伯爵家公子と侯爵家公女の恋

克全

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第一章出会い

4話

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「エルは魔獣を見たことがあるのですか?」

「ええ、見た事はあります」

 これは嘘ではない。
 わしは貴族家の公子だ。
 父上や兄上に代わって、いつ家臣を率いて魔境や魔窟に討伐に行くか分からない。
 剣術指南役が、弟子を率いて魔境に入り捕獲してきた魔獣は、何度も見ている。
 そしてその特徴や弱点は厳しく覚えさせられた。
 それがこんな所で役に立つとは思わなかった。

「わたくし不思議に思います。
 なぜ頭が三つになったのでしょうか?
 魔境に住むモノは全て頭が三つになる訳ではないのでしょう?
 それに頭が獅子になり、尻尾が蛇になるとも言いましたね?
 その違いはなぜ起こるのでしょう?
 誰かが手を加えているのではありませんか?」

 この公女は単なる変わり者ではないのだ。
 不思議をそのまま鵜呑みにするのではなく、真相を確かめようとする。
 その好奇心は、公女を賢くするだろう。
 もし深窓の令嬢に生まれていなければ、賢者になれたかもしれない。
 これは耳学問のいい加減な事を言うと、馬脚を露すことになるかもしれない。
 こんな美しい人に軽蔑されるのは嫌だから、気を引き締めて真摯に話さないと。

「クリスさんは偉いのですね」

「何がですか?」

「クリスさんもいずれ嫁がれるのでしょう?」

「それは女ですから、いずれは父上様の勧める方に嫁ぎます」

「その時に町場の事も知っておかないと、困ることがある。
 そう考えて、町場に出てこられたのですね」

「それほどはっきりと意識して出てきた訳ではありません。
 ですが侍女の話を聞いていると、わたくしの知らない物が町場には沢山あります。
 それを一度見ておきたいと思ったのです」

 クリスさんは、もう侍女の振りを止めてしまった。
 わしを信用してくれたのだろう。
 ちょっとうれしいな。
 できる限りの手伝いをしてあげたい。

「どんな所が見てみたいのですか?」

「冒険者ギルドを見てみたいのです。
 八百屋さんも、魚屋さんも、肉屋さんも、穀物屋さんも見てみたいです。
 あ、布屋さんと刀剣屋さんも興味があります。
 八百屋さんと魚屋さんは、道々見てみましたが、アンが止めるので買い物ができませんでした。
 一度買い物もしてみたいのです」

「おもしろいですね。
 天使様が下界に降りて買い物をされるのですね。
 いいでしょう。
 魔獣小屋で見物してから買い物をしましょう」

 とは言ったものの、今日は思い立って直ぐに抜け出したから、買い物など頭になく、お金を持ってこなかった。
 まあ、今まで一度もお金を持った事がない。
 クリスさんには思わず見栄を張ってしまったが、当然買い物もしたことがない。
 世間のうわさ話や、剣術指南役の昔話は色々と聞かせてもらったから、やってできない事はないと思うが……
 馬脚を露す事のないように、気をつけようと思ったばかりなのに……
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