境を越えて、森を抜けた先にあった小屋です。人気はなさそうだけど、隠れ家にはちょうど良さそうで……」
彼の手には汚れた地図。血と泥の跡が残っていた。ずっと、守ってくれていたんだ。
「そっか……ありがとう、ライ」
「いえ、僕は何も……守れたのは、天音さんのおかげです」
私はその言葉に、微笑むしかなかった。
「少し、休んだら出よう。まだ、終わってないから」
小屋の窓から見える森は、どこか現実味のない美しさをたたえていた。あの黒い月が、まだ空に浮かんでいる。
私は拳を握る。この先に何が待っていようと、もう引き返すつもりはない。
――私は、進む。
たとえ、この身がすべてを失ったとしても。
真夜中の闇の中、空に浮かぶ黒い月が街を照らしていた。サリオンの静けさは、嵐の前のそれだった。
「……こっちです」
ライの小さな手が私の袖を引く。彼の手は震えていたけど、その瞳は決して揺れていなかった。裏路地を抜け、外壁へ向かうルート。カイからこっそり聞いていた脱出経路だ。
「大丈夫、もうすぐこの国を出られる」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。この国はおかしい。“氣”を恐れ、力を奪おうとする。そんな場所にライの未来なんてない。だから、連れていくしかなかった。
けれどその時だった。
「お前、どこ行くつもりだ?」
背後から聞こえたのは、聞き慣れた低い声だった。
振り向けば、そこにいたのは――カイ。
月明かりに照らされたその顔は、怒りと哀しみに染まっていた。
「……カイ」
「お前が逃げるのは勝手だ。だが、うちの両親が今朝さらわれたんだよ。神父に協力した罪とか言われてな。お前のせいでな」
言葉が胸に刺さる。知らなかった。ミニロートさんも、ミリクさんも。
「……ごめんなさい。でも、今さら戻っても、私たちもあなたの両親も助からない」
「わかってんだよ、そんなことは!だから俺は、お前をここで止める」
剣を抜くカイ。まっすぐ私に向けられる殺意に、胸が熱くなる。怒りじゃない。悲しみでもない。ただ――これは、決意の火だ。
「……だったら、私も応える」
氣を纏う。指先が熱くなる。体が軽くなる。先程の戦いで学んだ。私は氣を、意識的に使える。
カイが一閃。その刃を避け、私は拳で反撃する。金属と肉の音がぶつかり合い、火花が散る。
「なんでこんなことに……!」と私は叫ぶ。
「俺だって知りてぇよ!」とカイが返す。
剣と拳が、怒りと想いが交錯する。戦いながら、私は気づいていた。カイは本気で私を殺そうとはしていない。むしろ、自分を止めてほしいというように見える。
そして私は――この戦いの先に、何か答えがある気がしていた。
「終わりにしよう、カイ!」
最後の一撃。拳が剣を弾き飛ばし、氣の衝撃がカイの体を打つ。吹き飛ばされて地面に転がる彼の前に立ち、私は言った。
「私は、ライを連れてここを出る。あなたも来なよ、兄妹を守るために、戦うならそっちでしょ」
カイは黙って空を見上げた。やがて、ゆっくりと口を開く。
「……まだ俺には、この国を見捨てる勇気がねぇ」
立ち上がり、剣を鞘に戻すカイ。その背中に、私は深く頭を下げた。
「ありがとう、止めてくれて」
ライの手を引き、私は走り出す。外壁は目前。だけど、そこには待ち構えていたように、聖騎士団の兵士たちがいた。
「逃亡者だ!氣の異能者も確認!包囲しろ!」
四方から光の矢が飛んでくる。魔力による結界が展開される。
「ライ、下がってて!」
私の掌が熱を帯びる。氣を集中させる。地面に手を突くと、衝撃波が地を割った。結界が軋む。
「包囲魔法を破るなんて……!」
騎士の一人が叫ぶ。
「氣は、魔力の上位互換。魔法で私を止められると思わないで」
地面を蹴り、宙に跳ぶ。敵の頭上を越え、振り向きざまに氣を撃つ。衝撃が拡散し、騎士たちを吹き飛ばした。
「今だ、行こう!」
ライを抱え、私は外壁の上へと駆け上がった。遠くに見える森、その向こうにはまだ見ぬ自由がある。
「天音さん……ありがとう」
ライが涙をこぼす。
「泣くのはまだ早いよ。これからが本番でしょ?」
背後から聞こえる怒号と魔法の炸裂音を背に、私は走った。全てを振り払うように。
そして、空を見上げた。
――黒い月が、確かに微笑んだ気がした。
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