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6章 反社会政府編 〜それぞれの戦い〜

53話 強き風となれ 【シンリンとミロクニ班】

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「キュルルルル」


今まで討伐してきたカゲルよりも高い鳴き声を出す大物。姿も黒い人間とは言えないくらいに大きくてツノなどの獣のような部位が付いていた。

俺達に突撃してきたカゲルはガラスの破片を撒き散らしながら振り向く。その姿に寒気がして特刀を構え直すのに一瞬の隙を与えてしまった。


「ミロクニ離れろ!」

「先生!?」


再度猪のように突っ込んできたカゲルを間一髪で特刀で受け止めるが、衝撃が凄まじく手が痺れてしまう。するとカゲルの体から3本目の腕が出てきて俺の頭を握り潰そうとした。 


「引っ張る!」

「すまない!」


紙一重でミロクニの特刀から放たれた紐が俺の体に巻き付いて強制的にカゲルから離される。一度離れた俺達はまた2人の塊となってカゲルと向き合う。

指導者の俺が着いているとはいえ、ミロクニの2人だけでは討伐できるか厳しい。確率は極めて低いだろう。


「来るぞ!」

「…うん」


四つん這いになりながらカゲルは猛スピードでこっちに来る。受け止めるか、避けるか。

俺とミロクニの意思が通じ合ったかのように両方して特刀から紐を出し上へと飛び上がった。


「このままでは逃げるだけで討伐できない。それにあのカゲルが壁に突っ込むせいで地上にまた穴が空いてしまう。それなら…」


俺は空中にいる状態で紐を収納し、特刀を突き刺すようにカゲルの頭上へ落ちる。壁に激突したカゲルは数秒怯んでいてその時を狙ったのは当たりのようだ。

読み通りに特刀の先端が突き刺さったカゲルは耳に響く叫びを上げる。でもこれが致命傷になるわけじゃないだろう。俺は刺した特刀を引き抜いてまた紐を上の鉄柱に絡め、暴れる前に避難した。


「ミロクニ!無理に突っ込むな!怯む時を狙え!流石にこいつに人間レベルの知能はないだろう!」

「…わかった」


遠くにいるミロクニに大声でそう指示を出せば素直に従ってくれる。Aクラスの生徒の素直さがこういう時に有難いと思えた。


「キュルルルル……ルルルル」

「「!?」」


カゲルの鳴き声が静かになっていくと何やら蹲って震え出す。弱っているようには見えない。ということは何か技を出そうとしているのか?

斜めになっている鉄柱の上に着地した俺はミロクニを横目にカゲルの行動を読もうとする。しかしこれから何が起きるかは全くわからなかった。


「……先生!カゲルの、腕が…!」


ミロクニの場所からは今のカゲルの状況がよく見えるらしい。俺も少しだけ位置をずらして確認すると4本目の腕が背中から生え出していた。

他の3本腕とは違い体ほどの大きさを誇っている。まるで2匹のカゲルが合わさったかのように。あれに捕まれでもしたら一握りで骨が折れるはずだ。


「クソっ」


どう対処するか。動けるのは2人だけ。そして地面はガラスの破片だらけで自由には行動できない。

特刀束縛を交えた空中戦に移すしかないな…。俺よりも特刀を持つのが早かったミロクニなら扱いは上手いはずだ。


「今は空中戦に持ち込む!」

「了解!」


カゲルが両足で飛躍したのと合わせて俺とミロクニも空中へと体を落とした。


「どっちを狙う…?」


お互いに離れた位置にいるので同時には襲うことは不可能だ。カゲルは首を動かして狙いを定めようとしている。

こいつらに人間心理なんてものは効かない。選ばれるのは運と同様。カゲルは2本の腕で風を切って速度を増すと4本目の大きな腕を標的に伸ばす。


「ウグっ!」


苦しい。そう伝わる声が聞こえる。あの腕の中に居るのはミロクニだった。思考が停止する前に俺はもう一度カゲルに斬撃を喰らわす。落下の速度が相まって、1本の足を切り落とすことに成功した。


「無事か!?ミロクニ!」

「だい、じょうぶ…」


苦しそうに顔を歪ますその姿がヒマワリと重なってしまう。もう、俺は誰も何も失わせない。

その決意が強き風となりカゲルが着地する前に体を捻らせてもう片足を斬り裂いた。カゲルの体液が顔や服に着くが構わずに受け止める。両足を斬られたカゲルは高い鳴き声を上げながらガラスの地面に倒れた。
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