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2章 ラキエラ連邦
13話 不穏なコングが鳴り響く
しおりを挟むコロシアムの待機所に、緊張の風が吹いていた。
天音は深く息を吸い、肩を落とす。何度目かの呼吸法。けれど、どうしても“それ”はこなかった。
(……風の氣が、来ない)
掌に集中する。氣を巡らせ、吸って、吐く。いつもじじいに怒鳴られながらやった通り、きちんと呼吸を整えれば、風の流れは身体に宿るはず。――でも、今日は、まるで違った。
(怖いのか、私……?)
そう思った瞬間、背筋が冷たくなる。初めての公式戦。周囲の殺気立った氣配。場違いな緊張。天音は自分の中の“恐れ”をはっきりと自覚してしまった。
扉の向こうから、観客の歓声が聞こえる。天音は小さく唇を噛んだ。
一方その頃、同じ待機所の別室。
「決勝で会おうぜ」
ライはそう言って、右手を差し出した。
レノンはその手を見て、ふっと笑った。髪をかきあげながら、からかうように言う。
「ヘマしないでよね。私が負けたら、あんたのせいにするんだから」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」
二人の手が重なり、離れた。その瞬間、絆のような何かが、確かに結ばれた。
だがその数分後。
通路で、ライは一人の少女とぶつかった。
「ご、ごめん! 大丈夫――」
少女は立ち上がり、ライの顔を見るなり、ぷいと顔をそむけた。
「な、なんだよ……?」
「別に」
それだけ言うと、少女は早足で通路を去っていった。
(……誰だったんだ、あれ)
あの少女――ミナ。ライの幼馴染みであり、彼に密かに想いを寄せていた。けれど、今の彼の隣には、既に別の少女がいる。それを知った彼女の心は、複雑に揺れていた。
そして、コロシアム本戦の口火が切られた。
観客の熱気と歓声が渦巻く中、最初に登場したのは――ハルザだった。
「さて、殺るか」
鋭く光る眼。巨大な剣を背負い、堂々と闘技場へと歩み出るその姿は、まさに“殺し屋”の風格だった。
対戦相手は、ラキエラ連邦でも名を馳せる剣士。だが、それを見てハルザは笑った。
「へぇ、女の次は剣かよ。つまらんな」
静寂の中、号砲が鳴った。
次の瞬間――ドンッ!
地面が爆ぜ、血が舞う。観客席に悲鳴が響いた。
「……死んでる」
「うそ、あれ、試合でしょ……!?」
剣士の身体は、胴から斜めに断ち切られていた。誰もが目を疑うほど、一撃で終わった。殺意、容赦、すべてがその一閃に込められていた。
観客の熱狂は、沈黙へと変わる。
その中心で、ハルザは剣を肩にかけ、ただ言った。
「邪魔だったんでな」
不敵に笑うその顔は、まるで悪魔だった。
――風がざわついていた。天音はそれを、遠くの待機室で感じ取った。
(この氣配……やっぱり、アイツ……!)
天音の拳が震える。
ハルザは、風の氣を持つ天音の天敵。理由はわからないが、彼女の存在そのものに執着し、「女」と呼び見下し、挑発を繰り返す。
「……やっぱり、逃げられない」
天音は、再び呼吸を整える。風の氣は不発だった。けれど――
「それでも、私は、私の戦いをする」
風の音が微かに耳に届いた気がした。コロシアムの空気が、彼女に向けて流れ始めていた。
そしてその夜、コロシアムに向けた運命の扉が、一斉に開かれようとしていた――。
了解しました。それでは、ライの勝利直後から天音とミナの心情と描写を中心に、加筆部分を執筆いたします。
⸻
スタンド席。歓声が轟き、まるでコロシアム全体が揺れるような錯覚に陥る。
天音は立ち尽くしていた。口を半開きにし、ライの姿から目を離せずにいる。
(……すごい)
震えたのは、鼓膜ではなく心だった。風の氣。自分が苦労して、ようやく感覚をつかんだその力を、ライはあまりに自然に、あまりに鮮やかに使っていた。
(……これが、ライの……)
指先がじんと冷たくなる。汗ばんだ手のひらを握りしめると、指先がわずかに震えているのがわかった。
「風の氣、あれがホントの。」
ぽつりと漏れた言葉に、自分で驚いた。
敗北の未来が脳裏をかすめる。勝ちたいという気持ちより先に、負けることへの恐怖が迫ってくる。
だが――
「まだ、終わってない……!」
天音は顔を上げた。両目に浮かぶ不安を拭い去るように、深呼吸する。ライが走った風を、今度は自分の背に受ける番だ。
その数列後方、観客席の端で、ミナがじっと拳を握りしめていた。
(……あれが、ライの氣)
華奢な体を白のミニマントで覆い、赤みを帯びた金髪が太陽の光を反射して揺れる。瞳は明るいグリーン。だがその光の奥には、誰にも負けたくないという鋭さが潜んでいた。
「あいつ……やっぱり只者じゃない」
ライとぶつかったあの日を思い出す。あの頃よりも、彼はずっと強くなっていた。
胸の奥がざわつく。不安、恐れ、そして……燃えるような対抗心。
「やってやる……やってやるよ」
観客が次の試合名を叫ぶ中、ミナは静かに席を立った。
風は、彼女にも吹いていた。
⸻
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