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2章 ラキエラ連邦
14話 風の魔法使い
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コロシアムの観客席が、ざわざわと騒めいている。
「次の試合、あのちっこい子が出んのか?」
「対戦相手は『破城槌のグロム』だろ?無理無理、骨が砕ける前に試合止めてやれよ」
リングに姿を現したミナは、身軽そうな白い服をまとい、腰まで伸びた銀色の髪が風に揺れていた。透き通った青い瞳と、どこか儚げな立ち姿に、多くの観客は「華奢な少女が出場して大丈夫か」と顔をしかめる。
しかし、ミナ本人は至って冷静だった。
相手のグロムは、身の丈2メートルを超える筋骨隆々の男で、鉄球をつけたハンマーのような武器を肩に担いでいる。全身を鎧で覆っており、踏み出すたびに地面が揺れそうなほどの威圧感を放っていた。
「…………」
ミナは一言も発しなかった。審判の号令が響き、戦いの火蓋が切られると、彼女は音もなく動き出した。
グロムは開幕と同時に、重量武器を振りかざして突進してくる。
「オラァァッ!」
唸りをあげる鉄球の一撃。通常の人間なら、避けることなど不可能だ。しかしミナは、その一撃を風のような動きで――いや、まさに風と共に――すっと横に避けた。
踏み込み、振り上げ、振り下ろす。そのすべてを見切っているかのように、ミナの身体は動き、攻撃を紙一重で交わしていく。
「ほぉ……!」
観客席がどよめき始めた。最初は同情の眼差しだったはずが、いつのまにか少女の身のこなしに見入っていた。
「チョロチョロ動きやがって……!」
苛立ったグロムが地面を砕くように武器を叩きつけると、土煙が上がり、砂が舞う。その中でミナはひらりと宙に舞った。
そして――静かに、片手を掲げた。
「風よ……」
ささやくようなその声は、確かにコロシアムの空気を変えた。
突如として舞台全体に風が巻き起こる。観客席の旗がなびき、砂が円を描いて渦巻く。ミナの足元から立ち昇るように、風が命を持ったようにうねり、彼女の周囲を回り始めた。
そして、空中で回転しながら彼女は両手を広げた。
「風裂(ふうれつ)!」
次の瞬間、突風が爆発した。竜巻のような暴風がコロシアムの中央を襲い、グロムの巨体すら押し戻した。鎧の継ぎ目から風が入り込んで揺さぶり、足元がふらつく。
「くそっ、風ごときが……ッ!」
グロムが踏みとどまり、なおも鉄球を振り回そうとしたその瞬間、風が止まった。
――静寂。
巻き上がっていた砂が地に落ち、視界が晴れたその中心には、ミナが静かに立っていた。そして彼女の足元には、グロムの頭。
そう、彼女は彼の兜を蹴り飛ばして脱がせ、そのまま頭を踏みつけていた。
観客席が沈黙する。
次の瞬間――
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
割れるような歓声と拍手。誰もが見た目に騙されていたのだ。あの少女は、ただの風魔法使いではない。卓越した技量と、圧倒的な戦術眼を持った本物の戦士だったのだ。
そして、その勝利の余韻が残る中。
――控え室の廊下で、天音は拳を強く握りしめていた。
(……やっぱり、あの子もすごい……)
ミナの勝利に、心から拍手を送りたかった。けれど、それ以上に天音の胸を支配したのは、圧倒的な“差”だった。
自分は、まだ風の氣を自由に操れない。ライにさえ差をつけられたのに、今度はミナまでも……。
「私……勝てるの?」
ぽつりとつぶやいたその声に、答える者はいない。ただ風が、空気の中を流れる音だけが、鼓膜に残った。
けれど、天音は顔を上げる。
(違う。私は、ここで怯えていられない)
心臓の鼓動が速くなる。
(ライが勝った、あんなちっちゃい子だってでっかい体格の男に圧勝、私だって。やらなきゃ地祈を助けるために!)
その思いを胸に、天音は試合会場へと歩を進める。
次は――自分の番だった。
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