第十六王子の建国記

克全

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本編

ボニオン公爵領侵入

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「王子殿下」
「ブラッドリー先生!」
「よくここに来られたな」
 爺が嬉しそうにブラッドリー先生に話しかける。
「陛下から戻れと言う命がありませんでしたからね」
「新たな影供が付けられたが、邪魔をされたりしないのか?」
「顔馴染みですからね、陛下の命を邪魔するようなことはしません」
 なるほど、忍者頭同士の横の繋がりは、正妃殿下の私命よりは陛下の勅命を優先するのだな。
 当たり事ではあるが、安心した。
「何人連れて来てくれている」
「百人を総動員しております」
「そんなに連れて来てくれているのか」
「以前とは違っていますからね」
 アゼス魔境の時とは違うと言う事か。
「余の望みは分かってくれているのだな」
「聞き及んでおります」
「では攫われた村人の情報を集めてくれ」
「受け賜わりました。それで殿下達はどうなされる御心算ですか」
「ブラッドリー先生は我々がどこに潜むのがいいと思われますか」
「ボニオン魔境に入り込まれるべきでしょう」
「魔境の中が一番安全だと言われるのですか」
「はい。以前何度かボニオン公爵領に潜りこんだのですが、公爵家の忍びも中々の腕をしており、普通に潜りこんだのでは直ぐに身元が割れてしまいます。しかし冒険者として潜入すれば、腕が立っても身元を確かめるのに時間が掛かります」
「だが今回は正式な手続きを踏まず、秘かに公爵領に入り込んでいるのだ、冒険者ギルドに登録など出来んぞ」
「ですから勝手に魔境に入り、魔境内で臨時の拠点を築かれるのです。そして後続は正式な手続きを踏んで冒険者ギルドに登録させます」
「だがそれでは村人達を助けることが出来んぞ」
「それは本職の我々忍者に御任せ下さい」
「ブラッドリー先生達に任せるのか。だがそれでは余が公爵領に入り込んだ意味がないのだが」
「どうしても必要な場合は、殿下を囮にさせて頂きます」
「ブラッドリー殿!」
「黙ってろロジャー!」
「しかしパトリック殿」
「御前は黙って殿下の指示に従っていろ」
「殿下を囮に使うなど、許される事ではありません」
「御前はさっきの話を忘れたのか。殿下は村人を助けるためなら、命をかけると言っておられたであろう」
「はい、それは覚えております」
「命をかけると言う事は、囮になると言う事も含めてのことだ」
「いや、しかし、臣下から殿下に囮になってくれて言うのはおかしくはないですか」
「それは殿下が御決めになることで、俺達が口出ししていい事ではない」
「はぁ」
「余達を囮にすると言う事は、村人達を助けるために、公爵家の眼を魔境に向けると言う事だな」 
「はい。ボニオン魔境はなかなか強力なボスが存在しておりますので、それが暴れ出せば公爵家の全力をもって抑えねばなりません」 
「そうだな」 
「それにサウスボニオン魔境にいた猟師達は、まず間違いなくボニオン魔境で働かされているはずですから、少しずつ魔境内で行方不明にして頂きます」 
「なるほど、公爵家に気付かれないように村人を助けるためには、全員を一斉に助け出さねばならないが、それは至難の技。だが魔境の猟師が魔獣に殺され帰れないのはよくある事だから、少しずつ助け出しても露見し難いな」 
「ただサウスボニオン魔境から連れて来られた猟師だけが行方不明になるのはおかしいので、ボニオン公爵家の戦力になりそうな冒険者も拉致して下さい」 
「罪のない冒険者を拉致するのは気が引けるな」 
「ボニオン魔境の冒険者の中には、サウスボニオン魔境から移った冒険者も数多くいるでしょう。その者達は王家王国財産の横領犯ですから、殿下が気に病まれることはありません」 
「なるほど、それもそうだな」 
「では我らは手分けして、魔境以外に送られた村人達を探し出しますので、殿下は魔境にいる村人を助けられてください」 
「分かった、頼んだぞ」 
「御任せ下さい」 
 思いがけない援軍を得た余達は、まさに百人力。 
 いや、千人力、万人力の援軍を得た気持ちだ。 
「このままスピードを落とさず、人里を避けて森を抜けて魔境に入る」 
「「「は」」」 
「そして出来るなら、眼につく獣を狩って食料を確保する」 
「「「は」」」
 それからの余達は、兎・大鼠・鹿・狸・猪・熊・野牛など、進路上に現れる獣を情け容赦なく狩りながら魔境に向かった。 
 小国並みの領土を持つボニオン公爵家だが、その領土は初代公爵以降、公爵家が北へ北へと軍を進めて広げた領地で、領都とボニオン魔境はサウスボニオン魔境からそれほど離れていない。 
 まあそれでも各種支援魔法や身体強化魔法を重ねがけした余達が、一晩走り続けなければいけない距離だから、並み人間が旅するなら十日はかかるだろう距離だ。 
 休むことなくボニオン魔境に入った余達は、普通の森を駆けていた時と同じように、進路を邪魔する魔蟲や魔獣も手当たり次第狩っていった。
だが普通の森とは違い、魔境の中に住む魔蟲や魔獣は強力で、しかもその密度は濃い。 
 大雑把な比較をするなら、森の獣の十倍の強さの魔獣が、十倍の密度で住んでいるという事だ。 
 そしてそれだけの魔蟲と魔獣が生きて行けるだけの魔樹が、恐ろしいほどの早さで成長するのだ。 
 まあそれはどこの魔境でも同じなのだが。 
「並みの冒険者が入り込めないくらい奥に行くぞ」 
「「「は」」」 
 夜明けとともに冒険者や猟師が魔境に入って来るだろう。 
 魔境内で野営できるような猛者は、魔境に入った時から気配を探し、気付かれないように距離をとっている。 
 うん? 
 誰かが戦っている。 
 夜明け前に野営地を襲われたのか? 
 どうする? 
「殿下、どうなされますか」 
「助ける」 
「我々の事が露見する可能性がありますが、宜しいのですか?」 
「可能性は低いが、余達が助けようとしているサウスボニオン魔境の猟師の可能性もあるし、善良な冒険者や猟師と言う可能性もある」 
「性質の悪い冒険者や猟師だったらどうされますか」 
「王家王国の財産を横領した冒険者なら、捕虜にして拘束する。善良な冒険者や猟師なら、事情を話して一時的に拘束させてもらう」 
「全てを話されるのですか」 
「その心算だが」 
「殿下の話を聞き、真実を知った冒険者や猟師は、口封じのために殺されるかもしれませんぞ」 
「そうか、その恐れがあったな。ならば爺はどうすればいいと思う」 
「何も話さず、我らが悪人になって拘束するのが一つ」 
「うむ」 
「全てを話して、協力してもらうのが一つ」 
「うむ。それが可能な善良で有能な冒険者や猟師に出会えればよいな」 
「ですがそのような可能性は低く、ほとんどの冒険者や猟師には公爵領に家族もいる事でしょう、我らが悪人になって拘束するほかありません」 
「よく理解できた。今から助けに行くが、ロジャーは一言も話すな」 
「はい。ですが私だけなのですか」 
「当然だろう。話してはいけない事を話す可能性があるのは、ロジャー以外にはいない」 
「パトリック殿、それは余りの言いようですぞ」 
「今まで自分がやってきたことをよく思いだしてみろ」 
「はぁ、そんなに言っていけない事を話しましたかなぁ」 
「とにかく余の言う通り、ロジャーは一言も話すな。分かったな」 
「はい・・・・・」 
「行くぞ!」 
「「「はい」」」
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