剣と魔法の世界を拳ひとつで生き残る!

黒咲 ちゃまめん

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2章 ラキエラ連邦

1話 風を掴むもの

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道はにぎやかだった。石造りの街並みに、どこか中東を思わせる陽気な声が響く。空は澄んでいて、通りに吊るされた色とりどりの布が風に揺れていた。

「やっと着いたね、ラキエラ連邦……!」

 天音は思わず声に出す。サリオンとは違い、この地には信仰による縛りや冷たい目線はなかった。旅の途中、あのエルフの一件で手に入れた首飾りは今も天音の首に下がっていて、時折ぬくもりを伝えてくる。

「それじゃ、俺は少し街を見てくるよ。天音さんは?」

「私は……ちょっと歩いてくる」

 ライに手を振って別れ、天音は雑踏を外れて裏路地に入った。

 そこには、一人の老人が座っていた。浮浪者かと思ったが、どこか只者ではない雰囲気をまとっている。

「……お主、氣を使うな?」

 不意にかけられた言葉に、天音は立ち止まった。老人の目は曇っていない。むしろ、あらゆるものを見透かしているような透明な光を宿していた。

「おぬしの氣は……まだ粗いが、芯はある。わしと、一勝負せんか?」

「は?」

「決して怪しい者ではないぞ。わしは元武闘師。昔はコロシアムでも名を馳せたものじゃ」

 老人は自ら名を「ラゼン」と名乗った。そして天音を案内するように街外れの森に入っていく。しばらく歩くと、山の中腹にぽつんと建てられた木造の小屋が現れた。

「ここは?」

「わしの修行場じゃ。さあ、構えろ」

 言われるがまま、天音は構えを取る。氣を込めた拳を突き出すが──ラゼンの姿は風のように掻き消え、背後にいた。

「なっ……!」

「遅い」

 次の瞬間、天音の背中に軽く指が触れる。その一撃は痛みこそないが、何もできなかった自分への悔しさが込み上げる。

「風の氣……?」

 思わずつぶやいた天音に、ラゼンが頷く。

「そうじゃ。氣には属性がある。“氣の本流”を極めた者は、その流れに属性を重ねることができる。わしは風を纏う。“空氣を味方につける”術じゃな」

 天音の脳裏に浮かんだのは、あのエルフの戦い。魔法を纏った敵を拳で砕いた感覚。そして、未だ自分の氣に混じらぬ風の奔流。

「教えてください。風の氣を」

 天音が深く頭を下げると、ラゼンはゆっくりと手を差し出した。

「よかろう。だが、ひとつ頼みがある」

「頼み?」

「一週間後、コロシアムで開催される闘技大会に出て、優勝してほしい。理由は……今はまだ言えん。だが、これはお主にしかできんことなんじゃ」

 天音は、しばらく考えた後に頷いた。

「一週間で属性を習得できるかわからないけど……やってみる。どうせこの世界に来たのには意味があるんだし、無駄なことなんてないと思うから」

「それでこそ、わしが目をつけた甲斐があるというものじゃ」

 ラゼンは満足そうに笑い、天音の肩に手を置いた。

 ***

 その頃、街の広場ではライが道を歩いていた。露店で小さな人形を眺めていると、かすかに助けを呼ぶ声が耳に届く。

「……?」

 路地に入ると、複数の男たちが一人の少女を囲んでいた。彼女は見た感じ同い年くらいであろう、泣きながら身を縮めている。

「やめろ!」

 思わず叫びながら、ライは飛び込んだ。

 氣を練る──まだ自覚はないが、彼の中に眠る氣は、あのエルフの首飾りを見たときから覚醒の兆しを見せていた。

 男の腕を弾くように、拳が炸裂する。

「うぐっ……!」

 自分でも信じられない威力だった。

 胸が熱い。心臓が脈打つ。何かが流れ出して、全身に拡がっていく。

(なんだ……これ……)

 呼吸が浅くなり、手が震える。けれど、それは恐怖ではなかった。

「君、大丈夫?」

 少女が頷き、ライはそっと彼女の手を取った。

「ありがとう……助けてくれて」

「うん。こっちに、友達がいるから。ついてきて」

 ライは少女を連れて山へ向かう。そして、修行を始めた天音と合流する。

 夕暮れが差し込み、小屋の周りを風が舞っていた。

「天音さん、ただいま」

 ライが戻ってきた頃、天音は満身創痍の身体で膝をついていた。

「……これが、“風”か……」

 それでも、彼女は笑っていた。

 風を掴むための一歩。ラキエラ連邦での新たな修行が、今、始まった。
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