40 / 92
拐かし
第40話拐かし1
しおりを挟む
「藤七郎の旦那、ここ最近鰯が安いんですよ。
旦那は鰯もお好きだったでしょう。
旦那が獲って下さった鯉を料亭に売って、鰯を買ってもいいですか」
「ああ、構わないぞ。
鰯は鱠にしてよし、焼いてよし、煮てよし、天麩羅にしてよしだからな。
今日は塩焼きにしてくれるのかい」
「はい、任せてくださいな。
たくさん買った残りは糠味噌漬けにしておきますね」
「ああ、頼んだよ」
おいよさんが朗らかに話しながら今日も料理をしてくれる。
普段は一尺(三十センチ)の大鰯が、十匹で三十文程度なのだが、今日は脂の乗った大鰯が十匹で八文と大安売りだという。
江戸っ子は脂の強い魚は嫌いなようだが、我は大好きなのだ。
我が天水桶で泥を吐かせている、一尺五寸(四十五センチ)の鯉を高級料亭に持ち込めば、一匹百文で売れるのだから。
その銭で大鰯を買ったら、長屋に住む百人が尾頭付きの鰯が食べられる。
我の長屋の前では、大道搗が玄米を臼と杵で突いて白米にしてくれている。
江戸には十八組の搗米屋があって、仕入れてきた玄米を精米して売ってくれる。
昔は我も搗米屋から白米を買って食べていたのだが、田沼家と白河藩から武芸指南役の扶持米を頂くようになり、大道搗に玄米を白米にしてもらうようになった。
白米にした扶持米は、搗米屋より少し安く売っている。
そして大道搗に頼むようになって、糠が大量に手に入るようになった。
子沢山の裏長屋では、大きな糠床を持って糠漬けを自作するのは難しいが、我は独り者だから、糠床を置く余裕がある。
それは伊之助も同じで、伊之助のような独り者の長屋は、糠床を場所を提供する代わりに、おかみさん連中が漬けた糠漬けを分けてもらっている。
鰯と鮒はもちろん、鮭、鱒、鰆、河豚、秋刀魚、鯖も糠漬けすると美味いのだ。
だが今は鰯の塩焼きである。
おいよさんが七輪で焼いてくれる鰯の塩焼きは最高である。
いや、おいよさんばかりではない。
鯉を振舞う代わりに配られた鰯を、どこの長屋でも大鰯を料理している。
もっとも今売ってきた銭で鰯を買ったのではなく、我がおいよさんに預けている銭で買った大鰯だ。
「藤七郎の旦那、家は鰯を鱠にしますから、食べてやってくださいね」
おかみさんの一人が、我のために鱠を作ってくれている。
塩と酢で〆た鰯の身に針切りした生姜を加え、千切りした大根に塩を振ってしんなりしてから、〆た鰯の身と和えるのだ。
前に食べた味を思い出して唾がでる。
「貴公にも食べてもらうから、準備ができたら休んでくれ」
「へい、旦那、楽しみにしてやす」
空腹そうな様子を見せた大道搗に声をかけてやる。
大道搗には料金とは別に魚付きの食事を振舞うのが作法だ。
嬉しそうにしてくれているから、下魚の鰯でも満足してくれているんだろう。
「大変だ、大変だ、大変だ。
大変な事が起こりましたよ、藤七郎の旦那」
旦那は鰯もお好きだったでしょう。
旦那が獲って下さった鯉を料亭に売って、鰯を買ってもいいですか」
「ああ、構わないぞ。
鰯は鱠にしてよし、焼いてよし、煮てよし、天麩羅にしてよしだからな。
今日は塩焼きにしてくれるのかい」
「はい、任せてくださいな。
たくさん買った残りは糠味噌漬けにしておきますね」
「ああ、頼んだよ」
おいよさんが朗らかに話しながら今日も料理をしてくれる。
普段は一尺(三十センチ)の大鰯が、十匹で三十文程度なのだが、今日は脂の乗った大鰯が十匹で八文と大安売りだという。
江戸っ子は脂の強い魚は嫌いなようだが、我は大好きなのだ。
我が天水桶で泥を吐かせている、一尺五寸(四十五センチ)の鯉を高級料亭に持ち込めば、一匹百文で売れるのだから。
その銭で大鰯を買ったら、長屋に住む百人が尾頭付きの鰯が食べられる。
我の長屋の前では、大道搗が玄米を臼と杵で突いて白米にしてくれている。
江戸には十八組の搗米屋があって、仕入れてきた玄米を精米して売ってくれる。
昔は我も搗米屋から白米を買って食べていたのだが、田沼家と白河藩から武芸指南役の扶持米を頂くようになり、大道搗に玄米を白米にしてもらうようになった。
白米にした扶持米は、搗米屋より少し安く売っている。
そして大道搗に頼むようになって、糠が大量に手に入るようになった。
子沢山の裏長屋では、大きな糠床を持って糠漬けを自作するのは難しいが、我は独り者だから、糠床を置く余裕がある。
それは伊之助も同じで、伊之助のような独り者の長屋は、糠床を場所を提供する代わりに、おかみさん連中が漬けた糠漬けを分けてもらっている。
鰯と鮒はもちろん、鮭、鱒、鰆、河豚、秋刀魚、鯖も糠漬けすると美味いのだ。
だが今は鰯の塩焼きである。
おいよさんが七輪で焼いてくれる鰯の塩焼きは最高である。
いや、おいよさんばかりではない。
鯉を振舞う代わりに配られた鰯を、どこの長屋でも大鰯を料理している。
もっとも今売ってきた銭で鰯を買ったのではなく、我がおいよさんに預けている銭で買った大鰯だ。
「藤七郎の旦那、家は鰯を鱠にしますから、食べてやってくださいね」
おかみさんの一人が、我のために鱠を作ってくれている。
塩と酢で〆た鰯の身に針切りした生姜を加え、千切りした大根に塩を振ってしんなりしてから、〆た鰯の身と和えるのだ。
前に食べた味を思い出して唾がでる。
「貴公にも食べてもらうから、準備ができたら休んでくれ」
「へい、旦那、楽しみにしてやす」
空腹そうな様子を見せた大道搗に声をかけてやる。
大道搗には料金とは別に魚付きの食事を振舞うのが作法だ。
嬉しそうにしてくれているから、下魚の鰯でも満足してくれているんだろう。
「大変だ、大変だ、大変だ。
大変な事が起こりましたよ、藤七郎の旦那」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる